第8話 ダンジョン
家に着いた。疲労困憊で、今はただベッドに倒れ込みたい。それほど今日はいろいろなことがあった。
返事がないことは分かっていたし、誰かが待っているわけでもない。それでも、どこかに小さな期待を抱き、無意識に声を出しかけた。
「ただい…」
その言葉を言い切ろうとしたが、家の中に入ると異様な違和感が全身を貫いた。
家の中には、いつもとはまるで違う雰囲気が漂っている。空気が重く、じわじわと冷気が肌に染み込んでくるような感覚だ。
「なんだ…まるで、神々の庭にいるみたいだ…」
暁は思わず呟いた。この場に漂う圧迫感は、あの塔の中で感じる緊迫感そのものだった。
彼の口をついて出た言葉が、静寂の中に響いた。張り詰めた緊張感、得体の知れない圧迫感——塔の中で感じる危険な空気とまったく同じだ。暁は警戒心を研ぎ澄ませ、慎重に家の中を見回す。その不気味な気配の正体は、どうやら地下から漂ってくるようだった。ゆっくりと地下への階段を降りると、その感覚はますます強まっていく。やがて目の前には、一人がやっと通れるほどの大きさの穴が床にぽっかりと口を開けていた。その穴の奥からは、神々の塔特有の冷たく暗い空気が流れ込んできている。
「…な、なんなんだ、これ?」
暁の心臓が早鐘を打つ。彼は身をかがめ、穴の奥をじっと覗き込んだ。微かな青白い光が揺らめき、視界の先には見覚えのある岩壁が続いている。まるで神々の塔の内部が広がっているかのようだった。
恐る恐る一歩足を踏み入れると、空気がひんやりと冷たく変わった。微かな足音が反響し、周囲には静寂とともに不気味な気配が満ちていた。
「これは…神々の庭、か?なんで家の地下と塔が繋がるんだ…?」
疑念が次々と浮かび上がる中、足元からかすかな震動が伝わってくる。異界に迷い込んだような不安が、暁の背筋を冷や汗で濡らしていく。
「もしこれが本物なら、ここからモンスターが…」
そう考えた途端、穴の奥から「ゴツン…ゴツン…」という重々しい音が響き始めた。音は次第に近づいてきており、暗闇の中で何かがこちらに迫っているのがわかる。
緊迫感が喉を締めつる。
暁は穴から飛び退き、身構えた。
暗闇の奥から響く音が、次第に大きくなっていく。暁の心臓は早鐘のように高鳴り、手のひらが冷たい汗でじっとりと湿っていた。これまでの経験で察した。確実に何かがこちらに迫っている――そして、それは人間ではない。
そして暗がりから猛然とした咆哮が響き渡り、巨大な影がぬっと現れた。目の前に立ちはだかるのは、見上げるほどの異形のモンスター。ランクFのブラックスパイダーだ。牙を剥き出しにし、禍々しい目が闇の中で赤く光る。恐怖に足がすくみそうになるのを、彼は必死に堪えた。
「ぎゃーーーーーー!!!!」
暁は恥も外聞も何もなくただ恐怖で叫んだ。
(バ・・・バカな!?神々の庭からはモンスターは出ないはず!?)
