第41話 星霞璃月② ★星霞視点★

【星霞璃月の視点】


高校1年生の時、暁君は私と同じスキルウィーバー科の教室にいた。だけど、彼はいつも一人で、誰とも関わろうとしなかった。


彼がスキルを覚醒しているのに、それを発動できずに苦悩していることを私は知っていた。けれど、どうすることもできず、ただ見守ることしかできなかった。彼が一人で悩み続ける姿を見るたびに、胸が締め付けられる思いだった。


私は学級委員として、どうにか彼の力になりたいと思った。だけど、彼は心を閉ざしていた。周りの誰もが、彼の苦しみに気づかないふりをしているように見えた。


噂では、彼の妹は病気で寝たきり、母親はその看病のために心をすり減らし、家に引きこもっていると聞いた。さらに、家庭を支えるために、暁君が神々の塔でポーターのバイトをしているとも――それがどれほど過酷なものか、想像もつかなかった。


ある日の体術の授業でのこと。

私は相手の攻撃をうまくいなすことができず、何度も失敗していた。その時、ペアを組むことになった暁君が、いとも簡単に私の拳を捌き、その勢いを逆手に取って転がしてみせたのだ。


その技術の美しさに思わず見惚れてしまった。地面に倒れた私を見下ろしながら、彼は手を差し伸べ、静かに言った。

「動きをよく見て、重心がどこにあるかを意識するのがポイントだよ」

その言葉に、ただ「すごい……」と感嘆するしかなかった。


だけど、その感嘆も長くは続かなかった。


どれだけ体術のレベルが高くても、スキル発動ができない人間にとっては、モンスターとの戦いで役立つことはほとんどない――それがこの街の常識だった。暁君がどれほど優れていても、周囲の目は冷たかった。それが悔しくてたまらなかった。


そして1年が経ち、暁君はスキルウィーバー科を去った。


2年生から始まる神々の塔での実習に向けて、スキルを発動できない彼をスキルウィーバー科に残しておくのは危険だ――学校はそう判断したのだろう。彼が教室を去る日、私は何も言えず、ただ見送ることしかできなかった。


その後も私は彼のことが気がかりで、ノンスキルウィーバー科に顔を出すことがあった。けれど、彼は教室でもやはり一人だった。


時には、鷹沢たちが彼に絡む姿も目にした。私も何度も止めてきたが、彼の立場や状況を変える事はできないでいた。


けれど、突然、彼は変わった。


ある日、暁君はいつも以上に暗い雰囲気をまとっているのに、それとは裏腹にどこか余裕のようなものが彼の表情や所作から垣間見えた。以前の彼とは違う、自信のようなものを感じたのだ。闘技祭に出場してほしいと彼にお願いしたけれど、断られた。けれど、その時の彼には、以前にはなかった確信のようなものがあった。


そしてその後、彼と行動を共にすることが増え、私は確信した――彼は有能だ。

探索中、彼の判断力や戦術的なセンスは一級品だった。特に、暁君の親が作った魔道具は、私たちの危機を何度も救ってくれた。それがなければ、私たちはここまで来られなかっただろう。


彼は確かに変わった。

何が変わったのかと言えば、雰囲気だった。暗く沈んだ表情からは、自信を持った明るさが垣間見えるようになっていた。その変化に気づいた時、私は心から安心すると同時に、何か大きなきっかけがあったのだろうと感じた。


ある日、鷹沢が彼に絡む場面を目撃した。だが、暁君は余裕の表情で鷹沢をいなし、その場をさらりと収めてしまった。

「どうやって……?」と思わずつぶやいた。彼の変化は、確かに何かを成し遂げた者の自信に満ちていた。


その後も、彼は戦術センスを発揮し、私たちが鷹沢チームとの闘技祭での戦いを勝ち抜くための大きな力となってくれた。


それに、今回の鷹沢との誓約の瓶の際も、彼は陰に陽に全てを被ってくれた。


そしてついに、私は分かったのだ――彼がこれほどまでに変わった理由を。

それは彼がこのダンジョンの中で、自分自身と向き合い、乗り越えたからだ。そして今、彼はスキルレベル75となり、私たちのはるかその先のレベルに達している。


「私も一緒に暁君と……」

そう心の中でつぶやきながら、私は彼の背中を追い続けることを決めた。彼の選ぶ道を、いつかそばで支えられるように。





◇◇◇◇





話を聞き終えた星霞璃月は、驚きつつも暁のこれまでの変化に納得していた。彼が抱えてきた苦しみと、それを乗り越えるために選んだ道。すべてが繋がり、彼を以前よりも深く理解できたように感じた。


