第35話 誓約の瓶②
誓約の瓶は、暁の勢いに呑まれて、あっさりと奪うように取られてしまった。確かに、彼女たちだけではどうすればいいか分からず、この場面では暁に任せるのが一番だと思った。
その後、女の子たちは暁に軽く会釈をしたり、手を振ったりして別れを告げ、自分たちの教室へと向かった。どうやら暁はこれから神々の塔のポーターの仕事に戻るようだ。
「授業を受ける時間が無いんだね・・・本当に忙しいね、暁君は」
星霞は学校を去っていく暁の背中を見ながら、ため息をついた。
神楽沙羅はニヤニヤしながら、
「私のこと、本気で考えてくれてるんだねってねぇ」と星霞の言葉を繰り返した。
「な、何よ」
星霞は赤面してその意図を質した。
神楽沙羅は意地悪く首をかしげて、笑いながら続けた。「それにしても、暁と話している時の星霞の顔、すっごく嬉しそうだったなぁ」
「えっ、そんなことないよ!」と星霞は顔を赤らめた。
神代雪乃は目を細めて笑った。「本当に?ちょっとドキドキしてるように見えたけど。『また一緒に、いろいろ考えてもいいかな?』なんて言ってさ、まるでデートみたいじゃない?」
星霞はさらに赤くなり、「そ、そんなことないってば!」と抗議した。しかし、その反応を見て、他の4人はさらに面白がって笑っていた。
「ま、でも、次の試合もしっかり勝って、暁に自分の実力を見せつけてあげるのが一番だよね!頑張っていこうね」
星霞は少し恥ずかしさを感じながらも、仲間との絆を感じて微笑んだ。「うん、頑張ろうね!」
神楽沙羅はそのまま、星霞の肩を軽く叩き、皆で進んで行った。
星霞は神楽沙羅の言葉に背中を押されるように、明日の試合に向けての気持ちを新たにした。
教室に戻ると、担任教員の桐生雅人(きりゅう まさと)が2メートルほどのがっしりとした体格にも拘らず、青ざめた表情で星霞に声をかけた。
「星霞、校長室へ行くように言われているんだ。すぐに行きなさい」
「え・・・?何かありました?」
星霞は決していいニュースでないことが、青ざめた桐生の表情を見て、嫌な予感がした。
「とにかく、詳細は向こうで聞きなさい。まずは直ぐに校長室へ」
「は、はい。わかりました」
そう言って、教室を出ると、他の同じチームメイトたちも同様に教室を出て、校長室へ向かうところだった。
「何かな?」
「いい感じじゃないわね」
「勝ったからその激励じゃないかな?」
「ん・・・そんな感じじゃないと思うけどなぁ」
不安な気持ちで5人は合流し、一同校長室へ向かうのだった。
◇◇◇◇
5人が不安な表情で校長室に向かう10分ほど前・・・
学校の玄関前に、何人かの黒ずくめの大人が入って来た。周囲の生徒たちはざわめき立った。その中の一人は、一目でただ者ではないとわかる男だった。鋭い目つき、仕立ての良い服、そして威圧感そのものが場を支配する。
鷹沢隆一――鷹沢家の当主であり、財閥ギルドの一角を担うリーダー。その名を耳にするだけで、教師たちすら口を閉ざすほどの威圧感を放つ男が、今、この場に姿を現した。その目的はただ一つ。
「私は鷹沢隆一だ。この学校の関係者に伝えろ――『誓約の瓶』の契約を取り消しに来たと」
その言葉が静寂を切り裂く。受付に立つ職員は、緊張に震える手で書類を握りしめ、慌てて頭を下げた。だが、言葉が出てこない。鷹沢隆一の発言は、単なる要望ではなく命令に等しい。彼に背くことが、どれほど危険かを彼女は本能的に悟っていた。
その場の空気は一瞬にして凍りつき、周囲にいた数人の職員も思わず動きを止める。鷹沢隆一の視線は冷徹で、まるで相手の魂を見透かすかのようだった。
◇◇◇◇
校長室では、緊迫した空気が漂っていた。星霞たちはすでに集合しており、「昨日の試合の者との誓約の瓶の取り消し」との理由を知らされ、星霞璃月は険しい表情で佇んでいた。
校長室の緊張感は最高潮に達しており、目の前には閂(かんぬき)副校長が直立不動でドアを見ていた。
「暁君の予想通りね……まさかこんなに速く動くなんて・・・しかも当主自ら・・・」星霞璃月は小さく息を吐きながら、思考を巡らせる。
