第36話それぞれの思い
sideアンナ
いったい、何なの? なんであんなに楽しそうにダンスを踊っているわけ?
心の中で、怒りがこみ上げる。クリストファー様は、笑顔で、何も気にせずに踊っている。
確かに、今日は、まだ婚約者ではない私と踊るわけにはいかないと聞いていた。でも、他の男性と仲良く話している私を見たくないから席から離れないでくれと言っていた。だから私はおとなしく座っていたのに!
少しは私に気を遣って、嫌そうな顔で踊ったらいいじゃない。そうすれば、私だって少しは安心できたはずなのに。
私の周りにいるお友達が、私を気の毒そうな目で見ているのを感じる。
ああ、なんて屈辱的なのかしら…。
ひどいわ、なんでこんな思いをするの。
ドレスだってそう。今日は伝統的な夜会だから、側妃様の伝統的なドレスをサイズ直しをして着るように言われた。でも、シャルロット様とエルミーヌ様は全然、伝統的なドレスじゃないじゃない!
あんな素敵なドレス、初めて見たわ。彼女たちの姿を見た瞬間、胸がざわついた。あんな豪華なドレスを着ているなんて。
あの2人だって、ハンカチの布をお願いした時、今度この布でドレスを作るからご一緒にって言ってくれれば、私は快く頷いたのに…。
最近までハンカチを色々な人に自慢した私がばかみたい。ドレスと格が違うじゃない。
ドレスは残念ながら贈れないからと言って、クリストファー様から渡されたイヤリング。これじゃあ、割が合わないわ。
…なんだかいろいろ納得がいかない。じっくり話を聞かないといけないわね。
そんな思いを胸に、私は無意識にイヤリングを指でなぞった。
どうにかしてこのざわめく不安を解消しなければならないわ。
*****
side 国王、王妃、側妃
「「陛下!」」
「おお、どうだった。早く教えてくれ」
王妃様はわずかに興奮を抑えながら、話を続ける。
「王女がもっと王太子と話をしたいって、ねえクラリス」
「はい! 明日王宮のお茶会に来てくださるそうです。急いで準備をしなくては」
陛下は満足げに頷いた。
「それで、手ごたえはどうだった?」
「はい、好感触でしたわ」
王妃様の顔に満足そうな微笑みが浮かぶ。
「そうですわね。ダンスをしている2人、とってもお似合いでしたわ」
胸の中で安堵が広がった。だが、すぐに思い出す。
「ダンス中、オセアリス王国の宰相様が来てくださって、明日共にいらっしゃるといっておりましたわ」
「宰相が! これは上手くいきそうだな」
そう言いながらも、陛下の目にちらりと不安が見え隠れする。
「しかし、忘れてはいないだろうな、アンナのことを」
「ええ、2人のダンスの様子を一部始終を見ていましたし」
王妃は口元を引き締め、心の中で何かを考えているようだった。
「今日は大人しく座っておりましたが、あの子が黙っているはずありませんもの」
「どうしましょう! 王女に生意気な口をきいたら…」
その言葉に、王妃の表情が一層険しくなる。
「困ったわ。婚約どころの話ではなくなる…」
そんな…。
2人で、焦っていると、考え込んでいた様子の陛下が、話し出す。
「王女にアンナのことは…いや、シャルロットたちが伝えていないわけがない。王女は知っていて明日王宮に来ると言っているのだ、きっと」
「王女は、とても賢そうに見えましたわ。いっそのこと、王女にアンナを任せてみたらどうでしょうか?」
王妃のその提案に、一瞬の沈黙が訪れる。私もその可能性について思いを巡らせるが…
「…王女にですか? アンナをお茶会に参加させるということですよね、大丈夫でしょうか?」
今回は急なお茶会。以前とは違い隠せないだろう。誘わなくてもやってきそうだ…
「…いい案かもしれない。アンナ程度に言い負けるようであれば、そもそも正妃は無理だ。口惜しいが、王女は諦めるしかない。もしその逆なら…上手くいけばアンナと縁を切れるかもしれぬ」
陛下の言葉に、私たちはしばし黙り込む。しかし…
「陛下、それでも我が国のために国同士の問題にならぬようフォローは必須です」
意を決して陛下に伝える。
「そうだな」
陛下は深いため息をつき、そして強く頷いた。
「各々、明日に向けて気を引き締めよう。」
「「はい」」
陛下の言葉に、真剣に頷きながら、明日に向けて心の準備を始めた。
*****
side シャルロット&エルミーヌ
「見た? エルミーヌ」
私たちは、目の前で繰り広げられた王太子と王女の様子を見ていた。
「見ましたわ、シャルロット」
少しの沈黙の後、シャルロットは冷静に答える。
「王太子、簡単に落ちたわね。可愛い令嬢が好みかと思っていたけど」
「ふふ、出会った瞬間、世界が煌めき出して、運命の人だと気づいたんじゃないでしょうか?」
シャルロットは、束の間の沈黙の後、肩をすくめ、軽く笑った。
「エルミーヌったら。記憶力がいいわね」
「王太子殿下に呆れるより、ここは、ロザリア王女を称賛するべきですわ」
シャルロットはうなずきながら、唇に弧を描いた。
「ええ、赤子の手をひねるが如くだったわね」
ダンスフロアの中央で踊る王太子とロザリア王女。二人の動きが鮮やかな調和を見せる様子に、周囲からは感嘆の溜め息が漏れた。
すごいわ、王太子のステップのミスを見事にカバーしている。
シャルロットが言葉を続ける。
「王太子、絶対アンナのことを忘れているわね」
思わず小さくうなずいた。
「アンナ様、睨んではおりますけど、お2人に近づきませんわね。王太子のファーストダンスですのに。何と言いくるめられているのでしょうか」
「ふふふ、ちゃんと座っているものね。私はてっきり怒ってホールに行くんじゃないかと思ったけど」
本当ですわね。
「ところで聞こえた? 明日お茶会ですって」
思わず顔を見合わせ、無意識に微笑んだ。
シャルロットの声が静かに響く。どこか興奮が抑えきれないような響きだ。
「王妃殿下達、声が大きかったですものね。よく聞こえました」
聞き耳を立てなくても、王妃殿下の声の大きさで内容がまるわかりだった。よっぽど嬉しかったのだろう。
シャルロットが、にやりと笑った。
「…お茶会、同席させてもらおうかしら?」
「ふふ、確かに。結末を見届けたいですわね。特等席で」
シャルロットは、少しだけ思案するような表情を見せる。
「押し込んでみる? 私たちに感謝しているだろうし、今なら王家から許可が簡単に出そうじゃない?」
「そうなると、公爵様から言ってもらうのが早いですわね」
そんな会話をしていると、王太子とロザリア王女のダンスが終わり、会場にひときわ大きな拍手が沸き上がった。
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