第2話 最後の戦い、しかし
転生先の世界は。これまでいろいろな別の異世界だったり──今まで過ごしてきた同じ世界の別の場所だったり。
そこで生まれ変わって、絶対に隣には愛奈がいて、2人一緒に育つ。
そして16歳になって、俺と愛奈が死んだ歳になると同時に愛奈の記憶が戻って、それを確かめ合う。本当にそれの繰り返し。
そんな中で、レベルが低く、強さの伸びしろも悪かった俺。ひたすら、強くなるしかなかった。
空いた時間──ひたすら剣を振り、強くなった。今も、空いている時間や一人の時間は人気がない場所で剣の素振りに、トレーニングが日課になっている。
それだけじゃない、凡人の俺ではただ努力してもダメなのがわかった。
後遺症が出るくらい、常人がやれば肉体が崩壊するギリギリの量の薬物や強化術式を使った。これを、人生の中で何百回も繰り返す。
「何度苦痛を受けてもいい、愛奈が死なない世界、幸せになれる世界を作りたい。どんな困難でも──乗り越えてでも」
そう叫んだのが、俺の願いだと受け取られたのか、俺と愛奈だけは死んでも他の場所で召喚し直せるようになっていた。そして、俺だけは前世の記憶や力を引き継いでいた。
けど、愛奈は生き残ることはなかった。
1万回ほど転生を繰り返したところで、無限の時間に対して精神的な疲労を覚える。
身体は大丈夫なのに、どこか重くて現実感がない。
転生して、愛奈と出会って──毎日特訓。Eランクから何万回の転生をかけてCランクまで強くなったものの、どこかで愛奈を守るため、もしくは不意に強い敵と当たって死ぬ。それを無限に繰り返す。
何度も転生を繰り返す中で、精神的な疲れを覚えてしまう。どれだけ寝ても、休んでも癒えることはない。心の奥底から感じ始める、どっとしたような疲労感。
何度も愛奈に心配された。
「遊希君、疲れてるの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
夜、一人になった時なんかは夜空を見ながら考え込んでしまうこともあった。こんな事の繰り返して、本当に愛奈は救えるのかと。
──がそんな状況は、意外とすぐに乗り越えることができた。
そんな何度も転生するような状況が「当然」だと認識できるようになったのだ。毎日歯を磨いて、風呂に入ることに違和感を感じたりマンネリだと思うようなことがない──と言え感じ。
生まれ変わって、強くなって──苦しみのかわりに力を得て、強くなって。そしてどこかで力が足りなくて死んで生まれ変わって。
この、何度も転生する状況を「日常」であり「当然」だと認識することができて、俺の精神は正常に戻った。
そして、俺は一人になった時間ひたすら剣を振り続けた。
それだけじゃない、魔力を鍛え街を訪れた時は必ずこの世界の資料を読み漁る。
1千万回目あたりで、ユダに聞いてみた。
「なんか、何度転生しても違和感を感じなくなった。もう何百年も生きてるってのにさ」
「ほうほう、それは時間酔いという奴じゃ。寿命という概念がなくなったのじゃな。お主には」
「それは、分かった。これからも強くなるよ」
何度も強くなって、本を読んで。気が付けば精神的な負担は全くなくなった。ゲームに没頭しているときのように、夢中になって人生を過ごす。
気が付けば100億回ほどやり直して──俺はとうとうAランク相当の強さになった。
そして、魔王と直接対決へ。
「気持ち悪い……」
俺達を無傷でここまで送り届けるために、冒険者たちはみんな、勝ち目のない強大な敵に立ち向かっていき、数えきれないほどの犠牲を出した。そして、それを乗り越えて俺はここにいる。
呼吸するだけで、死体特有の血と肉体が腐敗した匂いがまとわりつく。ここに来てからずっとだ。
けど、愚痴を言う資格はない。彼らの数えきれない犠牲があったからこそ、俺はここにいるのだ。
そして、数えきれないほどの人の犠牲の上で魔王と向き合う。
灰色の光、俺の数倍はある大きさの筋肉質な腕。
吊り上がった目つき。醜悪さと圧倒的な強さをこれでもないくらいさらしだしたような外見。そして、圧倒的な闇の魔力のオーラを放っている。
互いにしばしにらみ合う。今まで殺されてきた仲間たちの事が脳裏に浮かんで──同時に剣を交じりあった。
勝負は一瞬で決まる。こいつとは、今まで何億回も死闘を繰り広げ、そのたびに俺は死んだ。
最後の10万回ほどは互角に戦えたものの、最後の最後で競り負けてしまった。しかし今度は──違った。
