第35話 妖精の試練(対ドラゴン用強化版)



俺たちは里長に連れられて、戦士の里の一角にいる。そこには謎の魔法陣があり、その中にトモエがいた。

魔法陣は半径1メートルくらいの、小さな円の中に謎の文様が描かれたものだ。文様は転移陣と同じ様式のもののように思えた。

俺たちは魔法陣を囲むようにいて、その周りを少し離れてドワーフの戦士たちが興味深そうに覗いていた。


「これが戦士の試練を行うための魔法陣じゃ。

 この魔法陣に魔力を流せば、陣が発動し自らに力を貸す妖精と戦うことになる。

 仲間の力を借りてはならんとは言わんが、借りて戦えばその分だけ妖精の評価は低くなる。

 つまり得られる力が弱まるという事じゃ。じゃが死んでは元も子もない。

 そこは好きにするといい。

 行う行わないも自由じゃ。……どうする?」


里長は分かり切ったことを聞いてくる。やはり性格が悪い。


「問題ありません。始めさせてもらいます。

 ……ご主人様。私が死ぬまでは手出しは無用です」


……なるほど。里長やドワーフの戦士ランゲツは分からないだろうが、死んだら助けるという事か。それまではゆっくりと観戦することにしよう。

トモエが魔力を魔法陣へと流し始めた。魔法陣が輝き、『水』と『風』の妖精が実体化する。といっても『水』の妖精は人の形をした水であり、『風』の妖精は人の形をした空気の塊だ。水は青色で、空気は緑色をしているため、何とか姿を確認することが出来る。


「僕は『風』の妖精。よろしくね!」


「私は『水』の妖精です。よろしくお願いします」


声の感じから、『風』の妖精は少年で、『水』の妖精は女性のような印象を受ける。あくまで印象だが、『水』の妖精は『風』の妖精より年上のように感じられた。


「トモエです。

 よろしくお願いします」


トモエが妖精たちへ頭を下げる。周りにいるドワーフの戦士たちはその光景を、興味深そうに見ている。


「ルールを説明するね。

 トモエには僕たちと戦ってもらう。誰かに協力してもらってもかまわない。

 それだけの力が僕たちにはあるからね。

 時間は無制限。勝敗はどちらかが負けを認めるまで行う。

 僕たちの場合は、それぞれが認めないといけない。

 トモエの場合はトモエが認めたら負けだ。

 分かりやすいでしょ?

 何か質問はある?」


「じゃあ、始めようか?」


「……待ってください」


ここで『水』の妖精が口を挟んできた。


「どうしたの?」


「トモエのご主人様のネトリに頼みたいことがあります」


俺?


「ええ、あなたです。

 私たちの魔力を限界まで回復させてもらえますか?」


どういうことだ?


「いいの?そんなことをしたら、トモエが可哀そうじゃない?」


妖精たちは勝手に話を進めていて、状況が理解できない。


「トモエはドラゴンと戦いたいといっています。

 なら今の私たちの実力で試練を課すのは、あまり意味が無いのではないですか?」


「……確かにそういわれるとそうかも。

 だから難易度を上げるという事か。

 ……うん、そうしたほうがいいかもしれない。

 じゃあ、ネトリ、お願い。僕たちとトモエの魔力の回復をして。

 それから始めよう」


俺は状況の理解はできていないが、言われた通りに魔力の回復を行う。トモエの方はすぐに終わったが、妖精の方はまるでザルに水をためようとしているみたいに、全く溜まっていく感じがしない。