「・・・それで、今はどうしてるの?」

星霞璃月が問いかけると、暁は少し困ったような表情を見せながら答えた。

「ダンジョンの探索を続けながら、ダンジョンのモンスターが街に出ないように、また家族を守るためにスキルで封鎖を維持してるんだ」


その言葉に星霞は眉をひそめた。暁の状況がどれほど過酷かを思い、同時に疑問が浮かんだ。

「どうしてそれをギルドに相談しないの? 助けがあればもっと楽になるんじゃない?」


暁は目を伏せ、少しの間黙った。そして重い口調で語り始めた。

「星霞さんには申し訳ないけど……実は、僕はシルバーウルフから狙われているんだ」


その言葉に星霞は息を呑んだ。暁が言葉を続けるのを待つが、不穏な響きに心がざわついた。

「狙われてるって、どういうこと?」


暁は少し俯きながら、慎重に言葉を選びつつ答えた。

「僕のスキル――『聖域』が欲しいんだと思う。確かにこのスキルは規格外で、戦術や防御の面で計り知れない力を発揮する。それを利用するために、シルバーウルフギルドの一部の人間が僕を従属させようとしていたんだ。そのことに気づいたのは、霧夜薫っていう奴の意図を僕が察知したからなんだ」


「霧夜薫?」

星霞は聞き慣れない名前に眉をひそめた。


暁は苦しそうに頷いた。

「彼女はシルバーウルフギルドの一人だよ。表向きは親切で、僕にはまるで親代わりみたいに接してくれていた。でも……本当は、僕を完全に支配するために近づいてきていたんだ」


暁の言葉が重く響き、星霞の心に不安が広がる。

「無理やり従わせるつもりだったってこと?」

恐る恐る尋ねると、暁は小さく頷いた。


「無理やりじゃなかった。もっと最悪の方法なんだ。実は……妹の凜が倒れた原因、それが彼女による呪いだったんだ。最初は病気だと思っていたけど、彼女の仕掛けたものだと後で分かった。そのことで僕が心から彼女に心酔するように仕向けていたんだ。本当に最悪の奴だった」


星霞は驚愕し、思わず息を呑んだ。

「そんな……信じられない……」


暁は険しい表情を浮かべたまま、ゆっくりと話を続けた。「だから僕は、彼女に問い詰めたんだ。どうしてそんなことをしたのかって。でも、彼女は――魔導具を使って自ら命を絶ったんだ。」


「そ、そんな…」

星霞璃月は言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。思いもしなかった展開に、目を見開くことしかできなかった。


「そうなんだ。」暁は深いため息をついた。「だから、僕にはシルバーウルフの誰が彼女に指示して動いていたのかがわからないままなんだ。」


星霞は拳をぎゅっと握りしめ、抑えきれない怒りに震えていた。「そんなことをするなんて……許せない!」その言葉には、彼女自身の深い悲しみと、強い決意が込められていた。


暁は静かに首を振った。「でも、僕が下手に動いたら、家族を守るどころか、逆に危険が増すだけなんだ。霧夜薫の背後にいるギルド内のグループがどれほど大きいかも分からない。だから、僕は…これからもっと深くギルド内に入っていこうと思ってる。」


「入るっていうのは?」星霞璃月は眉をひそめ、興味を抱きながら問いかけた。


「僕は今までもシルバーウルフギルドに関わらず、シルバーウルフ、レッドバード、イエロータイガー、ブルーキャット、それに財閥ギルドのポーターとしてバイトをしていたんだ。だけど、今後はそれを辞めて、シルバーウルフの専属ポーターとして働こうかと思ってる。学生でも早期にギルドに入ることは可能なはずだから。そこで、霧夜薫の背後にいる奴を突き止めたいんだ。」


星霞璃月はその話を理解しつつ、心の中で葛藤を感じていた。彼女自身もシルバーウルフの幹部の家族であり、暁の言うことが事実なら、彼女の家族が関与している可能性も考えられた。しかし、暁を一人で苦しませておくことはできないという思いが強くなっていった。


「だったら、私が一緒に戦うよ!」突然の提案に、暁は驚き、目を見開いた。


「いや、星霞さん、それは無理だ」暁は困惑した表情を浮かべながら答えた。「君を巻き込みたくないし、君に危険が及ぶのは絶対に避けたい。それに、君もシルバーウルフギルドの一員だ。この話をしたのは、君を信頼しているからだけど、下手をすれば僕たちが敵対することだってあり得るんだよ」


