第39話 新生活
霧夜がいなくなったことで、彼女が管理していた呪術具やその力も完全に失われたようだ。凜がスキル『真実の輪郭』を用いて家中を鑑定すると、全ての呪術具が無効化されているのを確認した。
「霧夜が消えたことで、呪術具の力が消失したんだろうな。本当に悪魔のようなスキルだった」
暁は軽く息を吐きながら言う。アイリスもそれに応じて鋭い視線を外に向けた。
「シルバーウルフ側の動揺がどれほどのものかも気になりますね。彼らがどの程度霧夜薫を重宝していたのか、暁様の取り込みにどれほど力を入れていたのか。今後の行動を観察する必要があるかと」
暁はアイリスの言葉に同意しながらも、少し表情を緩めた。
「そうだな。とりあえず、これで凜とも自由に外に出られるし、凜がギルドに登録して正式な探索者として塔に挑むこともできる。学校に通うことだって問題ない」
彼のその言葉に、凜が少し迷いながらも決意したように言葉を紡ぐ。
「お兄ちゃん、これから私もデュアル学園に通っていい?」
暁は彼女の突然の申し出に少し驚きつつ、優しい表情で頷いた。
「ああ、いいぞ。あそこには問題児も多いし、変な教員もいるけど、良心的な先生や生徒もいる。凜なら大丈夫だ。上手くやっていけるよ。それに、お兄ちゃんの収入に関してはかなり余裕があるからな。このダンジョン探索のおかげで、あとアイリスも通うことも可能だな」
凜は苦笑しながら、静かに答えた。
「ありがとう、お兄ちゃん。これで私も、普通の生活に一歩近づけるかもしれないわ」
アイリスも少しだけ口元を緩め、言葉を付け加えた。
「わ、私も通うことは可能ですか?」
暁は笑いながら言った。
「あぁ、この分なら後5、6人ぐらいの生徒ぐらいなら通わせることも可能だな。これもアイリスとのダンジョン探索のおかげだよ。ありがとうな、アイリス」
アイリスは微笑みながら、口を開いた。
「ありがとうございます。デュアル学園ですが、少し思うところがあります」
凜はキョトンとしながら聞いた。「何があるの?」
「塔の研究や探索者の訓練が整っている点では優れていますが、財閥ギルドの支援を受けている事を考えると、潜在的な脅威も少なくありません。凜様の身を守るため、私もそばに控えるべきかと存じます」
凜はアイリスの申し出に小さく笑いながら首を振った。
「ありがとう、アイリス。これからの学校生活、私、本当に楽しみだわ。やっと普通の生活を送れるの」
暁は凜の言葉に誇らしげに微笑み、彼女の頭に手を置いた。
「普通の生活か…。まだ僕もそれがどんなものかよくわからないけど、凜と一緒にこれからそういう生活を送りたいね」
アイリスはそのやり取りを静かに見守りながら、深く一礼した。
「それが暁様、凜様の望みであれば」
霧夜薫がいなくなったことで訪れた小さな平和。その中で、彼らの新たな日常が始まりを告げた。暁はまた、シルバーウルフに行き、最近、霧夜が来ないから、どうしたのかと、知らぬ顔で行かなければならないと心の期した。
シルバーウルフの脅威、塔内の未知の試練、そして成長を目指す彼ら自身の旅路――その全てがこれからの未来に繋がっていくことを思うと、暁はため息を付かざるを得なかった。
◇◇◇◇
翌日、暁は凜とアイリスを連れて、デュアル高校へと訪れ、入学手続きを終えた。晴れて彼女たちは正式にデュアル学園への編入が決まり、彼女たちの入学が発表された。学園内はたちまち大騒ぎとなった。特に、スキルウィーバー科の教室では、一日中その話題で持ちきりだった。新たに編入する二人はどちらも際立った美貌を持つ少女たちであり、注目を浴びるのは当然のことだった。
凜とアイリスはスキルウィーバー科高等部1年として編入することが決まり、初日からクラスは大盛り上がりだった。
「えっ、マジで?めっちゃ可愛い女の子とその親戚の子が同じクラスになるのか?!」
「しかも二人とも信じられないくらい可愛いし…今年のスキルウィーバー科は大当たりだな!」
教室内は興奮の声で満ち、特に男子生徒たちは落ち着かない様子だ。そんな中、凜とアイリスが初登校の日を迎えた。
教室の扉が開くと、担任の教師が二人を連れて入ってきた。凜は堂々とした様子で教室を見渡し、一歩前に出ると自己紹介を始めた。
