公爵令嬢、晩餐という名の家族会議で今後の方針を伝える

 国宝に連なる卵を身籠ったリザルドをサンクトゥルシアが迎えたのを記念して、この日は当代のセンぺドミニカ公爵であるラスカスが晩餐を開いた。

 長いテーブルの一番奥になる上座にラスカス当人が座し、その前に向かい合わせで席に就いているのは先代センぺドミニカ公爵であり今は亡きサンクトゥルシアの実母の父であるシルベステリオンとその正妻のウィウィアンヌ、さらにシルベステリオンの隣にアン、アンの向かいにサンクトゥルシアと席順が続く。

 全員に食前酒のロゼワインが置かれ、広い食堂を給仕達が優雅に行き来してスープから配膳している。

「本日は我が長子サンクトゥルシアが国宝を維持せんとリザルド飼育事業を開始し、その意義を担う資格あるリザルドを迎え入れたことを祝す晩餐を開かせていただく。義父上ちちうえ殿、義母上ははうえ様にはご参列有り難く存ずる」

 ワイングラスを掲げたラスカスの重苦しい挨拶に一同はそれぞれに頷き自分のワイングラスを持ち上げて応えた。

 全ての食前酒がそのままするりと飲み干される。

「それにしても公爵令嬢自らリザルドの世話をするとは、改めて考えても理解しがたいことだ」

 晩餐が開始してすぐにサンクトゥルシアの祖父でもあるシルベステリオンが苦々しい言葉を息と一緒に酒吹さかぶいた。

 シルベステリオンと斜向かいに座るサンクトゥルシアは刺々しい苦言を優雅に微笑んで受け流してみせた。

「センぺドミニカを始めとして公爵家は我らがハイランディア王家を最も身近に支えるべき立場にある家系ですわよね? 畏れ多くも国宝九騎竜のうち二騎が欠落し、その他に三騎もが後継個体を持たない現状こそが国体を揺るがす危機と言えましてよ。そこに率先して尽力してこそ、王家の繁栄と民衆の平穏を実現する貴族と鑑だと思えませんか?」

 孫の赤い唇から放たれた口答えの明瞭さと鋭敏さと認めてシルベステリオンは不敵に笑みを浮かべて旬の芽キャベツが沈んだミルク仕立てのスープにスプーンを差し入れた。

 一先ずは文句を言われるだけの行動についての承認を得られたということだ。

 そんな冷え切った空気を払拭したいのか、アンが慌てて前センぺドミニカ公爵夫人に当たるウィウィアンヌに話し掛ける。

「お義母様、トゥルサちゃんはご立派ですのよ。現役の子爵さ、あっ、子爵さん! に対しても自分で交渉して国宝リザルドの子を身籠ったリザルドを購入したのですから」

 昼間、サンクトゥルシアに叱られたことを話している途中でギリギリ思い出したアンは不格好に言葉を閊えさせて子爵への敬称を言い間違えるのを回避した。

 身内しかいない場とは言っても義母の無様にサンクトゥルシアは切れ長の目尻を持ち上げるがこの場では小言をぶつけなかった。

 ウィウィアンヌは長く貴族の社交を潜り抜けただけの余裕でもってアンの不手際をころころと笑って、アンを可愛らしいと感じる場の空気を作り上げる。

「トゥルサは確かに実績を積みましたね。ラスカス殿からも交渉が進む度に報告を受けては誇らしい気持ちにさせてくれたものです。この人も、ゲムリザルディア子爵に支払う金額を知った時には、良くこの金額で納得させられたものだと唸っていましたよ」