そう思っていても、目の前には迫るスパイダーがいる。
(も・・・もうダメだ・・・)
そう思った次の瞬間、突然、脇から勢いよく何かが動いた。
「暁!下がりなさい!」
叫び声と共に、母親が飛び出してきた。彼女の目には狂気にも似た覚悟が宿っていた。そのままモンスターに向かって駆け寄り、手にした小さなナイフを振りかざした。
「か、母さん、やめろ!危ない!逃げてーーー!!」
暁の叫びも虚しく、母親はモンスターに突き進んだ。その瞬間、モンスターが鋭い爪を振り下ろす。母親の体が弾けるように宙を舞い、鋭い衝撃音が地下に響き渡る。だが、その刹那、母親のナイフがモンスターの首元に食い込んでいた。
モンスターが苦しげにのた打ち回り、重々しい咆哮を上げる。そして、ついにその巨体が崩れ落ち、動かなくなった。
暁は凍りついたまま、信じられない光景を見つめた。倒れたモンスターと、その傍らに横たわる母親。体にはおそらくスパイダーの最初の一撃が母親の体を引き裂き、致命傷を与えていたのだろう。大量の血が噴き出していた。
静寂が戻り、冷たい空気が再び地下を包む。暁は震える手で母の元に駆け寄り、彼女の顔を覗き込む。
「か、母さん…母さん!どうして…」
母親は微かに目を開け、彼にかすかな笑みを向けた。
「ごめんね、暁…ごめんね。ダメなお母さんだったね・・・どうしよもなかったわね・・・」
その言葉を最後に、母親の目から光が消えた。暁は、冷たくなっていく彼女の手を握りしめながら、涙が止めどなく溢れ出るのを感じた。
「かあさーーーーん!!!!そんな!!??そんな!!??なんでなんでなんで!!??」
絶望の叫びが、虚しく響いた。数年ぶりに聞いた母親の理性的な言葉から、母親が命を賭けて暁を助けてくれたことに気付いた。その時、胸の奥が裂けるような痛みが走る。彼を守るため、必死に戦ったその姿が、暁の心に深く刻まれた。
一体なぜこんな状況になっているのか、意味が分からなかった。とにかく今が最悪の状況であることしかわからない。
そして、その最悪の状況は終わりを迎えていなかった。
暁の耳には、まだ奥の暗闇から、重々しい足音が近づいているのが聞こえていた——別のモンスターが姿を現そうとしているのだ。
「ひ・・・ひぃ」
暁は、すぐに逃げ出すことを考えた。
しかし、ふと頭をよぎったのは凜のことだった。寝たきりの妹を置いて、一体どこへ逃げられるというのか?母を失い、今また自分までもが逃げ出してしまえば、凜はどうなるのか?
責任感と絶望がない交ぜになり、半ば衝動的に母親が手にしていたナイフを掴み取ると、暁は暗闇に向かって飛び込んだ。
足を踏み入れた先に待っていたのは、異様に大きな鹿だった。2メートルを超える威圧的な体躯が、まるで地獄から這い出してきた悪夢のように立ちはだかっていた。
「ランクFの…ライトニングディアか…」
突進されれば一撃で命を落としかねないことはわかっていた。しかし、すでに恐怖に怯える心はどこかへ消えていた。
「お前ら…お前らは、俺のすべてを奪っていった!父さんも、母さんも、風間さんたちも・・・絶対に…絶対に許さない!!」
怒りと悲しみが頂点に達し、暁は渾身の叫びをあげた。ナイフを構え、ディアの動きを見据えながら身構えたその時、突然、体の奥底から熱が沸き上がってきた。
(これは…なんだ…?!まさか…スキルが…?!)
暁の体を青白い光が包み込み、聖域スキルが静かに発動していた。今まで気づかなかった自分の力が、その瞬間、鮮やかに目覚めたのだ。
彼の心には自然とスキルの内容が流れ込んでくる。
スキルレベル2(1/200)
サージポイント50/50
発動条件
・塔内であること
・パーティメンバーがいないこと
スキル
①固定式絶対防御結界
・結界範囲:接触箇所
・結界同時発動数:2枚
・結界発動時間:24時間
・消費サージポイント:1
②・・・
「そうだったのか…!一人で塔内にいることが、発動条件だったなんて…」
理解が広がると同時に、透明の防御結界が目の前に展開されていく。空気が澄み、冷ややかで神聖な力が、暁を守るように包み込んだ。
目の前のライトニングディアは、目を輝かせてこちらを見据え、突進の態勢を取っている。その力強い脚が地面を叩くたびに、放電が走り、音が不気味に響く。
「これで…凜を、守れる…!」
暁はナイフを強く握りしめ、ディアを正面から見据えた。今度は、恐れる心を捨て去り、守るべき者のために戦う決意が全身にみなぎっていた。そしてナイフを握りしめたまま、静かにライトニングディアの動きを見定めようとした。
ライトニングディアが猛然と突進してきたと思うと、あっという間に暁の目の前まで到達する。しかし、ディアの進路は結界によって阻まれた。
バキ――――――ン!!!
ディアの鋭い角が結界に激突し、火花のような光が四散する。荒々しい瞳で睨みつけながら、ディアはさらに力を込めて突き刺そうとするが、結界の防御に阻まれ一歩も前に進むことができない。角がギリギリと結界に擦れる音が響き渡り、暁の結界は彼を守り抜いている。
暁はその光景を見つめ、思わず息を飲んだが、同時に自身の力を確かに感じ取っていた。
(本当に…俺のスキルが機能している…!)
