第30話 エルフの戦士は怒ってもいいだろう
途中で盗賊や魔物との戦闘があったが、俺たちは無事にエルフの里に到達した。
大変だったのは帝国の領内を移動していた時だけで、エルフドワーフ連合国の領内に入れば特に問題はなかった。
魔物は魔力濃度が妖精や精霊によって調整されている関係で、生まれることは無い。
盗賊も余程の実力者でなければ、エルフドワーフ連合国の領内では生きていくことすらできない。
妖精や精霊を圧倒できるような実力者なら、盗賊になっているわけがない。
帝国は実力至上主義だ。それだけの実力者が帝国に行けば、貴族として生きていくことすら可能である。エルフドワーフ連合国の領内で盗賊を行う理由が無い。
そのためエルフドワーフ連合国の領内は、快適に進むことが出来た。
「それでトモエ。お前を強く鍛えてくれるようなエルフに、心当たりはあるのか?」
俺はゴーレムカーから降りて、エルフの里の中を歩きながらトモエに問い掛けた。
「心当たりというか、鍛えられるような強さを持つエルフは知っています。
エルフの戦士です。ドワーフと同様にエルフにも戦士と呼ばれる、強い者たちが存在します。
彼らなら私を導けるくらいに、強いはずです」
トモエの話だと、強いエルフに無理やり教えを乞うということか。
「……それってエルフにお前を教える理由が無いんじゃないか?」
俺の問い掛けにトモエの動きが止まった。
まるでオイルが切れたロボットのように、硬い動きをしながらトモエは俺を見た。
「……そうかもしれませんね」
トモエはその場で考え込んでいた。
「考えても仕方がないでしょう?
もしかしたら教えてもらえるかもしれません。
とりあえずエルフの戦士とやらに、会ってみてはどうですか?」
マリアが助け船を出し、トモエはようやくまともに動き始めた。
「そっ、そうだな!
そうしよう!!」
明らかにトモエは動揺をしている。
何も考えていなかったようだ。誰もが無条件で協力してくれるわけではない。
協力してもらうための準備をトモエは何もしていない。
もしかしたら強くなることが出来ない可能性も考えないといけないな。
俺は柄にもなく、そんなことを考えていた。
「マリア様。エルフの戦士について聞いてきました。
エルフの戦士はこの先の広場にいるようです」
「コガネ。ご苦労様です」
どうやらコガネはマリアに言われて、周りのエルフから戦士について聞いて回っていたようだ。
マリアに頭を撫でられているコガネは、嬉しそうに目を細めている。
「とりあえず、広場に向かうか。
それで広場はどっちだ?」
俺はコガネに尋ねる。
「あっち!」
俺はマリアの代わりにコガネの頭を撫でた後に、コガネの指さした方向へと歩き始めた。
******
広場は思っていたよりも広い場所であった。
エルフの里は基本的に緑が多く、人工物のようなものが見当たらない。あったとしても緑と一体化している。
しかし広場には緑が無く、広場を囲むように木々があるだけである。
むき出しの土が固めてあり、野球ができるくらいの大きさがあった。
そこに一人のエルフがいる。他にもエルフがいるが、そのエルフは纏う雰囲気が他のエルフとは違っていた。
俺たちもエルフではないため、目立った存在だ。
周りから色々な視線が、俺たちに向けられている。そんな中で俺たちは、独特な雰囲気を持つエルフの男へと近付いていった。
「……何の用だ?」
そのエルフは明らかに迷惑そうな感じで、俺たちのことを見ている。
「私はドワーフの戦士を志す者!
『風』と『水』の妖精の子供!
エルフの戦士よ!私は強くなりたい!
