第24話 学校にて①

暁はアイリスを伴い、職員室へ向かった。中にいたのは、彼のクラス担任の弓削清一郎だった。清一郎は神経質な性格をしているが、生徒一人一人の状況をしっかりと把握しており、言葉は厳しいものの、その奥には生徒を思いやる温かみが感じられた。暁は、この教師のことを信頼していた。ノンウィーバー科に転学してきたばかりの頃、清一郎は話をよく聞いてくれたからだ。


「どうしたんだ、こんな早くに学校に来て。おや、その後ろの綺麗なお嬢さんは?まさか、お前の彼女か?」


「いえ、違いますよ。僕の遠い親戚です。」


「遠い親戚?それはまた珍しいな。銀色の髪に琥珀色の目、白い肌。明らかに異国の出身だろう。お前の親戚ならちょっと無理があるんじゃないか?本当か?」


「本当に遠い親戚です。外国人と結婚した親戚の子供なので。僕も両親から少し聞いただけの関係です。北の圭斗市に住んでいて身寄りがないため、こちらに来ました」


「初めまして。私の名前はアイリス・シフトです。圭斗市で母と二人で暮らしていましたが、流行病で母を亡くし、こちらに時雨家を頼って移住してきました」


「流暢な日本語だな。生まれはどこだ?」


「圭斗市です。そこから一歩も外に出たことはありません。」


「そうか。このご時世、いろいろと大変なことも多いだろう。さて、暁、そのお嬢さんはどうしてここに?」


「実は、田舎の方で暮らしていたため、世間のことはあまりよく分かっていなくて。一人で寝たきりの妹と家にいるよりも、僕と一緒に過ごした方が良いと思い、連れてきました。今後のことが決まるまで、学校に一緒に通い、授業を受けてもいいでしょうか?」


「なるほどな。まあ、いいだろう。こんな世の中だ、お互い助け合って生きていかなきゃならんしな。教室で過ごすことは許可するよ。圭斗市に住んでいたのか…この新大阪都市の周辺ではないからな。アイリスさん、君はノンウィーバーなのか?」


「はい、ノンウィーバーです。私の地域では神々の塔へ行く人もほとんどいませんでしたし、スキルウィーバーの人たちも周囲には少なかったです」


「そうだろうな。この辺りに住んでいなければ神々の塔にも行けないし、魔核も手に入らない。分かった。大変だったろう。この世界で一人で生きていくのは並大抵のことではない。私を含め、みんなこの世界の混乱を生き延びるので精一杯だ。デュアル高校のクラスで好きなだけ過ごすといい。ただし、君の親がギルド関連の仕事をしていたのかどうかが気になるな。君がデュアル高校に入学を希望する場合は、授業料を払うためにギルドに所属している必要があるからな。どうなんだ?」


「いいえ、両親はギルド職員ではありませんでした」


「そうか、しかし暁君の親戚だしな。何か私にできることがあれば言いなさい。できる限り手を貸すし、神﨑校長にも相談しておくよ」


「ありがとうございます」


そう言って、暁とアイリスは教室へ向かって移動した。



◇◇◇◇




教室に入ると、一瞬にして教室内の空気が変わった。雑談していた男子生徒たちの視線が一斉に二人に向き、ざわめきが広がる。


「おい、あの子誰だよ?」

「なんだあの美人!?」

「暁、もしかして彼女!?」


次々と飛び交う声に暁は軽く頭をかきながら、「落ち着けよ」と言いつつも、内心では既に疲れを覚えていた。教室の真ん中あたりに向かう途中で、男子生徒の一人が興奮気味に声をかけてきた。


