見返りは、当然求めますわ
楽歩
第1話わたくしたちが側妃とは?
「…もう一度おっしゃっていただけます?」
窓から庭園や宮殿の美しい風景が見渡せる王太子の私室は、一瞬にして張り詰めた。
大変だわ、シャルロットの声が震えている。怒りを帯びて…。
「うん、いいよ。だからね、私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」
何の悪びれもなく、話しているこの方は、この国の王太子、クリストファー・ヴェール。私たち二人の婚約者だ。
この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。
そして、どちらが正妃か側妃かの正式な決定は、王太子が18歳になる年に下されるのだ。
王太子より1歳年下の私、侯爵家の令嬢エルミーヌ・ルーベンスと、公爵令嬢シャルロット・モンフォールは、正妃候補として10歳から王宮に住んでいる。
しかし、私たちは単にその座を争ってきたわけではない。お互いに切磋琢磨しながら、共に成長してきたのだ。言ってみれば、苦楽を共にしてきた戦友のような存在である。
王太子妃教育もすでに終了目前であり、正妃の正式な決定の日も半年後と迫っている。それなのに…
子爵令嬢? 決めた? うーん、おかしいわ。耳には自信があったのですけれど?
「お二人とも、ごめんなさい。で、でも、私、クリストファー様のことをお慕いしてしまったのです。クリストファー様も、諦めなくていい、同じ気持ちだとおっしゃってくださって…。昨日の私の誕生日に、一番愛する私を正妃にしてくださると約束してくださったのです」
微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。えーと、やはり妾ではない…私の耳は正常でしたわ。聞き間違いではなく、正妃とおっしゃった。
目の笑っていないシャルロットが再び、問い返す。
「…こちらの方とは、いったいどこでお知り合いに?」
「ああ! 聞きたいかい? 実は、私の友人のハインの妹なのだ。子爵家に遊びに行ったとき出会ってね。なんていうか、そう、世界が煌めき出して、気付いたんだ! 私の運命の人だとね」
嬉々として話し始めた殿下と「まあ」と頬を赤らめる子爵令嬢
ああ、ちょっと頭が冷静になってきたわ。
王や宰相の選んだ側近候補のご学友たちではなく、頭の具合が一緒のあの子爵令息様ですわね。その妹か…
「ほら、父上が言っていたじゃないか。どちらかが正妃でもう一方が側妃だって。君たちには悪いけど、この国では、側妃は一人しかなれないんだ。2人とも優秀だし、選び難いよね」
「私なんかが正妃なんて恐れ多いのですが、優秀なお二人のどちらかに支えてもらえれば心強いです!!」
私たちのどちらかが、この子を支える…この子を?
三度、シャルロットが問い返す。ああ、虚ろな目をなさっている…
「…そちらの子爵令嬢は、さぞかし優秀なのでございましょうね?」
「優秀さ? そんなの関係ないよ。彼女は私の癒しなんだ。だから辛い妃教育は受けさせたくないし…。淑女の仮面をかぶった感情のわからない子になってほしくないんだ」
なるほど、優秀では…ないと。それにしても、王太子は、私たちのことを『淑女の仮面をかぶった感情のわからない人間』という認識だったのですね。今知りましたわ。
!! ああ、大変。 シャルロットの扇が、ミシミシいっているのが聞こえますわ。
「王妃と側妃である私の母は仲がいいだろう? だから考えたんだ。どちらも優秀だから、アンナとより仲良くなれる方を側妃に選ぼうって。だからね、アンナに気に入られるように、これから頑張ってほしい」
「お二人とも頑張ってくださいね!」
なるほど、私たちに”側妃になりたければ、この子のご機嫌取りをしろ”そう、おっしゃりたいのね。
そんなことを考えていると、さっきまで虚ろな目をしていたシャルロットが、急に表情を一変させた。
あら、何か企みを秘めた微笑ね。
「そういうことでしたか。ええ、理解しましたわ。それではまず、お二人の未来を祝福いたします。運命の出会い、そして正妃決定、おめでとうございます」
「「ありがとう!」ございます!」
声を合わせて喜び合う王太子と子爵令嬢。怖いわ。シャルロットの冷笑に気付かないなんて…
「次に側妃の件ですが、今まで私とエルミーヌは、正妃の座を争っていたのです。ですからここは、一旦正妃の座を争うための婚約を解消しなくてはなりません」
「え、そうなのか? やることは変らないのに?」
首を傾げ、不思議そうな顔の王太子。
「ええ、そうです。そんなつもりはないと、私たちはもちろん思っておりますが、他の貴族の皆様は、『妃教育も受けていない、ぽっと出の子爵令嬢が、正式な手段を使わず正妃の座を手に入れた』と思うはずです。」
「そ、そうだろうか?」
「え! そんな…困ります」
王太子と子爵令嬢は、明らかに動揺しだした。
「そうなのですわ。そうすると『我が娘にもチャンスが』と思う貴族が現れ、余計な揉め事となります。そこで私たちです。高位貴族である私たちが自ら身を引いたとわかれば『ああ、そんなに素晴らしい令嬢なのだな』と皆が思います。ええ、きっとそうです」
「おお、確かに!」
王太子の目には、シャルロットへの信頼と賞賛が見て取れた。
「そのあと、『側妃でもいいので』と私たちがまた再び声を上げれば…あとは殿下、言わなくてもわかりますでしょ?」
「さすがだ! シャルロット」
「お喜びください、シャルロット様。一歩、側妃に近づきましたよ!」
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