力の使い方を教えて欲しい!!」
トモエはエルフの戦士と思われる男に口上を述べると、そのまま大きく頭を下げた。
エルフの男は冷めた目つきで、俺たちのことを見ている。
「……悪いが弟子は取っていない。
他を当たってくれ。
お前たちもこいつを連れて、立ち去ってくれ!」
やはり迷惑だったようだ。
当然と言えば当然だろう。
いきなりやってきて、強くしてくれと言われても普通は困るだろう。
俺は何となくマリアを見る。困ったときはマリアを見れば何とかしてくれそうな気がするので、マリアを見た。
マリアは大きくため息をつく。
「……私たちは旅のものです。
彼女は強くならなければなりません。
ですので置いていきます。
後のことは二人で解決してください」
マリアはニッコリと笑うと、俺とコガネを連れてその場を立ち去ろうとする。
その間もトモエは頭を下げたままだ。
「おいっ!ちょっと待て!!」
エルフの男が俺たちに対して話し掛けてきた。
ある意味当然だろう。いきなり頭がおかしい奴を置いて立ち去ろうとすれば、引き止められるのは当然のことだ。
《……トモエに対する評価がすごいな》
残念ながら、正当な評価である。
「なんでしょう?」
マリアが代表して、エルフの男に向き直る。
「このドワーフを連れていけ!」
「お断りします」
マリアは即答した。
「強くなれば勝手に戻ってきます。
今連れていく必要がありません」
「迷惑だ!」
「それで?」
マリアは不思議そうに首を傾げた。
「それはこのトモエと、あなたの問題でしょう?
私たちには関係がありません」
マリアはきっぱりと向こうの要求を撥ね退けた。その間もトモエは頭を下げたままだ。
……打ち合わせでもしていたのか?
《広場に向かう途中で少し話し合っていたようだぞ》
俺は気が付かなかったが、やはり裏でマリアが糸を引いているようだ。
「……だったら勝手にしろ!
俺はこいつに何も教えないぞ?」
「構いません。
それも二人の問題です。
……ところで参考までに聞くのですが、どうしてあなたは強いのですか?」
どういう意味だ?
「どういう意味だ?」
どうやらエルフの男も俺と同じく質問の意味が分からなかったようだ。
「この里は精霊に守られています。
エルフも精霊に守られています。
魔物はいません。動物はいますが、精霊の敵ではないでしょう。
何と戦うために、あなたは強くなったのですか?
私の質問の意味は、それです」
……そういわれると、そうだな。
エルフには強くなる理由が無い。エルフの里は精霊に守られている。
エルフ自身も守られている。
魔物がいないからこの場には精霊より強いものはいないだろう。
なら戦士と呼ばれるようなこのエルフは、何と戦っているのだろうか?
何のために強さを誇っているのだろうか。
外の世界に行くためか?外の世界から戻ってきたからか?
彼が戦うべき相手はいったい何者なのだろうか?
「……俺が強い理由、俺が戦う相手か。
それは精霊だ。俺たち戦士は戦士は精霊と戦うために、この身を鍛えている」
「それは……何故?」
先程まで動かず頭を下げていたトモエが、顔を上げてエルフの戦士へと問い掛けた。
「エルフにとっての精霊は、ドワーフの妖精です。
妖精は私たちの父であり、母である。
私たちを守護する存在です。
何故あなたは自分たちを守る精霊と戦うというのですか!?」
「確かにお前の言う通りだ。若きドワーフの娘。
しかし俺たちは精霊に管理される愛玩生物ではない。
自分たちの意志で、生きるエルフだ。
籠の中で飼われている小鳥の生活なんて御免だ。
だから俺は戦士として精霊と戦い、強さを認めてもらった。
俺は自分の力で生きることを認められた戦士だ!」
エルフの戦士の瞳は力強く輝いている。
ああ、そうか。この男の雰囲気が周りのエルフと違うのは、精霊が彼を守護していないからだ。
彼は精霊に守られる存在では無い。
精霊の隣を歩く存在になったのだ。
「……トモエ。この方に教わるべきことは、既に教わったのではないですか?」
マリアがトモエに話しかける。
「……そうだな。私がこの方に教わるべきことはもうない。
いや、教えを乞う相手を間違ていたようだ。
ご迷惑をおかけした。申し訳ない」
トモエは一人で納得すると、エルフの戦士に頭を下げた。
そして俺たちの方へと歩き出す。
マリアもエルフの戦士に会釈をすると、俺とコガネを連れて歩き始めた。
一人エルフの戦士が迷惑をかけられて、呆然と立ち尽くしていた。
ともかく俺たちはエルフの里から立ち去ることとなった。
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