俺は回復の出力を上げていく。信じられないくらいの量の魔力が妖精たちへと注がれる。

恐らく魔石に換算すれば、クリムゾンベアくらいの大きさの魔石を作るための魔力の10倍くらいの量を、それぞれに注ぎ込んだ。


「……このくらいが僕の限界かな」


「私の方も限界ですね。ありがとうございます」


妖精たちの姿は一切変化はない。しかし存在感が大きく増した。

目の前にいるのが、恐ろしい存在であると、肌で感じている。

先程までとは比べ物にならない威圧感が、妖精たちから発せられていた。


「それじゃあ、始めようか。

 トモエ、君から攻撃してきてもいいよ。いつでも好きな時に攻撃すればいい。

 ……無駄だから」


トモエは『風』の妖精の声を聞いて、包丁を抜いて、妖精たちへと斬りかかった。

包丁には魔力を纏わせて、妖精たちを攻撃できるようにしている。

しかしその包丁は妖精たちへ届くことは無い。

『風』の妖精は空気の壁で、包丁を悉く弾いている。『水』の妖精は水の壁を生み出して同じようにしている。


「こちらからも攻撃するよ。

 頑張って避けてね。

 ……無理だろうけど」


次の瞬間、トモエは風の刃によって、バラバラに斬り裂かれていた。

完全に絶命している。見ればわかる。考えるまでもない。


「主様!黄泉返りを!」


俺はマリアの声で我に返る。そうだ!俺が黄泉返らせなくてはいけない。

助けられるのは俺だけだ。俺は急いでトモエを回復させる。

肉体を再生し、黄泉返りを行う。攻撃は防具を避けて、生身の部分にのみ行われていた。そのため防具や服は無事だ。武器も同様に無事である。

……恐らく武器や防具を避けて攻撃を行っていたようだ。武器や防具を破壊するつもりはないという事か。


「念のために言っておくと、戦士の試練というのはここまで難しくない。

 本来はトモエの力で呼び出された僕たちと戦うだけでいい」


「トモエの力で呼び出された私たちは、ここまで強力ではありません。

 しかしトモエはドラゴンと戦いたいのでしょう?

 なら限界まで強化された私たちと戦う必要があります。

 そう判断しました。

 仲間に助けを求めたらどうですか?

 ハッキリ言います。トモエだけで倒せるほど、私たちは弱くありませんよ」


妖精たちから感じられる威圧感が増す。

横を見れば、里長が顔を青くしている。


「でも有象無象が出てこられれても困るよね。

 選別しようか」


『風』の妖精がそういうのと同時に、トモエとマリアとコガネと俺以外のドワーフたちが空気によってはじき出された。

妖精を中心に半径10メートルくらいの円の外側に、ドワーフたちがいる。円の中にいるのは妖精たちと、俺たちだけになる。

元々手を借りるつもりはなかったが、彼らは完全に部外者という扱いになった。


「それじゃあ、やろうか。

 一応言っておくけど、僕たちが攻撃するのはトモエだけだ。

 他のものには多少の反撃はするかもしれないが、攻撃するつもりはない。

 安心して欲しい」


「普通ならトモエについても致命傷になるような攻撃はしません。

 しかしネトリがいるので、問題ないと判断しました」


この試練は俺がいることで難易度が跳ね上がっている感じがする。

まずいな。何度でも黄泉返りは可能だ。

しかし攻撃を食らえば痛いし、死ぬことは喪失感を味わうことになる。

それにトモエが耐えられるだろうか?


「大丈夫です。私のことなら心配ありません。

 何度でも黄泉返ってみせます」


トモエは自信満々に答えるが、次の瞬間に首が宙に舞っている。

俺は急いで回復と黄泉返りを行う。


「これってトモエに勝ち目あるの?

 難易度上げ過ぎじゃない?」


「……ドラゴンと戦う以上、これくらいは仕方ないのではないですか?」


妖精たちは俺たちを無視して、自分たちで話し合っている。


「『炎』よ!」


コガネの手から強力な炎が生まれて、妖精たちへと襲い掛かった。しかし妖精たちは水と空気の壁でそれを軽く防ぐ。


「方向性は正しいと思う」


「しかし出力が足りませんね」


妖精たちはコガネのことを見ていない。自分たちだけで話し合っている。


「……ご主人様。

 私の魔力を回復し続けてください」


トモエは魔力を包丁へと注いでいた。俺はいわれた通りに魔力の回復を行う。

妖精はそれを確認するが、両手を組んだだけで、攻撃する素振りすら見せない。


「……どの程度になると思う?」


「期待したいですが……無駄になると思います。

 今回は私だけで受けてみようと思います。

 下がっていてください」


『水』の妖精が前に出てくる。『風』の妖精は逆に後ろへと下がっていった。

トモエは魔力を包丁へと注いでいる。しかしそれはある程度の量で頭打ちになる。

俺の回復がトモエに必要でなくなってきた。魔力が消費されていない。

トモエは包丁に込められた魔力を制御するが、魔力の量が多くなると制御が出来なくなり、それ以上魔力を込めることも出来なくなっていた。


「……これが私の限界か」


トモエは魔力制御の限界を感じると、2本の包丁で『水』の妖精へと斬りかかる。

それを『水』の妖精は水の壁で軽々と、受け切っていた。


「……やはりその程度が限界ですか。

 その程度の攻撃では、私を倒すことはできません。

 残念ですが、ドラゴンと戦うのはあきらめなさい。

 トモエの実力では、全く歯が立たないでしょう」


トモエは包丁に力を入れていたが、『水』の妖精の言葉を聞き、その場に膝をついた。

包丁を落として、両手を地面についている。

ここまでか?

俺はマリアを見る。そうトモエではなく、マリアだ。

こういう時に頼りになるのはマリアである。

何か解決案が無いだろか?

期待の眼差しで俺はマリアを見た。


「トモエ、立ちなさい。

 まだ勝負はついていません。

 私に策があります」


マリアはニッコリと笑うのであった。



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