第7話 神々の庭

暁の生活は複雑で孤独だった。


本来なら、他のスキルウィーバーとチームを組んで神々の塔を探索するはずだが、彼にはその仲間も力もない。スキルウィーバーとして覚醒しているおかげで、身体能力は同世代のノンスキルウィーバーたちに比べれば、2〜3倍はあるが、スキルが発動できない為、実力が足りず仲間として誘われることはなかった。同世代のスキルウィーバーの友人達からは「ちょっと厳しいかな」などとそれとなく断られることもあれば、「そんなに弱い者を加えている余裕はない」とはっきりと言われる冷たい現実があった。


そこで暁は、自分の能力を生かしてポーターとして日銭を稼ぐことにした。高校の授業が終わると、彼は塔へ向かい、ポーターとして探索チームに同行する。そして塔内で魔核や木材などの資源を回収し、それらを街へ運ぶのが彼の仕事だ。彼はギルドの掲示板でポーターの募集を見つけ、臨時で雇われて塔の探索に加わる日々を過ごしている。


塔の入り口に着くと、今日の探索チームのメンバーたちが集まっていた。それぞれが装備を整え、軽口を叩き合いながら出発の時を待っている。暁は彼らに遠慮がちに近づいていった。


チームリーダーの風間迅(かざま じん)は暁が着いたことを確認して、陽気に話しかけてきた。


「よぉ!ご苦労さん。今日もよろしく頼むぜ!さあ、行くぞ!今日はどんなモンスターと遭遇するんだろうな?」


風間は「影走り」のスキルを持ち、圧倒的なスピードで動き敵の目を欺くことができる。180センチの細身で、爽やかな笑顔が印象的な25歳の男性だ。チームの戦略を練り、優れた共感力と冷静さでメンバーを支える、信頼の厚いリーダーである。偵察を主に担当しながらも、危険な場面では前線に立ち、盾となって仲間を守る胆力も備えている。


このチームは、20代の若いメンバー10人で構成され、チームランクとしてはEとなっている。皆はスキルレベル10ほどだ。これはランクEのモンスターを討伐するのに達する戦闘能力を持っている事を示している。全員がデュアル高校のスキルウィーバー科の卒業生である。高校在籍当時から探索チームを結成し、神々の塔に挑戦し続けている。その実力とチームワークは高く評価され、注目の新星チームとなっていた。


暁がポーターとしてこのチームに同行するようになったのも、同郷の縁だけでなく、風間たちが彼の戦略家としての才覚に気づいていたからだった。


暁の両親は、ギルドの一つであるシルバーウルフギルドに所属するスキルウィーバーだった。暁も将来は両親と同じシルバーウルフギルドで探索チームを組み、社会で大いに活躍することを夢見て、幼少期から個人戦闘や団体戦、神々の塔の知識、魔核や生物学、地理などさまざまな訓練や知識を両親から叩き込まれてきた。しかし、結局スキルが発動せず、ノンスキルウィーバー科での勉学に励むことになった。


それでも暁は、今まで学んできた知識や技術を活かし、少しでも家族のためにとポーターとして働き続けている。その不遇に負けず努力を続ける姿勢は風間たちの心を打ち、同じ高校の後輩という事もあり、また彼の知識もチームの大きな助けとなっているため、彼をポーターとして雇うことが多くなっているのだった。


風間のチームが準備を整えていると、デバフ担当の魔法使いの橘陽太(たちばな ようた)が、笑顔で暁に声をかけてきた。


「おっ、暁!今日も元気そうでなによりだな。頼りにしてるぜ!」


他のメンバーもそれぞれの準備をしながら、暁に軽く挨拶を交わしていく。弓使いの百瀬真琴(ももせ まこと)はにこやかに手を振り、「今日も安全第一でいこうね、暁くん!」と声をかける。盾役の高槻一也(たかつき かずや)は、軽く肩を叩きながら、「お前がいると安心して戦えるよ」と、頼もしそうに言った。


「今日はどんなルートを進むんだろうな、暁の読みが当たると助かるんだけど!」と、剣士アタッカーの相沢涼太(あいざわ りょうた)が笑いながら言うと、他のメンバーも笑顔で頷いた。


