第12話 星霞璃月の悩み

朝のホームルームで説明が終わり、授業が開始された。


闘技祭学校代表決定戦が2か月後にあることが発表され、高校全体に緊張と期待が混ざった空気が漂っていた。例年とは違い、今年のルールには新たな変更が加えられ、各チームにノンスキルウィーバーを一人必ず含めた6人編成で出場しなくてはならない。スキルウィーバー5人とノンスキルウィーバー1人の混成チームが義務付けられたことで、闘技祭はさらに戦略性が求められる舞台となった。


星霞も自教室で同じ闘技祭についての説明を聞き、チーム編成に頭を悩ませていた。


すでに星霞が組む生徒たちは決まっており、星霞を含めて5名で参加することになっていた。しかし、今回はノンスキルウィーバーを1人編成に入れなければならない。


星霞のチームは、以下の5人になっている。


星霞璃月(ほしかすみ りつき):チームリーダー

スキル名:月光刃(げっこうじん) スキルレベル:6

スキル概要:星霞のスキル「月光刃」は、月光のように鋭く精密なエネルギーの刃を自在に操る能力。対象を近・中距離から狙える精密攻撃が得意。特に夜間や影の多い環境で威力が増す。

戦闘スタイル:近中距離アタッカー。戦況に応じで攻撃距離を調節し、状況を把握しながら敵の隙を突く戦闘を好む。仲間に的確な指示を与えつつ、戦況に応じてサポート役も務める。

発動条件:自分と敵の距離が20メートル内に収まった時に発動可能。夜や薄暗い場所で発動しやすく、月光や影のある環境で力を増す。


神楽 沙羅(かぐら さら)

スキル名:風刃疾走(ふうじんしっそう)スキルレベル:8

スキル概要:風を操る能力で、加速した移動や素早い斬撃が得意。攻撃速度と瞬発力に優れ、連続攻撃で敵の防御を崩す。

戦闘スタイル:近距離アタッカー兼回避タンク。前衛に立ち、敵に接近してかく乱する役割を担う。小柄で身軽なため、敵の懐に飛び込んで高速で攻撃するスタイル。

発動条件:一定速度で走ること。風を感じることができれば、その速度は更に増すことができる。


篠崎 結衣(しのざき・ゆい)

スキル名:漆黒の守護(しっこくのしゅご)スキルレベル:7

スキル概要:漆黒の柱を出現させ、仲間を守るための盾となる。その漆黒柱は敵の魔力を吸収し、物理的な攻撃を跳ね返す力がある。

戦闘スタイル:防御タンク。前衛に立ち、仲間を守りながら戦場全体の防御を固める役割。

発動条件:結衣が自身の周囲に守るべき仲間がいる状況で、特に敵からの攻撃が近づく瞬間に自動的に発動しやすくなる。また、結衣の気持ちが強く「守らなければ」という意志を抱いた際に効果が高まるため、仲間が危機に陥った場面で特に安定して発動可能。


神代 雪乃(かみしろ ゆきの)

スキル名:霜獄結界(そうごくけっかい)スキルレベル:6

スキル概要:スキル「霜獄結界」は、氷属性を利用したデバフ系のスキル。周囲に霜や冷気を広げ、冷気を敵にまとわりつかせて行動を制限したり、敵の武器や防具を凍りつかせ、重くすることで攻撃力を弱めるだけでなく、足元を凍らせて移動や回避の自由を奪う。

戦闘スタイル:デバフ担当。相手の攻撃力、防御力を下げて戦闘を有利に進める。

新しい発動条件:雪乃が静止した状態でいること。特に彼女の感情が沈静し、「集中」を極めたときに冷気が強まる。


水城 未来(みずき みく)

スキル名:水鏡加護(すいきょうかご)スキルレベル:7

スキル概要:未来のスキル「水鏡加護」は、水を媒介として味方に防御や回避能力を強化するバフを付与する能力と、味方の傷を癒す力を持つ。水の力を活用し、戦場での味方の生存率を高めるサポート系スキル。透明な水の膜を仲間にまとわせ、攻撃を一部無効化したり、敵の目を惑わせて攻撃を外れやすくさせたり、与えられたダメージを軽減する効果を持つ。

戦闘スタイル:バフ担当兼ヒーラー。未来は前線には出ず、味方にバフをかけることで、攻撃の成功率や生存率を向上させる。戦況が不利な時には撤退を容易にするための一時的な迷彩効果や、仲間を防護する効果も併せ持つ。

発動条件:未来が水に直接触れていること。触れる水の量が多いほど効果が強化される。



昼休みとなり、昼食を一緒に取りながら今後の作戦を練るために、星霞璃月、神楽沙羅、篠崎結衣、神代雪乃、水城未来の5人がそれぞれの教室から星霞がいる教室に集まった。


星霞は、この仲間たちとともに数々の戦闘を乗り越え、神々の塔の探索に挑んでいる。その過程で死と隣り合わせの危険を何度も経験し、互いを支え合うことで5人の絆は揺るぎないものへと成長していた。星霞はスキルウィーバーとして、仲間の能力を最大限に引き出す戦術を駆使し、戦場を統率する力を持っている。しかし、新たにノンスキルウィーバーが加わることで、これまでの戦術に変化が求められていた。