 ちらりと流し目付きで妻から暴露を受けたシルベステリオンは不機嫌そうに唸りながら口に含んだ芽キャベツを奥歯で磨り潰した。

 サンクトゥルシアとて祖父の孫に愛情を持ちつつも甘やかさないという気質は良く知っているので、静かにスープの甘さを味わっている。

「公爵家が築いた富を、余計な娯楽に浪費しないか心配しとるだけだ」

「お言葉を差し挟むのは心苦しいですが、この件についての資金は全てトゥルサ自身の資産から出しており公爵家から出しているのは土地くらいのものです」

 自分の威厳が損なわれるのを嫌ってシルベステリオンがまた文句を言い出したが、今度はラスカスが先んじて実情を伝えて娘への矛先を納めさせた。

 シルベスタリオンは面白くなさそうに人差し指でテーブルを叩き給仕がサラダを並べるのを黙って待った。

 城を取り囲む森から採れた野草を塩で味付けした伝統的な早春のサラダだ。

 センぺドミニカ公爵領で長く過ごした面々はそれはもう美味しそうに頬を緩ませるが、アンは一人だけ野味の強い苦さにきゅっと眉を寄せる。

「ふふ、センぺドミニカに来たばかりではこのサラダは舌が嫌がるわよね」

 自身も他所の地域から嫁入りしたウィウィアンヌはアンの反応に理解を示してフォローを入れてくれる。

「無理をせずとも、食べられる量だけで良いからな」

 ラスカスもアンを気遣って残していいと伝える。

 貴族が好き嫌いで料理を残すのなんて可愛い物だ。時には政敵を吊るし上げるためにわざと料理を崩した上で口を付けずに捨てさせる者もいるくらいなのだから。

 生まれながら貴族の暴力のない醜い争いを目の当たりにして五十年以上を過ごしたシルベステリオンも黙って自分の分のサラダを食べ進めている。

「フォークを横にすれば他の皿が空になった時に一緒に下げられましてよ。お義母様が残されても、うちの人達は喜びますわ」

 サンクトゥルシアも父に続いて淡々と、けれど聞えよがしに呟いてフォークを口に運ぶ。

 その熱も冷たさのない継子の言葉にアンはずーんと陰を落とす。

 野草が食べれないのは王都のタウンハウスでずっと過ごしていた箱入り娘だというのを曝け出しているようで恥ずかしいし、サンクトゥルシアが『うちの人達』と呼ぶセンぺドミニカ公爵家に歴代仕えている従者達の方がポッと出の継母よりも親しみがあるのだと突き放されたようで悲しいし、アンは自分の不甲斐なさに一瞬胸を押し潰されて針鼓はりこが走る。

 しかしそこで黙って苦手な料理に屈するような可愛げのある貴族令嬢ではないのがアンだった。

 一息、深く吸い込んで静かに気合を入れると、無駄に力を籠った手で握ったフォークを懸命に素早く皿と口の間で往復させる。

 苦味を青臭さが口に広がるのも丸呑みにしながらアンは息を止めている間にサラダを食べ切る。

 そんな継母の姿にサンクトゥルシアは瞳の碧色がより冷ややかになる。

「おい、しかった、ですっ」

 言葉の意味とは全く裏腹に、或いはその声で伝わる本心のそのままに、アンは目淵まぶちに涙を堪えながら取り落とすようにフォークを皿に横たえて大きな音を鳴らす。

「お義母様。ちなみに、私は嘘吐きは嫌いでしてよ」

「がんばって食べました! ごめんなさい、嫌わないでトゥルサちゃん!?」

 ちょっと本音を漏らせば恥も外聞もなく張ったばかりの見栄をすぐに引っ繰り返すアンの情けなさに、サンクトゥルシアは溜息を吐きそうになるのを必死に堪える。

 そんなやり取りにも給仕は顔色一つ変えずに、空いた皿達を干したホタテの貝柱をふっくらと炊き直してバターで焦がした料理と入れ替えていく。

「さて、トゥルサ。改めてリザルドを飼育することの最終目標と当面目指す成果について話してもらえるか」

 給仕達がテーブルから離れた瞬間を見計らってラスカスはサンクトゥルシアに水を向けてから、大振りなホタテを切り分けて口に運ぶ。

 サンクトゥルシアは次のカトラリーを持つ前に新しく注がれた白ワインで赤い唇を湿らせてから公爵に返答した。

「私が望んでいるのは王妃となって伴侶たる王を支え、国を盤石にし、民衆を不安なく日々を過ごさせることでしてよ。そのために現王太子であるセレスティス殿下の御為に先の戦争で喪われたカーディナルブラッドリザルドを継ぐ個体を育て上げます。必ずやその道中で私は王太子の婚約者を勝ち取り、妃となるでしょう。そのためにもまずは私が価値あるリザルドを育てるというお披露目をいずれかの品評会で為さねばなりません」

