第3話作りたいものがあるの

「今更ですが、国王陛下、いえ、王妃殿下達もこのことは知りませんわよね…」



「知るわけないわ。知っていたら全力で止めるでしょうよ。自分たちの息子の出来が悪いことくらいご存じでしょうし」



そうですわよね、だからこそ王太子妃教育があんなに厳しかったのですもの。



「…であれば、王太子は、隣国の王弟の結婚式に出席するため3人が出かけ、不在なところを狙ったのでしょうか?」




あらあら、私たちが許可をしたら、何とかなるとでも思っていたのかしら。




「隣国の結婚式。…普通、側妃は遠慮するものだけどね。毎回毎回、私たちにご自分たちの仕事を押し付け、優雅に外遊三昧。まあ、今回は、側妃も不在だったことが、私たちには幸運だったと言えるわ。私の両親もその結婚式に参加しているから、全てが動き出すのは、皆が帰ってきてからね」



そうすると…明後日位かしら? それにしても…




「ねえ、シャルロット。勝手に婚約を白紙にして公爵様はお叱りになるかしら? 私の親は、多額の慰謝料でももらえれば、私のことなど、どうでもよさそうですけど」



私の未来は、まだ婚約者のいない方との結婚か後妻でしょうね。間違いないのは、お金がある家。うーん、生理的に受け付けないお顔だったらどうしましょう。





「大丈夫よ、きっと。ねえ、そんなことより今を楽しむのよ。何をしようかしら。今まで我慢してやれなかったことをやりたいわ」



「そうですね。妃になる人生しか考えていなかったですもの。捉われていた心を開放するのもいいですわね」





そう、たくさんのことを我慢してきた。私には、この道しかないのだと。




「そうよ! そんなエルミーヌに私から提案があるわ。ふふ、実はね、作りたいものがあるの」



「作りたいものですか?」




何かしら?




「ええ、作りたいだけじゃなくて世に広めるため売りたいの。と、いっても一から商会を立ち上げるのではなく、公爵家の商会を利用しようと思っているのだけれど」




シャルロットの父である公爵様は商才があり、いくつも商会を持っていらっしゃる。


だから、私たちが不自由しないようにと妃教育にかかる費用等はもちろん、王太子殿下や王宮の予算などの補填もしていると聞いたこともある。



あら? 王宮、大丈夫?





「その作りたいもの、エルミーヌも絶対欲しいわよ! 」


「ふふ、何でしょうか? 早くおっしゃってください」





シャルロットの顔が生き生きとしているわ。



「ドレスよ! ドレス! 私は自分好みのドレスが着たいの。…思い出してエルミーヌ。あの王太子から贈られていた趣味の悪いドレスを着ていた日々。夜会ではいつもリボンたっぷりの動きにくいドレス。王太子の色を纏うのが当然といって、いつも黄色や茶色が入るし…私、本当はブルー系が好きなのに」



わかる。王太子の髪は金というより黄色だし、瞳は、側妃様に似てブラウン。婚約者たるもの王太子の色を纏うのは当然と王妃殿下達も止めたりしない。



それに、私たちのような身長が少し高めの細身な体にリボンたっぷりのドレス。流行りとはいえ、違和感でしかない…。あの子爵令嬢のように小柄で可愛い雰囲気の子には合うと思うけど。



「私は、白やラベンダーカラーが好きですの」


「やっぱり! そう思っていたわ」



”夜会でほかの令嬢が来ていた素敵なドレスを見ながら悲しい思いをしていたのよね” 

”自分好みのドレス。素敵ですわ” 

”もっと細身の令嬢に似合うドレスがあると思うの!” 

