第6話 似て非なる世界は表裏一体

 二人のツバキが「口撃」合戦を繰り広げた翌日は、月曜日。



 ここは、男ツバキが元居た世界。



 男ツバキは、自分の世界の大学へと向かった。2限目の講義科目は、安全保障論である。


……教授の教え方が独特で、ちょっと苦手なんだよな。


「日々のニュースで報じられている通り、日本は現在、海人かいじんの脅威にさらされています。海洋国家である日本は、あらゆる資源を輸入に頼っている状況……マラッカ海峡付近やペルシャ湾地域での海人かいじんの活動が活発になれば、日本が中東地域から輸入している天然ガスや石油資源が脅威にさらされ、国家存続の危機に立たされる可能性があります……怖いですね」


 講義は、もちろん、教授がレジュメを読み上げる。時々スクリーンに円グラフや地図が映し出され、それが説明に用いられる。


 しかし、教授の口もとには巨大なスピーカーと拡声器が備え付けられており、学生たちは、ツバキも含めて縄で椅子に縛り付けられている。こんな状況で、講義を聞かなければならない。



 2024年現在、地球上のあらゆる海域にて、海人かいじんと呼ばれる化け物が姿を現し、貿易船や石油タンカーを襲撃する事件が相次いでいる。世界中の国が、珍しく一致団結して、この海人かいじん問題に取り組んでいる最中である。


 先日も、中国海警局と米海軍・シンガポール海軍が合同作戦を実施して、西太平洋で海人かいじんの潜水艦を撃沈したばかりだ。


「これが、人類に敵対した海人かいじんたちの末路です」



 教授は、中国、アメリカ、シンガポールの国旗がはためく新聞記事の切り抜きを教壇にて掲げた。


 学生たちは、拍手喝采。万雷のごときパチパチという音が、教室の窓にヒビを入れた。「人類万歳」「今こそ挙国一致体制を!!」という学生たちの声も、それに追随した。



 そもそも、海人かいじんとは、何者なのだろうか……


 SF映画で見たような光景が、いつの間にか日常に溶け込んでいた。


「ば、万歳……」


 学生たちの万歳三唱に合わせて、ツバキも万歳を声に絞り出した。こうしておけば、卒業に必要な単位が剥奪される「非国民認定」は受けることを避けられるだろう。


 疑問は尽きない。


 学生たちは、なぜ、机に縛り付けられているのだろう。どうして教授は、自分の声を出さず、スピーカーから流れる音源に講義を任せているのだろう。どうして、学生たちは万歳を叫んで、その声で、どうして窓が割れるのだろう……


 それでも、就職に必要な「大学卒業」を果たすために、ツバキは、眠い目をこすりながら、机にしがみ付いてノートをとった。



――やっぱり、俺の世界は、どこか狂っている。



****



 4限目の「愛党論」の講義を受講し終えたツバキは、帰宅の途に就く。友達はおらず、飲食店のアルバイトも一か月前に辞めてしまったので、これといった予定無く、家に向けて、一直線に自転車を漕ぎ出した、



 空は、すでに茜色に染まり始めていた。12月だから、日が落ちるのも早い。



 無心で、自転車のペダルを漕ぎつづけた。


 すると、道端に置かれた政党ポスターの顔が動き出した。


「うわ!?」


 危うく、自転車ごと、脇の田んぼに倒れるところだった。


 ハリーポッターシリーズで、新聞に掲載されている写真や絵が動き出す場面を知っていたからこそ、それに似た現象が起こって、驚きを禁じ得なかったのである。


島流しまながし達吉たつきち』と名前が書かれた政党ポスターのおじいさんが、口を滑らかに動かしながら、ツバキに話しかけてきた。


「そこの青年、待ちなさい」

「は、はい、何でしょう?」


 ツバキは自転車を漕ぐ脚を止めて、政党ポスターに描かれたおじいさんと目線を交えた。こんな狂った世界も、ついに印刷物が動き出す怪異を迎えたかと、緊張して、唇がピリピリと痙攣した。



「この世界。何かおかしいと思わないかね?」


 島流氏は、身振り手振りも交えて話を続けた。


 当然、そう思う。


 学生が椅子に縛られて講義を受けさせられて、ポスターに印刷された人の顔が動き出して喋る世界など、あってたまるものか!



「学生たちが机に縛り付けられるとは、何ごとか!?日本国憲法の『人身の自由』に反していることに、誰も気が付かないなんて、おかしいとは思わないかね?」

「はい。私も、不思議なことがあるものだなぁって、思っていました。けれど、それに従わないと、科目の単位が取得てきないんです」


 学内規則では『学生は、机と椅子に縛られて講義を受けること』とされている。その旨を伝えると、ポスターの中の島流氏は青ざめて、白髪を掻きむしった。


 抜け落ちた白髪がポスターから出てきて、道路の上にはらりと舞った。


 ポスターが動いて話すというこれは魔法なのか、それとも、最新技術の賜物なのか。



 ツバキが何も理解できないまま、島流氏は、渋い声を響かせた。


「なんという学内規則だ!?知識人たる先生方は、学生を、勉学と労働のためのマシーンとでも考えているのか!?」

「でも、実際は、それを受け入れるしかないんです。私の父と母も、少し前に機械に変身したんです」

「いかんよ!其方そなたらは人間だ!それを忘れてはならんッ!まずい、ワシの知らない間に社会が、どんどんおかしな方向へと進み始めている!」


 ポスターの右端から左端へと歩き回ったかと思えば、今度は、ポスターの奥のほうへと背を向けて小さくなった島流氏。バっと振り返って、まるで獲物を見つけた空腹の熊のような顔をしながら、こちらにまた走って寄ってきた。



「うわああ!?」

「へへ、どうだ、びっくりしたか?誰が、二次元の存在がポスターから出てこれないと決めた?そこらへんのお地蔵さんか?それともブッタか?はたまたイエスか?」


 ポスターから、島流氏の体が飛び出して腕が伸び、ツバキの頭をポンポンと撫でた。


「君は、まだまともな感性を持った、真の人間だ!その気持ちを忘れずに、我が「豊穣党」に、今度の衆院選の比例で投票してほしい。ワシらは、必ず、この狂った世界を壊してみせる!」


 満面の笑みで「それじゃ、よろしくな」と言って、ポスターへと体を引っ込めた島流氏。元のポスターの立ち姿となって、体は微動だにせず、沈黙している。



「言われなくても、この世界がおかしいことは分かってますよ。俺に、その世界を変える力は無い。だから、その『狂気』に順応するだけです」


 ツバキは、再び自転車を漕ぎだした。


 木々を殺した冷たい風が、自転車を漕ぐツバキの鼻すじを撫でている。



 ツバキは思った。――なぜ、こんなおかしな世界に生きているのだろう、と。

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2024年12月3日 06:00
2024年12月4日 06:00
2024年12月5日 06:00

カメリア 猫舌サツキ★ @NekoZita08182

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