第18話 ダンジョン探索①

 薄暗い塔の中、無音に近い静寂を破るのは、暁の靴が石畳を踏む音だけだった。彼は背中に中型の動物の皮でできた袋を背負い、腰にいくつかのポーチを装備している。彼の目は冷静そのもので、一人での探索に慣れている様子がうかがえた。


「ここでいいな」

暁は足を止め、ダンジョンの壁に近づいた。彼は壁に触れ「固定式防御結界発動」と呟くと、薄い青白い光がゆっくりと広がり、触れた部分に透明に鋭利な破壊不可の物質が生成されていく。暁は結界を板状ではなく槍状に展開し、モンスターたちを串刺しできる罠を張っていった。


暁は結界の罠を巧妙に配置した場所を点検しながら、小さく頷いた。

「このエリアに現れるモンスターはランクFかEだ。これで効率よく魔核を集められるな」


暁は周囲の物陰や狭い通路を利用して、結界がモンスターたちに確実にダメージを与えられるように設置していった。十数枚の結界の罠をセットし終えた暁は、安全な隠れ場所へと移動し、自分の周りに結界を張り、のんびりしながら時間が経つのを待った。


数分後、塔の奥からモンスターの足音と唸り声が聞こえてきた。数匹のゴブリンが現れ、結界の罠の範囲内に踏み込む。無警戒で進んで行くゴブリンたちは透明の結界に胸を突かれたり、頭を強打したりと、ゴブリンたちに少なくないダメージが与えられていく。


ダメージを受けたゴブリンたちは何が起こっているのか理解できずに、その場で蹲っていた。


「いい感じだな」

暁は微かに笑みを浮かべ、長い棍の先端を可動式防御結界で覆い陰からモンスターに飛び掛かり一体一体のゴブリンにトドメを刺していった。


ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!


グギャ!ギャ!ジャ!!グギャ!バギャ!ジャガ!!


既に大きなダメージを負っているゴブリンたちは叫び声を上げながら、死に絶えていった。深手を負っているゴブリンたちに最後の一撃を加えることは、今の暁にとっては造作もなかった。


事切れたゴブリンの死骸の中から丁寧に魔核を取り出し、一つずつ確認していった。


「ランクFが……5個か。ここまで来るまでの戦果と合わせれば、ランクFが67個、ランクEが33個だな」

暁は満足そうに呟きながら、魔核を破壊して、その中の魔力エネルギーを吸収していった。


だが彼の表情はすぐに引き締まった。まだ先に進むつもりなのだ。


「固定式で効率よく稼ぐのはいいが、次のエリアはもっと慎重にいかないとな」

暁は深呼吸をし、防御結界を再セットする準備をした。


可動式の結界は、暁が動きながら自身を守る盾となり破壊不可の最強の矛ともなるものだ。固定式ほど広範囲には対応できないが運用性の高さが特徴だ。


今の所、ランクEのホワイトホースという巨大な馬の衝突にも耐える力を持っていることは証明されている。この防御結界の強さにはただただ脱帽だ。


暁は奥へ進む狭い通路に足を踏み入れた。そこはモンスターがひしめくエリアだと知っている。棍を握り直し、全身に可動式結界を発動させる。下手にサージポイントを節約して、結界発動をケチるなどと考えていれば、死ぬは自分だ。


「ここからは油断できないが・・・行くか」

彼の声が静かに響くと同時に、塔の暗闇が新たな挑戦を彼に用意しているかのようにざわめいた。暁は一人、更なる深淵へと警戒しながらゆっくりと歩むを進めていった。


暁は狭い通路を抜けると、広がる空間に足を踏み入れた。暗闇の中にぼんやりとした青白い光が漂い、天井は高く、不気味な静けさが支配している。ここは今までもよりもさらに危険なエリアだ。


「この広さ……大物がいるな」

暁は背筋を伸ばし、再び周囲を警戒する。壁際に沿って静かに移動しながら、モンスターの気配を探った。


そして、空間の中心付近で何かが動く影を見つけた。全長4~5メートルぐらいあるであろう、巨大な狼のようなシルエットに、暗赤色に輝く目。その姿に暁は一瞬息を呑んだ。


「この雰囲気・・・ランクE……いや、それ以上だ・・・」

相手の危険度を瞬時に判断し、暁は作戦を立てた。この状況での不用意な接近は自殺行為だ。


彼は可動式の結界を展開し、体が防御されている事をもう一度確認し、可動式防御結界を槍状に生成した棍を構えた。

「準備はこれで良し」


そして、狼のモンスターに向けて小型の石を投げつける。石が地面を叩く音に反応し、鋭い牙をむきながら振り向く。

「よし、こっちに来い」


暁は引きつけたモンスターを誘導しながら後退し、あらかじめ設定していた固定式防御結界の罠へと導き込んだ。狼は素早く動きながら接近をしてくるが、暁は冷静に距離を調整し、決して急がず、正確に動いた。


