第2話 ノンスキルウィーバーの教室
教室の窓から差し込む薄い陽光が、柔らかな光の帯となって教室内に広がっていた。時雨暁は、ぼんやりと教科書に目を落としながら、その光景をどこか他人事のように眺めていた。スキルウィーバー(スキルを組み立てる者)科の教室とは違い、ノンスキルウィーバー(スキルを組み立てない者)が集まるこの教室は、いつも静かで穏やかだ。しかし、暁にとってはその穏やかさが心に重くのしかかり、息苦しさを感じる日々が続いていた。
幼い頃、暁の両親は必死になってランクF魔核を大量に集め、彼をスキルウィーバーの覚醒を促した。そうして覚醒した「聖域使い」というスキルは、今まで誰も手にしたことのない特別なもので、当時は周囲の羨望の的となり、幼い暁もそれを誇りに思っていた。しかし、その頃の自慢げな記憶は、今では彼の中で苦々しい思い出、いわば“黒歴史”に成り果てていた。
問題は、誰もこの「聖域使い」の発動条件を知らなかったことだ。自らも含め、周囲の誰もが発動方法を見つけられず、もどかしい日々が続いた。その間に、彼の家庭は壊れていった。父親は探索中に行方不明となり、妹は重病で寝たきりとなり、暁はスキル発動をしない。母親の心もまた限界を超えてしまい、今では廃人同然の状態で家に閉じこもる毎日。暁が抱えた苦しみは、スキルの価値すら疑わせるものだった。
スキルウィーバーとしての身体能力を持つ暁は、そのおかげで私立デュアル高校のスキルウィーバー科に進学したものの、スキルの発動ができなかったことで、二年生の時にその資格を失い、ノンスキルウィーバー科に転入を余儀なくされた。ノンスキルウィーバー科の生徒たちは、平穏な日常を過ごし、笑い合い、モンスターや探索などとは無縁の生活を送っている。
そんな彼らと過ごす日々の中で、暁の心には複雑な思いが渦巻いていた。スキルウィーバーでありながら力を活かせない自分に、どこか無力さと苛立ちを感じていた。成長を続け、実力を磨くスキルウィーバー科の仲間たちは、次第に遠い存在となっていく。自分だけが取り残されていくような感覚が、彼の胸に冷たい影を落とし、淡々とした教室の風景がかえって虚しさを際立たせるのであった。
ノンウィーバー科のクラスメイトたちは、スキルウィーバーでありながら、ノンウィーバー科に転入してきた暁に興味を持ち、声をかけてくるのだが、暁はその度に何か心の壁を感じ、素直に応じることができない自分に気付いていた。彼らが楽しそうに笑い合う姿を見るたび、「もし自分もスキルウィーバー科に残っていたなら・・・」という思いが心に湧き上がり、その場を離れたくなることがしばしばあった。
昼休み、教室の後ろでクラスメイトの何人かが楽しそうに話しているのを見て、暁は机に顔を伏せていた。そんな時、友人の光原亮太(みつはら りょうた)が近づいてきた。
光原良太は、初対面の人でもすぐに打ち解けることができる、明るくて社交的な性格を持っている。周囲の人々に対して気配りをし、誰にでも優しく接するので、クラスメイトたちからも親しまれている。友人や周りの人の気持ちに敏感で、少しでも不安そうな表情をしている友人を見つけると、すぐに声をかけて心配する。相手のことを考えた行動をするため、信頼されているのだ。
身長は約165センチでやや太めだが、柔道の稽古を受けている為、筋肉質な体格をしている。活動的な性格を反映して、動きに無駄がない。
「よぉ、暁。さっきから元気ないけど、大丈夫か?」
亮太が心配そうに覗き込んでくる。暁は少し驚きながら顔を上げた。
「あ、あぁ、大丈夫。ちょっと考えごとしていただけだ」
暁は力無く微笑んでみせるが、亮太は口角を上げた。
「考えごと? 何をそんなに悩んでんだよ?」
亮太の言葉に、暁は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに軽く笑ってごまかした。
「いや、大したことじゃない。ノンウィーバー科って、まだ慣れないってだけだよ」
そう言ってみたものの、暁の胸の中には複雑な感情が渦巻いている。自分は「聖域使い」という特別なスキルを持っているはずなのに、それを活かすことができないというもどかしさがずっと付きまとっていたのだ。
「そっか。でも、まぁ、別に無理してスキルウィーバーにこだわる必要もないんじゃないか?この世の中、それぞれが自分たちのすべきことをして、生き残ってんだ。生きていけるだけで文句はないぜ」
亮太は暁を見据えながら言った。
「・・・まぁな」