「初めまして、凜です。スキルウィーバー科高1として今日からお世話になります。塔での探索経験はありませんし、長年病気を患っておりまして、なかなか普通の生活を送ることができませんでした。なので、学園生活には慣れない部分が非常に多いので、皆さんにはご迷惑をおかけすることも多いと思いますが、よろしくお願いします」
続いて、アイリスも少し緊張した面持ちで一歩前に出た。
「アイリス・シフトと申します。ここから100キロぐらい北にある、圭斗(けいと)市のある地方からこちら、時雨凜さんの元に居を移してまいりました。皆様と切磋琢磨して参りたいと存じます。どうぞ、よろしくお願い致します」
その優雅な仕草と整った言葉に、教室の生徒たちは一瞬にして魅了され、拍手が巻き起こった。
初日の授業を終えた後、凜とアイリスは昼休みに暁と合流した。学園の庭で昼食を取っていると、暁が微笑みながら尋ねた。
「どうだった?初日、思ったより賑やかだったんじゃない?」
凜はくすりと笑いながら答えた。
「うん、とても楽しかったよ。でも、ちょっと注目されすぎて疲れたかも。まあ、それも時間が経てば慣れると思うけど」
一方で、アイリスは少し戸惑ったように口を開いた。
「暁様、皆様からの視線が熱すぎて…少々緊張致しました。特に男子生徒の視線が集中していて、どう対応すれば良いのかと…」
暁はアイリスの困惑に苦笑しつつ答えた。
「ははは。男子ってそんなもんだから、適当に対応しておけばいいんだよ」
凜は頷き、アイリスの手を取った。
「アイリス、一緒に頑張りましょうね。私も学校が初めてだから、アイリスと一緒だと本当に心強いわ」
アイリスはその言葉に微笑みを返し、深く頷いた。こうして二人は新たな日常を歩み始めるのだった。二人は、これからの学園生活の中で訪れる新たな試練を楽しみにしながら、暁との談笑に耽るのだった。
◇◇◇◇
星霞璃月は悩んでいた。
「暁君、次はいつ学校に来るのかしら…」
以前の戦いから、そして今回の『誓約の瓶』の騒動、結末まで、暁が大きな役割を果たし、彼女を助けてくれたことを思い返すたびに、その存在がますます璃月の心に深く刻まれていくのを感じていた。
「でも、暁君は忙しそうだし、学校には顔を出す暇がないのかな…」璃月は一人呟き、窓の外の街の様子をぼんやりと見つめ、その中で暁と繋がる方法を探していた。
璃月が暁を必要なとき、または暁に何かを伝えたくなったときに、彼女がどうすればいいのか。暁の存在は、彼女にとって大切な存在だった。そして、暁と過ごす時間が少しでもあればいいのにという気持ちが、心の奥底で膨らんでいく。
「どうしたら、もう少し暁君と会えるのかしら…昨日から凜ちゃんとアイリスさんも新しく転入してきて、暁君はそっちの方で忙しそうだし・・・」
璃月は心の中はどんよりと曇り模様であり、教員の話を上の空で聞いていた。全ての授業が終わったため、璃月は下校の準備を始めた。学校の授業が終わるとすぐに、外の空気を感じたくなる。まだ日が高いが、冷たい風が吹き抜ける中を歩くことで、少しでも心を落ち着けようとした。
ふと、璃月は自分がどれだけ暁のことを考えているのかに気づいた。本来は闘技祭のことを考えなければならないのだが、無意識のうちに目が彼を探している自分がいる。彼がどこにいるのか、何をしているのか、どうしているのか。そんなことばかりが頭を巡っていた。
校舎の門を出ると、視線が一瞬、通りの向こうに止まった。そこで璃月の目に入ったのは、暁の姿だった。彼が歩いているのが見える。あまりにも遠く、すぐに声をかけることはできないけれど、彼がどこに向かっているのか、何をしているのか、璃月は気になって仕方がなかった。
「暁君…今日もポーターの仕事だったのかな?」璃月は一瞬躊躇った。しかし、心の中で小さな声が響いた。「もし今追いかけなければ、また会えなくなってしまうかもしれない」
その瞬間、璃月は決意を固め、足を踏み出した。暁の後を追い、少しでも彼と話す時間を持ちたかった。彼の存在が自分の中で大きくなりすぎてしまっていた。
暁がスピードを上げて進んで行く。璃月も少しペースを上げ、彼との距離を縮めようとしたが、予想以上に暁の走るスピードが速く、追い付くので必死だ。
(は、速くない?ポーターとして神々の塔で活動すると、こんなに速くなるの?)