「実はうちの父さん、財閥ギルドのポータルスタッフとして働いてるんだけどさ……父さんが、時雨暁ってポーターがいるんだけど、彼がすごく優秀なんだって言ってたよ」


誰しもがスキルウィーバーになる夢を抱くのだが、スキル覚醒に必須の魔核を入手することが困難であるため、スキルウィーバーは、もはや庶民の手に届かない特別な存在となっていた。魔核を供給できるのは、冒険者ギルドに所属する家系や、富豪の家に生まれた子供たちだけだった。そのため、スキルウィーバーは、一部の特権階級の子供たちのみに許された道となり、このデュアル学園のスキルウィーバー科に通う学生は皆、そのような特権階級の子弟たちだけであった。


神楽沙羅の家も同様に、父親を財閥ギルドの職員として持ち、ポータルスタッフの管理者として働いていた。


星霞と仲間たちは驚きながら耳を傾けた。ポーターはダンジョンでの物資運搬や情報収集を担う重要な役割だが、戦闘に直接関わることは少ない。だからこそ、ノンスキルウィーバーとして戦場に参加する場合、その実力をどのように活かすのかが未知数だった。だが、神楽沙羅が、彼女の父が語る暁の話を聞いているうちに、彼がただのポーターではなく、戦術や状況判断に長けた頼れる存在だと知り、チームの中で時雨暁が次第に注目を集め始めた。


「時雨暁って・・・、うちの学校の子だよね。たしか去年、スキルウィーバー科にいたけど、スキルが発動できなくて、ノンスキルウィーバー科に落ちたんじゃなかったかしら」神代雪乃は厳しく、暁の状況を指摘した。


「けど~、力の無いノンウィーバーを誘うよりは、まだ神々の塔を探索経験のある、その時雨暁君を招待してみるのはいいんじゃないかな~?ノンウィーバーとして優秀なら、いいと思うよ~」と篠崎結衣はゆったりとした口調で提案した。


星霞たちは昼食を食べながら今の提案を思案した。


やがて神楽沙羅は口を開いた。「お父さんの話だと、時雨暁って、色んな探索チームのポーターとして参加しているんだけど、どんな探索でも生き残っているって話なんだよね。もし時雨暁が加わってくれるなら、私たちにない視点からの戦術が生まれるかもしれないね」


星霞璃月は暁のことは同級生としては知っているはいるが、彼がポーターとして高く評価されていることは知らなかった。闘技祭で異例の混成チームを組むことが求められた今こそ、新しい仲間として暁を加えることで、チームがさらに強力になるのではと期待を膨らませた。


「じゃあ、他のノンスキルウィーバー科の生徒を知っているわけじゃないし、私は今でも暁君とはつながっているから、いったん暁君を誘う、という事にする?」星霞璃月はそう締め括り、他メンバーもそれに対して反対できるほどの意見もあるわけでもなかったので、消極的であるが同意した。


「じゃあ、早速行こう、みんな」星霞たちはチームメンバーを連れて、ノンスキルウィーバーの教室に向かった。しかし教室に入ると、ノンウィーバー科の教室は既に、予想以上の混雑であった。他のスキルウィーバーたちが数多く集まり、各チームがノンスキルウィーバーを勧誘しようと熱心に声をかけ合っていたのだ。勧誘合戦が激化し、教室内はまるで戦争でも起こっているような喧騒に包まれていた。


「思った以上にみんな動きが早いわね…」星霞がつぶやく。


「だね。ノンスキルウィーバーが必須となると、彼らをどうにかして迎え入れないといけないしね」と、神代雪乃が苦笑いを浮かべる。


星霞たちは人ごみをかき分けていくと、教室の隅の机に座る暁の姿を見つけた。暁は、勧誘の嵐の中でも冷静に周囲を見渡している。その鋭い目つきには、他のノンスキルウィーバーたちとはどこか違う落ち着きと自信が漂っていた。スキルウィーバーたちから声をかけられても一切動じず、断り方も淡々としている。


星霞が暁に向かって一歩踏み出そうとすると、他のチームのメンバーたちも一斉に彼に群がった。「きみ、チームに来てくれないか?入っているだけでいいからさ!」「いや、うちのチームに入れよ!名前だけでいいよ!」そんな喧騒をよそに、暁は「僕も出ないよ」と、それぞれのスキルウィーバーのチームの冷静に応えていた。


そのやり取りを見ていた星霞璃月は、人ごみをかき分け、暁に近づいた。「暁君、私たちのチームに来てくれないかな?」星霞の言葉に、暁は一瞬だけ視線を星霞に向けたが、すぐに逸らした。「興味ないよ」と、素気無く断った。