ディアはさらに力を込めて突進を続けるが、結界は微動だにしない。
「これが…絶対防御結界の力か…」
その防御性能を実感し、一瞬安堵の思いが暁の胸に広がった。しかし、ライトニングディアも諦める様子は微塵も見せない。突進を一旦止めると、地面を強く踏みしめ、体が放電し、さらに大きな一撃を狙っているのがわかる。
(次は…全力の突進が来る!)
次の一瞬、暁は目の前の結界を解除し、新たな結界を自分の足元付近に展開して、後方へ素早く走り出した。
ライトニングディアは暁を追いかけようと再び突進するが、あるはずだった目の前の結界が存在せず、また足元に張られた新たな結界に勢いよく足をぶつけ、バランスを崩して前のめりに地面へ激突した。
「今だ!」
暁はすぐさま振り返り、ライトニングディア結界をディアの足元や体、頭の上部に展開し、倒れているモンスターが動けないように固定させた。モンスターは足掻くが、体上部に結界が覆われており、身動きが取れない。
母親のナイフを握りしめ、全力で結界が張られていない横腹に渾身の力で突き刺した。ナイフが鋭い音を立て、ディアの肉を深々と切り裂く。モンスターは苦しみの鳴き声を上げた。
「死ね!!!!」
暁はモンスターの命を確実に奪うべく全身全霊でモンスターの胴体に何度も何度も何度もナイフを振り下ろした。
やがて、ライトニングディアの動きは徐々に弱まり、最後には地面に崩れ落ち、息絶えた。
荒い息をつきながら、暁はナイフを握り締めたままディアの亡骸を見下ろした。あまりにも大きい犠牲があり、暁の胸は潰されそうだった。涙がとめどなく溢れてきた。そして、この新たに目覚めた力をこれからどう使うか、彼は深く決意を固めるのだった。
◇◇◇◇
暁は一本道の狭い通路の中央で、静かにモンスターが現れるのを待った。未知のダンジョンに無闇に進むリスクを避け、ここでモンスターを討伐する方が安全だと判断したのだ。
さっき倒したライトニングディアの体内から取り出したランクFの魔核を手にし、暁はそれをぐっと握り潰した。魔核が砕けると、そこから発生するエネルギーが周囲に拡散し、生物が吸収することでスキルレベルが上がる仕組みになっている。
暁のスキルレベルが、発動する前からすでに2に上がっていたのは、両親の深い愛情と尽力の賜物だった。スキルの内容は発動しなければ把握できないため、両親は暁が少しでもスキルを使えるようになることを願い、スキルレベルを上げるために必要なランクF魔核を200個以上を集め、彼に与え続けたのだ。それでもスキルが発動せず、時雨家の受難の日々が続くのだが、彼にとってその魔核のひとつひとつが両親の愛の証だった。
両親の苦労と愛情を思い出すと、暁の目に自然と涙が浮かんできた。
スキルレベル2(2/200)
サージポイント 47/50
と頭の中に浮かぶ数値を見て、暁は自分の成長を実感した。ほんのわずかな変化ではあるが、彼にとっては大きな一歩だった。
(おそらく200という数値が次のレベルに上がる為に必要な魔核数で、このサージポイントは現在俺が展開できる結界数の数なのだろう)
「これで、僕もスキルウィーバーとして活動できるんだな…」
そう呟きながら、暁はこれまでの苦労がこの瞬間のためにあったのだと確信した。両親が集めた無数の魔核、何度も失敗を重ねた鍛錬の日々、そのすべてが、今ようやく形になりつつあるのだ。
暁は再び穴から出て、結界を用いてその入口を塞いだ。そして、ふと横たわる母親の遺体に目をやる。目の前で、母親の体は既に分解を始めており、ゆっくりと存在が消え去ろうとしている。神々の庭では死体となった生物の肉体は自然に浄化され、残骸が残らない。この庭を満たしている「浄化物質」は、腐敗や劣化を引き起こすものすべてを分解して、消し去るのだ。
安らぎの街の川がいつも澄んでいるのも、この浄化物質のおかげだ。下水施設がないのに水は清流のままで、さらに塔の外とは隔てられた海や土地も百年間汚染されることなく守られている。塔そのものが一種の不思議な秩序と調和の場であり、理解しがたい力で満たされていることが、暁には改めて実感される。
母親の体が消えつつあるのを見つめながら、暁は思う。このまま母親を庭の浄化に委ねるのが一番なのかもしれない。彼女を土に還し、浄化の流れに送り出すことが、この場所でできる唯一の供養かもしれない。暁の心は複雑だったが、せめて最後に、彼女がこの不思議な循環の一部となり、安らぎの一端に触れることを願う気持ちがあった。