暁も自然と微笑んで、「今日もよろしくお願いします!」と頭を下げた。チームのメンバーたちは暁に対して親しみやすい雰囲気で接してくれるため、暁も少しずつ肩の力が抜けて、気軽に話せるようになってきていた。


「さぁ、準備はできた。入るぞ!」

風間チームは神々の塔の内部へと足を踏み入れた。冷気が肌を撫でる。内部は暗く、少し湿気を帯びている。魔法使いの桜庭玲奈は火炎魔法を発動させ、小さな火で前を照らしながら進む。チーム全体として、周囲の音に耳を傾け、何か不穏な気配を感じ取るように注意を払っていた。


暁はいつものようにポーターとして探索チームの後ろについて歩いていた。このチームは全員が塔の探索に慣れている。彼らは軽口を叩き合いながらも、互いに信頼し合い、自信に満ちた立ち居振る舞いで周囲のモンスターに対する警戒を怠らなかった。


歩いていると、1メートルぐらいのムカデモンスターが視界に入ってきた。ランクFのモンスターで、皮膚は硬そうだが動きは鈍い。風間たちはすぐに戦闘体勢を整え、暁はその様子を見守りつつ、魔核を回収する準備をする。


風間は無防備にゆっくりとムカデモンスターに近づいていった。すると、ムカデモンスターが間合いに入った風間に襲いかかってきた。風間は飛び掛かってくるムカデを巧みにかわし、素早く跳び上がりながら、背中に刃を突き立て一撃で仕留めた。


動かなくなったムカデモンスターが絶命したことを確認すると、暁は素早く心臓付近にある魔核を回収した。安堵の息をつきながら、「一つ目だ」と胸を撫で下ろす。ムカデには猛毒の牙があり、体内にある毒袋を切り出すことにした。これが医療素材としても高値で取引されるためだ。


その後も数回の戦闘を経て、風間たちは無事にモンスターたちを討伐し、素材と魔核を回収することができた。


暁はそんな彼らの姿を見て、胸の奥が温かくも、どこか切なくなるのを感じていた。彼らのようなスキルウィーバーは彼にとって憧れの存在であり、彼が心の底から「こうなりたい」と願う未来の姿だった。しかし、自分の力不足を痛感し、まだ彼らの輪に本当の意味で入ることはできない。その事実が、彼を一歩遠ざけ、寂しさと焦燥感を抱かせるのだった。


皆が楽しげに話しているのを見ていると、まるで自分もその輪の中にいるかのように錯覚してしまう。しかし、その場にいられるのはあくまでポーターとしてであり、対等な仲間としてではないことを、暁は痛いほど理解していた。少しでも近づきたいと願いながらも、その和気あいあいとした空気には一歩届かない自分がいる。探索チームが息を合わせて行動する度に、暁は強くなって仲間として彼らと肩を並べたいという思いを募らせるのだった。


彼らが目指す先には、果てしない塔の未知の階層が広がっている。暁はその背中を見つめながら、自らの未熟さをかみしめつつ、いつか自分もその中に加わることを夢見て、一歩ずつ歩みを進めていた。


今回の探索では、神々の塔の第二階層に現れるというランクEのモンスター、ストーンツリーを討伐することが目標だった。ストーンツリーの木材は貴重で、市場で高値がつくため、風間たちが所属するシルバーウルフギルドにもその素材を求める依頼が多く寄せられている。チームも、依頼の数に応えるべく、討伐に気合いが入っていた。


神々の塔は一筋縄ではいかない場所だ。内部は入るたびに構造が変化し、二階層への道も毎回変化する。過去に全てのルートを記録しようとした探索者もいたが、パターンがあまりに多く、試みは早々に断念された。風間たちも今回は慎重にルートを進め、一階層を一日かけて突破することができた。明日には第二階層に辿り着き、運が良ければストーンツリーが群生する狩場に辿り着き、討伐する計画だ。


暁はその道中、持ち前の知識でチームに貢献していた。たとえば、「あの蔦はスタンヴァインです。触れると数日間は痺れが続きますので注意してください」と警告したり、「あの土の盛り上がりはサンドスネークの巣ですね。百瀬さんの弓で遠距離から攻撃すれば、安全に討伐できます。夕食の素材にもなりそうですね」とアドバイスを飛ばしたりと、まるで熟練の探索者のような助言を次々と披露した。


