第34話 誓約の瓶①

翌日、暁はアイリスを連れて登校した。その日の昼休みに、屋上で話し合いをするようにと星霞チームから伝言を受け取っていた。授業が終わり、暁とアイリスが屋上に到着すると、すでに星霞チームの5人が集まり、楽しそうに談笑していた。


暁が屋上に足を踏み入れると、星霞たちは一斉に手を振りながら明るい声で「こっちだよ!」と呼びかけた。その歓迎に暁も微笑み、軽やかな足取りで駆け寄った。


「勝ったんですね」

暁は満足そうに彼女たちを見ながら言った。その言葉に、星霞たちは顔を見合わせ、にっこりと笑い合った。


「そう!私たち、勝ったよ!」と星霞璃月が元気よく報告すると、他のメンバーも声を揃えて「圧勝だった!」と続けた。


暁は心からの称賛を送った。「やっぱりみなさんならできると思ってましたよ!本当におめでとうございます!」


璃月は少し照れた様子で笑いながら言った。「でも、暁君にも試合を見てもらいたかったな。ポーターの仕事だったの?」


暁は軽く頭を掻きながら答えた。「そうなんです。まぁ、僕のことは置いておいて、次の試合に向けてもっと頑張っていきましょうね!」


その言葉に、璃月はほんのり頬を赤らめながら静かに言った。「でも、暁君のサポートがなかったら、ここまでうまくいかなかったと思う。本当にありがとうね」


他のメンバーたちも頷き、暁の存在の重要さを改めて実感した。その瞬間、璃月の心には、彼とともに戦うことの大切さが強く刻まれた。


暁は興味深そうに問いかけた。「それで、試合はどうやって勝ったんですか?」


星霞たちは顔を輝かせて話し始めた。

「未来が大活躍だったのよ!」

「いやいや、結衣のアシストがなかったら危なかったわよね!」

「本当よ、雪乃がリング外に出されそうになった時、私たちも必死だったんだから!」


メンバーたちは次々に互いの貢献を語り、賑やかな笑い声が屋上に響いた。


その後、彼らは次の試合に向けての作戦会議を開始した。仲間とともに過ごす活気ある時間の中、暁は共に戦える喜びと、これからの試練への決意を新たにしていた。


やがて話題は次の対戦相手に移った。星霞が少し真剣な表情で切り出した。「次は千葉チームよ。リーダーの千葉翼(ちば つばさ)はすごく強いって評判で、正直少し緊張しているわ」


「千葉君は、防御を基本とした戦術スタイルを取っているの。先生たちも『彼の戦術を崩すのは難しい』って言ってたわ」


暁は興味深そうに頷いた。「なるほど、確かに強敵ですね。でも、星霞さんたちならきっと大丈夫ですよ」


「そ、そうかな……」


星霞は少し俯き、暁を上目遣いで見つめた。そして、ためらいがちな声で言う。

「また一緒に、いろいろ考えてもいいかな?」


その仕草に暁はドキッとし、慌てながら答えた。「はい!もちろん大丈夫ですよ。というか、実は昨日、様子を見てきたんです」


「「「「「えっ!!??」」」」」


5人の視線が一斉に暁に集まり、その反応に暁は少し困ったように苦笑いを浮かべた。

「えっと、その……昨日、千葉チームの偵察をしてきました。どんな戦術を使うのか知っておきたくて」


星霞が驚いた表情で問いかけた。「どうしてそんなことまで……?」


暁は照れくさそうに頭を掻きながら答えた。「少しでも力になれたらと思って。直接戦うのは皆さんだけど、戦術面で少しでもサポートしたいな、と思いまして」


神楽沙羅が目を輝かせて身を乗り出す。「暁君、本当にありがとうね!それで、千葉チームってどんな感じだったの?」


暁は真剣な表情に戻り、見てきた内容を話し始めた。「千葉チームは防御力がとにかく高いです。盾役を中心に全員が綿密に連携して動いて、守りを徹底しています。特にリーダーの千葉翼は、状況判断がすごく速くて的確に指示を出していました。一人ひとりの反応速度も早くて、相手の攻撃を確実に防ぎます」


篠崎結衣が考え込むように呟く。「なるほど……防御に特化してるなら、崩すのは簡単じゃなさそう。でも、全員が守りに回るなら、攻撃力はどうなの?」


暁は頷いて続けた。「それが、攻撃力もかなり高かったですね。防御からのカウンターが鋭いし、隙を作るのも難しい。全員の連携がしっかりしていました」


神代雪乃が静かに口を開く。「焦らずに戦う必要があるわね。攻撃のタイミングを誤ると、逆にカウンターを食らう可能性が高い・・・」


神楽沙羅が腕を組み、真剣な表情で言った。「それなら、相手の防御陣形を乱す必要があるわね。私の『風刃疾走』でガンガン攪乱していくわ!」


しかし、暁は少し考え込んで首を横に振った。「おそらく、沙羅さんのスピードでも、彼らを動揺させるのは難しいと思います。反応速度が予想以上に高いですし、それに……」


言い淀む暁に、沙羅は訝しげに問いかけた。「それに?」


暁は少しためらいながら続けた。「実は、僕も彼らと模擬戦をしたんです。僕が偵察していることを見抜かれて、千葉翼から手合わせを提案されまして。たぶん、僕の自信を削ごうとしてたんだと思うんですよね」