「かあさん・・・本当に・・・ありがとう・・・」暁は涙を流し、嗚咽しながら、母の亡骸が消えていくのを見守った。
ゴロン
母親の遺体の損傷した部分から、魔核が転がり落ちてきた。スキルウィーバーとして覚醒した人々も同様に、魔核が体内に発達するのだ。
暁はこの魔核を手に取った。「かあさん・・・、これからもずっと一緒だよ。一緒にスキルウィーバーとして生きていこう」と呟き、魔核を破壊した。
ズザァ――――――
膨大なエネルギーの奔流がそこから現れ、暁の体に吸収されていった。
スキルレベル3(130/300)
サージポイント60/60
発動条件
・塔内であること
・パーティメンバーがいないこと
スキル
①固定式絶対防御結界
・結界範囲:接触箇所
・結界同時発動数:2枚
・結界発動時間:24時間
・消費サージポイント:1
②可動式絶対防御結界
・結界範囲:接触箇所
・結界同時発動数:2枚
・結界発動時間:10分
・消費サージポイント:10
③・・・
それから暁は母の亡骸の横に座り、ずっと母親の手を握っていた。「あっ・・・、そうだ。凜にも母さんとの最後を見せてあげないと・・・」
暁は母の手をそっと置き、立ち上がると家の奥へと向かった。ゆっくりとした足取りで凜の部屋に入ると、窓辺に置かれた小さなベッドで、凜が静かに横たわっていた。凜の目が暁を見上げ、微かに表情が柔らかくなる。
「凜…母さんがね、旅立ったんだ」と暁は優しく話しかけると、凜の目が少しだけ大きく開いて、何かを言おうとしているように見えた。凜が言葉にできない分、その表情からは大きな驚き、深い悲しみが感じ取れた。暁は凜の隣に腰を下ろし、そっと抱きかかえ、母親の安置されている場所へと連れて行った。母の亡骸の前で立ち止まり、凜を優しく支えながら、彼女にも最後のお別れをさせてあげようと思った。
凜の視線が母に向かうと、その表情にかすかな悲しみが浮かんだ。凜は言葉にできないが、目の奥には確かに別れを惜しむ気持ちが宿っていた。
「凜、これが母さんとの最後の時間だよ」と暁は静かに語りかけた。「僕たちで母さんのことを忘れずに、大切に心に刻んでいこうね」
凜はわずかに頷くように目を閉じ、静かに涙を浮かべているようだった。暁は凜を抱きしめ、その小さな肩にそっと手を置きながら、共に母の思い出に浸った。
暁は消えていく母親の亡骸に語り掛けた。
「小さい時は、母さんは僕と手をつないで公園や買い物に連れて行ってくれたね。母さんの手の温かい感触が今も残っているよ。それに、よく母さんは僕に料理を教えてくれたね。この時代は男女関係なく料理ぐらいは、って言って、魚のさばき方や毒キノコの見分け方とか、今では料理な得意になったよ。そう言えば、僕が運動会や発表会では誰よりも一生懸命に応援してくれたね。あの時は恥ずかしかったら嫌な事しか言わなかったけど、本当はめっちゃ嬉しかったんだよ。母さん、本当にありがとうね。僕が橋から落ちてケガをしたときも、看病してくれたよね。母さんがずっと横で僕の手を握っていてくれて、痛みも怖さも、少しずつ和らいでいったんだ」
凜の視線も母親に向かい、微かな表情の変化で、暁の話に共感している様子が伝わってくる。
「春には一緒に花見に行って、母さんが作ってくれたお弁当がとても美味しかったなぁ。桜が満開で、あの景色は今でも忘れられないよ。夏の花火大会、秋の紅葉狩り、そして冬にはクリスマスやお正月…季節ごとにたくさんの思い出があるね」
語りながら、暁の心に次々と思い出が蘇り、言葉が溢れて止まらなかった。彼の目から涙が静かに流れ、凜もまた、感情を表すように瞳を潤ませている。
「母さん、本当にありがとう…」暁は震える声で最後にそうつぶやき、凜の手をそっと握りしめた。
その後、暁は深く息を吸い、凜の方に顔を向けると、ゆっくりと語りかけた。「これからも二人で支え合って生きていこう。母さんが見守ってくれるように、僕たちも一緒に、強く歩んでいくんだ」
凜が静かに頷くような表情を見せ、暁はその決意を胸に刻んだ。
「そうだ・・・、凜、実はな、お兄ちゃん、凄いことができるようになった・・・今更なんだけどな。スキルが使えるようになったんだ」
(・・・??!!!)