仲間たちからも、「暁がいてくれて助かるよ」「危うくスタンヴァインに触るところだった!ありがとうな」と感謝の声が絶えない。風間も彼の冷静な指示に信頼を寄せており、探索チームの士気は高まっていた。


翌朝、チームは早朝に目を覚まし、二階層へと向かう準備を整えた。暁は過去に覚えた地形やモンスターの出現傾向、注意すべきポイントをチームに伝えた。頼りになる暁の説明にチームは耳を傾け、彼の細かな観察力に感心していた。


風間がみんなの準備を確認しながら、暁に向かって親しげに言った。「さすがだな、暁。君がいてくれると俺たちも安心だ。今日は無事にストーンツリーを仕留めて、良い素材を持ち帰ろう!」


暁はそれに軽く笑顔で応えつつ、周囲の注意深い観察を怠らなかった。途中、岩陰に潜む小さなトラップモンスターの存在に気付き、そっと風間に知らせた。「あの陰、トラップフィッシュが潜んでいます。触れると毒が体にまわりますので、遠回りして避けましょう」


こうしてチームは暁のアドバイスを参考にし、一歩ずつ慎重に進んでいった。その途中、湿気の多い洞窟内で滑りやすい場所が現れた。暁は足元を確認しつつ、仲間たちにも注意を促した。「ここは滑りやすいので、慎重に。こういう場所は不意にモンスターが出現しやすいですから、しばらくは警戒しましょう」


風間たちも暁のアドバイスを聞き入れ、チーム全員が連携して進んでいく。チームの一人がふと暁に問いかけた。「暁、どうしてこんな細かいことまで知っているんだ?探索経験があるからか?」


暁は少し照れくさそうに笑い、「子供の時から塔の構造やモンスターについて学んできましたので・・・。スキルはなくても、知識で何とか探索の役に立いと思ってます」と答えた。


チームは、暁の知識と的確なアドバイスのおかげで無駄なトラブルを避けつつ、次第に二階層の奥地へと近づいていった。そして遂に、狩りの目標であるストーンツリーがよく現れるエリアに到達。全員が緊張を漂わせながら、目の前にある木々の影に視線を集中させた。


「ここからは、みんなの力の見せどころだ」と風間が気合を入れ、チームも一斉に気持ちを引き締めた。だが、森の奥へと進むにつれ、何の前触れもなく奇妙な静けさが辺りを包んだ。鳥のさえずりや葉を揺らす風の音も止まり、まるで周囲の気配が消えてしまったかのようだった。


「静かすぎる…」

アーチャーの百瀬が周囲に警戒の目を走らせ、低くささやいた。


その時、暁が異変に気づく。「あの木、幹が他の木より少し太く見えませんか?」と、指を差し示した先には、一見すると普通の大木のように見えるが、よく見ると周りの樹木と異なり、幹には粗い節が目立ち、わずかに苔むした表面に小さな石の突起が浮かび上がっていた。それは、まさにチームが狙っていた「ストーンツリー」の特徴だった。


風間は目を細めて確認し、低く命令を飛ばした。「みんな、構えろ。あれは間違いなくストーンツリーだ。暁、よく見つけたな。これでこちらの先制攻撃が可能だ。遠距離攻撃、開始!」


遠距離攻撃の指示が出ると、探索チームのスキルウィーバーたちは即座に動き出した。後衛に位置していたメンバーが魔力を集中させ、火球や氷の矢が次々と飛び出してストーンツリーに向かって放たれる。轟音と共に火の粉や霜の結晶が砕け散り、太い幹がえぐられ始めた。暁はその連携攻撃の迫力に圧倒され、思わず息を飲む。


「よし、あと少しで倒せる!」風間が叫ぶ。仲間たちの手によってストーンツリーは劣勢に追い込まれ、その巨体が軋む音を上げた。


だが、その時だった。風間の指示で全員が注意を集中していたストーンツリーの近く、周囲の木々の中から同じように苔むしたもう一本の幹が不意に動き出したのだ。その表皮の隙間から無数の石の棘が飛び出し、唸りを上げてチームに向かって伸びる。


「まさか、もう一体いたのか?!」咄嗟に風間が叫ぶが、距離を詰められている状態では反応が遅れた。石の棘が鋭く飛来し、攻撃に集中していたメンバーの一人がかすめられてよろめく。