「えぇっ!?そんなことがあったの!?」星霞は驚きの声を上げた。「危ないじゃない!」


「いや、大丈夫ですよ。ポーターもやっているじゃないですか。僕、逃げ足だけは自信がありますから」暁は冗談めかして笑ったが、星霞は真剣な顔で言った。「暁君、そんな危険なことをしないで!偵察に行くのはいいけど、手合わせなんて……相手は暁君に本気に向かって来たんじゃないの?」


暁は苦笑いしながら答えた。「すみません。次からは気をつけます。でも、この偵察で得られた情報は大きいです。彼らの戦術や反応速度、カウンターの精度……すべて把握できましたから」


暁は一呼吸おいて話を続けた。「試しに僕がスピードで攻めてみたんです。千葉チームも、トリッキーな動きで攪乱されるのにはあまり慣れていなかったみたいですね。最初は少し動揺していました」


星霞は驚きと感心の入り混じった表情で口を開いた。「崩せたのね・・・それは……すごいというか、なんというか……じゃあ、さっき言ってた『防御を崩せない』っていうのは、どうして?」


暁は頷きながら説明を続けた。「そうなんです。僕が一度崩した分、彼らはさらに防御を固めてくるでしょう。それも、ちょっとの隙もないくらい。だから断言できますが、下手に仕掛けると、逆にこっちがピンチになる可能性が高いです。試合当日は、彼らの防御を突破するのはほぼ不可能でしょうね」


神楽沙羅は驚きつつ提案した。「じゃあ、未来の『水鏡幻影』でさらに攪乱して相手の守りを崩していけば?」


水城未来は期待を込めた目で暁を見つめた。しかし、暁はその視線に心苦しさを感じながら、重い口を開いた。「おそらくですが、彼らの防御は物理攻撃だけじゃなく、魔法攻撃や状態異常のデバフスキルも効かないと思います。それくらいの自信を感じました」


「そんなぁ……」未来はガクリと肩を落とした。


篠崎結衣は冷静に暁の分析を整理しながら問いかけた。「結局、スピードも効かない、攻撃も効かない、デバフスキルも効かない、魔法も効かない……じゃあ、どうやって勝つつもりなの?」


暁は自信満々にニヤッと笑い、「勝てますよ。実は必勝法を思いついたんです!」と声を弾ませた。


その勢いに圧倒されながらも、5人は訝しりながら暁の話に耳を傾けた。



◇◇◇◇




暁が作戦を語り終えると、彼は期待に満ちた表情で尋ねた。「どうですか?」


神代雪乃が目を見開きながら答えた。「たしかに……それはいけるかも」


一方、神楽沙羅は少し懐疑的な表情で呟いた。「そんなにうまくいくのかな……?」


篠崎結衣は暁の提案をじっくり考え込み、「でも、それは確かに試合だからこそ通用する戦法ね。相手の虚を突くには絶妙な方法だと思う」と評価した。


水城未来はまだ半信半疑の様子で、「本当にそんな方法が可能なのかな……?」と不安そうに呟いた。


星霞は暁をじっと見つめ、半ば呆れたように口を開いた。

「暁君……あなた、あくどいというか、本当にすごい戦略家というか……前から思ってたけど、どこでそんなことを学んだの?」


暁は少し照れくさそうに笑いながら答えた。

「全部、母さんと父さんから教わったんです。戦略の組み方、モンスターの種類、戦いのコツ、狙うべき場所……そんなのをね。でも、僕自身は神々の塔には挑まないから、もう必要ない情報かもしれないけど、こういう時には役に立つでしょ?」


その言葉に、5人の少女たちは一瞬黙り込んだ。

暁の言う「神々の塔に挑まない」という言葉が現実の厳しさを物語っている。彼がこれほどの知識と戦略のセンスを持ちながらも、スキルレベル1のスキルウィーバーとして塔で生き抜くことは不可能だという現実。それを淡々と受け入れている暁の潔さに、彼女たちは胸を打たれた。