「どうしよう……?」篠崎結衣が不安げに尋ねた。その声には動揺が隠せない。
「瓶を渡すわけにはいかないわ。でも、相手は鷹沢家の当主であり、鳳凰財閥ギルドのエース級の探索者よ。強引な手段に出る可能性は十分にあるわ」
星霞璃月の言葉は静かだったが、その場にいる全員に危機感を植え付けるには十分だった。部屋は重苦しい沈黙に包まれ、誰もが次の言葉を待つばかりだった。
やがて部屋の外から大勢の足音が聞こえ、校長室の扉が音もなく開いた。浅子原(あさしはら)教頭が最初に入り、その後を数人の人々が中へ入ってきた。
先頭を歩くのは圧倒的な存在感を放つ大柄な男と、優雅な佇まいの女性が続いていた。男は鷹沢家の当主であり、鳳凰財閥のリーダー級探索者でもある鷹沢隆一。そして、女性は彼の妻であり、京介の母である鷹沢京香だった。
鷹沢隆一の姿は威圧的そのもので、彼が一歩踏み込むたびに空気が重くなるようだった。一方で京香は柔らかな微笑みを浮かべていたが、その目には揺るぎない意志と冷静な判断力が宿っているように見える。彼女は鷹沢隆一のような圧迫感ではなく、別種の重厚さを纏っている。
「皆さん、お揃いのようですね・・・神崎校長は?」鷹沢京香が口を開いた。その声は落ち着いていたが、部屋全体を支配するような力を感じさせるものだった。
閂(かんぬき)副校長は、汗を拭きながら、「申し訳ございません・・・現在神崎は、出張で不在です」と謝りながら答えた。
「そう。まぁ、いいわ。それで、星霞璃月さんというのは、どの方かしら?」
その言葉が静かに放たれた瞬間、部屋にいた全員が一斉に星霞璃月へ視線を向けた。星霞璃月はその場を動じることなく、毅然とした表情で一歩前へ出た。「はい、私です」
「あなたね。京介がお世話になったわね」
鷹沢京香の声は一見穏やかだったが、その奥に隠された威圧感が部屋の空気を緊張させた。
その瞬間を逃すように、鷹沢隆一がすかさず口を挟む。
「妻は控えめに言っているが、私はこの件を見過ごすわけにはいかない。私は、『誓約の瓶』が、学校の規範に反していると考えている」
鷹沢隆一の声は低く、鋭く響いた。鷹沢京香は軽くため息をつきながら、夫の肩に手を置き、なだめるように言った。
「隆一さん、感情的になるのは良くないわ。ここは冷静に話をしましょう」
だが、鷹沢隆一はその手を払うように振りほどき、星霞たちに冷たい視線を投げかけた。
「冷静だと?この状況のどこに冷静さが必要だ?息子の将来がかかっているんだぞ!」
鷹沢隆一の言葉に、部屋全体がさらに重くなる。一方で鷹沢京香は全く動じず、夫とは対照的な落ち着きで星霞たちに向き直った。その瞳には冷静な判断力と芯の強さが宿っている。
「星霞さん」鷹沢京香は柔らかい口調で問いかけたが、その言葉にはどこか鋭さがあった。「『誓約の瓶』が京介の学校生活にどのような影響を与えているのか、あなたの考えを聞かせてもらえますか?」
星霞璃月は一瞬迷ったが、すぐに毅然とした態度を取り戻した。
「京介さんは、今までも多くの暴力行為を学校内でしております。あの瓶がなければ、京介さんはまた暴力行為や問題行動を起こす可能性があります。それを防ぐために、私たちは正当な試合を経てこの誓約を交わしました」
星霞璃月の言葉は明確で揺るぎないものだった。鷹沢京香はその説明をじっと聞き、少しだけ口元を緩めた。微笑みとも取れるその表情には、何かを見定めるような気配があった。
一方、鷹沢隆一は椅子に深く腰掛け、腕を組みながら冷たい視線を星霞璃月たちに向けた。彼が再び口を開いたとき、その声には静かな怒りと威圧感がにじみ出ていた。
「正当な試合だと?そんな子どもの遊びのようなもので、息子の未来を制限する権利が君たちにあるとでも思っているのか」
部屋には再び重苦しい空気が流れた。しかし、星霞璃月は鷹沢隆一の威圧に屈することなく、真っ直ぐに彼の視線を受け止めた。
「星霞璃月君。そして星霞チームの諸君」
鷹沢隆一の声が重く響いた。その口調は穏やかに聞こえるが、言葉の一つ一つが鋭利な刃のようだった。
