第21話 ダンジョン探索④
アイリスは暁に自分自身について話始めた。
アイリスは、神々の塔に生息するモンスター「ワイバーン」の特殊な個体、「シフト種」に属する存在だ。「シフト種」は、モンスターと人間の二つの形態を持つ非常に稀少な個体であり、塔の機能維持に何らかの役割を持つとされている。しかし、アイリス自身はその役割や自らの存在理由を知らないまま塔の中で生活を送っていた。彼女たちは神々の塔のことを「ベルトフレア」(約束の土地)と呼んでいた。
アイリスが人間の姿になれるのは、塔の特殊な力の影響によるものであると考えられている。しかし、その能力を持つ理由も、人間との関わりを想定したものなのかも分からず、彼女たちにとっては謎の一つだった。ただ、人間の姿の方が、巨大な体を隠すために都合が良いとだけ考えられていた。
神々の塔では、種族間の生態系が厳然と存在しており、その中でもワイバーンにとっての天敵が大蜘蛛、「ドゥーム種」と呼ばれる存在だった。大蜘蛛ドゥームは塔内での最上位捕食者の一つであり、網のように張り巡らされた巣で巧みに獲物を捕らえる。その巨大な体躯と強力な毒は、ワイバーンの翼の自由を奪い、瞬く間にその数を減らしていった。今回、アイリスと母親を追い詰めたのは、大蜘蛛ドゥームの中の小柄な個体で、狩りの練習で狙われたようだった。
アイリスの故郷である塔の中層域も例外ではなく、多くのワイバーンが大蜘蛛の巣に囚われ、その生存数はアイリスと母親を除いて全滅した。アイリスの両親もまた、その犠牲となった。彼女が生き延びたのは偶然の産物に過ぎず、大蜘蛛に捕らえられたときに暁と出会ったことで命を繋ぐことができた。
アイリスは、「シフト種」としての自らの使命を知るため、そして塔の最上層にあるという「シフト種の起源」を探すことを望んでいた。塔の中では、「最上層にはシフト種が生まれる秘密が隠されている」という古い伝承が語られており、それを信じる彼女にとって、それが唯一の指針だった。
しかし、親との死別や大蜘蛛に捕食されかけた経験を経て、アイリスは「自分一人では目標を達成できない」という現実を痛感するようになる。そして暁に助けられたことで、自身の思いよりもこの命を助けてもらった恩を、自分と同じ姿であり、大蜘蛛ドゥームを破壊しえる目の前の存在に尽くす事に決めた。
◇◇◇◇
「つまり、アイリスは僕を主人とする事に決めたという事なのかな?」
暁は困惑を隠せない表情で尋ねた。
「はい、その通りです」
アイリスは微笑みを浮かべながら、迷いのない声で答える。その言葉に、暁はさらに頭を抱えるような気分になった。
「少し、というか、かなり軽率な感じがするんだけど?」
暁はため息混じりに問い返す。アイリスは真剣な表情に切り替え、じっと暁を見つめた。
「いえ、私にとって、いや私たちシフト種にとっての救世主となれるような存在が、貴方なのです。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
その言葉に暁は面食らいながらも、簡潔に名乗ることにした。
「……暁」
アイリスの目が輝き、感謝の念を込めたように小さく頷く。
「暁様、貴方のような強き存在に尽くす事こそ、私たちシフト種の願いでもあるのです。先ほど私の頭を撫でて頂いた時に、主従の誓いをさせていただきました」
「シュジュウノチカイ……?」
聞きなれない単語が出てきたため、暁はアイリスの言葉をそのまま繰り返す。
「はい、主従の誓いでございます。暁様を私の主として定めさせていただき、私が従者として主のためにお仕えさせていただきます」
アイリスの堂々とした宣言に、暁は目を瞬かせた。
「待って、僕が何か了承した覚えはないんだけど?」
暁は少し苛立ちを隠せずに反論するが、アイリスは意に介さず微笑を浮かべた。
「暁様が私に触れていただいたこと、それ自体が了承の証だったのです。暁様が私を助けてくださったその瞬間に、私は決めたのです。私のすべてを、暁様に捧げると。」
