第16話 男子だって甘えたい!!

 女ツバキの部屋へと足を踏み入れた男ツバキ。相変わらず、恥ずかしさと情けなさを隠し切れずにすすり泣き、服の袖で目元を覆い隠している。


 部屋の隅っこに体育座りをする男ツバキを見かねて、女ツバキは、部屋を出て、ホットミルクを持ってきた。


「飲む?」


 テーブルの上に、ホットミルクが入ったマグカップを置いた女ツバキ。しかし、彼女の期待通りにはいかず、男ツバキは、首を横に小さく振った。



「せっかく持ってきてあげたのに」

「じゃあ、飲む」

「はい、どうぞ」


 湯気が勢いよく噴きあがるホットミルクが差し出された。


 恐る恐る、マグカップの取っ手を持った男ツバキは、ゆっくりとそれを傾けた。一口、ホットミルクを口に含むと、「はぁ」という深いため息をついた。



 目元は、涙の跡で汚れていた。


 彼が、ホットミルクを飲みこむ音を聞いた女ツバキ。何があったのか、何が、彼に涙を流させたのかを、訊いてみる。


「いつも冷静で寡黙なあんたが、どうして泣く事態になったの?」

「だ……だぁ」

「え、何て言った?」


 よく聞き取れなかったと、女ツバキは、耳に手を添える仕草をした。



 一度、間を設けて、呼吸を整えた男ツバキは、今度は、はっきりとした声を飛ばした。


「抱きしめて……」

「はぁ?」

「ぎゅーってしてくれ、俺のことを……」



 目をぱっと見開いて、しかし口をぽかんと開けた表情を隠せなかった女ツバキ。静寂が戻ってきた部屋に「ぷはっは」という吹き出した笑いの声を響かせた。


 まさか、もう一人の自分からハグを求められるなんて、思いもよらなかった。



「赤ちゃんじゃないんだからさ~恥ずかしくないの?」

「男だって、甘えたいときがあるんだよ……」

「ああ、そういうことか。ちょっと分かるかも……女だけど」


 男ツバキの震えた声を受けて、女ツバキは、さらに吹き出して「クスクス」と笑った。


 まあ、普段の企画提案とか、案件元の調査とか、配信サムネイルの作成などなど、彼にはお世話になっているところがあるから、たまにはいいか。


 女ツバキは、頬が、笑いによって釣り上がるのを堪えながら、子どもみたいに泣く、もう一人の自分を抱きしめた。腕を伸ばし、体を強く引き寄せる。



「……なんか、変な気持ち」


 性別が違う、もう一人の自分を抱きしめるなんて体験、私以外に経験する人いるのかな、と思いながら、男ツバキの背中に腕を回す。



 体を引き寄せ合い、互いに密着した二人の「赤首ツバキ」。


「……胸、柔らかいな」

「おい、それはライン越え。殺すぞ」


 心臓の鼓動を、衣服越しに共有した男ツバキは、脇腹を指で突かれた。涙で震えさせられた声で「ごめん」と、謝意を伝えた。


 ただ、女ツバキ側も、ハグという行為の共有に、安心感と、体から毒気が抜ける感覚を覚えていた。



 これも、家族よりも関係の深い「自分」同士だからなのかなぁと思う。


「で、なんで急にウチとぎゅーしようと思ったか、説明する気になった?」



 女ツバキの問いかけに、男ツバキは、低い声で「ああ」と言った。


「――俺、不安で仕方がないんだよ。生きるのも、死ぬのも、怖いんだよ。だから、生ける屍みたいに生きてきたんだよ……」


 そのまま二人は、抱き合った形のまま横になって、眠りに落ちてしまった。

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