「話は単純だ。『誓約の瓶』を破壊し、誓約を破棄しろ。それ以下もなければ、それ以上もない」
星霞たち5人はその威圧感に怯え、足がすくむのを感じた。それでもあまりに不条理な物の言い様に抵抗せざるを得なかった。
「せ、『誓約の瓶』は、き、京介さんとの正当な試合の結果、わ、私たちが得たものです。だ、だから・・・そ、それを壊す理由はありません」星霞璃月はつっかえながらも自分の主張を何とか言い切った。
鷹沢隆一はその言葉に対して肩をすくめ、薄く笑みを浮かべる。
「正当な試合結果だと?だが、私はその試合そのものに重大な問題があると考えている」
その言葉に場がざわめく。隆一は副校長に視線を向け、静かに問いかけた。
「副校長、君も分かっているだろう?」
副校長は困惑した表情を浮かべ、視線を星霞璃月たちに向けたり、鷹沢隆一に戻したりしながら答えをためらっている。その沈黙を突くように、鷹沢隆一が続けた。
「本来、試合は6対6で行われるべきだった。だが星霞チームにはその時、6人目がいなかった。ノンウィーバーの人間だそうだな。その人間が試合場にいなかったのは事実だろう?」
その指摘に、副校長が小さくうなずく。
「つまり、試合は5対6で行われたわけだ。それで君たちが勝ったと主張するのは筋が通らない」
「え?そんな・・・参加人数はチームの判断によるのでは……?」星霞璃月が反論しようとしたが、鷹沢隆一はそれを遮った。
「さらに言えば、『誓約の瓶』に使用されているのは、ランクCの魔核だ。本来、そんな高価なものが学校内で使用されること自体がおかしい。それを学校が認めているのなら、管理責任を問われても仕方がないのではないか?」
鷹沢隆一の視線は副校長に向けられたが、その言葉は星霞璃月たちにも重くのしかかる。
「副校長、この問題を見過ごして良いと思っているのか?」
部屋の空気は凍りつくようだった。鷹沢隆一の言葉は理論武装されており、一つ一つが反論を許さない鋭さを持っている。
星霞璃月は一瞬視線を落としたが、すぐに顔を上げ、力強い目で鷹沢隆一を見据えた。副校長は答えに窮した様子でハンカチで額を流れる汗を拭いていた。鷹沢隆一の言葉には明らかに無理があるのだが、その論理の隙を突くには、副校長に力が足りなかった。
「そ・・・そうですね・・・」と副校長は震える声で返事をした。
「副校長先生!!!これは明らかに鷹沢さんの私的な都合による理不尽な要求です!」星霞璃月が勇気を振り絞って強い声で言い放つ。
しかし、鷹沢隆一は冷たい笑みを浮かべた。「理不尽かどうかは君たちの視点だろう。私からすれば、学校全体の秩序と信頼を問題にしている。子供が見えている世界と、私たちのような責任ある者が見えている世界は違うのだ。それとも、私が学校に不断に提供している支援を打ち切るべきだとでも言うのか?」
明らかに鷹沢隆一は自分の立場を利用して学校に圧力をかけてきている。副校長は眉間にしわを寄せ、頭を抱え込み、「い・・いえ・・そのような・・・」としどろもどろになっていた。
星霞チームの全員が言葉を失う中、星霞璃月だけが鋭い目つきで鷹沢隆一を見つめていた。この状況を打開する方法を、必死に模索した。
鷹沢隆一の声はさらに低く、圧力を増していった。
「さらに言わせてもらえば、その『誓約の瓶』の内容には、京介が学校で活動することを著しく妨げる制約が含まれている。これでは本来、学校が保証すべき教育環境を提供できていないことになる。学校がこのような状況を見過ごしているのであれば、それは教育的過失と言わざるを得ない」
副校長は「あ・・・あの・・・」と発言をしようとしたが、鷹沢隆一の勢いに圧倒され言葉を飲み込んだ。
星霞璃月が震えながらも冷静さを保ち、声を上げた。「き、京介君の学校での行動を考えれば・・・そ、その制約は正当なものです・・・。わ、私たちは彼の無秩序な振る舞いに、く、苦しめられてきました」
しかし鷹沢隆一は、それを一蹴するかのように手を振り、「星霞くん、君の言葉はただの感情だ。我々は事実を元にして話をしている。無秩序や苦しむ、というのは主観的な発言なのだよ」と言い放った。
