第18話 きょうだい喧嘩?いや、自分との葛藤?

「さきねぇ?」

「なに、俊也?」


 俊也は、デスクの前のゲーミングチェアに腰を下ろしてスマホをいじっている佐紀音を呼んだ。もう、互いに、配信上での名前で呼び合うようになっていた。



「なんだよぉ……うるさいなぁ、今、メールしてるとこなのに」



 今日の彼女は、ちょっとご機嫌斜めだ。いつも通りかわいいが、棘の鋭い、バラのようだ。


 彼女の内側の「火薬庫」に火が着かないように、俊也は慎重に訊いた。



「英語、勉強してみない?」

「はぁ?なんで?」


 眉間にシワを寄せた佐紀音の語気が強くなった。


 俊也は、大学の印刷室でまとめてきた書類を佐紀音に手渡した。全5ページに渡る資料のタイトルは【英語配信によるファン層の拡大について】。



「英語話者の総数って、ここのデータの通り、世界に14億人ぐらいいるんだよ。だから、さきねぇが英語を勉強して、英語で配信ができるようになったら、ファンの幅が大きく広がるかな~って思って」


 手元の資料を指でさし示しながら、持論を展開した俊也。資料と根拠を用いて説明することは、彼の得意分野である。意気揚々と、資料に指差ししながら、俊也は、説明を始めようと口を開いた。



 が、彼の説明の途中で、佐紀音がぴしゃりと言った。


「却下」


 佐紀音は短く言って、俊也が用意した資料をデスクの上に投げた。


 まだ、最初の2ページしか説明してないのに……



「な、なんで!?」

「第一に、めんどくさい。第二に、ウチのチャンネルの一貫性が損なわれる」


 佐紀音は、睨みつけるように目を細くして、手に持ったスマホの画面を俊也に示した。


 そこには、日本98%、中国0.7%、韓国0.4%、米国0.4%の表示が。



「おすすめとか、関連動画に表示されるためには、動画とか、配信の内容に一貫性が無いとダメなの。ウチのチャンネルは、日本人ファンが主力なの。だから、今更、時間かけて外国語勉強するよりも、その時間でひたすら配信したほうが、視聴数が回って、稼げるの」

「で、でも、やってみないと分からな……」

「長いことやってるから、配信サイトのAIの仕組みとか分かってるの。とにかく、そういうものなの!」


 キッパリと言い切って、佐紀音はスマホを閉じた。


 しかし、俊也は、どうしても納得できない様子。――せっかく、時間をかけて資料まで作ったのに……と、小さいため息が口の端から零れて、首元を掻く手が止まらなかった。


「……数十億の人たちの開拓っていうことは、実際、数十万っていう単位でファンを獲得できるチャンスがある挑戦なんだよ!だから、せめて、考えてみるだけでも……」

「ああ、もうっ!いいの、今のままで!!ウチの活動なんだから、余計な口出ししないでよ!!」


 ゲーミングチェアのひじ掛けをドンッと叩いた佐紀音。奥歯をギリギリと噛みしめて、眉がぴくりと痙攣していた。


 せっかく準備した資料を投げられ、挙句の果てには、練りに練った提案を【余計な口出し】と言い捨てられた俊也。理性の糸が、真っ二つに切れそうになった。



 そんな言い方しなくたって、いいじゃん……!


「そ、そんな言い方は、酷いだろ、いくらなんでも!俺だって、お前と俺との活動がもっと良くなって、もっと面白くなるように考えて、一生懸命、提案してんだよ!」



 佐紀音は、腕に抱えていたクッションを、俊也の顔に投げつけた。


 そして、怒りで震えた声を、細い喉奥から絞り出した。


「ねぇ、今朝から、私がイライラしてるって、気が付かない?頭悪いなぁ、バカ……それぐらい察してよ……」


「『イライラしてる』って、口で言ってもらわなきゃ、そんなの分かんねぇよ。俺は、エスパーの使い手じゃねぇって!あと、言葉を選べよ!!俺だって人間なんだから、傷つくんだよ!」


「はぁ?言葉を選べって……この前、ウチがお願いしたVlogの動画の編集に対して『めんどくさいなぁ』って言ってたの、ウチ、忘れてないからね!!?あれ、けっこう心にキたんですけど!」


「あれは、大学の課題が忙しかったから、仕方ねぇだろ。めんどくさいというか、時間がなかったんだよ。というか、話を逸らすんじゃねぇよ!!バカが!」


「ウチがバカなら、あんたはゴミだよ!!」



 罵詈雑言が飛び交い、言葉の矛で殴り合う、二人のツバキ。


「――ちっ、ウザい、死ねっ!!」

「あーあ、分かったよ、死んでやるよ!!お前のお望み通り」



 ふーーーーーーっと、長い息を吐き出した俊也は、ドタドタと足音を響かせながら、ドアを勢いよく開け放って、部屋を出て行ってしまった。その足で、洗面所の鏡を越えて、自分の世界へと戻っていってしまった。



 佐紀音の怒号を聞きつけて、仕事から帰宅したばかりの父、魁人かいとが部屋を訪れた。


「ど、どうした、ツバキ……?」


 父は、小さい声で訊いた。


「放っておいて!!」


 そんな父の優しい声に対しても、佐紀音は、怒鳴り声をぶつけた。


 娘の怒りを一身に受けた父は「分かった、ごめんな……」とペコペコ謝りながら、部屋の戸を閉めて、その場を後にした。



 部屋には、静寂が満ちた。


 独り押し黙って、ベッドへと潜り込む。



――明日は、クリスマス。



――せっかく、私とリオンと俊也で、クリスマスパーティー配信をする予定を立てていたのに……


 私が、言い張ったから……


 私が、イライラしているっていう理由で、俊也の提案を突っぱねたから……


 私が、感情ばかりでモノを語るから……


 私がすぐに暴言を吐くから……


 私が、すぐに『ごめん』って謝らないから……



 私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、 私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで……



全部、私が悪いんだ。

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