第15話 目覚めは最悪

 眠りから覚める感覚は、水面から顔を出す感覚に近いような気がする。


 光に向かって体が浮遊していって、その光が一番強くなったときに、周囲の音とか、味とか、においとかが、鮮明に感じられるようになる。


 ただ、そういう感覚を味わうたびに「まだ生きてるのか」とか「また、こんな世界にログインしてしまった」とか考えてしまう。



 そういうネガティブな思考が癖になっていて、習慣として体のシステムに組み込まれてしまっている。




「はっ!!??」


 目覚めて、いつもと同じ白い天井を見上げる。無機質で、柄もない不愛想な天井である。


 しかし、背中は汗でぐっしょり濡れていて、心臓は内側から張り裂けそうなぐらい鼓動が焦っていた。指先が震えて、喉が異常に渇いていた。


 あの光は、爆発は、彗星は、行列の行進は、金髪狐の救世主は、いったい、何だったのか。やはり、リアルなだけの夢だったのか。



――膝から下に、濡れた感触があった。


「お漏らし……そんな訳ないか」



 小学一年生以来のおねしょをやらかしたかと肝を冷やしたが、どうやら違うようだった。


 寝間着として使っていた高校の緑ジャージのズボンが、絵の具を被ったような赤黒い色に変色していた。血尿でも出たのかと思ったが、そうではない。



――これは、あの夢の世界に満ちていた、赤黒い水だ。


「気持ち悪いな……マジで、何なんだよ」


 ズボンを履いたまま、起き上がって、脱衣所へと直行。それらを身に着けたまま、シャワーを浴びた。



 シャワーの水が、ズボンの汚れを落として、赤黒い色に変色していた。


「なんだよ……どうなってんだよ……」


 意味が分からない。


 どうして、夢の中にまで、【狂気】が侵食してくるのだろうか。ポスターが動いたり、両親がロボットに変身してしまったぐらいで手一杯だったのに……


「はぁ」


 深いため息が漏れた。



 もう今日は、大学を休もう。これまで毎日、律儀に出席してきたから、単位は貰えるだろう。講義の復習も、過不足なくやってきたし。


 真新しいジーパンに足を通した男ツバキ。



 洗面台の鏡には、あの【女ツバキ】の姿が。


「あ、おはよう」


 女ツバキは、いつもの低い声で、挨拶をしてきた。


 その声を聞いただけで、男ツバキは、目の奥をじーんと熱くした。



 涙が、目じりから溢れ出した。川の堤防が決壊したかのように止めどなく、涙がボロボロと流れて零れる。


「あ……そのっ……」

「ど、どうした?急に泣き出して……メンタルブレイクした?」

「ああ……」



 男ツバキは、鏡の向こうのもう一人の自分に、泣き顔を見られたくなくて、袖で目元を覆っている。


「そっち、行っていい?」

「別にいいけど」


 俯きながら、男ツバキは、女ツバキが居る側の世界へと続く鏡の淵に、足を掛けた。

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