第22話 アイリスと凜①
暁は地下室に設置していた防御結界を解除し、ダンジョンの出口を抜けて家の中へと入っていった。既に腕時計の針は深夜2時を指している。
「誰もいないよな…」
そう独り言を漏らし警戒しながら地下室のドアを開け、家の中へ入った。リビングはひっそりと静まり返っていた。暁は、アイリスを呼んで家の中に入れた。暁は、安心した様子で足を進め、妹の凜の部屋のドアをそっと開けた。
「ただいま~。凜、寝ているよな?」
小声で呼びかけると、ベッドの上で寝ていた凜が「う…ん…」と微かに声を上げ、ゆっくりと目を開けた。そして、まだぼんやりとした目つきで暁を見て呟いた。
「あ、お兄ちゃん、おかえ…」
凜が「おかえり」と言い切る前に、暁の後ろに立つ見知らぬ美少女の姿が目に入り、表情が一瞬で凍りつき、目が一気に覚めた。
「ちょ、ちょっと待って、兄さん!その子、誰!?」
驚きと困惑が入り混じった表情で凜は声を上げた。暁は頭を掻きながら、どこか気まずそうな顔で答える。
「えっと…その…説明がちょっと難しいんだけど…」
アイリスはその様子を見て、申し訳なさそうに微笑むと一歩前に出た。
「あの…私はアイリスと申します。暁様に助けていただいて…ここに連れてきてもらいました」
その柔らかな声に凜はさらに困惑を深めた様子で、暁を鋭く睨みつける。
「暁様?…ちょっと待って!話が全然分からないんだけど!兄さん、一体何したの!?まさかダンジョンでナンパとかしてきたわけじゃないよね!?」
「違う!ナンパなんかしてない!絶対違うから!」
暁は慌てて手を振る。凜はジト目で暁をじっと見つめると、やや苛立った様子で問い詰めた。
「じゃあ説明してよ。一体どういう状況なの?」
暁は小さく息を吐き、真剣な顔つきで話し始めた。
「実は…ダンジョンの奥で大蜘蛛に襲われているアイリスを見つけて、助けたんだ。ひどい状態だったし、あのまま放っておけなくて…ここまで連れてきた」
「大蜘蛛!?助けたって…そんな危険なことを…」
凜は驚きの声を上げ、アイリスに視線を移す。その視線には警戒心と興味が入り混じっていた。
「でも、このダンジョンに普通の人間がいるなんて聞いたことないよ?それってどういうこと?」
暁は一瞬言葉に詰まり、視線を横に逸らす。アイリスも視線を伏せ、どこか気まずそうにしていた。
「えっと…実は、アイリスは普通の人間じゃなくて…」
暁がもごもごと言葉を濁していると、アイリスが前に出て、凜に向かって静かに話し始めた。
「私は…シフト種という、半人半獣の一族です。大蜘蛛に捕らわれていたところを暁様に助けていただきました」
「半人半獣?!」
凜はその言葉に目を丸くし、驚きを隠せない様子だ。暁は溜息をつきながら話を引き継いだ。
「アイリスはモンスターじゃない。シフト種っていう特殊な存在のようなんだ。彼女は神々の塔から逃げてダンジョンにいてな。独りぼっちだったんだよ。とにかく放っておけなかったんだ」
凜はその言葉に釈然としない様子で呟いた。
「それで…彼女をここに連れてきたってわけね。でも、お兄ちゃん、それって危なくないの?もし何かあったらどうするのよ」
凜は疑念を隠さずに問いかける。
「心配するな、凜。彼女は危険な存在じゃない。それに、彼女が敵意を持ってないことは確かだ」
暁が真剣な表情でそう答えると、アイリスは静かに一歩前に出て頭を下げた。
「凜さん、と仰るのですね。初めまして、私はアイリスと申します。凜さん、どうかご安心ください。私は暁様に命を救っていただいた恩を胸に、全てを捧げる覚悟でここにおります。そして、私は暁様と“主従の誓い”を結びました。この誓いにより、私は暁様に危害を加えることができないだけでなく、暁様が望む限り、彼のために全力を尽くします」
「…主従の誓い?」
凜は眉をひそめながら、暁に視線を向けた。