璃月は何とかスピードを上げて、彼に近付くにつれ、心の中で少しずつ勇気を持って声をかける準備をしていた。
暁の背中を見つめながら、璃月はその後を追い続ける。その背中は少しずつ遠くなり、また少しずつ近づいてくる。どちらにしても、璃月の中で彼との距離はどんどん縮まっていくような気がしていた。
暁が角を右に曲がった。
(たしか、もうそろそろ家が近かったはず・・・家に入ってしまうと、声がかけづらいかも)
彼が曲がる前の角まで、璃月は更にペースを上げ、進行を速めた。璃月が角を曲がると、暁が家の中に入ってしまった瞬間を見てしまった。
(しまった・・・ここだったのね・・・)
璃月は足を止めて少し考え込んだ。
(暁はよく神々の塔に行くと言っている。だから、もう少ししたら出てくるんじゃないかしら。もう少し待ってみて、出てきたところで偶然会ったことにしようかな・・・)
璃月は少し待つことにしたが、待てど暮らせど、家から誰かが出てくる様子はない。結局、十数分が過ぎても暁は家から出てくる様子がない。
しかも、奇妙なことに家の中からは全く音がしない。普通の家なら、食事の準備や生活音が聞こえてくるはずだ。しかし、暁や妹の凜、そして同居人のアイリスの気配が全く感じられなかった。その静寂が、璃月の胸に不安を呼び起こす。
「おかしい…」璃月はその思いを呟きながら、少しだけ家に近づき、暁の家の扉をじっと見つめた。家の静けさは、彼女の不安をさらに強くしていった。
何かが引っかかる。その感覚は次第に璃月の中で確信に変わりつつあった。
ついに璃月は、その疑念に背を押されるように踏み出す決意を固めた。注意深く家に近付き、暁の家の扉に近づき、手を伸ばしてノックをした。
トン、トン、トン
軽く、だが確実に音が家の中に響く。
しかし、返事はなかった。数秒の静寂が流れ、璃月の胸には不安が膨らむ。
「暁君…?」
再度声をかけてみるが、やはり反応はない。璃月は少し戸惑いながらも、今度はさらに強くドアを叩いた。
ドン!ドン!ドン!
「暁君、大丈夫!?」
それでも、家の中からは静かな空気が漂っているだけで、物音一つしない。璃月は思わずその場で立ち尽くし、少し離れた場所に戻るべきかどうか迷った。しかし、胸の奥で何かが叫んでいる。無視できない感覚が彼女を支配していた。
「何かおかしい…」
再びドアを見つめながら、璃月は思いを巡らせる。今は帰るべきではない、何か別の方法で確認しなければならないという思いが強くなってきた。暁に何かがあったのだろうか。心の中でその思いが膨らみ、璃月は自分の意志を固めた。
「暁くーーん。入るよー。お邪魔します」
璃月は再び扉に手を伸ばし、そっと開けてみることにした。何かが起きているのなら、彼女が確かめるべきだと感じた。
璃月は冷や汗が背筋を流れるのを感じながら、家の中を静かに歩き続けた。空っぽの家に響く自分の足音だけが、異常な静けさをさらに強調していた。
「暁君!どこにいるの!?アイリスさん!凜ちゃん!」
しかし、何度も叫んでみたが、誰からも返事はない。部屋を一つ一つ確認してみたが、どこにも暁の姿は見当たらない。まるで、最初から誰もいなかったかのようだった。
不安がどんどん大きくなっていく。璃月の目は、家の中を素早く見渡し、隅々まで探した。特に気になるのは、他のドアは全て閉まっているのにもかかわらず、奥の部屋の扉だけが少し開いていることだった。璃月は何かが起こった証拠のように思えた。
「もしかして、あそこに…」
璃月は心臓が高鳴るのを感じながら、ゆっくりとその開かれた扉に向かって歩みを進めた。足元が鈍く感じられるほど、彼女の心には恐れと不安が入り混じった感情が湧き上がり、手が震えたが、思い切ってその扉を開けた。
璃月は、扉に手をかけると、その重さを感じるようにゆっくりと開けた。扉がギギギと音を立てて開く度に、心臓が高鳴る。扉の先には地下へと続く階段があった。会談の先は薄暗く、何もかもが静まり返っていた。けれど、そこで感じたものは、何かが違うという感覚だった。