襲い掛かる狼の正面に十数個もの小さな防御結界を空中に浮かばしていた。狼はそこに罠があるなどと、露も思わず突進してきた。案の定、鋭い結界の罠が狼の体を貫き、狼は驚き、悲鳴を上げた。


「ギャウン!!!!」


直ぐにその巨体で強引に結界を破ろうと抵抗したが、既に結界は体の奥に食い込んでいた。


「凄い勢いだったな……けど、これで終わりだ」

そう思っていたが、なんと狼は体に埋まっている結界など物ともせずに、更に暁に向かって突進を始めた。


「くっ!!」


一気に勝負を決めるつもりなのだろう。4~5メートルもある巨体が、暁の体に激突した。


ガ―――――ン!!!!


暁は後方へと吹き飛ばされ、奥の壁に衝突した。しかし、破壊されたのは暁の体ではなくダンジョンの壁の方だった。可動式結界が暁を完璧に守っていた為、一切のダメージを与えることはなかった。


「あぶない・・・」


「グルルルルル」と唸り、狼はこちらを睨んでいた。おそらく、かなりのダメージを押しての攻撃だったのだろう。狼の体の下には大きな血だまりが既に出来ており、血がとめどなく流れていた。


「早く楽にしてやるよ!!」

暁は防御結界に覆われた棍を狼に投げつけた。猛烈な勢いで放たれた棍に、怪我もあった為、何とか頭だけを逸らした狼は、肩を棍が深く突き刺さった。


「これでどうだ!!」


棍を投げ終わった後の同時に、暁は狼に向かって突進。空中に跳び上がり、回転しながら回し蹴りを狼の頭部に放った。


グギッ!!!


暁の攻撃に反応することができず、狼の頭部は折れ曲がっていた。狼は致命傷を受けて、血を床に大量にばら撒き、狼は「グルルルル」と暁を睨みつけていたが、その闘争心を最後まで保ちながらも、その場で意識を失い、ズ――ンと巨体を横倒しにし、完全にその動きを止めた。


「ふぅ・・・、何とか倒せたな」


狼が完全に無力化されたことを確認した暁は、狼の解体を始めて、心臓部近くにあった大きな魔核を取り出した。大きさはラグビーボールぐらいで、その輝きは周囲の暗闇を照らすほど強烈だった。


「これは・・・ランクDの魔核だ。今までとは全く違う濃密な魔力だな。凄い」

暁は魔核を破壊し、魔力エネルギーを吸収した。空間に浮かぶ防御結界に自分が当たらないように気を付けながら、更に先に進んで行こうとした。


その先にはさらに複雑な構造の大きな通路が続いている。ダンジョンの奥にいけばいくほど、ダンジョンの通路自体の大きさが広くなっていく。今では、高さが10メートルほどの天井が見える。彼の視線は迷いなく奥へ向かい、決意がその目に宿っていた。


「次はどんなモンスターがいるのだろうか・・・」

暁は静かに呟き、暗闇の中へと一歩を踏み出した。奥へ進むと、空気がひんやりと湿り、独特の鉄臭さが漂っているのを感じた。その先に広がる空間には、異様な光景が広がっていた。


天井全面にかけて無数の糸が絡み合い、ダンジョンの奥まで見えないような超巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされている。その中心には、全長2メートルほどの小さな白色のワイバーンが引っかかっていた。


その鱗の輝きから、まだ幼い個体であることが一目でわかる。その小さな体は巣の粘着力に絡め取られ、もがくこともできず、弱々しく悲鳴のような鳴き声を上げていた。


暁はその場で立ち止まり、視線を鋭く巡らせた。巣の下には横たわる大きな白色のワイバーンが首だけを動かし、先ほどの狼よりも一回りを大きい、おそらく全長5~6メートルもあるであろう大蜘蛛に対して威嚇している――おそらく子供の親だろう。その体には深い刺し傷や噛み痕が無数にあり、死闘の激しさが伝わってくる。


「……ランクCのブラッドアラクナ・・・やばい・・・この蜘蛛がこんな所にいるなんて・・・」


全身から冷たい汗が噴き出す。額の汗を拭いながら、暁は蜘蛛の全貌を観察した。八本の脚は鋭利な刃のようで、体から毒々しい黒い液体が滴り落ちている。その瞳は冷たく、目の前の獲物――親のワイバーンに集中していた。


