第32話 対決ドワーフの戦士
俺たちはとりあえずドワーフの戦士に付いて行く事とした。他に道が無いというのが理由だ。
探せば他にも戦士の里へ行く方法はあるのかもしれないが、現状ではこれだけだ。あるかどうかわからない方法を探し求めるより、確実にある方法に飛びついたということだ。
「……この辺りでいいだろう」
少し開けた場所で、ドワーフの戦士が立ち止まる。周りには何もなく、ただ広い場所である。
ここで何をするというのだろうか?
「ここで戦士希望のやつの実力を見てやる。
俺が実力を認めれば、戦士の里に連れて行ってやる」
なるほど。いわゆる戦闘イベントか。
「……分かりました」
トモエは2本の包丁を鞘から抜いた。右は順手で、左は坂手で包丁を構えている。
包丁を構えながらジリジリと、ドワーフの戦士へとトモエが近づいていく。
それに対してドワーフの戦士は、自分の体よりも大きな斧を構えている。
「……どう見る?」
俺は隣にいるマリアを見た。マリアは真剣な面持ちで、両者の動きを見ていた。
「獲物の大きさでは戦士のほうが有利ですが、あまりにも大き過ぎます。
あれではいくら力があっても重さにより、自由に使いこなすことはできません。
そういう分ではトモエのほうが有利だと思います」
確かにあの斧は大き過ぎる。そして重過ぎる。
あれだけ重いと武器を振り回せば、逆に武器によって振り回されるだろう。
そういう意味では普通に考えれば、使いこなすことが出来るはずがない。
それに対してトモエの武器はそれなりの重さもあるが、振り回されるほどではない。
硬度と使いやすさから、あの大きさである。
リーチという面では不利だが、それ以上の利点がトモエの武器にある。
トモエも同じ考えなのか、ゆっくりとだが戦士へと近づいている。
恐らく一撃。戦士がトモエを攻撃できるのは一度きりだろう。
その後は武器に振り回されて、攻撃を仕掛けることが難しくなるだろう。それに次の攻撃の前にトモエの攻撃が決まるはずだ。
周りにいる俺たちまで緊張が伝わってくる。
「マリア様。
あの戦士少しおかしくありませんか?」
コガネが戦士の足元を指さしていた。
「コガネ?何がおかしいというのですか?」
「あの戦士、地面に足がめり込んでいます。
ここの大地は硬く、少しくらいの重さならめり込むはずがありません」
コガネに言われて戦士の足元を見ると、地面に足がめり込んでいる。
ここが柔らかい土なら、まだわかる。しかしここは硬い岩。岩が割れてめり込むなんて、あの戦士の体重は見た目よりもかなり重いということか?
「……そうか!そういうことか!」
マリアが何かに気が付いたようだ。
「あの戦士は見た目よりもかなり重いんですよ」
何を言っているんだ?俺にはマリアの言っていることが理解できない。
「つまりあの戦士は魔法か、妖精の力かで重くなっているんです。
そうすればあの戦士の重さは武器である大斧よりも重くなります。
武器の重さに振り回されることが無くなるということです」
俺はドワーフの戦士を見る。ドワーフの戦士は笑みを浮かべていた。
それと同時にトモエも、後ろへと飛び下がった。
「気が付いたようだな……。
儂は武器の数倍の重さになっている。それにより武器の重さに振り回されることが無くなった。
この大斧を自在に使えるということだ。
どうだ!恐れ入ったか?」
ドワーフの戦士が大きく口をあけて笑っている。
それに対してトモエは大きくため息をついた。
「だから?」
トモエは一度右にずれるとそこから加速して、ドワーフの戦士を斬り裂き反対側へと走り去った。
「あなたは遅い。幾らでも攻撃を当てることが出来る」
「それで?」
ドワーフの戦士は相変わらず笑っていた。その体には傷が全くない。
先程トモエによって斬り裂かれたはずの傷が無い。
どういうことだ?
「体積が決まっていて、重さが重いということが何を現すか分かるか?
……それは密度が高いということだ。高密度の物体は硬いということだ。
つまり儂の体は鎧が不要になるくらいに硬い。
嬢ちゃんの包丁はかなりの出来のようだが、儂の体を斬り裂くには力不足だ。
技術が足りない。武器の硬さが足りない。
つまり儂を傷つけることが出来ない。儂に勝つことが出来ない。
そういうことだ」
ドワーフの戦士の笑みが大きく歪んでいく。
どうやら性格が悪いようだ。
トモエは再びドワーフの戦士へと斬りかかる。
そしてすぐに離脱する。
攻撃を当てられれば、致命傷になる。回復はできるが、傷は避けるべきだろう。
「無駄だというのが分からないのか?
同じところに攻撃を当てているようだが、何度当ても儂を斬り裂くことなど不可能だ。
勝ち目はない。負けを認めろ。
そして戦士になることなど諦めろ。
戦士に憧れているなら、儂の嫁になればいい。
可愛がってやるぞ?」
ブチっ!!