「おい暁!その子、どっから連れてきたんだよ!?」

「モデルとか?いやいや、そんなのこの辺にいるわけないだろ!」


暁はため息をついて、簡潔に説明しようと努めた。「アイリス・シフトだ。僕の親戚で事情があって、しばらく一緒にいることになったんだ。あんまり詮索するなよ」


しかし、その説明では周囲の興味をそらすことはできない。別の男子生徒がさらに詰め寄る。「一緒にいるってどういうことだよ!?お前ん家に住んでるとか!?」


「まあ、そんなところだ」と暁が答えると、教室全体が騒然となる。


「嘘だろ!?それって同棲じゃねえか!」

「お前、俺たちに隠れてそんなことしてたのか!」


一方、アイリスはというと、周囲の視線をまるで気にする様子もなく、静かに微笑んでいる。彼女のその落ち着いた態度が、さらにクラスメイトたちの注目を集めた。


女子生徒たちの中からも声が上がる。「ねえ、暁君、その子本当にどこから来たの?何か変なトラブルに巻き込まれてるとかじゃないの?」


暁は一瞬答えを考え込むが、正直に言えるような内容でもないため、「まあ、ちょっと家族で色々とあってね。でも今は大丈夫だから、心配しなくていいよ」と曖昧に返した。


その間も、アイリスは静かに立ち尽くしており、時折周囲を観察するように視線を巡らせている。彼女の振る舞いはどこか堂々としていて、人間離れした雰囲気を漂わせていた。


「おい、アイリスちゃんって何歳?どこから来たの?」と聞かれたアイリスは、暁のほうを見て一瞬目配せをした後、控えめに答える。


「私は…暁さんにお世話になっています。年齢は皆さんと同じ年齢です」


その落ち着いた返答に、教室全体が一瞬静まり返ったが、すぐに再び質問の嵐が巻き起こった。暁は苦笑しながら、「とにかく、これ以上聞くなって」と手を上げて制止する。


「頼むから普通に授業始めようぜ」


その言葉を合図に、ようやく教室内は少しずつ平常を取り戻していったが、男子たちの好奇心に満ちた視線はまだアイリスに向けられ続けていた。


暁は誰も使っていない椅子と机を引っ張ってきて自分の隣に置き、アイリスを座らせた。


午前中の最初の授業が終わると同時に、暁の席に男子生徒たちが集まり始めた。彼らは待っていましたと言わんばかりに机を囲み、質問の嵐をぶつける。


「なあ暁、本当のところアイリスちゃんって誰なんだよ?」

「お前、いつからそんな美人と知り合いだったんだよ!?」

「どうせなら紹介してくれよ!俺たちにも!」


暁は教科書を片付けながら「お前ら、少し落ち着けって」と言うが、相手はまるで聞く耳を持たない。


「いや、落ち着けって無理だろ!これだけの美少女が急に現れるとか、ありえないだろ!」

「暁、お前、もしかして隠し彼女だったのか?」


「違う!」暁はやや強めの声で否定する。「アイリスはそういうんじゃない。ただ、事情があって一緒にいるだけだ」


その説明に男子たちは眉をひそめ、さらに食い下がる。「事情って何だよ?家で何してんだよ?」「少しでも教えてくれよ!!」


暁は呆れたようにため息をつき、「アイリスは昨日、僕の家に来たばかりで、何もしていない。ただゆっくりしているだけだ」と答えると、男子たちの間から「そうかぁ、だったら俺がアイリスちゃんをこの街の案内でもしたいなぁ」と呟きが漏れた。


