第11話 誕生日配信③

 ようやく質問コーナーの企画が終わり、次は、凸待ち企画である。


 ゆずるは、一旦離席して、この後に控えるゲーム対決企画に備えて、英気を養う。



 ちなみに、凸待ち企画とは、配信者が電話で、凸者を待つという企画である。凸者には、彼女の配信仲間、友達、担当の絵師さんや、過去に配信でコラボした人、事務所に所属しているライバーさんなど、多岐に渡る。


 ゆずるは、部屋の入口近くの壁に寄り掛かって座り、自分のパソコンで、佐紀音の配信を見守った。



 Discodeの通知音が鳴った。さっそく、一人目の凸者だ。



「あ、もしもし!?」

「さきねぇ~!久しぶり~配信でコラボするの、一か月ぶりじゃない!?」

「マジで!?もうそんなに経つか」

「あ、やっほー皆の衆♪【ハルカなる】所属のVライバー、さきねぇとは昔からのズッ友の、蔵屋敷リオンでーす」



 配信中の佐紀音に通話をかけた凸者の正体は、Vライバー仲間の【蔵屋敷くらやしきリオン】だった。



 後ろ首にかかる金髪のウルフカットと、セーラー服みたいな空色の衣装が特徴のVライバーだった。佐紀音とは対照的な高い声が、電話越しでもキンと響く。どうやら、佐紀音とは、4年以上の付き合いがあるらしい。


 旧友との邂逅かいこうを果たした佐紀音の声は、どこか上ずっていた。



 画面上の佐紀音も、リアルの【女ツバキ】のほうも、体がゲーミングチェアの上でぴょんと跳ねて踊っていた。


「改めましてさきねぇ、お誕生日、おめでとう~!」

「わーありがとう~!」


 二人は、画面上のアバターを左右に揺らしている。


 インターネット上の「親友」の邂逅を目撃したリスナーたちは、またもや歓喜のコメントを早打ちした。



【リオンさん!?】


【リオン様きたああああああ!!!】


【歴戦の猛者が集った】


【かわいい】


【リオン様かわいいい】


【¥3,000:今年で、二人を追い続けて2年となりました。これからも末永く、応援させてください】


【They're so cute;‑)】



 おや、英語のコメントも流れてきた。


 まさか、佐紀音の人気が、海を越えているとは。佐紀音が外国語を勉強して、話せるようになって、外国語での配信ができれば、ファン層をさらに広げることができるのではと、俊也は、配信を見守りながら思った。



「今日は、我が愛しのさきねぇの誕生日ということで、プレゼント、用意しちゃいました~!」


 リオンが金髪を揺らして、通話越しに手をパンッと叩いた。



 すると、佐紀音のパソコンに着信があった。どうやら、メールで何かが送られてきたようだ。


 パソコンのアイトラッキングから目線を外した佐紀音は、別のモニターで、リオンとのやり取りが記録されているメール欄を開いた。


「え、これ、ウチが欲しかったやつ!!」


 佐紀音は、また声を上ずらせながら、目をパッと見開いた。


 リオンから佐紀音へ送られてきた写真がダウンロードされて、配信画面に載せられた。



 それは、男性アイドルグループ【デルタ・フルーツ】のコラボグラスであった。表面には、ステンドグラス風に、赤青黄色のアイドル三人組トリオが描かれている。


「この前の配信で、『デルフのコラボグラス欲しいなぁ』って言ってたじゃん?だから、プレゼントしちゃった。明後日あさってまでには、郵送で届くと思うよ」

「マジ神。ありがとう!我がカメリア家の家宝にするわ!」

「アハハっ、めっちゃ喜んでくれるじゃん。プレゼントした甲斐があったわ」



 そんな調子で、佐紀音とリオンは、コラボトークに花を咲かせた。


 来年に控えるリオンの誕生日には、何が欲しいか、何を送りたいか。リオンが所属しているVライバー事務所に、新人ライバーが入った話や、配信の苦労話で盛り上がり「きゃはは」と笑い、最後に二人は、クリスマス記念配信でコラボしてゲームをする約束まで交わした。