再び苦痛を伴う肉体改造を受け、強くなった俺は魔王相手に少しずつ追い詰めていく。
「俺様が、負けるはずもない。勇者ですらない貴様に」
「果たしてそうかな?」
集いし力がその想いを繋ぎ、光と共に未来となる
コズミック・バースト・アーティラリー
全力を込めた術式──勝利を確認し、にやりと笑みを浮かべた魔王に自信たっぷりの表情で言い返した。
「たかが一撃」
「一撃とは言ってない。5回ならどうだ」
通常の人間なら、放った瞬間に衝撃で身体が分解するような代物。Sランクでも1発が限度で撃ったらその衝撃で数日は動けなくなる代物。
俺は──何億年の時を通じた肉体改造により5発撃てるようになっている。流石にそこまで打つとしばらく動けなくなるが、そんなことは今はどうでもいい。
魔王の表情に、怯えと恐怖が入ってきているのがわかる。
魔王が数歩ほど後ずさりしていた。
「さあ、罪なき人々を数えきれないほど殺してきた貴様に、レクイエムを聞かせてやる」
さあ、俺の術式よ──狩られし者の悲しみの数だけ、その力で焼き尽くせ。
逆鱗なる力よ──その黒き怒りを震わせ、歯向かう敵を殲滅せよ!
「さあ、懺悔の準備は出来ているか!」
1弾目ぇぇぇぇぇ!!
俺が放った攻撃が、魔王の作った障壁を一瞬で破壊。魔王の右肩に直撃し大爆発を起こす。
「グォォォォォォォォォォォォォォ──」
魔王の右腕が吹っ飛び、断末魔の叫び声をあげ後ろに吹っ飛ぶが──気にしない。
「どれだけ殴りつくしても、散っていったこの世界の人の無念の憎しみは、燃え尽きることはない!! 2弾目ぇぇぇぇぇ!!」
今度は吹き飛んでいる魔王の左足に直撃。同じように左足が後方に吹き飛んでから魔王の肉体が地面に叩きつけられるように落下。
「志半ばで息絶えた、俺の仲間たちの怒りを知るがいい。3弾目ぇぇぇぇぇ!!」
攻撃は魔王の心臓部分に直撃し、大爆発。衝撃で血が悲報八方に飛び散る。
「おまえを倒すために自らの身をささげた、愛奈の悲しみを知れ!! 4弾目ぇぇぇぇぇ!!」
これが最後の攻撃──。
今までの想いを込めようと、最後の魔力をこめる。
「狩られし者たちの無念の怒り。その身に浴びて──砕け散れ!!」
今までで最も大きな一撃。
断末魔のような叫び声をあげ、魔王は暴れのたうち回りながら消滅していった。あいつからもう、魔力は感じられず肉体は木端微塵に吹っ飛んでいる。
そんなことはどうでもいい。俺はその目もくれずに後ろを振り向いて、愛奈の方へ駆け寄った。
倒れこんで、魔力はもうない。右脚が引きちぎれていて、辺りは血の海。それ以上に、一人でも多くの命を救おうと自分の力量を超えて魔力を使い、身体が消滅しかかっている。
もう、助かる見込みはないと。
思わず拳を握り、一瞬だけその姿から目をそらした。
「ごめんね……私、ここまでみたい」
「愛奈──どうして、どうして」
砂になって、消滅しようとしている愛奈の身体。背中の後ろに手を置いて、顔を近づける。
「ごめんね……けど、世界は平和になって、よかった」
愛奈の身体は、完全に消滅してしまった。
自分がこんな状況でも、最後まで俺の手を優しく握って、優しい笑みを向けてくれた。
いつもそうだった、誰かのために──周囲のために自分が犠牲になることをいとわない。
だから、救いたかった。いちばん尽くす愛奈だからこそ──
一番幸せになってほしかった。強く思ったからこそ、何度折れそうになっても諦めなかった。
勇者としての役目は果たした。これから、小規模な戦闘はあれど世界を2分してこんな数の屍を生むような戦いはもう怒らないだろう。
愛奈が望んだ世界。しかし──肝心の愛奈は、いない。
すでに事切れて、崩壊しつつある愛奈の肉体を元に戻そうとする。そんなことしても、愛奈の肉体は戻らないってわかってるのに──。
目の前に影がかかる。誰か足元にやってきた。まあ、大体想像つくけど。
パチンという音とともに右頬に衝撃が走る。ひっぱたかれたほほを抑えて顔を上げる。
「これが現実じゃ。どれだけ逃げようと──いないものはいない」
「んなこと、言われなくてもわかってる」
ひっぱたいた本人から視線を逸らして言葉を返す。そうだ、理屈ではわかってる。でも、俺の感情が全く受け入れようとしないのだ。
ツインテールとピンク色のロングヘア、幼女のような外見。
ユダか、説教でもしに来たのか?