その様子に一番驚いたのは、周囲のスキルウィーバーの生徒たちと、教室にいるノンスキルウィーバーの生徒たちだった。


「え、暁が星霞たちのチームに入るのを断った?」

「まさか!俺だったら死んでも入りたいのに!あいつ、もったいない!」


という羨望と怒りの入り混じった声が教室中に響き渡った。教室は一気に静かになり、ノンスキルウィーバーの生徒たちは、憧れのスキルウィーバーたちのやり取りに釘付けになり、息をのんで見守っていた。


星霞のチームは、学園随一の強豪チームとして知られており、優勝候補の筆頭とも目されていた。それに加え、デュアル学園で最も可愛いと評判の星霞たちがいるということも、その人気を後押ししていた。そんなチームの一員になれるなんて、夢のような話なのだ。


星霞はその言葉を聞いて、一瞬ため息をつきかけたが、すぐに真剣な目で彼を見据えた。

「わかってる。ポーターの仕事で忙しいのね」


暁が少し眉を上げた。「そうだよ。よく知っているね」


「だから、あなたがポーターとして培っている視点や経験を、私たちに教えてほしいの。あなただからこそ、他の人には気づかないことに気づけるでしょ?だからこそ、闘技祭で勝つための新しい戦い方ができるはずだと思うの。そういうことを、私たちと一緒に試してみない?」


暁は少し黙り、星霞璃月の方に顔を向けた。


「それに、暁君が誰よりも戦場をよく見ているって、噂で聞いたの。ノンスキルウィーバーなのに優秀なポーターとして評価されている。あなたの経験があるなら、きっと私たちの戦術に新たな視点を与えてくれるはずよ」


周囲は、初めて知る暁の情報に驚き、お互いに顔を見合わせ、今星霞から発せられた情報について話し始めた。


一気に教室中が騒がしくなる中、星霞のまっすぐな瞳に、暁は少しだけ心を動かされたように見えた。彼は一瞬、視線を逸らし、遠くを見つめた。「・・・本気でそう思ってるの?」と、かすれた声で尋ねる。星霞は力強く頷いた。「ええ、もちろんよ。ただ勝ちたいだけなら、こんな言い方はしない。暁君となら、私たちはただの勝利じゃなくて、新しい戦い方を見つけられるって、そう信じてるの」


暁は短く息をつき、そして複雑な表情を見せた。星霞の言葉に心が揺らぎながらも、彼はすぐに決意を固めたように、首を横に振った。「無理だ、星霞さん。僕はやっぱり星霞さんのチームには入らないよ」


横で煮え切らない暁との一連のやり取りを聞いている、神代雪乃が苛立って、話に割って入ってきた。「あなたね、こんなに璃月がお願いしているのに、そんな態度はないんじゃないの?!別にあなたじゃなくても、他にもノンウィーバーの学生はいっぱいいるのよ!」


暁は我関せずの態度を崩さず、「じゃあ他の人たちに頼めば?僕なんて役立たずでしかないよ」


星霞はその言葉に負けじと、少し強い口調で返そうとした。「そんなことな・・・」


しかし、その言葉を言い終わる前に、神代雪乃は吐き捨てるように言った。「そうね。時雨暁っていう男はポーターとして優秀と聞いたけど、こんな腰抜けとは思わなかったわ。さぁ、璃月、行くわよ。別に他のノンウィーバーでもいいんだから、ここまで頭を下げることはないわ」


神代雪乃に手を引かれ、後ろ髪を引かれる思いで星霞は暁を見た。「でも、私たちはいつでも歓迎するから、気が変わったら声をかけてね」と言って、暁に一枚の小さな紙きれを渡した。


暁は少し驚きつつも頷き、星霞たちが遠ざかっていくのを黙って見送った。


周囲の騒ぎは、美女5人組が教室を立ち去った後は、徐々に収まっていった。


やっと普段の平穏な教室に戻りほっとしながら、暁は星霞が残していった紙に眼を通した。そこには、練習日時と場所だけが書かれていた。


短い一文には、星霞の強い意志が込められているように感じられた。


この場所に行くかどうか、決めるのは自分次第。しかし、星霞の強い期待と信頼を感じた暁は、自分でも気付かないうちにその紙を丁寧にポケットにしまい、その日時が来るまで考え続けることにした。


暁は、もちろん闘技祭にまったく興味がないわけではなかった。子供のころからその祭りを見てきて、年々増す熱気やスリルを密かに楽しんでいたのだ。


ただ、参加する余裕がなかった。


普段はポーターとしての仕事が忙しく、ダンジョン探索やレベル上げも欠かせない。彼の生活は常にスケジュールが詰まっていた。それに霧夜のこともある。


そのため、「闘技祭に時間を割けるのか?」と自分に問いかけると、闘技祭の参加を断念せざるをえない。


だが、今回の星霞の誘いには、なぜか心の奥で引っかかるものがあった。忙しい毎日をこなす自分が、果たして「この瞬間だけでも」と足を運ぶ理由があるのか…。彼は自問しながら、星霞の残したメモを何度も読み返していた。



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