「京介の行動について学校で問題視されているなどとは初耳だが、もしそうだとしても、それは学校側の管理責任だ。私の家では彼は普通に振る舞っている。つまり、学校の環境に問題があり、京介が正当に評価されていないのだ」
星霞璃月は憤りを感じながらも口を噤むが、水城未来が勇気を振り絞って言った。「で、でも、京介君が時雨君に・・・そうです、時雨君に対して行った、に、日常的な暴力行為はどう説明するんですか?」水城未来は言い終わると、緊迫感に耐えられず涙を流していた。
京介はその言葉を聞くと、淡々とした声で答えた。「あれは時雨のスキルを引き出すために少し手荒にやっただけだ。結果的には彼の成長のためになったと思っている」
その言葉に、星霞チーム全員が凍りついた。だが隆一は息子の言葉に深く頷き、さらなる言葉を畳み掛ける。
「見たまえ、京介は自分の行動に責任を持ち、目的があったことを明確に説明している。それを理解しないのは学校側の教育力の欠如であり、子供故の未熟さだろう。問題があるのは京介ではなく、学校や他の生徒たちではないのか?」
星霞璃月は拳を握り締め、怒りに震えながらも冷静さを保とうとした。しかし、鷹沢隆一の横暴な態度と歪んだ論理に対して激しい憤りを感じていた。
彼女は深呼吸をし、冷静さを取り戻しながら、鋭い眼差しで鷹沢隆一を見据えた。
「鷹沢さん、私たちは学校全体の問題を論じる立場にはありません。ただ、京介君の行動がここでの秩序を著しく乱している事実は本当です。そして『誓約の瓶』は、私たちが正当な試合を通じて手に入れたものです。それを理由なく奪うことは許されません」
しかし鷹沢隆一は微笑を浮かべると、またしても言葉を被せた。「許されません、とな。しかし、その試合の正当性すら怪しいものだと言っているだろう? 6対6でなければ無効だ。無効な試合で得た『誓約の瓶』に価値などない」
隆一の言葉に、星霞チームの誰もが声を失った。完全に論理が破綻しているにもかかわらず、その圧倒的な自信と権力に基づく態度が反論を許さない。
星霞璃月はその場で反撃の言葉を探し続けていたが、鷹沢隆一の支配的な空気に苛立ちを隠せなかった。
「それは学校側の管理の問題であり、私の息子に押し付けるのは筋違いだろう。そしてそもそも、その試合は無効だ!!!」
鷹沢京介は父親の後押しを受けたように声を荒げた。
「あんなくだらない瓶で俺を縛るなんて、卑怯だろ!」
星霞璃月は怒りを爆発させて反論した。
「卑怯ですって?それを言うなら、あなたが試合前に『スパイスを加える』なんて余計な提案をしたせいでしょう?自分で蒔いた種を他人のせいにするなんて、最低だわ!」
星霞璃月は視線を真っ直ぐに鷹沢京介に向ける。
「それに、その『誓約の瓶』、一体誰が持ち込んだのか教えてくれる?責任転嫁する前に、まず自分の行動を見直したらどうなの?あなたの『誓約の瓶』でしょ!!」
京介は苛立った表情で声を荒げた。
「はぁ!?お前が仕組んだんだろ!俺は騙されたんだ!」
その言葉に星霞璃月たちの表情が一瞬硬直する。篠崎結衣が小さく呟いた。
「こいつ……嘘の塊だわ」
その場の雰囲気がさらに険悪になった中、鷹沢京香が冷静な声で口を挟む。
「星霞璃月さん、それはあなたの一方的な意見ではなくて?」
彼女は優雅に微笑むが、その言葉には棘が隠されている。
「京介は父親の期待に応えようと必死なのです。彼がこんなしょうもない誓約をするとは思えません。むしろ、あなた方にうまく利用されたと考える方が自然ではなくて?」
鷹沢京香の発言に、星霞たちは一瞬息を呑んだ。それは完全に事実を捻じ曲げたものであり、受け入れ難いものだった。
場の空気がさらに重くなる中、副校長がようやく震える声で割って入る。
「星霞さん、ここはひとまず……誓約を取り消して、穏便に済ませるのが得策ではありませんか?」
その言葉に星霞璃月の表情が怒りに染まった。
「副校長先生、そんな理不尽な提案を真顔でおっしゃるんですか?私たちは正当な試合で勝ち取ったものです。それを渡せだなんて、そんな無茶苦茶な要求、絶対に受け入れられません!」
