第17話ヴィンセント&フリード ーオセアリス王国にてー

「今度は、どちらのレディとデートだい?」


   


からかうような声に、わずかに顔をしかめた。フリードの態度が意図的な挑発であることはすぐに理解できる。



「デートじゃない。これから仕事だ」




言葉を冷たく返すと、フリードは一瞬だけ黙ったが、すぐに肩をすくめて楽しげな笑みを浮かべた。


「ふーん」



フリードは興味深げにこちらを見つめる。目を合わせると、その表情の裏に、何かを見透かしているような、挑発的な意図が感じられた。まるで私が何か隠しているのではないかと、疑っているような視線だ。




だが、今はそれに構っている余裕はなかった。仕事だって言ってんだろ?




「時に、ヴィンセント、君は妹と連絡を取り合っているのか?」



質問が、唐突に飛び込んできた。ん? 連絡? 急になんだ? 


少し驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。妹のことを心配しているのだろう。



フリードは初めて会った時から、妹のシャルロットのことだ好きだからな。…それとも、また別の意図があるのか? フリードの性格を考えると、何か企んでいるようにも思うが…。




「…先月、手紙が来たけど、どうした?」



探るように答えると、フリードは不快なほどに笑みを隠しながら、こちらを見てきた。



「ふーん」


「なんだ、その『ふーん』は?」



思わず眉間に皺を寄せた。



「いや、じゃあ最新の情報は知らないんだなぁって」




フリードはその言葉を軽く放ち、おどけた調子を崩さない。彼の目には、輝きが宿っていて、まるで自分だけが何か大きな秘密を知っているかのような態度だ。そんな彼に、少しだけ苛立ちが湧く。




「なんだよ、もったいぶらずに教えろ」



無邪気に笑うその顔に、どこか不安すら感じてきた。





「実はね。シャルロットにつけている、うちの影からの情報でね――」




「待て待て、影ってなんだ!? 初耳だが!!」





思わず話を遮った。フリードの実家である侯爵家の影なのか?シャルロットに関する情報を追うのは、好きだからにしても…。いや、やりすぎだろう、ストーカーか? 



「当たり前だろう。初めて言ったんだから」



フリードは、なぜだか得意げに胸を張った。



「何かと心配だし、常にシャルロットの新しい情報を手に入れておきたいじゃないか」



お前は、どういう立ち位置だ。


シャルロットとエルミーヌにはうちの手練れの影もついているはずだが…父は知っているのか?




「はぁ…。俺の妹に何をしているんだ」


「まあまあ、話は最後まで聞きなよ」




フリードは手を振りながら、笑みを浮かべた。




「その影からの新情報でね……ふふ、ははは、あー笑いが止まらない!」


フリードは、楽しげに笑い続けている。その様子が、苛立ちに拍車をかけた。




「気持ち悪いな。いったい何なんだ?」


冷ややかな視線を向ける。




「これを聞いたら、君は今までの女遊びをきっと後悔するよ」



フリードの口調には皮肉が混じり、楽しんでいるようだった。その一言に、ため息をついた。




「女遊びだなんて、人聞きの悪い」


声を少し低くしながら言い返した。



「一線は越えていないし、好意を持ってくれた女性たちの頼みで、ただデートをしているだけだ」




「はぁ、世の中では、そんな男のことを『女好き』って言うんだよ?」



反論はその通りだとは思うが…。


冷静さを保ちながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。




「思い出に、と言われれば断りにくい…」



「そうだよね、君は、君の想い人とはデートできないものね。その子たちの気持ちがわかるってわけだ」




その言葉に、一瞬だけ口を閉ざした。軽口の応酬を続ける気が失せたのだ。それでも、何事もなかったかのように肩をすくめ、気だるげにフリードを見る。




「…ああ、別にいいだろう? 本当に好きな人とは結ばれないんだから」




その言葉が口から零れ落ちると、胸の奥にじんわりとした痛みが広がった。どんなに愛しても、どんなに努力しても、何度考えても、運命の流れには逆らえなかった。




「だからせめて、私に思いを寄せてくれている女性に思い出くらい…。彼女たちだって、この先、貴族として親の決めた相手と結婚する」




フリードは、にやりと笑いながら首を振った。その顔には、いつもの軽薄さと共に、どこか楽しげな表情が浮かんでいる。




「まあ、私も同じ立場だけど。でも、絶対に君みたいな真似はしないよ」



言葉に、微かに不快感を覚えた。しかし、その不快感が完全に言葉にできるほどには強くなかった。なんとでも言え。



「価値観の違いだ。それに、私だけでなく彼女たちもきちんと割り切っている」



「いやいや、ほら、一人、君に本気の子がいるだろう?」




フリードはその目を細め、意味深に笑った。その言葉に一瞬だけ、心の中で冷たい何かが走るのを感じた。





「……王女のことか?」



少しだけ沈黙が流れた。




「あの方が私に恋などしているわけがないだろう。王位継承のために、公爵家の私を王配にしたいだけだ。まあ、それも王子が生まれたことで、なくなった話だがな。最近は絡まれることもあまりなくなった」




その言葉を口にすると、何故か少しだけ心が軽くなった気がした。ただ事実として冷静に語ることで、執着されていた煩わしさがほんの少し消えたような気がした。




「ふーん」

 


フリードがそう言って、口元を緩める。彼のその表情に、再び苛立ちを覚えた。だが、すぐにその感情を抑え込む。




「だからその『ふーん』をやめろ。いい加減に話を進めたらどうだ? 仕事だって言っているだろう?」



冷徹に言い放ったのに、にやにや笑いながら前のめりになる。




「いいのかい?  仕事どころじゃなくなるし、君の今までの行動を後悔するかもしれないぞ。ふっふっふっ、実は――君の国の王太子、2人と婚約を解消したらしい」





コンヤクヲカイショウ





‥‥‥はぁ????? ま、まさかそんなことが……。



エルミーヌとシャルロットが? 王太子と…。




確かに仕事どころじゃない…焦りと怒りと喜びが沸き上がり、気を失いそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る