第26話紹介したい方

オセアリス王国での三日間は、あっという間に過ぎ去った。





「2人とも、また二か月後に会おう」




そう告げた時のヴィンセント様の瞳には、微かに哀しげな光が宿っていた。


別れの時、フリード様は今にも馬車に乗り込みついてきそうな勢いで、ヴィンセント様に取り押さえられていたが、そのヴィンセント様も名残惜しそうな表情を浮かべていた。


馬車が動き出すと、二人の姿は徐々に小さくなり、馬車から見えていた海岸線もやがて見えなくなった。



いつまた、この場所に訪れることができるかしら…。そんな思いが胸の奥で静かに広がった。



宿泊地以外に寄り道をすることなく続いた馬車移動は、体に疲労を溜め込ませた。それでも、シャルロットとの会話は楽しく、道中は笑顔が絶えなかった。疲れの中にも、旅の余韻が心を彩る。





*****




公爵家の屋敷が見えてきたとき、私たちを出迎えるように公爵夫妻が揃って立っていた。



落ち着かない様子でそわそわと視線を動かす二人の姿が目に入る。その姿に胸がじんわりと温かくなった。






「影からの報告で私たちが無事だと知っているはずなのに……まあ、心配してくれる気持ちはありがたいと思わなくてはね」



「ふふ、そうですわね」



自然と口元がほころぶ。




「あっ、でも、公爵様、シャルロットが影に気づいていることはご存知ありませんから、注意してくださいね」



心配性の公爵様は、私たちにずっと影を付けている。常に周囲に気を配り、神経をとがらせて生活をしていた私たちは、その気配をだいぶ前から感じられるようになっていたのだが、そのことは内緒にしている。



「わかっているわ。でも影、多すぎると思わない? 」


「確かに、そうですわね。プライベートなんてないようなものですわ」



王宮にいたときには王家の影もいた――王家の保護でもあり監視でもあった。しかし、王家を出た今でも影の数の気配が変わらないのはなぜなのだろう。公爵家の影が増えたのかしら?そんな疑問が一瞬浮かんだが、公爵夫妻の温かな笑顔がそれを忘れさせてくれた。



「おかえり、二人とも」




「ただいま帰りましたわ」


「わざわざのお出迎え、ありがとうございます」


温かな挨拶を交わしたのも束の間、公爵様は少し困ったような顔をしてこう告げた。





「土産話を聞きたいところだが……また王家からだ。今度は国王陛下から手紙が届いていてね。疲れているところ申し訳ないが、執務室に来てくれるか?」




「またですの……」

シャルロットから思わず呆れた声が漏れる。



*****





執務室に移動し、手紙の内容を確認する。





「つまり、夜会の手伝いをお願いしたいということかしら」



「 私たち、確か、招待客だったはずではありませんか?」




私たちの疑問に、公爵様は深いため息をつく。元婚約者に招待状を送るのもどうかと思うが、体裁を保ちたい王家の思惑もわからなくはない。欠席して、余計な噂が流れることも面倒ということで、思惑に乗ることにはしていた。だが…




「…金がないそうだ。しかし、王太子の誕生を祝う夜会がみすぼらしいものでは国の沽券にかかわる。他国からの招待客もいる以上、公爵家である以上、協力せねばならないだろう」



公爵様が疲れたように言葉を漏らす。


「金がないって……慰謝料はどうなりましたの?」



シャルロットが淡々と問いかけると、公爵様は肩をすくめながら答えた。




「慰謝料の手続きはようやく終わった」


その言葉を聞き、シャルロットは小さく息をつく。



なるほど――侯爵家にも支払われたということね。父が動き出すのも時間の問題だろう。私の新たな婚約を模索するために。そんな現実が頭をかすめ、心の奥で複雑な思いが渦を巻く。




「慰謝料を払った、だから金がない、手伝ってくれ……ですって?全く意味が分からないわ」


苦笑を浮かべながらそう言うシャルロットに、公爵様は軽く頷いた。




「そうだよな……金を支援するという形で断るか?」


その提案に、少し思案した様子のシャルロットの顔がぱっと輝く。



「でも、まあ……今回は、それを利用させてもらいましょう。それでいいわよね、エルミーヌ?」


ふふ、楽しげな声色ね。



「そうですわね。私たちに都合のいい演出ができそうですし。あっ! 思惑通りの出会いも作れそうですわね。ええ、引き受けましょう」




「出会い?」



不思議そうに首を傾げる公爵様に向け、シャルロットはにっこりと微笑む。その微笑みは、明確な意思と計算が滲むものだった。




「お父様、詳しいことはお食事の後のお茶の時間に、旅の話と一緒にお話ししますわ」


「公爵様、私たち、とても素敵な方と出会いましたの。ぜひ、王家の方々にも紹介したい方が」





「…ほう、それは楽しみだ」




これからの不安や旅の疲れよりも、新たな策が練り上がる楽しみのほうが強くなっていた。


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