”流行は作るものですわ!!” と、話を弾ませる。ああ、ドレス談義が止まらない。





「エルミーヌ、私、まだ見ぬ私の美しいドレスを切望しているの」


「シャルロット、私も同感ですわ! ぜひ、私も一緒にやりましょう。お願いしますわ」






***



2日後




「「ただいま!!! シャルロット」」



慌てた様子で公爵夫妻が部屋に飛び込んでくる。



「エルミーヌもいるじゃないか! どうしたんだい、2人とも帰ってきて? いや、とっても嬉しいが…ずいぶん急だね」




隣国から帰宅して、すぐ家令に聞いたのだろう。慌てて部屋に来た様子の公爵様達に、シャルロットが、子爵令嬢の話を説明していく。



公爵様の顔が、どんどん怖くなっていくわ…



「…なんだと、そんなふざけた話があるか!! 今すぐ王宮に行ってくる」




先ぶれを早馬で飛ばし、すぐに出て行く公爵様。なんて娘思いの父親なのかしら。


我が侯爵家は…まあ、想像するに容易いわ。


そんな感情が顔に出ていたのか、公爵夫人に急に抱きしめられた。




「エルミーヌちゃん、あなたのことも、なーんにも心配いらないわ。夫がなんとかしてくれるもの。そうだわ! このまま、シャルロットちゃんの妹になるのはどうかしら。ああ、それがいいわ。私、もう一人、娘がほしかったの」



「お母様。エルミーヌと姉妹になるのは大賛成ですが、それは追々。エルミーヌが驚いているじゃありませんか」



「あら、そうよね。ちょっと先を急いじゃったわ。私が言いたかったのはね。遠慮しないで、ずーっとここにいてね。と、いうこと」




「…ありがとうございます」



笑ったつもりだったが、意図せず、涙が頬を伝う。

淑女なのに不覚にも人前で泣くなんて…恥ずかしいわ。




「嫌だわ、お母様、泣かせないでくださいませ」



”あらあら、どうしましょう” とハンカチを差し出してくれる公爵夫人、私を抱きしめるシャルロット。温かい2人に囲まれ、ほっとする。無関心な自分の家族のことを何とも思っていないつもりだったのに…そうではなかったのかもしれないわ。




「あっ、そうそう、お母様」



思い出したかのように、シャルロットは、ドレスの話を始めた。すると、可愛らしい公爵夫人の瞳がキラキラしだした。




「まあ、素敵! そうよ、私ずっとあなたたちに似合うドレスがあると思っていたのよ。王太子殿下のあのセンス。壊滅的よね…。もっと、あなたたちを着飾ってあげたかったのに…。でも、シャルロットちゃん? 商売ではなく、好みのドレスを仕立屋に作ってもらうじゃだめなの? 」



「ええ、私、ずっと目を付けていた布がありますの。希少なのですが、私がこれまで培ってきた人脈を生かし、必ず手に入れ、いえ、手に入れるだけではなく量産できるよう手はずを整えますわ。流行りを作り出すには、安定した供給が必要なのです。ですから、商売にしなくてはいけませんの」



そうね、安定して手に入れられるようにするには、やはり正式な手続きが必要。商売にしてしまったほうが早いわ。



「エルミーヌは、執務をほぼ代わりに行っていましたもの。国内での根回し、契約のための交渉、その他もろもろ、我が公爵家の商会の者とうまく調整してくれるはずですわ。ふふ、私は、外交や情報操作が得意ですもの。それを生かします。あ! あと、新鋭のデザイナーにも心当たりがありますの。ああ、私たちは無敵です。楽しくなってきたわ!!」



シャツロットの笑顔は、まるで未来の成功を既に手に入れたかのように輝いている。



「そういうことなら応援するわ。あなたたちは今まで、常に成果を求められ、失敗が許されない環境にいたのだもの。失敗してもいいからチャレンジをしてみなさい。ふふ、何かあってもなんとかしてあげる。親らしいことがしたかったのよ、私」




新たな挑戦に向かって歩み出す勇気をもらった気がする。


それに…『私たち、あなたたち」2人の会話には、私が必ず存在している。そのことが、とても嬉しいわ。


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