 サンクトゥルシアにとって予定とは断定で語られるものだ。揺るぎなき意志で突き進む、失敗はあれども未来への進路を脱落することを自分に許していない。

「待て。カーディナルブラッドリザルドだと? ピュアクリスタルリザルドの後継個体を得るために此度はその胤を得たクリスタルリザルドを入手したのではないか?」

 サンクトゥルシアに疑問を呈したのは祖父のシルベステリオンだ。これまでと違って声に非難の色はなく、ただただ疑問だけが向けられている。

 逆に実父であるラスカスはサンクトゥルシアから直接、しかも逐次詳細に報告と相談を受けているために何もかもが把握済みの内容である。

「ええ。私が王太子殿下に捧げるのはその愛騎であったカーディナルブラッドリザルドに他なりません。ですがその道筋の内にピュアクリスタルリザルドの後継個体も育て上げて婚約者の資格を得ることも考えています。成果と経過の違いでしてよ」

 サンクトゥルシアは堂々と国宝の一つを育て上げるのは最も望む者を手にするために進む途中にある通過点でしかないと大言壮語を吐く。

 シルベステリオンも、こと王太子妃を獲得するに当たっては同じ国宝でもピュアクリスタルリザルドよりもカーディナルブラッドリザルドの方が有利なのは分かる。

 そもそもセレスティス・リカルドゥス・ハイランディア殿下は祖父がまだ王位に就いていた御代に、次代を継ぐ王太子が定まっていなかったにも関わらず、そのさらに次の世代の王となることを求められた経緯いきさつがある。

 そのために虚弱体質で王としては難があると言われ続けた現王が王太子として押された程の功績を、セレスティス殿下は上げたのだ。

 それこそ現王の弟であるラスカスが兄の権威を守るためにセンペドニカ公爵家に婿入りしたのも馬鹿らしくなるくらいにあっさりと、そして確定的に、議会を牛耳る古株の貴族達はセレスティス殿下の王位継承のために一丸となって現王の即位を推した。

 前王、つまりセレスティスの祖父が五年前に病に倒れた際、これを好機と隣国がハイランディア王国へと侵攻して来た。この戦争でセレスティス殿下は国宝であるカーディナルブラッドリザルドを駆って最前線へと乗り込み、見事に敵軍を退けて降伏までさせた。

 その中でカーディナルブラッドリザルドはセレスティス殿下を庇って死んだのだが、それも含めてセレスティス殿下が国宝リザルドとの確かな絆で国難を救ったという美談として人々に語られている。

 その戦果こそがセレスティス殿下を王太子にすべしという貴族の意向を一つに纏め上げた。

 現役世代だったのもあってカーディナルブラッドリザルドには後継個体がまだ選定いなかったため今は空席になっている。

 リザルドが死んだ後の遺体には体に蓄えた宝鉱石も残り、ハイランディア王国の国宝リザルドはその先代リザルドの遺した宝鉱石の遺骸を食べて次の国宝リザルドとなる。

 世代を経るほどに宝鉱石の量は次第に増えていくのだが、逆に国宝に相応しい純度を保つのに苦心も積っている。

 まだ五年前でありながら既に吟遊詩人達も競って歌い上げる伝説の主役であるセレスティス殿下にもう一つの主役のカーディナルブラッドリザルドを献上すればサンクトゥルシアの地位は揺るぎないものになる。

「品評会は二月後にある母子両方を評価するものにするのが良かろう。それ以前の品評会は母体のみが評価対象であるし、手続きを通すにも無理が生じる」

 ホタテの皿を食べ切ったラスカスはサンクトゥルシアが先ず結果を出すべき品評会について指示を下す。

 母体であるニアクリスタルだけの品評会では、サンクトゥルシアの実績として『金を出して購入した』という権力と資金力を示すことにしかならず、彼女がリザルド飼育で頭角を現したとは決して取られない。それな時期を遅らせて生まれて来た子供達も品評させることで、これだけ将来有望なリザルドを育てる腕があると関係者に示す方がサンクトゥルシアの今後にとって有利になる。

 そんな父の頼もしい判断にサンクトゥルシアも深く頷く。

「畏まりました。必ずその場で最優秀の栄誉を獲得するリザルドへと育て上げてみせましてよ」

 決意と熱意、そして自負に溢れたサンクトゥルシアの返事に、センぺドミニカ公爵は満足そうに無言の頷きを見せた。

 そのように場を支配するべくして降りた沈黙の中で、給仕達は一冬を掛けて雪の下で熟成されて旨味を引きだし切った鹿肉のソテーを食卓に並べていった。

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