(なにこの圧迫感??こ、怖い・・・この感覚・・・神々の塔にいるみたい・・・)
思わず足が止まり、心の中で一瞬、迷いが生じる。だが、今はその迷いを振り払うしかなかった。
「暁君!!どこにいるの!?アイリスさん!!凜さん!!」璃月は、再び力強く叫んだ。彼女の声がその暗い空間に響くが、返事はない。目を閉じて耳を澄ますが、ただ静寂が広がるだけだった。
璃月は一歩踏み出し、地下へと続く階段を見つめた。暗闇の中に何かが潜んでいるような、重苦しい空気が立ち込めていた。そこに進むべきかどうか、一瞬ためらいが生まれたが、それでも璃月は決意を固めた。恐怖と不安が胸に押し寄せる中で、彼女は足を進めた。
「暁君、お願いだから出てきて…」そう呟きながら、璃月は地下室へと続く階段を一歩一歩下り始めた。その足取りは重く、心の中ではどんどん不安が膨らんでいく。
階段を降りきると、目の前に何もない部屋があった。しかし、その場に漂うのは、ただの暗闇ではなかった。無数のモンスターの気配が、まるでこの地下室そのものが息をしているかのように、璃月を包み込んでいた。思わず身震いしそうになるが、彼女は必死にその場で踏みとどまった。締め付けられるような、常に何者かに狙われているような気配が、確かに存在していた。
「何……これ……穴?」
薄暗い地下室の中央に、人が一人入れるほどの大きな穴がぽっかりと開いているのを見て、璃月は呟いた。穴の縁からは冷たい空気が漏れ出し、湿った地面に吸い込まれるように風が流れていく。その音が薄暗い空間に不気味に響き、彼女の不安をさらに掻き立てた。
恐る恐る穴に近づいた璃月は、足元から広がる湿気に冷たさを感じながら、慎重に周囲を見回す。しかし、そこに暁の姿はどこにもない。
「暁君……どこにいるの?」
静寂の中で彼の名を呼んだが、返事はない。代わりに、穴の奥から微かに響く奇怪な音――それはうねるような音と、かすかな衝撃音だった。
「……何?」
璃月の胸は恐怖でいっぱいだったが、ここで立ち止まるわけにはいかないという思いが彼女を突き動かしていた。そのときだった。
ド――――――ン!!
突然、穴の奥から響く大きな音。何かがぶつかるような衝撃音と共に、強い風が穴から吹き上げた。璃月は思わず後ろに跳び退り、息を呑んだ。
暗闇の奥で、何かが確実に動いている――そんな気配が伝わってくる。
「な、なに、今の……?」
璃月は恐怖と好奇心の間で揺れながら、慎重に穴の縁へと再び歩み寄る。すると、穴の奥からかすかな声が聞こえてきた。
「凜、今のすごく良かったよ。あの巨大なコオロギの弱点がまさか、前足だなんてね」
「うん、『時の刻印』で過去の記憶を見たら、あの前足をすごく大事にしている感じがしたんだ。それで狙ったら……ビンゴだった!」
「確かに。暁様の防御結界を借りて頭を攻撃しても、すぐには倒れなかったのに、前足を吹き飛ばしたら一瞬で無力化しましたね。凜さんの鑑識眼、本当にすごいです」
璃月はその会話を聞き、目を見開いた。
(暁君……?凜ちゃん……?アイリスさんまで?どうして……こんな場所に?)
穴の奥から聞こえる和気あいあいとした会話に戸惑いながら、璃月はさらに耳を澄ませた。
そのとき、暗闇の中から暁の頭がひょっこりと穴の縁に現れた。彼の表情は上機嫌で、穴の中の仲間たちに話しかけている途中だったが――。
彼の目が璃月と合った瞬間、空気が一変した。
「…………星霞さん?」
暁の顔が驚きに固まる。璃月もまた、彼を凝視したまま言葉を失っている。
「暁君……何やってるの……?」
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お読みくださり大変ありがとうございます(TT)
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