第36話 マリアの策と試練の本質



「ほう!策があるんですか!

 楽しみですね」


『水』の妖精の声が弾んでいる。


「どんな策かな。

 まぁ、ゆっくりと時間をかけるといいよ。

 待ってあげるから」


『風』の妖精は余裕たっぷりの態度を取っている。


「……マリア?もしかして……コガネの完全詠唱ですか?

 あれなら妖精たちを倒すことも可能でしょう。

 しかし威力があり過ぎます。私たちも、ご主人様さえも無事では済まないでしょう」


トモエは何とか立ち上がると、マリアを見る。

マリアはまだ笑顔のままである。


「違いますよ、トモエ。

 そんなことをすれば、私たちは死にますし、主様も死にます。

 主様は不死身ですが私たちは違います。主様が復活したとき、私たちは手遅れになっているでしょう。

 それでは意味が無いではないですか」


ならどういう方法を取るのだろうか?

媚薬か?


《それも難しいな。妖精たちは媚薬の力を知っている。

 『風』の妖精は空気の壁で媚薬ガスを防いでいるし、『水』の妖精は水の壁で防いでいる。

 ここまで守りを固められたら、媚薬ガスは通用しない。媚薬を錠剤や液体にしても同様だ》


ならマジカル〇〇〇?


《それも無理だな。クリムゾンベアを倒せたのは、お前が強化していたからだ。

 確かに触手は使えるが、今もお前に妖精の防御を貫く力が無い》


俺の方は打つ手なしか……。

改めてマリアを見る。マリアは余裕をもって笑っている。


「それでどんな策なのかな?

 待つとは言ったけど、どんな策か気になるんだ。

 早く教えてよ」


「そうですね。どんな策かは知りませんが、早く実行して欲しいところですね」


妖精たちもマリアの策が気になって仕方がない様子である。


「……そうですね。隠しても仕方がありませんね。

 方法は単純で明快です。

 あなた方よりも強い妖精を作ればいいんです」


「「!!」」


妖精たちが息をのんだ。

その後に楽しそうに笑う雰囲気を妖精たちから感じた。


「それはとてもいい案だね。

 ぜひ行って欲しいな!」


「そうですね。とてもいい案です。

 それなら私たちも負けを認めざるを得ないでしょう」


妖精たちは自分たちが負けることを認めつつも、マリアの案が実行されることを望んでいるようであった。

どういうことだ?


「ん?ネトリ。何か不思議そうだね?」


「私たちが負けを望むことが、そんなに不思議ですか?」


そう。そうなんだ。何故妖精は負けを望む?

自分たちが負ける案を出されて、何故喜ぶ?

……分からない。妖精たちの考えることが分からない。


「簡単なことだろう」


「私たちの強い同胞が生まれるのです。

 喜ぶべきことでしょう」


……そうか。妖精たちにとってこの試練で負けることよりも、この試練で同胞が生まれることのほうが重要という事か。


「……というか、これがこの試練の正解でしょう?

 自らの力で妖精を生み出す試練。それが戦士の試練の本質なのではないですか?」


マリアは笑顔を消し、真剣な表情で妖精たちに問い掛ける。


「そうだね。それが正解さ」


「ええ、その通りです。自分の力で妖精を生み出すこと、これがこの試練の本質です。

 ちなみにエルフの試練の場合は、少し違うようですが」


「ああ、あっちの試練は妖精を見つけ出して、精霊に進化させるんだっけ?

 そのせいもあって、妖精はどんどん数を減らしているんだ。

 もっと試練で妖精を生み出してほしいものだね」


「……それってバラしていいものなのか?」


俺はふと疑問に思い、妖精たちへと質問する。


「問題ありません。私たちにとって隠す必要のないことですから。

 この里の長は少し勘違いをして、隠していたみたいですが」


『水』の妖精はそういうと、空気の壁の外にいる里長の方へと視線を向けている。

里長は先程までとは別の意味で、顔を青くしている。

……いや、今度は顔を赤くし始めた。秘密をバラされて、怒りだしているようだ。


「さぁ、トモエ!ネトリと協力して妖精を生み出してくれ!

