第4話 売れっ子Vライバー

 夕日の光が空を茜色に染め上げる頃には、部屋の大部分の清掃が終わった。


 昼食には、女ツバキに、簡単なチャーハンを作ってもらった。胡椒のかけ過ぎて、味は、かなり塩味が強かったが、美味しかった。



 何か月ぶりかに、自分の部屋のフローリング床を見た女ツバキは、その床にごろんと横になって「んん~」と、腕と足とを伸ばした。


「ありがとうね、助かったわ」

「どういたしまして」


 久しぶりの重労働で、男ツバキのほうも腰を痛めていた。カバーを洗濯中のクッションを頭に当てがって、女ツバキに倣って、体を横にした。



「ねぇツバキくん、今から配信していい?」


 唐突にキンっと声を響かせた女ツバキが立ち上がり、床の上で寝ころんだ男ツバキを見下ろした。


「え、いいけど……俺がいると邪魔だろ。鏡抜けて帰るよ」

「せっかく来てくれたんだから、一緒にゲームやろうよ」

「は?俺、ゲーム最近やってないし、下手くそだぞ。あと、配信でしゃべれるほど、コミュニケーション能力あるわけじゃないよ」

「それでも良いんだよ。そっちの木の椅子貸してあげるから、ウチの隣座って」


 女ツバキの指先は、部屋の隅に置かれた木製の椅子を指している。



 正直、配信活動とやらに興味はあった。どれぐらいの人が集まるのかとか、どんな話をすれば盛り上がるのかとか、気になっている。


 女ツバキは、どうやらネット通販で購入したらしいゲーミングチェアに腰を下ろした。クッション性抜群で、グレーと青のラインの柄は、シャープで落ち着いた印象がある。


「ここでいい?」と聞きながら、男ツバキは木製の椅子を持ってきて、大きなゲーミングチェアの隣にちょこんと座った。


「この椅子も、自分で稼いで買ったの?」

「うん」

「じゃあ、このパソコンとマウスも?」

「そうだよ」

「金持ちじゃん……」

「ウチが配信するだけで、同接4000人とかザラだからね~みんな、めっちゃスパチャしてくれるし」


 同接とは、同時接続数の略で、ライブ配信にてリアルタイムで視聴している人の数のこと。スパチャとは、スーパーチャットの略で、要は、投げ銭だ。


 大きなデスクトップPC、それから立派なチェアと、ボタンがたくさんついたマウスまで揃っている。これだけを見ても、彼女は売れっ子Vライバーだということが分かる。



「んん……線が届かない……」


 自分のパソコンを起動し、複雑な回線をいじり始めた女ツバキ。男ツバキのほうは、このような環境に疎いため、彼女に任せるまま、目の前のノートパソコンを起動した。……大学で使ってるもので、鏡を超えて持ってきたのだ。


 女ツバキのデスクトップパソコン(ゲーミングPC)は、青色の光を放ちながら起動した。高性能のCPUとグラフィックボード搭載。


――なるほど、よく分からん。とにかく、高性能ということだけ理解しておく。あいにく、コンピューター関連の話には疎い。



「えーっと、最初にストアにログインして。あ、アカウント無いじゃん。じゃあ、まずはアカウント作ってね。はい、メアドとパスワード決めて」

「は、はい……」

「次に、『バトル・エリア・フォートレス』って検索かけて、それダウンロード。終わったら、マルチ選択して、ウチが今作ってる部屋のID入力してね」

「お、おう……」



 まるでパソコン教室だった。


 女ツバキが隣で付きっ切りで指南して、男ツバキのノートパソコンを操作させている。普段、パソコンで大学の課題やらレポートの作成をしているから、最低限の知識はあれど、女ツバキのハイスピードの作業と説明を追うのは、至難の業であった。


 時々「クレカ情報はどうすればいい?」とか「ダウンロードは、プレミア版?」とか、分からなかったことを聞きながら、なんとか『バトル・エリア・フォートレス』というゲームのダウンロードを完了した。


「ん、こんにちわ~カメリア・佐紀音さきねでーす」



 女ツバキは、アームから伸びるマイクに向かって、唐突にしゃべり始めた。



 彼女のパソコンの画面には、赤髪の2Dアバターのキャラクターが映し出されていて、さっそく、コメントがざっと流れている。



『こん!』


『こんっ!!』


『きたあああああああ』


『こんにちわ』




 あれ、これって、配信始まってる?