星霞璃月は一瞬黙ったが、すぐに決意を込めて言った。「私は絶対に暁君の敵にはならない!お父さんがシルバーウルフの幹部だとしても、もしそんなことに関わっているなら、それは最低よ!もしお父さんがあなたの家族をめちゃくちゃにしているんだったら、そんなギルドなんて、私から願い下げよ!親子の縁も切るわ。それに、暁君が一人で戦う必要なんてない。私だってスキルウィーバーとして力をつけてきたし、あなたを支えられる自信がある。それに、あなたには仲間がいるのに、一人で抱え込むなんて間違ってる!私も…私も暁君の力になりたい!」


暁は黙り込んだまま、星霞璃月の真剣な目をじっと見つめた。彼の横に立っていた凛は静かに頷き、何も言わずにその場に立っていた。


「……それは…でも…」暁は少し迷った様子で言葉を切った。


星霞璃月はさらに力強く言った。「暁君、お願い。あなたをこんな辛い思いをさせていることに気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい。でも、今度からは私もあなたの側で戦わせて!お願い!」


その言葉に、暁は心を動かされ、ついに答えた。「わかった…けど…」


星霞璃月は大きく頷き、安堵の表情を浮かべた。「ありがとう。絶対に後悔させないから!」


暁は話を続けようとしたが、星霞璃月の勢いに圧倒されていた。しかし、一呼吸を置いて、暁は星霞璃月に向かって真剣な表情で話し始めた。

「ちょっと待って、星霞さん…君の判断はあまりに性急すぎる。仮にだよ、仮に僕が言っていることが全て嘘だったらどうする?僕のスキルの発動条件だって、誰もいないことが条件なんだ。それは裏を返せば、誰も僕がスキルウィーバーであることを証明できないってことなんだ。それに、霧夜薫だって、もう存在しない。もし存在していたとしても、僕を従わせようとしていたって話なんて、荒唐無稽だと言われても仕方がない。だから、そんな訳の分からない話で、君の人生を左右するようなことを決めないでほしい。本当に、よく考えて!」


星霞璃月は静かに目を閉じ、深呼吸をした後、再び暁を見つめた。「いえ、あなたをずっと見てきた私だから言えるわ。あなたの言っている事は本当だって。あなたは気付いていないかもしれないけど、暁君、あなたはこの1カ月ほどで、大きく変わったわ。はっきり言って、別人と言ってもいいくらい。だからこそ言える。暁君が言ったぐらいの変化があって当然だと思う。それに、私は暁君と一緒にいたい。それが本当の理由なような気がするわ」


星霞璃月は突然自分の言ったことに気づき、顔を真っ赤にして言い直した。「え、えっと!つまり!!私は暁君の今までの言動を考えれば、嘘をつく人じゃないって分かっているから、信じられるの!」


暁は星霞璃月の息切れを見て、少し唖然としながら凛に目をやった。凛もニヤニヤしながら頷いている。「お兄ちゃんも隅に置けないね」


「うるさい。」暁は凛を小突いてから、再び星霞璃月に向き直った。「わかったよ。わかった。星霞さん、これからどうなっても知らないとは言わない。君の人生を背負う覚悟で、僕もこれから行動するよ」


暁の言葉に、星霞璃月はさらに顔を赤くし、右や左を見回して「うぅぅぅぅ」と唸り始めた。暁はその反応に困惑しながらも、少し戸惑っていた。


その時、アイリスが横から暁の耳元に囁いた。「おそらく、私もよく分かりませんが、今の発言だけを見ると、暁様が結婚の約束をしているように聞こえるのかもしれません」


暁は冷静に自分の言葉を振り返り、慌てて言った。「たしかに!いや、そうじゃなくて!いやいやいや!!そうじゃなくて!しっかりと責任を持つ、ということだよ!いや、これも変か。つまり、これから一緒にお願いね、ということだから、星霞さん、いいかな?」


「璃月でいいよ」星霞璃月は嬉しそうに答えた。


「え?」


「もう運命共同体なんだから、星霞さん、って呼び方はよそよそしいから、璃月って呼んで。私も暁って呼ぶから」


「いや、なんで・・・そんな…」


「はい!あ・か・つ・き、なんて?」


その勢いに押されて、暁も「分かった・・・り、つき、これからよろしくね」と答えざるを得なかった。


「よし!まぁ、いいでしょう。これから一緒に頑張ろうね、暁。さぁ、忙しくなりそうだわ」


暁は少し微笑みながら璃月の表情を見ていた。


暁は、璃月との間にはこれまで以上に深い信頼が芽生えた事を感じた。


璃月の心には、新たな決意が灯っていた。どんな困難が待ち受けていようとも、彼とともに立ち向かおうと。



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お読みくださり大変ありがとうございますm(_ _)m


是非レビュー★★★、コメント、ハートをお願いします(><)


今後の創作活動の励みになります!(T0T)

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