一方で、少し離れた場所では、女子生徒たちがアイリスを囲んでいた。


「アイリスちゃんってすごく綺麗だね。どこから来たの?」

「普段は何してるの?」


アイリスは周囲の興味津々な視線を受けながらも、柔らかな微笑みを浮かべて答える。「私は暁さんのもとでお世話になっています。それ以外のことは…秘密です」


その丁寧な返答に女子たちは目を輝かせた。「暁さんって呼んでるんだ!ねえねえ、それってどういう関係なの?」

「もしかして、すごく仲がいいとか?」


「暁さんは…命を救っていただいた恩人です」とアイリスが答えると、女子たちはさらに興味を持った様子でささやき合った。


「命を救うってどういうこと!?ロマンチックじゃない?」

「え、それって運命の出会いとかじゃないの!?」


アイリスは特に気にする様子もなく微笑みを浮かべていたが、女子たちの熱量はどんどん上がっていく。


そして昼休み――

休み時間のたびに男子と女子の質問攻めが続き、暁は疲れた表情を浮かべながら、アイリスに小声で話しかけた。「なあ、これずっと続くのか?」


アイリスは首をかしげて答える。「彼らの関心を惹いてしまっているようですね…。私が目立たないほうが良いのでしたら、方法を考えますが…」


「いや、それはそれで怪しまれるだろうから、今は耐えるしかないな」暁は再びため息をつき、次の授業のベルが鳴るのを心の中で待ち望むのだった。




◇◇◇◇




昼休み、暁が男子生徒たちからの質問攻めにようやく解放されて机に突っ伏していると、教室のドアが勢いよく開いた。


「暁君!ちょっといいかな?」澄んだ声とともに、星霞璃月が教室に入ってきた。


「星霞さん?」暁は顔を上げ、来訪者の姿に少し驚きつつも声を掛けた。その後ろには神楽沙羅、篠崎結衣、神代雪乃、水城未来もおり、全員が真剣な表情をしている。


「ちょっと闘技祭の相談で来たんだけど・・・?」

しかし、彼らの視線はすぐに暁の隣に座るアイリスへと向けられた。


「えっ…誰、その子?」星霞が目を丸くしてアイリスを指さす。


「あ、えっと…この子は…」暁は言葉に詰まりながらも冷静を装おうとする。


アイリスは少し緊張した様子で微笑み、軽く頭を下げた。「初めまして、アイリスといいます。暁さんにお世話になっています」


神楽沙羅が星霞の隣から顔を覗かせる。「お世話になっている?なんかすごい敬われてない?暁君、なかなかやるじゃん」


「いやいや、ちょっと待て!」暁が慌てて手を振りながら、「事情があって…まぁ、今は一緒にいるんだ」と説明を濁した。


水城未来は腕を組みながら静かに観察していたが、少し眉をひそめる。「その子、普通の生徒じゃないよね?明らかに雰囲気が違う・・・」


神代雪乃が軽い口調で口を挟む。「転校生じゃないよね?こんな綺麗な子が入学してきたら、絶対噂になるしね」


「そうだよね、暁君。何か隠してるんじゃないの?」星霞が厳しく探るような目で暁を見つめた。


暁は冷や汗をかきながら言い訳を考えた。「えっと、とにかく深く気にしないでもらえないかな。いろいろあって、少しの間だけ僕が面倒見ることになったんだ」


アイリスが控えめに付け加える。「私は暁さんに助けていただいた身です。彼に迷惑をかけるつもりはありませんので、どうぞご安心ください」


星霞は少し考え込むようにしてから、「…まあ、暁がそう言うなら、とりあえずはいいけど。でも、後でちゃんと話してもらうからね」と念を押すように言った。


神楽沙羅が笑いながら、「さすが暁君、なんかすごい展開になってるねぇ」と肩を叩くと、暁は苦笑いで返すしかなかった。


「で、本題はなんですか?闘技祭の相談ですよね?」暁が話題を切り替えると、星霞も仕方ないというように頷き、真剣な表情を取り戻した。


「そう。作戦について具体的に詰めたいの。昼休みがちょうどいいと思って来たのよ」


アイリスはその会話を聞きながら静かに席を立ち、「私は邪魔しないように外にいますね」と言ったが、暁は即座に首を横に振った。


「いや、別にそのままでいいよ。そのままでいてくれる方が助かるから」


暁の言葉に、アイリスは少し戸惑った表情を見せたが、最終的におとなしく頷き、元の席に戻った。


星霞たちは一瞬アイリスの様子を気にする素振りを見せたが、やがて視線を交わして頷き合い、すぐに本題へと切り替えた。


そんな中、教室の周囲では異様な雰囲気が漂っていた。暁を取り囲むように美少女たちが楽しそうに話している光景を目撃した男子生徒たちから、抑えきれない怨嗟の声が漏れ始めたのだ。


「何だあの状況は…」「暁、爆発しろ」「全員の恨みを背負って消え去れ…」


怨念めいた言葉が教室中に充満し、さながら呪詛のように響き渡る。その熱量に気づいた暁が不意に寒気を感じ、背中をさすりながら振り返ったが、視線の先にいる男子たちは一様にうつむき、呪文を唱えるかのように何かをブツブツとつぶやいているだけだった。


(…何か妙な感じがするけど、気のせいだよな?)


そう自分に言い聞かせるように首を振り、暁は目の前の星霞たちとの話に集中することにした。しかし、その背後では男子生徒たちの怨念が静かに燃え上がり続けていた。



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読んでいただき、本当にありがとうございます(><)


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