暁は頷きながらも、心の中で「けど・・・」という言葉が浮かんでくる。自分にしかないスキルを持っているのに、それを発動する場がないまま、普通の学生として過ごすのが本当に自分にとっていいことなのか──そんな疑問がふと胸をよぎる。
その時、別のクラスメイトの鈴木春香(すずき はるか)が話に加わった。「ねぇ、放課後にみんなで街の広場に行かない?今日は、街の広場で市場が開いてるんだって。今、秋の季節だから、柿とか売っているんじゃないかな?今めちゃくちゃ美味しいらしいよ!」
鈴木春香は、常にエネルギーに満ち溢れた性格で、周りを引っ張る存在だ。元気な声で話しかけることで、クラスメイトの心を明るくする。今、暁が在籍しているノンウィーバー科教室の学級委員をしている。
髪は肩までの長さで、明るい栗色。ふんわりとしたカールがかかっていて、いつも元気な印象を与える。大きな瞳は明るい茶色で、無邪気さと親しみやすさを感じさせる。笑うと目が細くなり、周囲をさらに和ませるのだ。身長は約145センチで、小柄だがスリムで健康的な体型をしており、普段から体を動かすことが好きなので、柔軟なしなやかさを持っている。
「それは行きたい!」亮太が目を輝かせた。「暁も行こうぜ!」
暁は一瞬躊躇したが、亮太の笑顔に少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「うん、じゃあ、行こうか」
みんなでワイワイと放課後の予定を話し始め、暁もその輪に少しずつ溶け込んでいった。しかし、心の片隅には、スキルウィーバーとしての自分を意識してしまう複雑な思いが、まだ消えずに残っていた。
廊下を出て、ノンスキルウィーバーの友人たちと校舎の出口に向かって歩いていた。
そこに昔のクラスメイトたちの不良グループが6人程で群れになり、暁のグループの進行方向を塞いでいた。
「おい、聖域使いさんよ。いつになったらその大層な力を見せてくれるんだ?」一人の男子がニヤリと笑いながら言った。他の連中もそれに続き、嘲笑が廊下に響く。
「発動できないスキルなんて、持ってないのと一緒じゃないか?ただのノンスキルウィーバーと変わんねえじゃん」別の生徒が畳み掛けるように言い放つ。
暁は拳を強く握りしめたが、反論できなかった。発動条件がわからない自分は、彼らの言葉を否定するだけの証拠を持っていなかったからだ。
「みんなは先に行ってて。僕は後から追いかけるよ」
「大丈夫か?」
光原亮太と鈴木春香は、不安そうな表情で暁を見た。
「まぁ大丈夫だよ。気にしないで。あいつらは僕に用事があるみたいだからね」
そう言って、ノンウィーバーの友人を先に行かせ、暁はスキルウィーバーの元同級生と対峙した。
「あぁ、そうだよ。だから僕はこっちの校舎にいるんだ。こんな僕に関わっているなんて、相当暇だな、鷹沢」
「あぁ、無能なノンウィーバーが俺たちにタメ語で話してんじゃねぇぞ!!殺すぞ!!鷹沢さん、だろうが!」
「じゃあ、その鷹沢さんは、俺のような無能なノンウィーバーに何の用があってきているのですか?」
そう言うと鷹沢の横にいた男子が笑いながら言った。
「どうせ役に立たないんだからさ、魔核でも探してくれば?それで少しは強くなれるかもよ」そして悪意を込めた笑い声を上げる。
魔核はスキルを強化するために必要だが、暁のようにスキルを発動できない者にとっては、財閥や社会的に恵まれた家庭の子弟でしか、魔核を手に入れるのはほぼ不可能だということは皆知っている。彼らはそれをわかっていて発言しているのだ。
「……」
暁は無言のまま下を向いた。彼らの視線が痛いほど突き刺さる。周囲のノンスキルウィーバーの生徒たちは遠巻きに見ているが、誰も助けようとしない。彼らもまた、スキルウィーバーたちの横暴さに何もできないでいた。
「何か言ってみろよ、聖域使い!」
一人が暁の肩を押し、彼はバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「おっとすまない。レベル1だと、全然身体能力に差があり過ぎて、手加減が難しいや」
笑い声がさらに大きくなる中、暁は立ち上がることができなかった。
「発動条件はよ、特異なケースがあんだよ。あんまり言ってやんなよ」
スキルウィーバーの一人、背の高い男子が、暁を見下ろしながらニヤニヤと笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、お前は何かわかんのかよ?」
暁を押し倒した生徒が、興味を示しながら尋ねた。彼もまた、暁をからかうような軽薄な笑みを浮かべている。
「たとえばさ…スキルを喰らうことで発動する場合もあるそうだぜ?」