「これでお主の使命は果たした。お主がやり直せるのは魔王が存在している時のみ。あの魔王が消滅したら──お主は勇者となり人生をやり直すことは出来なくなる」
そうだ、再び肉体が半分ほど消滅した魔王に視線を向ける。
「なあユダ、ちょっと聞きたいことがある」
勇者としては──禁断の行為かもしれない。下手すればぶん殴られてもおかしくない行動だ。けど、今の俺にはそれしかなかった。
拳を強く握って、ごくりと息をのんでからユダに話しかける。
「なあ……」
「なんじゃ」
「い、一番、周囲のために自分の犠牲になっている愛奈の幸せと笑顔のために戦うのは、悪いことだと思うか?」
思い出す。愛奈の姿。今まで、幾度となく過ごしてき時間と、愛奈の最期の姿。
どの世界線でも、愛奈は愛奈だった。
俺が一人、部屋に引きこもっていた時、両親さえ見捨てられていた俺に、手を差し伸べてくれた。愛奈がいなかったら、俺には何もなかった。愛奈がいたから、俺は学校に行けたしまともに生活を送れるようになった。
周囲の忠告も聞かずに……。
「かまうな、そんな命、愛奈の管轄外だ」
「そんなこと、言わないでよ」
どれだけ止めようとしても、愛奈は何度もそんな人たちに笑顔を向け、手を差し伸べる。
愛奈、俺に向けてくれた優しさを──どの世界でも向けていた。それで、命を落とすことだってあった。
そのことが、今でも脳裏をよぎる。
「一番、みんなの幸せを願って、自分を犠牲にしてきた愛奈が──一番幸せになってほしいと心の底から思っているのは間違っているのか。そう言ってるんだ」
ユダは、俺の言葉の意味を理解したのだろう。微笑を浮かべ、ため息をついた。
俺は、ユダを見ながら剣を自分の首に触れさせた。
「わしにそれを聞くか──」
「ああ」
「わしたちの目的は、魔王を倒し世界を平和に導くこと。そして、お主は世界の半分が犠牲にしたとはいえ それを壊すことに、『はい』とはいえないのう」
「だろうな」
「じゃが、貴様の行動を止める権利は、わしにはない」
それ以外何も言わず後ろを向く。まあ、この世界を救うのが女神たちの使命だからな。それに反することを言うのは──彼女たちの決まりに触れたりするのだろう。
ユダにとってはこれが精いっぱいの言葉なのだろうか。
「構わない。もう一度──俺は戦い直したい」
死ねばやり直せる。俺は自分の剣を首元に当てた。
今度こそは──愛奈を幸せにしてみせる。
それからも、色々な世界で幾度と無くやり直したが、結果は変わらなかった。
魔王を倒しても、愛奈はどこかで命を落としてしまう。
そのたびに、同じように首を切って自害して同じように首を切って自害して同じように首を切って自害して同じように首を切って自害して同じように首を切って自害して同じように首を切って自害して──数えきれないほど俺はやり直した。
何度も言われた。
「この子は、そういう運命なのじゃ。世の中にはな、どうしてもおる。どんな世界線をめぐっても、最後には死んでしまうのが」
確かに──ここまで戦いづつけて、一度も生き残れなかったといいなら、そうかもしれない。
到底受け入れる言葉ではなかった。
「それでも──俺は愛奈に死んでほしくない。そのためなら、俺は何度もやり直す」
「お主もしつこいのう。カウント機で計測しとるが、次で1兆回目じゃ。世界が平等だったことがあるか?」
「無くても、強い気持ちと執念で未来をひっくり返した奴はいくらでもいる。俺も、そうするだけだ」
「もう勝手にせい。どうせわしがダメと止めても勝手にやるのじゃろ」
「ああ、好きにしろ。諦めるのもよし、最後まで粘るのも良し」
ユダはそのたびに文句を言えど否定はしなかった。無駄だと思っているのか、それとも──。
そして、俺は1兆回目の人生を過ごすことになるのだった。
☆ ☆ ☆
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