「防御陣形を取れ!」と風間が再び指示を飛ばす。しかし、狭い木々の間では全員が迅速に位置を変えるのは難しく、次々と飛び出す棘を回避しきれない。何人かが木の根元に倒れ込むが、すぐに立ち上がり再び構える。


その間も、ストーンツリーが咆哮を上げながら二体揃って襲い掛かってくる。「くそっ、一旦下がって防御を固めろ!」風間が撤退を指示し、仲間たちはその場を離れ始める。暁も後方に下がりつつ、心の中で強く願っていた――自分がもっと強ければ、仲間にこんな危険を負わせずに済んだのに、と。


暁は再びポーターとしての役目を果たしつつ、探索チームの最後尾に下がり、彼らの無事を祈りながら必死に自分にできるサポートを続けた。


タンク役の高槻が即座に襲い掛かる2体のストーンツリーの正面に仁王立ちになった。そして、高槻が「掛かってこいやーーー!!!」と雄叫びを放った。


ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!


全ての石飛礫や棘が飛来したが、全て高槻の2メートルもある盾によって弾かれた。


2体のストーリーツリーは、他のメンバーへの追撃をすることなく、高槻に集中砲火の攻撃を繰り出した。高槻は二体のストーンツリーの猛攻撃を真正面から受け止め、盾を構えてその巨体に耐え続けていた。ストーンツリーの鋭い枝が何度も叩きつけられ、鋭利な石の棘が次々と突き出す。高槻は歯を食いしばりながら、揺れる体勢を必死に保ちつつ、仲間のサポートが来るのを待っていた。


正面で2体のストーンツリーの猛攻撃を受け止めている間、アーチャーの百瀬と魔法使い桜庭が後方より、ストーンツリーに対して攻撃を仕掛けた。


百瀬の矢が宙を裂き、ストーンツリーの側面に次々と命中する。「これでどう!」百瀬がそう叫びながら、矢に一瞬の麻痺効果を乗せて放つ。ストーンツリーの動きが鈍くなり、その隙に桜庭が魔法の詠唱を終えた。


「炎よ、束となりて敵を焼き尽くせ!」


桜庭の叫びと共に、巨大な炎の渦がストーンツリーを包み込む。燃え盛る炎に覆われた幹が激しく揺らぎ、苔むした表面が焦げ付き始める。桜庭はさらに詠唱を続け、魔法で炎の渦を強化することで、一瞬でも長く動きを止めようと力を込めた。


「高槻、今がチャンスだ!」桜庭が声を上げると、高槻は短く頷き、盾で一気に距離を詰めると、全力でストーンツリーに体当たりを仕掛けた。揺さぶられたストーンツリーがわずかに後退し、その隙を見て他のメンバーが攻撃に参加し始める。百瀬は再び弓を引き、桜庭も魔力を回復させながら次の攻撃に備える。


しかし、ストーンツリーは容易に倒れる相手ではなかった。揺れる枝の中からさらに鋭利な石の棘が伸び、桜庭の方に向かって飛来した。


「危ない、玲奈!」百瀬が叫び、間一髪で桜庭が身をかわす。しかし、その回避でわずかに詠唱が途切れ、ストーンツリーが攻撃の間隙を突き、再び激しい一撃を繰り出してきた。


それでも高槻を先頭に、チームは全力で攻撃を続け、二体のストーンツリーの隙を突きながら着実に追い詰めていく。


「全員、隊形を整えろ!」風間の声が響くと同時に、周囲にいた他のチームメンバーも一斉に距離を取り、各自の持ち場に散らばった。


ストーンツリーの防御力を下げるため、デバフ担当の魔法使い橘陽太が、遠距離から弱体化の魔法をかけた。この魔法により、ストーンツリーの樹皮が少しずつ柔らかくなり、攻撃が通りやすくなる状態を狙う。


次に、風間が「影走り」を駆使し、ストーンツリーの死角を突く。風間の役割はストーンツリーが後方の遠距離攻撃に注意を向けさせずに、風間だけに集中させることだった。これによりチーム全体にとっての危険が大幅に軽減する。木の根元や大きな枝に集中して立ち回り、モンスターの注意を引きつけた。


