第6話 癒す力・聖女としての力
現れろ、救済に導く音色のオーラ・与楽と慈愛への到達
アライバル・マイトリー
愛奈が囁いた途端、手に持っていた杖が灰色に光り、形が変わり始める。
杖は──縦長の横笛へと変わっていく。灰色の、今まで感じたことがないくらいの強いオーラを持った横笛。
来る。これが愛奈の、聖女としての本当の力。さっきの杖でも、傷ついた人の救済は出来るが、それだと一度に回復できる人数はせいぜい数人。この時の愛奈は、普通のBランクレベルのヒーラー。しかし、この笛を奏でることで、愛奈は聖女としての力を発揮する。
そう、この音色を聞いた人全員のダメージや傷の回復ができる。この森にいる、100人はいるであろう村の冒険者たちを全員。
そして、愛奈が笛を吹き始める。柔らかくて、美しさすら感じさせる音色。
聞いているだけで、傷だけなく心まで癒されていくような感じになる。周囲の人たちも、傷が癒えていき肉体が回復していっているのがわかる。
「これ、すごいよな」
「ああ、ボロボロだった体が元通りだ」
怪我を負った人の出血していたキズが、少しずつ塞がっていく。
ボロボロで傷だらけだった身体が、徐々に癒えていく。特に傷が深かったり出血がひどく早く回復させないとまずかった人たちの治りが早い。
何十人という負傷者があっという間に回復。誰一人犠牲者を出さず、この戦いを終えることができた。
俺は──つい夢中になって、キレイな音色を聞き入ってしまった。真剣な表情で、横笛を吹く愛奈に、美しさを無意識に感じ見入ってしまう。きれいだなぁ。
数十秒の音色が訊き終わると、愛奈は演奏をやめ、ふらついてしまった。額から汗が流れ、疲れ切ったような表情。そして、後ろにある木に寄っかかると足の力が抜けていくようにして腰を下ろしてしまった。
これ、回復量もすごいんだけど愛奈の魔力消費もすごいんだよな。だから連続使用が出来ずここ一番での使用しかできない。
座り込む愛奈の体を掴んで支える。朗らかな笑みを向ける愛奈。
「あ、ありがと」
「気にしないで。回復、ありがと」
怪我を回復してもらった人たちは、一目散に愛奈のところに向かい、絶賛の言葉を贈る。
「すごい、何十人もの人間を回復させるなんて」
「流石は聖女。すごいよ」
その言葉に愛奈は思わず顔を赤くして、手を横に振って謙遜。照れているのもあるかもしれない。愛奈、意外と直球で褒められるの苦手なんだよな。
それから、苦笑いになって言葉を返す。
「いやいや、大げさだよ」
「そんな事ないって。聖女だよ聖女。その名に恥じない活躍をしてるよ」
「そうだよ。これだけの怪我人を一瞬で、初めて見たよ」
最初は、村人たち俺と愛奈に疑問の目を向けてた。中には呪われた悪魔の子とレッテルを張られたこともあり、焼き払えと主張するやつだっていた。
村に来た時から献身的な姿を見せて、俺が動物たちを狩る姿を見て、村人たちが最初とは違い信頼してくれるようになったのだ。
今回も、愛奈はそんなことを気にも留めず村人のために戦い。戦いが終わったらそのままダークフルード・ロットを召喚。黒を基調とした、大きな杖。杖には、見たことがない文字が描かれている。何か意味があるのだろうか。
そして自分の魔力で傷ついた人たちを回復していた。力を放つたび、愛奈の体から黒いオーラが放っているのがわかる。あれは確実に──闇を基調としたダークフルードの力。
当の本人は、魔力を使いすぎて、俺に体を預けている状態なのに。自分がボロボロになっても、愛奈はこうして周囲のために尽くすのだ。いつもいつも。
「何?」
「いいや、大丈夫かなって」
「大丈夫だよ。ちょっと魔力、使いすぎちゃっただけ」
周囲のために自分を犠牲にする愛奈に、思わず見とれてしまい目が合ってしまった。数えきれないくらい見てきた光景なのに、心配に思ってしまう。