俺の堪忍袋の緒が切れる音が、俺の頭に鳴り響く。
よし。殺そう。
トモエは俺のものだ。俺の女で俺の奴隷だ。
俺のものを奪おうとするやつを許すつもりはない。
「寝言は寝て言え!!
誰が貴様のような奴の嫁になどなるか!!
私の全てはご主人様のものだ!!
全てがご主人様に捧げるもので、誰にも渡すつもりはない!!
貴様は殺す!!
絶対に殺す!!
手段を選ばずに殺す!!」
トモエも俺と同様にブチ切れていた。それと同時に何度もトモエが飛び跳ねて、ドワーフの戦士へと攻撃を仕掛けていく。
全部が同じ位置への攻撃だ。それでも戦士に掠り傷さえつけることが出来ない。
それだけの実力差がトモエと戦士の間にはあった。
「……妖精による攻撃は?」
俺は思いついたことを口にする。
「恐らく無理でしょう。
妖精はドワーフの守護者です。ドワーフを傷つけるために、力を貸すとは思えません」
解説のマリアからダメ出しが入る。
「しかし相手は妖精の力を使っているんじゃないのか?」
俺は体を重く硬くしているのを、妖精の力ではないかと疑いをかける。
「あれは防御だから、ギリギリセーフなのでしょう。
それに戦士は一切攻撃をしていません。
もしかしたら防御だけしか、行うつもりが無いのかもしれません」
攻撃を仕掛けずに防御だけするのなら、ドワーフ相手でも力を貸してくれるのかもしれない。確かにその可能性は高いな。
「……攻撃を仕掛けなければ、勝ちはありませんよ?」
トモエも同じ可能性に考えが至ったのか、ドワーフの戦士に対して挑発を行っている。
「安い挑発だな。
確かに俺は攻撃ができない。攻撃すれば、妖精の加護が切れて重さが戻る。
お前が考えている通りだ。
だがそれに問題があるか?
お前は勝てない。それが事実だ。
俺はお前が諦めるまで、待つだけだ。お前は勝てない。
戦士になることを諦めるといい」
ドワーフの戦士はニコニコと笑っている。
「……何故あなたはトモエが戦士になることを反対しているのですか?」
マリアが戦士に向けて問い掛ける。
「決まっているだろう!そいつが女だからだ!
神聖な鍛冶仕事を女にやらせるわけがないだろう!?」
……このドワーフの戦士は女性に対して差別的な考えをしている。
しかしその一方で、この世界では当たり前のことなのかもしれない。
《そうだな。この世界では女が行うべき仕事と、女が行うべきでない仕事がある。
そういう意味では女性差別がある世界といえる》
「……そうですか。それが理由ですか……」
マリアが笑みを浮かべている。……かなり怒っているな。
この戦士の差別的な考えは、マリアの地雷を踏んだようだ。
「マリア様?
何をお怒りになっているのですか?」
コガネが不思議そうに、マリアに対して問いかける。
それに対して、マリアは少し怒りが削がれたような顔つきをしていた。
「……いえ、女性というだけで軽くみられるのは少し嫌な感じがします」
「でもそういうものでしょ?
女性の役割があって、男性の役割がある。
トモエ様が男性の役割に入ろうとすれば、反発がある。
当然のことと思いますけど?」
コガネにとって、この世界の常識が当たり前の話である。その常識の枠の外にいる俺とマリアのほうが、この世界では異端なのかもしれない。
でもこのままトモエが負けるのを認めるわけにはいかない。
トモエはまだドワーフの戦士に斬りかかり、攻撃を仕掛けている。
反撃の恐れが無いからか、武器を構える戦士に何度も何度も包丁で斬りかかる。
マリアは大きくため息を吐くと、頭を一度落ち着かせているようだ。
トモエは一度大きく下がると、ドワーフの戦士から距離を取った。
そしてマリアを見る。マリアもまた、トモエを見る。二人は見つめ合うと、同時にコガネを見た。
「「コガネ。制限解除!『雷』を落とせ!!」」
「ん!?了解!『雷』よ!」
二人の指示によりコガネが雷をドワーフの戦士へと叩き込む。
コガネの強力な一撃は妖精の守りすら打ち貫く。
魔法の一撃を受けて、ドワーフの戦士はその場に倒れ込んだ。
「死んだのか?」
「大丈夫です。ドワーフは丈夫ですから」
「妖精が守っているようですので、致命傷にはならないでしょう。
念のために主様が治療してはどうでしょうか?」
俺はドワーフの戦士を見る。この男は少し気に食わない。
でも死なれると情報が手に入らないし、トモエが強くなるためだ。
気が進まないが、俺の回復魔法で治療を行うこととした。
怪我などはすぐに治ったが、意識の方はすぐには戻らなかった。
俺の回復魔法は完璧だし、しばらくすれば目を覚ますことだろう。
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