星霞は少しうつむいた後、納得したように顔を上げた。

「……じゃあ、その方法で行きましょう。私たちも練習が必要だし、もっと力を引き出せるようにしておかないとね」


彼女は仲間たちと次の試合の作戦を話し合いながら、何か決意を秘めた表情で暁に向き直る。


「実はね、暁君。今回の鷹沢との試合、ただ勝敗を決めるだけのものじゃなかったの」


暁は怪訝そうに眉をひそめ、星霞を見つめる。

「……どういうことですか?」


星霞は少し言いにくそうに目をそらしながら続けた。

「鷹沢から、誓約の瓶を使おうって提案があったの。試合に負けた方が、自分たちの誓約を実行する、って賭けを……」


その場が静まり返る。

暁の表情が一変し、拳を強く握りしめた。


「そんなバカな! 星霞さん!そんな約束、する必要なんて全くなかったでしょう!」


普段冷静な暁が声を荒らげた。その怒りは部屋全体を揺るがすように響く。


「自分の力を信じるのはいい。でも、こんな危険な賭けをするなんて、無謀にもほどがあります!もし負けたらどうするつもりだったんですか!?」


星霞は一瞬怯んだが、暁の言葉に込められた想いを感じ取った。

彼がこれほど感情を露わにするのは、自分を本気で心配しているからだと気づく。


「……暁君」


星霞は静かに彼を見つめ、優しく微笑んだ。

「大丈夫、負けるつもりなんて最初からないから。このチームで勝つって、信じてるもの」


その言葉に、暁は一瞬息を呑み、少しだけ表情を緩めた。それでも、怒りと心配は完全には消えず、深く息をついて彼女を見つめ返す。


「そうですが・・・。どんな試合にも万が一があります。お願いですから軽率な行為はやめてください」


星霞は一瞬怯むが、彼の言葉に隠された想いに気づく。暁がここまで怒るのは、自分を心から心配しているからだと。


「……ごめん。本当にごめんなさい。」

星霞は目を伏せ、頭を下げた。声は震えていたが、その誠意は明らかだった。

「軽率だった。みんなに迷惑をかけることになっていたかもしれない……」


暁は腕を組んで彼女をじっと見つめる。

「誓約の瓶がどんなものか、星霞さんはわかっているんですよね? 誓いには重みがある。違反者は搭載された魔核のダメージを体内から受ける――普通に考えれば、死ぬ。それをそんな簡単に使うなんて……鷹沢、信じられないバカだな」


その厳しい言葉に、星霞は小さく微笑んだ。

「暁がそんなに怒ってくれるなんて、ちょっと意外だった。でも、嬉しい。私のこと、本気で考えてくれてるんだね」


その言葉に暁は一瞬言葉に詰まり、視線を逸らす。

「……話を逸らさないでください。それで、どんな誓約をしたんですか? ロクな内容じゃないんでしょうけど。」


「……それでも、ありがとう」

星霞は穏やかな声で言いながら、素直に頷いた。

「これからはもっと慎重になるね」


暁は彼女の冷静な態度に少し苛立ちつつも、ため息をついた。

「……で、誓約の内容は何ですか?」


星霞は一瞬躊躇いながらも、正直に答えた。

「私が負けたら、鷹沢のチームに入る。だけど、私が勝ったら、鷹沢は今後、学校内で問題を起こさないって誓ったの」


その瞬間、暁は沈黙した。彼の表情が厳しく引き締まる。

「……それは、まずいですね」


「えっ? 何が?」

隣にいた神楽沙羅が心配そうに口を挟む。

「星霞が勝ったんだから問題ないんじゃないの? 何か気になることがあるの?」


暁は神楽沙羅に視線を向け、低い声で答える。

「鷹沢がこんな簡単に引き下がるわけがありません。自分の不利な条件をそのまま受け入れるようなやつじゃない」


「でも、誓約を破ったら、自分が死ぬんだよね? それでも?」


「直接破る真似はしないでしょうね」

暁の言葉には確信があった。

「あいつの性格からして、誓約を無効化するために何かしらの手を打ってくる可能性が高い。それこそ、瓶を奪い返すために他の連中に頼んで襲撃を仕掛けてくるかもしれません」


星霞はハッと息を呑んだ。

「……じゃあ、私たちが気を抜いたら、誓約を台無しにされる可能性があるってこと?」


暁は目を瞑り、慎重に言葉を選んで続けた。

「可能性は高いです。あいつが負けたままで済ませるとは思えません」

「た、確かに……でも、どうやって瓶を守るの? いつ襲われるかもわからないし……」

神代雪乃が不安げに口を開いた。


暁は一瞬考え込んだ後、毅然とした口調で言う。

「瓶を星霞さんの手元に置いておくのは危険です。僕が一時的に預かります。万が一のことがあれば、僕が対処します。」


「でも、暁にそんな危険なことをさせるなんて……」

水城未来が心配そうに言うが、暁はその言葉を遮るように首を振った。


「任せてください。鷹沢の性格も戦術も、僕にはある程度わかります。彼が何をしてくるか、対応する自信があります。」


星霞は少し戸惑いながらも、暁の真剣な表情に逆らえなかった。



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お読みいただき、本当にありがとうございますm(_ _)m


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