遠距離攻撃を担当するアーチャーの百瀬真琴と魔法使いの桜庭玲奈が後方から連携して攻撃を仕掛け、モンスターの弱点である幹と根に矢と火炎魔法を放ち、じわじわと体力を削っていく。アーチャーの百瀬真琴は特にストーンツリーの動きを封じるため、根を狙って矢を放ち、動きを遅らせる役割も担っていた。


暁は後方で全体を見渡し、周囲の状況を常にチェックして危険が迫れば即座に知らせる役割を担っていた。その鋭い観察力で、ストーンツリー以外にも潜むモンスターに気づくと、即座にアーチャーの百瀬と魔法使いの桜庭に声をかけ、冷静かつ的確に戦場の状況を伝えた。


新たなストーンツリーの突然の攻撃に陣形を崩されたが、さすがランクEの探索チーム。すぐに態勢を整え、風間が冷静に指示を出す中、各メンバーがそれぞれの役割を完璧にこなし、少しずつストーンツリーを追い詰めていった。


しかし戦いが進むにつれ、予想以上にストーンツリーの数が多いことが判明した。チームは最初の2体に集中していたが、周囲にさらに2体のストーンツリーが現れ、風間たちの包囲網が徐々に狭まっていく。ストーンツリーの大きな根が地面を揺らし、木々が軋む音が不穏に響きわたった。


「まずい、数が多すぎる…!」風間が歯を食いしばりながら、急いでチームに指示を飛ばす。「全員、距離を取りつつ陣形を立て直せ!回り込まれる前に、中心から離れるんだ!」


そんな中、暁が素早く周囲の地形を観察し、後方にそびえる巨大な岩石群がストーンツリーの動きを制限できると気づく。「風間さん!あの巨大な岩石のところへ誘導できれば、少なくとも一方向からの攻撃に絞れるはずです!」風間は瞬時に判断し、全員に岩石に向かって後退するよう指示を出す。「よし、暁の言う通りだ!みんな!!左後方の岩石まで誘導して、そこから反撃するぞ!」


チームは再び陣形を整え、ストーンツリーを岩石へ誘導しながら慎重に動き始めた。デバフ担当の魔法使い、橘陽太が攻撃の隙を突いて再び弱体化の魔法をかけ、ストーンツリーの動きを鈍らせた。タンク役の高槻がそのタイミングを見計らい、強力なスラッシュウェブをストーンツリーの幹に叩き込み、さらに敵の近接攻撃を自らに引きつける。続いて、百瀬の矢と桜庭の火炎弾がほぼ同時に炸裂し、ストーンツリーたちは動きを封じられた。


敵の数が多く苦戦は続いたものの、地形と連携を活かした戦術が功を奏し、一体ずつ対処して優勢を保っていく。最後には風間の号令で全員が一斉に総攻撃を仕掛け、ついに全てのストーンツリーを討伐することに成功した。


肩で息をしながらも、チームは互いに達成感のこもった笑顔を交わした。「危なかったが、見事な連携だった!」風間の力強い声に、皆が安堵の笑みを浮かべる。倒されたストーンツリーから集められた素材が、彼らの戦いの成果を象徴していた。


全員でストーンツリーの素材を回収する作業をしていると、暁は背中に悪寒が走る感覚に襲われた。


「風間さ・・・」


暁の警告を発する為に、風間の方に振り返った瞬間、風間の頭が胴体から離れていた。


視界の端に、風間の頭部が地面を転がっているのが見えた。


「・・・・!!!!!」

全員がその場で固まった。どこからともなく現れた、3メートルもの巨大な猿の形をしたモンスターが風間の胴体を見下ろして立っていた。


「撤退だ!」高槻は硬直するメンバーたちに素早く大声で指示を飛ばした。「素材は捨てろ!生きて戻るのが優先だ!くそ!!なんでこんなところにランクDの猿がいるんだ!!??」


チーム全員が即座に動き出し、荷物を放り出して一気に後退を開始した。暁も他のメンバーとともに走り出した。


「百瀬、後方に牽制射撃!玲奈、魔法で道を塞げ!」と、サブリーダーの高槻が指示を出す。


百瀬は素早く矢をつがえ、猿に向かって放った。桜庭も走りながら炎の魔法を発動し、木々の間に火の壁を作って進行を遅らせた。火の壁の熱が猿を躊躇させ、数秒の猶予を生む。