 男ツバキは、そんな雰囲気を察知して押し黙り、自分のノートパソコンの音量もゼロにした。



「あの~お知らせした通り、今日はゲストの人と一緒にカスタムマッチやるから、ホワリス※の人はID入れて部屋入ってね~」



※ホワイトリストの略。ブラックリストの逆と説明すると理解しやすい。要は、女ツバキのゲーム仲間。


 先ほどまでの高い声とは打って変わって、低めのダウナー声でマイクへ話す女ツバキ――改め、Vライバーの佐紀音さきね


 赤髪をふりふりと揺らす画面の中のカメリア・佐紀音さきねが、現実の女ツバキの動きと同期して、左右にふりふりと体を揺らしている。


 唐突に、女ツバキからイヤフォンマイクが手渡された。



「紹介します。我が双子のきょうだい、カメリア・俊也しゅんやです~」


 女ツバキは、手で隣に合図を送った。



 俺はきっと、彼女の言うゲスト【カメリア・俊也】になりきるべきなのだろうと、男ツバキは勘づいた。


「あ、どうも。いつもうるさい姉がお世話になっております、双子の弟のほう、カメリア・俊也しゅんやと申しまーす。よろしくお願いいたします~」

「おい、うるさいは余計でしょ」



 慣れない挨拶に、声が震えた男ツバキ――改め、俊也。そんな弟の鋭い言葉に、佐紀音はツッコミを入れた。


 すると、二人のやり取りを目撃した視聴者は、コメントを打ち込んだ。それが、配信の画面にざっと流れた。



『草』


『笑笑笑』


『ほんとうに配信初心者?』


『ノリがわかっていらっしゃる』


『弟さんクセつよww』



 そんなコメントの流れを見て、ふと疑問が起こった。――なぜ、配信の画面を通すと、この世界の人たちが俺を認識できるのだろうか。


 母は、女ツバキの姿と声しか認識していなかったのに……



「じゃあ、人集まったから、早く始めようね~準備おーけー?あーゆーれでぃ?」

「お、おっけー」

「じゃあゲーム開始するよ~あ、スパチャは配信の最後に読むからね~」


 ゆるーい感じに、配信が始まった。土曜日の夕方ということもあって、すでに2500人の視聴者が集まっていた。



 コメントには、黄色や緑のものが混ざっていて、それぞれ2000円、300円と書かれている。これが、スーパーチャットである。……彼女は、配信を始めただけで、2300円を稼ぎ出したということだ。



 俊也を演じる男ツバキの背中と手には、冷たい汗が湧いて出た。マウスを握る手は小刻みに震えていて、画面の中の銃の照準が定まらなかった。


 そんな彼のゲーム内のおどおどとした様子を見て、佐紀音さきねが一言「俊也、ラグくない?」



『らっっっっっっっぐ』


『回線終わってる?』


『緊張してるだけだろ』


『カクカクしてるwww』


『負けそう』


『これは期待大』



 俊也のおぼつかないゲームプレイを見た視聴者から、またコメントの嵐が吹く。



 今や3200の衆目に晒されている俊也の初心者プレイ。しかし、佐紀音さきねも視聴者も、楽しそうだった。


「俊也、モク焚いて。インベントリの右から三番目のやつ』

「ああ、これか……ほいっ」


 俊也が操作するゲーム内のキャラクターが、発煙弾を放ち、それが爆発した地面から白い煙が立ち昇った。



 その煙に紛れるようにして、佐紀音さきね含む兵士たちの集団が、敵地を急襲した。銃声がバンバンと、あちらこちらから聞こえてくる。


「ナイス。E地点守っておいて」


 佐紀音さきねは短く言った。雰囲気だけは、本物の戦場だ。臨場感が半端でない。



 俊也は、チームリーダーである佐紀音さきねに指示された通り、Eという表示に向かって走った。


 途中、放置された戦車を見つけた。



「これは……ティーガー?」

「正解」


 佐紀音さきねの答え合わせの声が、イヤフォンから聞こえてくる。



 ということは、このゲームの舞台は、第二次世界大戦期の世界ということだ。


 ちなみに、ティーガーとは、第二次世界大戦におけるドイツ軍の有名な戦車の名前である。歴史をよく勉強していたので、見た目だけで分かった。


 よく見たら、アメリカやイギリスやソ連の国旗も遠方に見える。



 たぶん、大戦の後半ぐらいかな。アメリカが参戦しているし、景色がヨーロッパっぽいから。


佐紀音さきね軍曹!」

「どうした」

「戦車が動かせません!操作方法を教えてください!」

「Wで前進!Fで榴弾を撃つ!」

「軍曹!戦車が溝にハマってしまいました!」

「初心者に戦車は早い!降りたまえ!」


 溝の泥沼にはまってしまった戦車の履帯※が空回りしている。まるで、雪で動けなくなってしまった車のように。



※キャタピラのこと。戦車の足。



 そうこうしていると、戦車が敵の大砲の砲撃を受け、大破した。


「軍曹、戦車が爆発四散しました!」

「俊也くん、戦車は上手いリスナーに任せておけばいいのだよ!」

「申し訳ございません!バンザイ突撃してきます」

「ウチらはドイツ軍だよ!!」



 こんなやり取りで、またまたコメント欄が盛り上がった。



『www』


『きょうだい揃ってミリオタで大草原不可避』


『部隊の重要なムードメーカーだな』


『仲良しきょうだいで羨ましい』


『俊也くんかわいい( *´艸`)』


『戦車爆発したwww』



 チームは辛くも、佐紀音さきねのエイム(銃の照準を合わせる力)とリーダーシップによって、勝利を収めた。



「どうだったかね、俊也くん。これが、かつて一世を風靡ふうびした名作FPS、『バトル・エリア・フォートレス』だよ」

「めっちゃ楽しかったわ」

「ならよかった」


 初めてのパソコンゲームと配信活動を経験して、俊也は、心を躍らせていた。



 こんなに楽しいことで、お金を稼げるなんて!俺も女の子に生まれて、ライブ配信をやってみればよかった!

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