「またね~」

「来てくれて、マジでありがとう!リオンちゃん!」

「クリスマスに遊ぼうね~」

「うん!またねー」



【リオン様お疲れ様でした】


【またねー】


【かわいい】


【またねーー】


【ありがとうございました~】



 通話の音声がぷつんと切れて、BGMとして設定されているポップ音楽がよく聞こえるようになった。


 インターネット世界の親友との通話を終えた佐紀音は、未だに満面の笑みだった。まるで、ゲームを始めて買ってもらったときの子どものように、無邪気な笑みを浮かべていた。


「はぁ、リオンと話してると、時間忘れるわ。もう配信開始から……二時間!?」



 部屋の時計を仰ぎ見た佐紀音。すると、また、Discode※のコール音が鳴り響いた。


※佐紀音が利用しているチャットサービス。文字のやり取り以外にも、通話も繋ぐことができる。



 『音声通話を開始』のボタンをクリックすると、通話越しに、渋声が響いた。



「もしもし、佐紀音さん?」

「あ、お父さん!!」



 また佐紀音が、大げさにゲーミングチェアの背もたれへと飛びのいた。



 佐紀音が「お父さん」と言ったが、ここでのお父さんとは、「佐紀音というキャラクターを描いた絵師の人」を指している。


 佐紀音は、通話を掛けてきた人のホームページを開いて、その人の写真を配信画面に掲載した。



 おじいさんは【鬼灯ほおずき健二けんじ】という、現役のイラストレーターだった。



 白髪のおじいさんだった。目元の堀が深く、眼鏡を掛けていて、顎のラインがシュッとしていて、センターパート分けの髪型が特徴的だった。こんなイケメンおじいさんが、佐紀音という美少女キャラクターのデザインを手掛けていると思うと、良い意味で、ギャップが凄い。


「お誕生日、おめでとうございます」

「ありがとうございまーす!」

「20歳ですか。お若い。羨ましい限りです」

「えへへ。でも、ケンジの人生経験には勝てないよ」

「とんでもない。佐紀音さんは、わたしが20歳だったときよりも、ずっと輝かしい20歳ですよ。へへ」



 ケンジは、低く渋い声を響かせた。


 まるで、祖父と孫の会話を聞いているようだった。



 佐紀音は、親しみ深く『ケンジ』と呼んでいて、ケンジのほうも、時々笑いをこぼしている。終始穏やかなやり取りが交わされていて、本物の父と娘のような会話の花が咲いた。



【ケンジさん、イケおじ過ぎる】


【おじ様の無邪気な笑い助かる】


【イケおじイラストレーター強すぎるww】


【本物のお父さんみたい】


【おじいちゃんみたい】


【二人の低い声が癒される】


【低音ASMR始まった?】



 コメント欄も、二人の会話の穏やかな雰囲気を共有した。



「ケンジ、ウチの3Dモデルの進捗、どう?」

「順調ですよ。会社のモデレーターの方に、親切丁寧に教えていただいているので、良い3Dが完成しそうです」


 Vライバーの憧れである3D化。どうやら、蔵屋敷くらやしきリオンがVライバー事務所所属ということで、そのツテで、3D化が実現可能であるらしい。



 佐紀音の人脈が羨ましいし、そういった関係を築いて維持することができる、彼女自身の能力もまた、羨ましい。


 ケンジさん側が、多忙らしく、リオンと比較して少し短めに、やり取りが終わった。



 ケンジの去り際の「どうぞ、これからも存分に楽しんでください」という渋い声が、佐紀音の内なる力の起爆剤になったことは間違いないだろう。こちらとしても、今後の二人の動向や、佐紀音の3D化が楽しみだ。



✳✳✳✳


蔵屋敷リオンのイメージイラストはこちらから。↓

https://kakuyomu.jp/users/NekoZita08182/news/16818093090862177462

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