「親を仕留めたあとで、子供を捕食する気だな……」

暁は息を整え、慎重に考え始める。目の前の光景に同情の気持ちを抱くも、巨大蜘蛛を相手にするのは極めて危険だ。


「ワイバーンも危険なモンスターだ。だけど、助けを求めているのはただの子供か・・・」

自分の力で救うべきか、それとも見過ごすべきか。だが、その迷いを振り切るように、小さなワイバーンの悲痛な鳴き声が耳に届いた。


「……やるか・・・」


ブラッドアラクネはワイバーンの親に向かって襲い掛かり、首を噛み切り親のワイバーンを絶命させた。最後の絶叫をさせる間もなく、親ワイバーンは死に絶えた。床には大量の赤色や青色の液体が混ざり合っていた、血だまりがあった。全て、大蜘蛛と親のワイバーンの体内から出た血だろうか。


子供のワイバーンは絶叫するような仕草をしたが、既にその体力もないのだろう。「グエ・・・グエ・・・」と力なく鳴いていた。


暁の戦略は一つしかない。敵を罠に嵌めて殺す。しかし、全て防御結界の強度に全振りしている戦略であり、これが破られれば即、暁の死亡は確定だ。


暁の全身が冷たい汗で覆われていく。


ブラッドアラクネが既に食糧と化した親ワイバーンの体を糸でグルグル巻きにして天井の蜘蛛の巣へと引き上げていった。


暁は必死に戦略を考えた。


上から来るのか、下から来るのか・・・


暁が目の前にした大蜘蛛は、天井全体に張り巡らされた蜘蛛の巣を自在に移動し、全方位から攻撃を仕掛けてくるはずだ。その特徴を考慮し、暁は慎重に戦略を立てなければならない。


(俺にできることはこれぐらいだからな)


そう思い、暁は巨大なダンジョンの通路にランダムに防御結界を設置し始めた。透明でどこにあるわからない結界が張り巡らせていれば、少しでも大蜘蛛の動きを阻害することができるはずだ。幸い、自分が張った結界は自分には覚知でき見えるが、敵には見えない。


巨大な胴体に、細長い足。中途半端に防御結界を作ったところで意味がないが、無いよりマシだ。暁は空中に跳び上がり、いたる所に固定式防御結界を張っていった。


しかし、天井に跳び上がった際に不意に蜘蛛の巣に触れてしまった。粘着性が強く、全く剥がれない。その振動に気が付き、ブラッドアラクネは暁の存在に気が付いた。


「やばっ!」


大蜘蛛は蜘蛛の巣を利用して、天井に張り付き、上下さかさまになりながら天井を伝いながらから高速で暁に接近しきた。


ブラッドアラクネは鋭い爪や毒液を用いて攻撃してくる。また、蜘蛛の巣自体が罠として機能し、相手を絡め取る能力も持つ。全長5~6メートルの巨体により高い防御力を持ち、頭部や腹部にある急所を狙わない限り、攻撃は致命打にならないだろう。


ブラッドアラクネは糸を飛ばして暁を拘束しようとしてきた。暁も地上に落下し、回避しようとするが、蜘蛛の巣に接触した腕が離れない。


(くそ!!この粘着性は厄介だ!)


内心で毒づきながら、暁は自身を覆っていた可動式防御結界を解除。糸が付いていた結界も消えてしまったので、自由落下で暁は地面に落ちていった。


暁の頭上を大蜘蛛から発せられた糸が猛スピードで通り抜けていった。


(間一髪だ)


しかし、ブラッドアラクネは空中落下をしている暁に向かって再び糸を発射してきた。


「くそっ!!」


全ての糸の軌道を注意深く観察して、全て可動式防御結界で覆った腕のみで暁は受け切った。大量の糸であったが、全て腕に絡ませることができた。大蜘蛛は暁を捕獲できたと確信し、糸を引っ張り上げたのだが、大蜘蛛の元に手繰り寄せられたのは、暁の体でなく、糸だけだった。


暁は、ブラッドアラクネに糸で引っ張り上げられる前に、自身を覆っていた防御結界を解除して、何とか窮地を脱した。


(あっぶねぇ・・・)


地面に着地して、頭上を見上げると、巨大な体を誇る大蜘蛛の存在感が絶望的に見えた。


(どうしたものか・・・)


チラッと子供のワイバーンを見た。もちろん逃げる選択肢もある。しかし、項垂れる子供のワイバーンを見ると、自分の母親も同様に殺された境遇が胸に迫り、何とか仇を撃ってやりたいとの思いが、沸々と心の底から湧き出てくる。


ワイバーンの表情が何故かモンスターのように感じられず、まるで状況を理解している知性を持つような感じがしてならなかった。


(自分の命を天秤にかけることじゃないが・・・ムカついてしょうがないんだよな。この理不尽がなーーーー!!!)


暁は心の中で叫び、次の手を頭に巡らせた。


ブラッドアラクネは8本の足を曲げ、矮小な存在である暁を自重で圧死させるべく、空中へと跳び出した。


(これが分水嶺だ!!!!)


凄まじい勢いで向かって来るブラッドアラクネの着地地点にいた自分の正面に固定式防御結界を張り、後方へと全力で走った。

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