「まあ…その、説明すると長くなるんだけど…」暁は少し頭をかきながら言葉を選ぶ。「アイリスは、僕と『主従の誓い』を結んだんだ。その誓いは僕以外の誰にも解除できないらしい」
「はい。私たちシフト種にとって“主従の誓い”は神聖な契約です。この契約によって、私は暁様を害するどころか、彼を全力でお守りする義務を負います。そして、誓いの効力が私自身にも恩恵を与えるのです」
「恩恵…?」
凜が疑問の声を漏らすと、アイリスは優しい微笑みを浮かべて説明を続けた。
「誓いを結ぶことで、私は契約者である暁様と力の一部を共有することができます。この結果、暁様の防御結界の一部を顕現化できます。暁様は私たちの天敵の大蜘蛛ドゥーム種を容易に屠られたお方です。そのようなお方に尽くせることは、私にとって最高の栄誉であり、誉れなのです」
「そんな…でも、それって本当にお兄ちゃんにとって安全なの?」
凜はまだ警戒心を緩めない様子で暁を見つめた。暁は真剣な口調で彼女の不安に答えた。
「誓いがある以上、アイリスが僕に危害を加えることはできないんだ。それに、主の命令にはかなり強い拘束力がある。基本的に僕の命令には逆らえない、というのがこの誓いのルールらしい。ここに来るまでも少し試してみたけど、本当にその通りだったよ」
「お兄ちゃん!!何をしたの!?何かエッチなことでもしたんじゃないでしょうね!?」
凜は目を見開いて暁に詰め寄る。
「ばっ…そんなわけないだろ!」
暁は顔を赤くしながら必死に否定するが、凜の疑いの目はまだ解けない。
「じゃあ、具体的に何を試したのか説明して!」
「…例えば、『その場で僕が良いと言うまで無防備でじっとして』って命令して、彼女に本気で攻撃をしようとしたんだ。もちろん寸止めだったけど、彼女はそれでもじっとしていたよ」
「そ・・・そうなんだ・・・なんか過激だね」
「おそらく、僕の攻撃が当たっていれば彼女は死んでいただろうけどね。まぁ、ここまでする必要もなかったかもしれないけど、ほら、凜がいる家に連れてくるんだ。誓いの効力を確認しないといけないからね」
アイリスに視線を向けた。「お兄ちゃんは、あなたに他に変なことしてない?」
アイリスは真摯な表情で頷いた。「はい。暁様の命令はすべて適切で、誠実なものでした。私を侮辱するようなものや、屈辱的な命令は一切ありませんでした」
「…まあ、そう言うなら信じるけどさ」
凜はようやく納得したようだが、まだどこか不満そうな表情をしている。
暁は少し間を置いて話を続けた。
「それに、僕以外にはこの誓いを解除することはできないから、彼女が裏切る心配もないんだ。もちろん、万が一のことがあったらすぐに対処するつもりだけど、その可能性は限りなく低いと思うよ」
「……わかった。けど、今の話を信じないわけじゃないけど、私も確かめさえてもらうよ」
そう言って、凜はアイリスをじっと見つめた。そして静かな声で質問した。
「じゃあ、アイリス、今から私が言う質問に答えて」
「はい」アイリスはスッと凜の眼を正面から見据えて答えた。
「本心から答えてね。あなたは私のお兄ちゃんに危害を加えるつもりはある?」
「ありません」
「あなたは私に危害を加えるつもりはある?」
「ありません」
「あなたがここに来ている目的は何なの?」
「それは・・・、あなたのお兄様と私は主従の誓いでつながって、これからお兄様の仰せのままに動いていくつもりです。暁様がもし将来的にベルトフレアの攻略を目指すと仰られるなら、私もそれに同行したいと思っています」
「ベルトフレア?」
「はい、ベルトフレアとは、皆様が呼んでいる『神々の塔』のことです。その最上階に私たち『シフト族』の起源があると私の一族での言い伝えがあるのです。もし可能であれば、そこに行きたいと思っています」
「じゃあ、あなたは最上階に行く為に、私のお兄ちゃんを利用するつもりなのね?」