しかし、猿は火の中を突き破ってくる。追いつかれそうになるにつれ、全員の緊張が高まっていく。


「相沢、ダック(頭を下げろ)!」と、百瀬が叫ぶ。前方のみを見て走っていた相沢涼太は即座に頭を下げた。その瞬間、強烈な勢いで何かが振り抜かれる。猿が一番後ろにいた相沢を後方から攻撃しようとしていたのだ。「た、助かった!」


百瀬は進路を確認しながら、仲間たちに向かって叫んだ。「もう少しで岩場だ!そこで防衛拠点を作るよ!」百瀬と桜庭が最初に岩場にたどり着いた瞬間、ありったけの牽制遠距離攻撃を猿に向かって放った。猿の動きが少しだけ鈍ったその間に、他の全員が岩場に辿り着き、陣形を組み、互いをカバーしながら戦闘態勢に入った。百瀬が連続して矢を放ち、桜庭が魔法の火球を放ちながら猿を迎え撃った。


猿が俊敏に接近する中、アタッカー剣士の相沢涼太が前線に立ち、鋭い斬撃を猿に向かって放った。しかし、その一撃は軽く猿は、右手で受けた。「やば」相沢が叫ぶ間もなく高速で放たれた丸太のような左腕の一振りで、相沢の体は半分に引き裂かれた。


「くそーーーーー!!!!動きを封じるぞ!」


デバフ魔法使いの橘陽太は集中し、呪文を唱え始めた。彼の手のひらに淡い光が宿り、空気中に霧のような黒い気配が広がると、猿の動きが少し鈍り始める。彼のデバフ魔法「スロウフィールド」が発動し、猿の動きを若干遅くした。


しかし、デバフの効果も一時的なもの。数秒後、猿が再び動きを取り戻し始め、さらに怒りの咆哮をあげながら猛然とパーティに襲いかかってきた。橘は再び呪文を唱え、敵の攻撃力を下げる「ウィークネス」をパーティの周囲に展開した。


それでも腕が一振り一振りと動くたびに、一人ひとりの命が消えていく。


暁も覚悟を決め、手にしたナイフを握りしめた。しかし・・・


「逃げるよ」

「え?」


蹂躙されていくパーティメンバーを後ろに置いて、百瀬は暁の手を掴んで後ろに走り始めた。暁は意味が分からず黙って百瀬の指示に従った。


「高槻!!!後は頼んだよ!!」


「百瀬!!死ぬなよ!!」


そう言って高槻は雄叫びを上げた。猿の攻撃のターゲットが高槻になり、高槻に恐ろしい程の攻撃の嵐が降りかかった。攻撃がある度に、盾はひしゃげ、体に付けた防具は吹き飛び、後数秒もあれば、高槻の命もろとも吹き飛ぶことは容易に見えた。


暁はまだ戦っているメンバーたちを見ながら走っていたが、何が何か分からず当惑していた。その当惑した表情を見て、百瀬は言った。


「全滅危機の時は、私がラストメッセンジャーになることが決まっていたんだよ。みんなの最後を伝えるのが私の役目なのさ」


暁は絶句しながら、百瀬の言葉を聞いた。後ろを振り返れば、もうあの岩場で戦っていたのは、高槻を含め、立っている者は一人もいず、雄叫びを上げている猿だけがいた。


「いやになっちゃうよね・・・こんな役目・・・」


百瀬は涙をこらえながら、暁と一緒に走り続けた。後方には戦闘を終えて満足する猿の遠吠えが鳴り響いている。百瀬は必死で走りながらも全方向に警戒しながら走った。



◇◇◇◇



百瀬と暁は必死で2階層を横断し、1階層に降りた。


百瀬のチームがランクEパーティだからと言って、ランクF帯である1階層が安全であるわけではない。10名のパーティとしてランクEなので、今は百瀬と戦闘能力のない暁だけしかおらず、この場所に留まれば死亡確率が上がるだけだ。百瀬と暁はただひたすら走り切るしかなかった。


