第10話 誕生日配信②

 その後も、だいたい1時間ぐらい、質問の読み上げと回答が続いた。その間、コメントやスパチャを読み上げたり、回答を答えたりして、佐紀音は、ずっと喋り続けた。



【さきねぇさんの趣味はなんですか?】

「配信配信配信配信配信、とにかく配信!」


【彼氏はできましたか】

「引きこもりが、どうやって彼氏を作れと?逆にこっちが聞きたいねぇ」


【ちょっとトイレ行ってきます】

「わざわざ報告しなくてもいい。勝手に行ってこーい」


【あ、太陽って、綺麗だな】

「質問をくれた人が哲学者だったら、何か深い意味がありそう……」


【新衣装まだですか】

「概要欄の配信予定表を見てごらん、この後、あるよ。楽しみに待っててね♪」


【ASMR配信はやらないんですか?さきねぇの声なら需要ありありですよ】

「この前、ASMR用のマイクをネット通販で見たんだけど、高くてね~さすがに、手を出すには勇気がいるわ~オラにお金を分けてくれ~ってね」

【クズロットですね、わかります】

「ドラゴンボールの漫画もアニメも見てないから、これぐらいのセリフしか分かんない」



 喉を痛めないか、心配になるぐらい、ずっっっっっっっっっと喋っていた。たまに俊也向けの質問もあったけど。



【俊也くんは、どんなことにお金をよく使いますか?こんなおばさんに是非、教えてください】

「うーん……俺、あんまりお金使わないんですよね。最近、物価も高いじゃないですか。強いて言うなら、小説とか、勉強のための参考書とかですね」



【俊也くんのことを何て呼べばいい?さきねぇみたいな愛称が欲しいな】

「安直だけど……『俊ちゃん』って呼んでいいですよ」



【ここで、俊也くんから、実の双子のお姉さんである、さきねぇの秘密を一つ暴露して、どうぞ!】

「え~……さきねぇは、イチゴのショートケーキが大好き」



 質問返しをするのは、案外楽しかった。隣で聞いていた佐紀音も、時々ツッコミや情報の捕捉をしてくれるから、話しやすかった。



「次の質問は『佐紀音さんと俊也さん、どっちが頭いいですか?』かぁ……」


 佐紀音は、自信なさげに声のトーンを落として、末尾に「ふふふ」と愛らしい笑いをこぼした。


「ウチは、就職もしないで、大学にも通わないで配信やってるから、頭が良いかどうかは、微妙かな……一応、高校のときのテストの順位は、学年順位の中で、だいたい中のぐらいだったよ」


 

 首元を掻く仕草をした佐紀音。俊也も同じ癖を持っている。


 恥ずかしいとき、動揺したとき、緊張したとき、首もとを指でカリカリ掻くクセが「赤首ツバキ」には備わっているのだ。



 小さいのど飴を口に放り込んだ佐紀音は、赤いツインテールをぶんっと揺らしながら、横に控えている俊也の立ち絵を見た。


「俊也は、どうですかぁ~学業のほうは?ちなみに、俊也は大学行ってます、それも、結構頭がいいところだよ」

「え……大袈裟おおげさだって」


 佐紀音は、悪戯好きな子どものような目を向けてくる。


「高校のときのテストの点数教えてよ。ちなみに、ウチは数学のテストで3点取ったことある」



 自慢げに、堂々と、まさかの点数を告白された俊也は、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。……3点?むしろ、どんな問題が正解だったのか気になる。


 衝撃の点数の暴露に、リスナーたちのコメント欄がお祭り状態となった。



【バカで草】


【(笑)】


【もはや、テストのやる気無いな】


【居眠り受験】


【留年案件】


【わたし、中三だから、他人事とは思えなくて笑えない】



 リスナーたちが向けた、鋭利な言葉の刃に対して佐紀音は、持ち前の愛嬌とポジティブな思考で立ち向かった。


「うるさいなぁ、バカとは何よ、バカとは!配信が楽しすぎるのがいけないんだよ。週4で配信しながら勉強もしなきゃいけない大変さは、ウチしか知らないもーん」



 不満げで、しかしどこか誇らしげに頬を膨らませた佐紀音。本当に心から、配信を楽しんでいるご様子。


 過去の失敗や苦い経験すら、雑談の【ネタ】になてしまうのは、配信の良いところだと、俊也は思った。


「もうっ!次にウチの悪口言ったリスナーは、視聴者参加型のゲーム配信でボコボコにするから、覚悟しておいてね♪」



 ツンデレと愛嬌の混濁に飲まれたリスナーたちのコメント飛び交う中、再び、佐紀音が横を向いた。


「で、俊也はどうだったの?」

「まぁ……高校のときも、今通ってる大学でも、上位に入れるぐらいには、勉強してる」

「おおおお~さすが、我が誇れる弟だ」

「大げさだって……俺は、勉強以外にできることが無かっただけだよ」



 ははは、という乾いた笑いが零れた俊也。そんな彼に、佐紀音は、流れてきたコメントを引用して「資格とか持ってるの?」と聞いた。



 勇気を出して、また言葉を紡ごうとしたとき、佐紀音の声が重なった。


「ちなみにウチは、中学生のときに取った漢字検定5級しか持ってなーい。難しいんだもん、お勉強って」



 リズムを乱された俊也は、深く息を吸い込んで、喉元まで登ってきていた声を絞り出す。



【wktk】


【さぞ凄い資格が出てくるんだろうな】


【俊ちゃん、資格マニアの雰囲気がする】



 期待を高め膨らませるリスナーと、佐紀音。彼女らの期待を背負った俊也は、回答を紡ぎ出した。


「検定系でいくと、漢字検定は、5,4,3,準2級、2級。英語検定は3級と準2級。それから、世界遺産検定の3級と、数学検定準2級、パソコン検定5,4級。資格系でいくと、ビジネスコミュニケーション検定の資格と、簿記3級持ってるよ。簿記は、試験が難しかったな」

 


【スーパー大学生で草】


【やば】


【さきねぇとは大違い】


【簿記持ってるのすごい】


【一つ俺にくれ】


【パソコン検定とか数検準2級とかなら大したことないだろ】



 まるで魔法の呪文の詠唱のように、指折り数えて、これまでに取得した資格を列挙した俊也。


 これには、コメント欄から様々な声が挙がって、隣の佐紀音は、ポカンと、口をあけ放っていた。俊也のほうは、送られた賛辞に対して「褒められて嬉しい」と、素直な感想をマイク越しに伝えていた。



 ただ『パソコン検定とか数検準2級とかなら大したことないだろ』というコメントには、引っ掛かりがあった。



 まだ、俺は、上を目指すべきだろうか、と思った。


「おい、『さきねぇとは大違い』って言うなよ!ウチを下げるんじゃなくて、俊也を褒めて上げなよ」



 佐紀音の苦笑交じりの指摘を受けたリスナーは、その後に『ごめん』とコメントしていたことを、俊也は見逃さなかった。


――こうやって、リスナーと配信者とゲストでコミュニケーションが交わされて、良い雰囲気が形作られているのだなと、改めて気づかされる。



 Vライバーと配信って、思っていた以上に奥が深そうだ……俊也は、来月の「現代社会とメディア」の小論文は、Vライバーについて書こうと、心の内で決めた。

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