聖域の彼方へ
カフェラテ
時雨 暁
第1話 壊れた家族
時雨暁(しぐれ あかつき)は、静まり返った家の中一人、リビングで全ての家の光を消して、物思いに耽っていた。
暁は17歳の高校2年生。深い色合いの目を持ち、思索にふけるような鋭いまなざしを見せる。目元は少し疲れた印象を与えることもあり、周囲の状況に敏感な反応を示す。身長は175センチ程度で、スリムな体型。運動はあまりしていないが、介護をすることで自然と筋肉がついているのだ。
かつて賑やかだったリビングも、今では暗い家の中で母のかすかな独り言だけが響いている。父、時雨快(しぐれ かい)が「神々の塔」の探索の中で行方不明になり、暁のスキルが発動しない事、妹の時雨凜(しぐれ りん)の病気が重なり、母の時雨葵(しぐれ あおい)は家に閉じこもり、精神的に追い詰められてしまった。妹の時雨凛は進行性の不治の病に侵され、手足を動かすことも話すこともできず、今では自分の部屋から一歩も出られない寝たきりの生活を送っている。母の葵と妹の凜の介護は暁が行っているが、学校や仕事で家を空ける時には、父と母が所属していたシルバーウルフギルドから派遣された介護士が掃除や洗濯、その他の家事全般を行ってくれている。
かつては快活な母の姿と、元気に遊んでいた凛の姿は、今は暁の思い出の中にしか残っていない。
「暁……お前さえ、お前さえいなければ……」
リビングの隣は母の部屋で、その部屋の片隅にうずくまる母の呟きが耳に刺さる。暁の胸は掻き毟るような痛みが走る。両親が暁たちを想う気持ちを思えば、彼自身が無力であることが恥ずかしかった。彼の持つ「聖域使い」のスキルは、未だに発動条件が分からず、母親の思いに応えることができない。それが、両親の思いを踏みにじる形になってしまい、父親の行方不明と相まって、母親の辛労を耐えがたいものにしてしまったのだ。
暁にとっては当然の報いだと、心の片隅で思っている。
◇◇◇◇
「いってきます・・・」
誰からも何も言われることなく、暁は一人家族に出発の挨拶の言葉を告げ、家を出た。
明け方、空が微かに白み始める頃、時雨暁はいつもの通学路をとぼとぼと歩いていた。まだ人気のない街は、どこか静寂に包まれている。昨夜の雨で湿った地面に、薄い靄が立ち上がっていた。街の中に点在する松明の明かりが、やわらかく靄を照らし、淡い光が揺らめくように見える。
朝日の柔らかな光が街全体を包んでいた。暁は学校に向かう道にある、石畳が続く、舗装された道をゆっくりと歩いた。道沿いにはスクラップや廃材で作られた家々の窓から、健やかな家庭生活から漏れる温かな光が、石造りの道を照らし、どこか懐かしい安らぎを感じさせてくれる。
更に進むと通りの両脇には古いコンクリートの建物が並んでいる。コンクリートを作る為の石灰石が供給されない為、どれもこの100年間で一度も、修繕されることなく、ボロボロの状態になっていた。
街は突如どこからともなく現れた巨大な「神々の塔」の影響から少しずつ復興を遂げていた。昼間になれば、この道には小さな露店がところどころに並び、果物や手作りのアクセサリーが並べられ、行商人が活気よく声をかける。行き交う人々は和やかに日常を送っているのだ。
朝日に照らされる木製の掲示板には、ギルドからの仕事依頼や、街の新しい施策の掲示が貼られており、暁もちらりと目を通す。そして、ふと空を見上げると、遠くに蒼天の塔がそびえ立ち、街全体を見守っていた。
「平和だな…」
呟いたその一言は、わずかに冷えた朝の空気に溶け込み、静かに消えていく。しかし、暁や街の人々の心の奥には、消えぬ警戒心が常に渦巻いていた。遥かにそびえる蒼天の塔が展開する防御壁の外では、今も核の灰が舞い落ち、死の世界でモンスターたちが跳梁跋扈している。この地での平和は、まるで薄氷の上に立つかのように儚く、人類はいつ崩れるか分からない未来に怯えながら、この100年を過ごしてきた。
通学路の丘を登り切ると、暁の目の前には見慣れた校舎が広がっていた。登校するクラスメイトたちの姿がちらほらと見え始め、暁は胸の奥に抱える懊悩を胸に秘めながら、穏やかに流れる日常へと静かに溶け込んでいった。
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新しい物語を書いてみました。是非、ご一読いただければと思います!よろしくお願いいたします。
是非レビュー★★★をお願いします。今後の創作の励みになりますm(_ _)m
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