アイリスは辛そうな顔をして答えた。
「利用する・・・つもりはありません・・・結果だけを見ればそう思われてしまうかもしれませんが、私は暁様に大きな恩義を感じています。命を救っていただき、私たちの宿敵の大蜘蛛も討伐していただいています。だから、私の一生はもう既に暁様に捧げていい覚悟はできております。もし更に願わくば、ベルトフレアの最上階を目指す事のお手伝いをさせてもらいたい、ただそれだけです」
凜はスキル『真実の輪郭』を発動させ、一言一句鑑定していったが、アイリスの言葉は全て本心であることが分かった。「なるほどね」
アイリスは静かに「私はただのシフト族の生き残り。もう暁様を頼る以外の身よりはありません」と答えた。
凜は、「分かったわ。あなたの言葉に嘘はないことを信じるわ」と返した。
暁は安堵の表情を見せた。アイリスもほっとしたように微笑み、柔らかい声で答えた。
「信じていただき、ありがとうございます、凜さん。これからもよろしくお願いいたします」
「べ、別に完全に信じたわけじゃないから!ただ……お兄ちゃんが信じた人が裏切るとは思えないから!」
そう言うと、私はアイリスを直視できずに明後日の方向を向いたが、自分でもわかるぐらい、耳が真っ赤になっているのを感じた。
こうして、私たちは混乱しながらもアイリスを受け入れ、新しい生活が始める。だけど、アイリスの存在が、私たちにどんな影響をもたらすのか。考えなければならないことがいっぱいだな、と凜は壁のシミを見つめながらため息をついた。
「でも、アイリスがここにいることで、他の人たちに何か問題が起きるかもしれないわよね。例えば、正体がばれて騒ぎになったりとか。モンスターがこの中にいるなんて分かったら、安らぎの街が大混乱するわ」
「だから、モンスターではないんだって。半獣半人だって。それは置いておいて、アイリスの処遇については僕も考えてる」暁は頷きながら話を続ける。「とりあえずアイリスには、もちろんここでは『人間』として過ごしてもらう。外に出るときも僕が一緒なら、問題ないはずだ。それにこのご時世だ。人が一人、どこからか現れたぐらいで何か問題はあったりしたりはしないさ。昔にあった戸籍なんて存在もないから何でも有りだよ。ここから100キロぐらい北にある、圭斗(けいと)市ぐらいから逃避してきた遠い親戚が身寄りを無くして僕たちを頼ってきた、という事におこう。僕たちの周りでもよくある話だしね」
「それはそうだけど・・・わかったわ。それしかないわね」
「ありがとう、凜。本当に助かるよ」
暁が感謝の意を述べると、アイリスも再び深く頭を下げた。「ありがとうございます。凜さんも暁様も、私を受け入れてくださり感謝いたします」
凜は小さくため息をつき、「とりあえず今夜はここで休みなさいよね。お兄ちゃん、アイリスに何か必要なものがあったら準備してあげてよ」と付け加えた。
「了解。アイリス、部屋を用意するから、ついてきて」
「そんな、もったいないです。私たちはベルトフレアでもどこでも寝ておりましたので、この床でも結構ですので」
「アイリス・・・この街では『人間』として生きていくんだ。だから、『人間』としての生き方を学んでおかないと、君はここでは生活ができない。『人間』は寝る時はベッドで寝る。これが基本だ。一つひとつ学んでいってくれ」
「承知いたしました、暁様」
アイリスは穏やかに微笑みながら暁の後をついていった。一方、凜は心配そうな表情でその後ろ姿を見送るのだった。
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読んでいただいて本当にありがとうございます(><)
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