2人は幸いモンスターに遭遇することなく、無事に出口に辿り着くことができた。


百瀬と暁が肩で息をしながら塔の入り口にたどり着くと、冷ややかな視線が2人に注がれた。入塔管理をするポータルスタッフの一人が訝しげに彼を見つめ、声をかけた。


「・・・おい、お前たちはシルバーウルフギルドの風間チーム員だったはずだな?11名で入ったはずだが、なぜ2人で戻ってきた?」


ポータルスタッフの鋭い問いに、暁の表情が一瞬にして強張った。彼は唇を噛み、口を開こうとするが、頭に浮かぶのは仲間がモンスターの襲撃に巻き込まれた光景ばかりだった。百瀬は、冷静に答えた。


「突然、3メートルもある大猿のモンスターが現れて襲われました。あまりに強すぎて全滅したんです」


もう一人のポータルスタッフが眉をひそめて近づいてきた。


「大猿のモンスターだと?ストーンツリーを討伐に行ったはずのチームがそんなところで襲われるわけがない。本当のことを言っているんだろうな?」


ポータルスタッフたちは疑いの目で百瀬と暁を見つめ、2人の足元から頭のてっぺんまでを無遠慮に観察した。百瀬と暁の服は土と血にまみれ、所々が破れかけている。ポータルスタッフたちはしばらく互いに視線を交わしたあと、意を決したようにさらに問いを重ねた。


「全員、無事じゃないってことか?」


百瀬は目を瞑り、ゆっくりと首を縦に振った。その動きに、衛兵たちの視線がより一層険しくなる。


「事情を聞かせてもらおう。ここでお前が黙っているなら、疑いはお前に向かうことになる。何があったか、一部始終を話せ」


傲慢なポータルスタッフの言葉に、百瀬は両手で拳を握りしめ、震えを押さえつけながらも冷静に口を開いた。


「私たちはストーンツリーを討伐するために、2階層に向かいました。4体のストーンツリーが現れ、私たちを囲むように押し寄せてきたんです。そこで、隘路に誘導して一体ずつ倒していきました。なんとかそれは成功しましたが…急に大猿のモンスターが現れたんです」


「そ、それが…ランクDのジャックモンキーでした」

暁が、少し震える声で補足した。


ポータルスタッフたちは険しい表情を崩さずに話を聞いていた。


「2階層にランクDが出たのか・・・それは異常事態だ。わかった。お前たちの名前は何という?」

「百瀬真琴です」

「時雨暁です」

「所属ギルドはシルバーウルフか?」

「そうです」

「いえ、僕はポーターとして臨時に雇われただけで、所属はありません。デュエル高校2年生です」

「わかった。もうお前たちは行っていいぞ。何かあったら、連絡をする」


ポータルスタッフはバタバタと待機室へと戻り、他のスタッフに何かを報告していた。百瀬と暁はその場を後にし、シルバーウルフギルドへ向かった。仲間を置いて生還してきた自分たちに向けられるだろう視線の重さが、心にのしかかっていた。


「探索チームの中にはパーティ内で素材を巡って争って、殺し合うケースがあるだ。その疑いを持たれたんだろうな、きっと。まぁ、大丈夫さ。あいつらの傲慢な態度は今に始まったことじゃない」と百瀬は震える足取りで歩く暁を励ました。


街に入り、少し落ち着いてきた暁は、ポータルスタッフの冷たい態度が思い出され、口を開いた。


「百瀬さん、けども、あんな態度本当にあり得ない。財閥ギルドだからって、あんな偉そうな態度が許されるんですか?」


百瀬は眉をひそめつつも、静かにため息をついた。「あのポータルスタッフか。わかるよ、暁。私も同感だ。でも、あの連中たちには自分たちが『上』って意識が染みついてる。財閥はこの街の重要な役割を一手に担ってるからね。政府も、教育も、経済も、ギルドも、塔の管理さえも、ほとんど財閥の支配下にあるからな」


暁は苦々しげに地面を見つめながら、「でも、それっておかしくないですか?シルバーウルフだって大事なギルドで、必死でやってるんです。それを見下すような態度って、どうしても納得できないですよ」


百瀬は頷きながら、暁の肩に手を置いた。「私もその気持ちは一緒だよ。でも、シルバーウルフがここで活動できているのも、財閥が許可を出してるからなんだ。あいつらの意向がなければ、私たちのような一般ギルドは存在することさえできない」