星霞璃月の強い拒絶の言葉が響くと、今まで静かにやり取りを聞いていた、浅子原(あさしはら)教頭が静かに立ち上がった。彼は冷静な表情を保ちながらも、その声には冷徹さが滲んでいる。
「星霞さん、あなたの行動は果たして本当に正当と言えるのでしょうか?『誓約の瓶』という魔道具を盾にして特定の生徒を拘束する行為は、倫理的にも法的にも道義的にも規則的にも、全ての側面において問題があるように見受けられます」
浅子原教頭の言葉に場の空気がさらに凍りついた。その冷たい視線が星霞璃月に突き刺さるようだったが、彼女は一歩も引かず、毅然と立ち続けていた。
星霞璃月はその言葉に食い下がる。
「問題?そんなはずがありません!これは京介君からの発案で、魔道具の発動条件に基づいて交わされた正当な誓約です!私たちは…」
浅子原教頭は星霞の言葉を遮り、冷淡な声で続けた。
「星霞さん、そうした態度が、君こそが横暴な行為をしているという証拠です。この学校での活動を禁止されるべきなのは、鷹沢君ではなく、君ではないかと私は思います」
その一言は、星霞たちにとって雷のように響いた。誰もが言葉を失い、唖然とするしかなかった。
閂副校長は苦しそうにその場の空気を和らげようとしたが、何も言えずに黙り込む。星霞たちは教頭の言葉の重さに打ちのめされながらも、必死に自分たちの正当性を訴える方法を模索した。そして、星霞璃月が静かに口を開いた。
「浅子原教頭先生、その言葉はあまりにも一方的です。この誓約の瓶がなければ、京介さんが再び学校でどんな行動をするか…分かっているはずです」
しかし、浅子原教頭は冷たく星霞璃月を見下ろしながら言った。
「そのような可能性はあくまであなたの憶測に過ぎません。この学校は教育機関です。生徒が学び、成長するための場所であり、他の生徒を縛るための場所ではありません」
鷹沢京香がここで言葉を挟んだ。
「おっしゃる通りです、浅子原教頭先生。京介には確かに至らない点があったかもしれませんが、それを補うのが教育の役割だと思います。この誓約の瓶の存在は、むしろ彼の成長を妨げるだけではないでしょうか?」
星霞たちは完全に孤立した状態に追い込まれていた。周囲の大人たちが鷹沢家に与する中で、自分たちの声がかき消されていく感覚に、全員が拳を握りしめながら歯を食いしばるしかなかった。
鷹沢隆一の拳が重くテーブルを叩き、響き渡る音が部屋を支配した。その視線が鋭く星霞璃月を射抜く。
「誓約の瓶はどこだ!!」
閂副校長は怯えた表情を浮かべながら、星霞に向き直った。
「星霞さん、どこにあるのか教えてくれませんか?」
その声は穏やかに聞こえるが、明らかに鷹沢家の威圧に屈した迎合的な響きを帯びている。
一方、鷹沢京香は椅子に座ったまま優雅に星霞たちを見下ろしていた。その冷ややかな視線は、無言の圧力を放っていた。
「早く教えなさい。私たちは無駄な時間が大嫌いなの。それとも、言わせる必要があるのかしら?」
彼女の声には、上品さと冷酷さが絶妙に混ざり合っている。
「あなたのお父様、シルバーウルフギルドの役員でしたわね。そして、神楽沙羅さん――鳳凰財閥ギルドのポータルスタッフだったとか。私もよく知っている部下ね。その他のメンバーのご家族も、それぞれのギルドで立派な役職についているようね。私たちがその気になれば、皆さんの親御さんも何かしらの影響を被ることになる可能性があるわよ?」
星霞は無言のまま拳を握り締めていた。京香の言葉には恩着せがましさと脅迫めいた圧力が混ざり合い、星霞たちの心に重くのしかかる。
浅子原教頭も冷ややかに口を開く。
「星霞さん、そして皆さん、意地を張るのはやめなさい。このままなら、君たちの学校での立場は危うくなるだけだ!」
星霞は唇を噛みしめて俯き、肩を震わせた。彼女の中でわずかに残っていた抵抗の意思が、徐々に押し潰されていく。ついに彼女は涙を流しながら、小さな声で答えた。
「……暁君に預けました……」
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