その男子は、さも得意げに答えた。
「スキルを喰らう…? なんだよそれ、聞いたことねぇぞ」
一人がニヤニヤしながら言うが、その男子は肩をすくめて軽く笑った。
「ま、あくまで一例だよ。でも、無発動のスキルにはたまにそういうのがあるって話だぜ? ある意味、相手のスキルを利用するってことさ」
その言葉に、周りの生徒たちはお互いに顔を見合わせた。その発言の行き先が理解できたからだ。暁に対する嘲笑が、更に深まっていく。
「じゃあ、俺が手伝ってやるよ。俺って優しいだろ!!??」
その言葉と共に、一人のスキルウィーバーが拳大の水の玉を出現させた。彼の目は勝ち誇ったように輝いている。周囲は騒然としていた。
「まぁ、ものは試しが、喰らってみろ」
彼は無邪気な笑顔を浮かべながら、水の玉を高速で暁に向けて発射した。水の球は、予想以上の速さで暁の体に衝突し、彼は後方へ吹っ飛んでしまった。
「キャ―――――!!!」
「何が起こったんだ!?」
「おいおい、騒ぐなよ!これは人助けなんだよ!!」
鷹沢は周囲に黙るように叫ぶと、周りにいたノンウィーバーの生徒たちも黙らざるを得なかった。
「どうだ!?発動したか!?」
不良グループの生徒たちは期待に満ちた表情で見守っていたが、暁は痛みをこらえながら体を起こしただけに過ぎなかった。
「いや、まだっぽいな」
一人の生徒が残念そうに言ったが、周囲は笑い声で満ちていた。
「じゃあ、俺も人助けだ。1発入れてやるよ!」
その男子は、手のひらから粉を作り出し、暁に投げつけた。銀色に輝く粉が空中を舞い、暁の体にまみれていく。「これは、状態異常を引き起こす粉だ。毒状態になるから、徐々に苦しくなるぜ」彼は満足げに笑い、周囲の仲間たちもそれに合わせて笑い声をあげる。暁はその瞬間、身体の中にじわじわと広がる苦痛を感じ、顔をしかめた。
「い・・・息が・・・でき・・な・」
暁は声を振り絞り、しかしその声は嘲笑にかき消されてしまった。
「おい、どうした?まだまだいけるだろ?」
先ほどの男子がさらに追い打ちをかけるように言い、他の生徒たちもそれに乗じて、さらに超高速で移動し、暁の腹部を思い切り蹴り上げた。
「ぐはっ!!!」
暁は廊下を転がり、痛みで意識が飛びだった。
「今のは影走りっていうスキルでな。無音で高速移動ができるんだ。すごいだろ!?」
「しかし、お前の親もアホだな。こんな子供に魔核を100個以上費やすんだから。見込みがねぇのにな!はははははは!!!」
暁は心の中で怒りが渦巻く。自分の事で嘲られるのは良いが、家族までバカにされて、黙っているわけにはいかなかった。
(こ・・・こんな奴らに、負けたくない・・・絶対に負けたくない!!)
自分の中にある力を信じたかったが、今はそれを発動することもできない。周囲の笑い声が彼を取り囲み、孤独感が増していく。
「早く、力を試してみろよ!俺たち、優しいんだから!」
その声に、暁は睨みつけて耐えることしかできなかった。
「先生!!こっちです!」
突然の叫び声が響き、不良グループの生徒たちは一瞬動きを止めた。その声は、一人の女子生徒からだった。彼女は恐怖に満ちた表情で教師に助けを求めていた。
「くそ、バレたか」
一人の生徒が舌打ちし、他の不良たちも顔をしかめながら動きを止めた。
「仕方ねぇな、また今度だ。お前はラッキーだったな、暁」
リーダーの鷹沢が軽く肩をすくめ、嘲笑を浮かべながら言った。彼は名残惜しそうに暁を見下ろすと、手を振って仲間たちに合図を送った。
「行くぞ」
不良グループは、一斉にその場を離れ、廊下の向こうへと消えていった。暁は床に倒れ込んだまま、息を整えようとしたが、全身に痛みが広がっていた。
「大丈夫?」
よく見知っている女子生徒が駆け寄り、心配そうに暁の肩に手を置いた。彼は返事をしようとしたが、苦しさと悔しさで言葉が出てこなかった。
「先生が来るって言うのは嘘よ。とにかく、アイツらをどこかにできて良かったわ」
彼女の優しい声が、少しだけ暁の心を癒したが、同時に無力感が押し寄せてきた。彼は自分の力が役に立たないことを痛感し、俯いたまま静かに唇を噛み締めた。毒が回ってきたため、段々と意識が遠のいていった。
「えっ!?大丈夫?ねぇ!?」
それが意識ある間の最後の言葉だった。
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レビュー★★★をお願いします!!(T0T)今後の励みになりますm(_ _)m
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