暁は苦い顔をしつつ、「そうですよね…。ただ、こんなに人を見下す態度をされると、どうにも腹が立ちませんか?」


百瀬は小さく微笑んで、落ち着いた声で答えた。「それは、みんな感じてるよ。あの態度には苛立つのも無理はない。でも、今はギルドの仲間たちに会うことに集中したいんだ。あんな連中の事を考える時間が、時間の無駄。人生の無駄さ」


暁は一度深呼吸し、百瀬の言葉に頷いた。


二人はシルバーウルフギルドの扉を目の前にし、互いに視線を交わし合った。


シルバーウルフギルドに着いた2人は、挨拶をした後、ギルドの受付嬢に手にした袋を差し出した。袋の中には、ストーンツリー討伐で手に入れた素材が収められている。ギルドの規定では、死亡者が出た場合、帰還者の獲得素材は一旦ギルドに預けることが義務づけられていた。失われた命に報いるため、素材はその探索者の関係者に渡される。


そして、百瀬は受付嬢に事の顛末を伝えると、受付嬢がふと表情を和らげ、二人に優しく声をかけた。


「今日は本当にお疲れさまでした。どうか無理はなさらないで。ギルドの皆も、あなたたちが無事に戻ってきてくれたことを心から喜んでいますよ」


その言葉に、暁は少し戸惑いながらも深々と頭を下げた。


「…ありがとうございます。でも、僕たちだけが生還して…やっぱりどこか、後ろめたくて」


受付嬢は微笑んで、彼の気持ちを受け止めるように、そっと言葉を重ねた。「私も、長い間ここで働いてきました。多くの探索者たちが、仲間を失いながらもこうして戻ってくる姿を見てきました。誰かが戻ってきて、その経験をギルドに伝えることで、他の仲間がさらに安全に塔を攻略できる。だから、どうかご自分を責めないでください」


百瀬が少し震えた声で口を開いた。「…ありがとう。あなたの言葉で少し救われた気がするよ」


受嬢は優しく微笑み、続けて言った。「本部に報告を送りますので、後日あらためてギルドからも正式な慰霊式を行います。それに、あなたたちも参加していただければ、きっと風間さんたちも安らげるはずです」


暁はその言葉を聞き、心の中で少しずつ何かが溶けていくような気がした。そして、少しの間黙ってから、静かに答えた。「…わかりました。俺も、ちゃんと風間さんたちを送り出してあげたいです」


受付嬢は二人に深々と一礼し、最後にそっと言葉を添えた。「ここに帰ってきて、また顔を見せてくださいね。いつでもお待ちしていますから」


暁と百瀬は、感謝の気持ちを抱えながらギルドを後にした。


暁は、涙をこらえるように空を見上げ、小さく息をついた。百瀬はそんな彼の姿を見て、少し心配そうに眉をひそめたが、優しい声で語りかけた。


「暁君、ありがとうな。私の仲間のことで悲しんでくれて」


暁は静かにうなずき、百瀬の言葉を噛みしめるようにして答えた。「…はい。でも、僕がもっと強かったら、こんな思いをしなくて済んだかもしれない。僕がもっと…」


百瀬は言葉を遮るように肩に手を置き、まっすぐに暁の目を見た。「そんなに自分を責めるな。暁君、私たちは私たちのできることをし続けるしかないのよ。あなたもポーターとしても本当によく頑張ってくれたわ」


暁はその言葉に心を揺さぶられた。仲間たちの死をただ悲しむだけでなく、彼らの思いを継いで生きていくこと、それが自分にできる「強さ」かもしれないと思えたのだ。


「百瀬さん…ありがとうございます。僕、まだまだ未熟かもしれませんが、少しずつでも前に進んでみます」


百瀬は微笑み、力強く頷いた。「それでいいさ。誰だって未熟なまま始めるんだ。それで、結局、ずっと未熟なままなものなのさ。私なんて10年も塔に入っているけど、こんな感じで全滅するんだよ。正直情けないさ」


暁はなんと返答していいか分からず、黙って百瀬と肩を並べて歩き出した。沈んだ気持ちは完全には晴れないが、暁の胸には確かな決意が宿っていた。



____________________________________________________________________________


レビュー★★★をお願いします!!(T0T)今後の励みになりますm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る