凜は顔を赤らめながら、涙でグチャグチャの顔をこちらに向けて、驚いていた。
「そうなんだ・・・僕も驚いたよ。まさか、発動条件は神々の庭で一人でいるなんて・・・誰が想像できたんだよ、そんなこと・・・本当に・・・」
そう言って、暁は凜の前に防御結界を展開した。
「これなんだ。よくわからないだろうけども、この透明の板が、お兄ちゃんのスキルなんだ」
そう言った時、凜の口から音が出てきた。「に・・・い・・・ちゃ・・・ん」
「えぇ!!!凜!!お前、声が出せるのか??!!」
そう言っていると、凜は手と足を前後に揺れるように動かし始めた。
「う・・・ご・・・かせ・・・るよ・・・あぁ!あぁぁぁ!!あぁぁぁあああぁあぁ!!!!」
凜は突然、暁の手の中で叫び始めた。
「凜!凜!何があったんだ!?凜の体が青白く光ってる…まさか、スキルの覚醒か?僕の時と同じ現象だ…」
凜は息を整えるように静かに目を閉じてから、ゆっくりと暁の方を向いた。
「兄…ちゃん…わかったよ…全部…」
暁は息をのんだ。凜の言葉に深い意味が感じられたからだ。
「凜…一体どうしたんだ?」
そう尋ねると、凜は暁の手からふわりと離れ、10年ぶりに自分の足で立ち上がった。
「兄ちゃん・・・私…スキル・・・覚醒した・・・。スキル・・・名前は…『真贋の眼』」
たどたどしくも懸命に言葉を紡ぐ凜。その響きが、暁の心に鮮烈に刻み込まれた。じっくりと凜の説明するスキルの内容を聞いていると、つまり、彼女のスキルはこのようなものらしい。
スキル名:真贋の眼
スキルレベル:1 (1/100)
サージポイント:40/50
発動条件
真贋鑑定対象物を3秒以上凝視する
スキル
① 時の刻印
鑑定範囲:5メートル以内
消費サージポイント:1
効果:対象物に刻まれた過去の出来事や由来を読み取る
②・・・
「時の刻印」で対象物の過去の出来事を見ることができる凜のスキル。その力は、まだ基礎的なものかもしれないが、今後スキルレベルが上がることでさらに進化していく可能性がある。そして、このように覚醒ができているということは、両親がランクF魔核を100個集めて、凜に集めて与えていたことを示す。両親にとって、暁はスキルに覚醒するもの発動しなかった。そして凜に至っては、覚醒すらしなかった。それが今になって覚醒した。このタイミングがもっと早ければ、母も発狂しなかったのかもしれない。
そう思うと、暁は切なくなっていった。
しかし、暁には一つの疑問が湧いた。対象を3秒以上見つめることで発動するはずのスキルが、なぜ今まで覚醒しなかったのか?