 マリアやコガネの力を借りて、色々な属性の妖精を生み出してくれると嬉しい!」


「そうですね。

 出来るだけ多くの同胞を生み出してください。

 私たちもうまくいくように助言しますから!」


妖精たちも同胞が生み出されることに協力的である。


「言い忘れていたけど、トモエの場合は『風』と『水』以外の妖精を生み出しても、力を借りることはできないよ」


「あくまで力が借りられるのは、自分がもつ属性の妖精だけになりますのでご注意ください」


マリアの動きが一瞬止まった。


「……そうなのですか?

 つまり他の属性の妖精を作ることは意味が無いと?」


「意味ならあるさ!

 たくさんの同胞が生まれることは、とてもいいことだ」


「そうですね。とてもいいことです。

 ただトモエが御せるのは、『風』と『水』だけです」


つまりこういう事か?妖精は少し数を減らしているから、多く生み出してほしい。色々な属性の妖精を生み出してもらうと、妖精としては非常に嬉しい。

しかしトモエが扱えるのは今まで通り、『風』と『水』の妖精だけである。


《一つ付け加えるなら、扱う妖精の力が大きくなる》


なるほど。まぁトモエが強くなるなら、多少のことは目を瞑ろう。


「マリア!俺は魔力を回復する!

 とりあえずコガネとトモエと協力して、たくさんの妖精を生み出してくれ!」


俺は決断し、指示を行う。マリアもトモエもコガネも、俺の奴隷である。俺の意見が間違っていない限り、俺の言うことに従う義務がある。

トモエたちには俺が間違えた場合は、訂正を求めることを認めている。


「……マリア、主様の命令を受領しました。

 実行に入ります」


マリアも命令の正当性について、異議が無いようである。

トモエたちもマリアと協力して、妖精を生み出すことに従事する。

妖精たちもマリアに対して非常に強力的である。

これなら問題なく、妖精を生み出すことが出来るだろう。



******



魔法陣とトモエの血と、マリアの魔物を生み出すための魔石、コガネの様々な属性を持つ魔力、妖精の知恵が結集して、新たな妖精たちが続々と生み出されていく。

俺は生まれ落ちた妖精に魔力をさらに与えて、その力を増大させていく。


「とてもうれしいよ。

 多くの同胞が生まれた。たくさんの種類の同胞が生まれた。

 本当にありがとう!」


「ええ、とても感謝しています。

 でもまだ試練は終わっていません。

 最後にトモエのための、妖精を生み出しましょう!」


トモエのための妖精?

どういうことだろうか?


「私たちはたまたまトモエに力を貸していた妖精です。

 妖精同士の情報交換で、トモエのことは色々知っています」


「でもね。

 僕たちはあくまでもトモエの専門じゃない。

 だから危なくなれば、すぐに逃げ出すし、ドラゴンと戦うなんてできない」


「ですのでトモエには作って欲しいのです。

 自分専用の妖精を。トモエが生きるのも死ぬのも一緒にいる、自分の分身となる妖精を。

 トモエには作って欲しいのです」


「もちろんドラゴンと戦うために生み出される妖精だ。

 先程までとは違い、僕たちよりも強くないといけない。

 限界のその先まで強化しないといけない。

 大変なことだろう。でもそれをしないと、トモエはドラゴンと戦えない」


最後に『風』と『水』の妖精を作らなければならないという事か。

俺はマリアを見た。マリアが首を縦に振る。

どういうことだ?いや、どういう意味だ?俺は状況を理解できない。


「……主様。これから妖精の言う通り、トモエのための妖精を作ろうと思います。

 主様には魔力の供給をお願いします」


理解力のない主のために、マリアが言葉で説明をしてくれる。

トモエは少し緊張しているが、その顔は少し楽しそうに見えた。



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