正直、この村に転生した時「ふざけんな」と思った。最初ここに来た時は、石を投げられ、殴られ──。
俺達を慕っていたのも、俺達が強くて使えるから。弱かったら、一度目に転生した時みたいに差別といじめが待っていたと思う。
だから、いい感情なんて持っていなかった。
けど、他人のために必死に戦って、自分が消耗しても村人たちの事を考える愛奈の姿を見ていたら、そんな感情は吹き飛んで一緒に村のために戦おうという感情になった。
俺だって、そんな愛奈に救われたんだし。
これが、愛奈のすごい所なんだよな。
そういう感情が吹き飛んで、頑張ろうって気分になれる。自然と前を向こうって思いが出てくる。
村人たちも、そう感じているから何かあると愛奈の元に寄っているのだろう。
村でも、愛奈の元にはみんなが寄ってくる。
「じゃあ、こいつらの肉とドロップしたアイテム。早くいただいちまおうぜ」
「そうだな。肉が腐らないうちにな」
「そうだね」
愛奈の言葉を皮切りに、冒険者たちでの作業が始まった。俺も、ドラゴンの肉を切り分ける作業に参加していった。
亜熱帯のジャングルが生い茂るこの地域では、農業が発達せず食料は刈った動物の肉や木の実。たまに来る商人から仕入れた保存食が主な食糧なのだ。
珍しい食糧、それも貴重な栄養源。村人たちは避難していた人もすぐに表れて肉を村へと運び始めた。
「貴重な食糧だ。村までじゃなく、腐らせないようにギルドの隣にある冷蔵庫まで運べよ」
「ええと、冷蔵魔法が地下の食糧庫に張り巡らされているあそこですよね?」
「そうだ。こっちはけが人が出てる。そいつらの分まで頑張ってくれ」
「はい!!」
生活が掛かっているせいか、いつもより慌ただしい感じだった。
騒がしくも、生き残るために最善を尽くしている村──ここは、いつもこんな感じだ。
あれから2か月後、俺と愛奈は長旅の準備を終えて、村の入り口に立っていた。
相対していた村人たちが、応援の言葉をかけてくれる。
「頑張ってくれよ遊希君 お前ならいけるよ」
「愛奈ちゃんも、頑張って。聖女でしょ?」
「えーと、みんな。ありがとう。絶対合格してくるからね」
村人たちの声援に、愛奈は笑顔で大きく手を振ってこたえる。
村人たちは大喜びだ。
「それにしても、まさか王都の貴族から声を掛けられるとはな。すごいよ」
そう、俺達がドラゴンを狩ったという事実は、村にいた辺境領主を通じて王都の貴族の一人に伝わった。
それであの活躍が認められて、試験を受けてみないかと王都のアカデミー「クライスト・アカデミー」から誘われたのだ。
アカデミーの入学難易度、以前の転移時に受けたことがあるが、とてつもなく高い。
クライスト王国から様々な貴族のご令嬢や御曹司が試験を受けに来る。
実技、筆記──どれをとっても高難易度の中、対策済みの彼らを抜いて、山での狩りや畑仕事をにいそしむ一般層の人が合格するのはあまりに難しい。
魔法に関する専門的な知識や技術など、こんな片田舎で手に入るはずがないのだから。
「合格したらさ、俺達にも金が入るからさ、合格してほしいのよ」
「全くだ、こんな偏狭な村だからさ──」
もし俺たちが合格すれば村にも大金が入ることになっていて、それをあてにしているというのもあるだろう。
2人が合格すれば、村の予算一年ほどのお金が手に入るのだから。
まあ、最初は絶対許さないと思っていたけれど何度もやり直す中でこいつらよりもっと性根が腐り切った奴なんていくらでも見てきた。
今回はうまくいったこともあり、短い間にも情が湧いてくる。
何より、愛奈が必死に救おうとしているのに、俺だけ見て見ぬふりをするなんて出来なかった。愛奈が悲しむ姿が想像できて──そしたら彼らを嫌う感情は、自然と消えた。
どこかで帰ってきて、挨拶しに行ってもいいかもしれない。
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