「凜、この発動条件なら、もっと早く覚醒しててもおかしくないよな?どうして今まで発動しなかったんだ?」
凜は少しの間黙ってから、ゆっくりと答えた。
「私、それもわかる…」
凜が語るところによれば、スキルが覚醒した瞬間、彼女は周囲を見渡し、自分や暁のスキル、さらには自身の病についても真偽判定をしたらしい。その中で、凜が思いもよらなかった驚愕の事実が明らかになったのだ。
「この病気は・・・呪いなの」
「・・・??!!」
凜はスキル「時の刻印」によって周囲を見た時に、自分の病気の事も見たようだ。
凜の体:状態異常(呪い)
呪術元:呪術具
場所:ベッド、ブレスレット、ぬいぐるみ、衣服、靴、家全体
設置者:霧夜薫
「つ・・・、つまり、霧夜さんが・・・凜の・・・病気の原因を作っていた・・・と・・・いうこと・・・か?」
暁は絶句しながら話を聞いていた。到底信じられない話だし、暁は混乱し、信じがたい思いで凜の言葉を聞きながらも、胸の中に湧き上がる疑念と怒りを抑えきれなかった。
霧夜薫――彼女は家族の長年の知人であり、信頼してきた存在だった。そんな彼女が凜に呪いをかけ、病に苦しめていたとは、考えたくもない。しかし、凜のスキル「時の刻印」で得られた情報が嘘でないとすれば、これ以上見過ごすことはできない。
暁は凜に、自分の腕の傷を指さした。「凜、この傷も『時の刻印』で見てみてくれるか?この傷が何か分かるか?」
凜は黙って傷を凝視し、「時の刻印」を発動させた。数秒後、凜の顔に緊張が走り、凜の目からは自然と涙が零れ落ちた。
凜は、この傷が学校の鷹沢たちが与えた傷であることが鑑定で分かったことを暁に伝えた。その不遇の生活に耐えられず大きな悲しみの波が凜の心を覆ったのだった。
暁は凜の言葉を聞いて、表情を曇らせながら深く息をつき、自分を落ち着かせようとした。
「そうか…凜のスキルは本物なんだな。霧夜・・・が…すべての元凶だったのか…」
怒りがこみ上げ、暁は無意識に拳を強く握りしめていた。その力のあまり、爪が手のひらに食い込み、皮膚が裂けて血がにじみ出た。さらに唇をかみしめすぎて、そこからも血がしたたり落ちる。
「凜…俺は必ず、霧夜にこの仕打ちの代償を払わせる・・・絶対だ・・・」
彼の言葉には揺るぎない決意が込められていた。凜を守り抜くことを、そしてこの呪いに秘められた真相を暴くことを、暁は心に誓っていた。
「それで…凜の呪いはどうなんだ?どうして解けたんだ?今も影響はないのか?」
暁の問いに、凜は少し微笑みながら答えた。これまで凜の体を縛っていた呪いは、彼女のスキル覚醒を妨げるだけのもので、スキルが発動し身体能力が向上した今、その効果は完全に消えたようだった。
暁は安堵しつつも、ふと「聖域」が展開できないことに気づき、困惑した。これまで彼のスキル「聖域」は、彼がひとりの時にしか発動しない絶対防御の結界であり、凜といる今、発動できないのは異常だった。
「もしかして…」暁は内心で結論にたどり着いた。「これまでは凜が病気で、戦闘に関わる立場ではなかったから、『暁がひとり』という認定がなされていたのかもしれない。でも今、凜は覚醒したスキルを持つ『仲間』として認識されたんだ」
暁は目を細め、確かな実感を持った。凜がただ守られる存在ではなく、共に戦う存在として隣に立つようになったのだ。
「…凜、君はもうただの病人じゃない。僕と一緒に前に進むパートナーなんだな」
凜はその言葉に、力強くうなずいた。
「凜がスキルを覚醒させた今、もう僕の防御結界で呪いを防ぐために張り続ける必要がないんだ」
凜は静かにうなずき、もう呪術具の影響を感じないこと、そして今の自分なら体を自由に動かせることを伝えた。さらに暁の「聖域」が呪いの効果を偶然遮断していたため、自然とスキルが覚醒したことも伝えた。
暁は安堵の表情を浮かべ、そっと凜の肩に手を置いた。「凜、よく頑張ったな。呪いに縛られながらも耐え抜いて…やっと自由になれたんだな」
暁は凜のスキル覚醒に胸が熱くなり、そっと微笑んだ。「これからは二人で、もっと遠くまで進んでいこう」と静かに誓った。
「霧夜・・・もしこの呪いが無かれば、僕の家族もこれほどの状態ではなかったかもしれない。母親の代わりのようにいやがって・・・絶対に、絶対に、絶対に許せない!!!」
暁は怒りに身を震わせ、失意の中で死んでいった母親の事を思うと、涙がとめどなく溢れていった。暁の隣でも凜も涙を流して、母の死を悼んだ。
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レビュー★★★をお願いします!!(T0T)今後の励みになりますm(_ _)m
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