「いやいや、そんな勝手に決められても困るんだけど。」
暁が頭を抱え込むように言うと、アイリスは一歩静かに近づいた。その瞳には揺るぎない決意が宿っている。
「暁様、私たちシフト種は、誰にでも主従の誓いを結ぶわけではありません。それは私たちの生命そのものを捧げる、最も重い契約だからです。」
その言葉に、暁は少し表情を引き締める。
「その契約って、具体的に何なんだ?」
「はい、この契約を結ぶことで、従者は主に絶対的な忠誠を誓います。同時に、主が従者に危害を加えることも厳しく制限されます。主は従者に命令を下すことができますが、その命令が従者の意思や倫理に大きく反しない限り、基本的には従います。」
アイリスは一瞬間をおいてから、小さな笑みを浮かべた。
「もちろん、望まれるなら夜伽なども……」
「そ、そんなことを頼むつもりはないよ!」
暁は慌てて言葉を返し、顔を真っ赤にしながらアイリスの顔を直視できなくなった。それでも、彼女の覚悟の深さを感じ取り、少し息を整えた。
「それで、他に何かメリットはあるのか?」
「はい、従者は主の力を一部借りることができます。暁様のように結界を張る力をお持ちであれば、私もその能力を一部使うことが可能です。もちろん、暁様の力が強ければ強いほど、私の力も増します。」
暁はその言葉を聞き、少し考え込んだ。
(なるほど、シフト種にとっては主従の誓いが自分の成長や安全を保証するものになるんだな……)
暁は納得しつつも、アイリスに問いかけた。
「でも、それなら他にもっと強い誰かを選んだほうが良かったんじゃないか? 僕がそんなに特別だとは思えないし。」
アイリスは静かに首を横に振った。
「いいえ、暁様。貴方が特別なのです。力の強さだけではありません。私が貴方に触れたとき、心が安らぎを感じました。それは、私が塔の中で一度も感じたことがない感覚でした。そして貴方の優しさと決意を見たとき、これこそが私たちを導く存在だと確信したのです。」
暁はその真摯な言葉に思わず黙り込む。
「主従の誓いは、暁様がご希望でしたら解除も可能です。しかし、どうか私にお傍で仕える機会をください。私は貴方と共に歩みたいのです。」
暁はアイリスの真剣な眼差しに息を飲み、目をそらした。葛藤の中で言葉を探す。
「でも、僕がそんなにすごい存在だっていう証拠はどこにもないだろ? ただ目の前のことに必死なだけで、君がそんな覚悟を捧げるには無謀すぎる。」
「いいえ、暁様。それでも私は信じたいのです。暁様が私に与えてくださった救いと、心の安らぎを。」
アイリスはそっと胸に手を当て、深く頷いた。
「私たちシフト種にとって、主を選ぶ理由は理屈ではありません。心が導くままに従うことが、私たちの本能であり誇りです。」
暁はため息をつき、頭を掻きながら苦笑する。
「……君の言ってることが全部理解できるわけじゃない。でも、そんなに僕を信じてくれるなら……一緒にいることくらいは認めるよ。」
アイリスの表情が一瞬で輝き、深く一礼した。
「ありがとうございます、暁様!このアイリス、全力でお仕えいたします。」
アイリスの瞳がぱっと輝きを取り戻す。
「ただし!」
暁は慌てて手を挙げて釘を刺した。
「“主”とか“従者”とか、そういう堅苦しいのはやめてくれ。普通に仲間として一緒にいる、ってことでいいだろ?」
アイリスは一瞬迷うように口を開きかけたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべて頷いた。
「分かりました。では、暁様の“仲間”として、私もお力添えいたします」
その笑顔に、暁は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「はあ……なんだか巻き込まれた気がするけどな・・・」
こうして、暁とアイリスの奇妙な関係が始まったのだった。
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