第22話 獣人の理想と現実
赤いヒグマはとりあえず、クリムゾンと呼ぶことにした。
他に呼び名が思いつかないので、ひとまずこれで問題ないだろう。
「さて、どう見ても赤いヒグマなんだが?」
「熊獣人ですね」
「熊獣人です」
俺の質問にトモエとマリアが答える。俺には目の前に赤いヒグマが、いるように見える。
赤いヒグマは俺が複製した初期の服を2着を利用して、自分専用の服に改造してきている。
それは別にいい。服を着てもいい。
でも俺には服を着た赤いヒグマにしか見えない。
「……ご主人様。
ご主人様が考えている獣人というのは、どういう存在でしょうか?」
トモエが戸惑いながらも、俺に質問を行う。
「そりゃ、人間に獣の耳と尻尾が生えているような存在だけど」
俺は自分の記憶にある、地球で性的に消費される獣人の姿を答える。
「ご主人様。
そのような獣人はこの世界には、存在しません!」
トモエは夢が無いような事実を、俺に突き付けた。
「この世界の獣人は人間大(一部例外あり)の二足歩行する獣です。
正確に言うならば、人語を扱えれば四足歩行でも獣人です。
これは他の種族のものにも該当します」
……この世界の獣人は人間の姿から、少し遠い存在であるようだ。
俺は上を見上げた。
視界が滲んでいる。決して泣いているわけではない。
少し森の空気が乾燥していて、目が乾いて多めに涙を分泌しているだけだ。
「いえ、それくらいで泣かないでください。
そんなに重要なことでもないでしょう?」
トモエは少し呆れているようであった。
しかしトモエの認識は甘いと思う。これが重要でなくて、何が重要となるのだろうか?
獣人がほぼ獣だと?
どうすればそういう存在に興奮すればいいのだろうか?
もう少し人間に近くなければ、興奮できないではないか!
「……いや、重要なことだ。
俺は人語を操る獣を獣人だなんて認めない!
もっと人間に近い姿じゃなきゃダメなんだ!
もっと人間が欲情できるような姿じゃなきゃダメなんだ!
人間が興奮できるような獣人じゃなきゃダメなんだ!
萌えが欲しい!エロが欲しい!
もっと俺の性癖に直撃する姿でないといけないと思う!!」
俺の魂の叫びを聞いてトモエは黙ってしまう。マリアはそんなトモエの肩に手を置くと、俺に向かい口を開いた。
「……主様。
それって主様の性癖が、狭いだけなのではないですか?
この世界は広い。獣相手に欲情する人間が数多くいる。
主様には、もっと広い心を持っていただきたいと思います……」
俺はマリアの言葉に衝撃を受けた。俺の心が狭かったということか……。
《仕方ないことだ。お前の常識の元となる地球では、獣と人間では子供ができない。
しかしこの世界は子供が生まれる。交配による病気の問題もない。
世界の作りが違う。故に性癖も異なるということだ》
コピーが俺のことをフォローしてくれる。
その優しさが身に染みる。
「……ふと思ったのですが、クリムゾンは王国に潜入するわけですよね?」
俺がマリアの言葉にショックを受けていると、急にトモエが話始める。
「王国に潜入するのなら、熊獣人ではなく人間に化けたほうが良いのではないでしょうか?」
トモエの言葉にクリムゾンを含め、三人が黙り込んだ。
……確かにその通りだと思えた。わざわざ人間至上主義の王国に潜入するのなら、獣人よりも人間に化けているほうがいい。
そのほうが問題なく潜入できる。
「……クリムゾン。
魔石を調整して、姿を変更します」
マリアはクリムゾンに向けて、静かに言い放った。
******
俺の性癖についてはさておき、クリムゾンの姿は人間になっている。
首から下についてはムキムキマッチョだ。
顔については中性的な感じがする。
「……そういえばクリムゾンの性別はどちらなんだ?」
元々クリムゾンベアは両方ついていた。そのため最初はオスと間違えた経緯がある。
「クリムゾンはふたなりです。
両方ありましたので、そのままにしています」
マリアはにっこりと笑う。俺はクリムゾンを見る。
クリムゾンは茶色の髪をしており、長さはそこまで長くない。髪の毛は艶があり、しっとりとした感じをしている。
顔つきも中性的な顔つきのため、見た感じは性別が分からない。
体にしては筋骨隆々のため、男らしく感じる。胸というか、大胸筋はかなり大きい。
身長も2メートルくらいあるため、あまり女性という感じはしない。
「……マジマジ見られると、照れるっス。
そんなに自分は美人っスか?」
照れているクリムゾンに、なんと返すのが正しいのだろうか?
俺にはとても難しく思える。
「……正直男性に見えますね」
トモエがハッキリといった。
「体つきやその大きさから、女性とみられるのは無理があるのではないでしょうか?」
「確かに巨大な〇〇〇を付けていますからね」
トモエの言葉にマリアも続く。
「それを言われると辛いっス。
確かに見た目は完全に男性っスね!」
クリムゾンはニッコリと笑う。その笑顔は明るく、周りを元気にしてくれるものだ。
「さてクリムゾン」
マリアが真面目な顔を、クリムゾンに向けた。
「はい」
それに伴いクリムゾンも顔から一切の感情が消える。そのままクリムゾンはその場に片膝をつき、マリアに対して頭を下げる。
「あなたの生まれた理由は分かりますか?」
「もちろんです。我が創造主。
自分が生まれたのは王国を滅ぼすため。人間を殺すためです」
感情が消えたクリムゾンは話し方まで、今までとは違っている。
「よろしい。
私はそのための力を与えた。
なら後はその力を存分に生かすだけです。
行け!」
「はっ!」
クリムゾンはマリアに返事をすると、その姿がその場から消えた。
俺は疑問の眼差しをマリアに向ける。
「クリムゾンは役目を果たすために、王国へと向かいました」
マリアはニッコリと笑っている。ただその目だけは笑っているようには見えない。
そのためその笑顔からは、妖しげな雰囲気が醸し出されている。
「私たちも帝都に向かいましょう」
「……クリムゾンベアの魔石はどうなったんだ?」
俺はふと気になって、マリアに問い掛けた。
「ああ、あれですか。
私のアイテムボックスの中に収納しております。
能力の関係で、魔石だけ収納できるアイテムボックスを持っているのです」
俺が持つお金だけ収納できるアイテムボックスと似たようなものか。
ともかくマリアが保管しているなら大丈夫だな。
俺たちは白い狼の元まで、戻ることにした。
******
問題が発生した。
俺たちが乗り物にしていた白い狼の姿が無い。
どこに行ってしまったのだろうか?
「……大丈夫です。
私が改造した魔物なら、多少の距離なら念話が使えます」
少し動揺しているマリアが白い狼に念話を試みる。
「トモエは妖精に頼んで、白い狼を探してくれるか?」
「分かりました。
……『風』の妖精よ」
俺は出来ることが無いので、二人の魔力を回復させる。
色々備えるため、俺にできるのはこれくらいしかない。
「……そうですか」
「……見つけました」
念話を終えたマリアは少し顔が引き攣っていた。
『風』の妖精に白い狼を探させたトモエは、マリアのほうを向いて困惑している。
「どうした?」
「クリムゾンが、白い狼に乗って王国に向かいました」
俺の問いに答えるマリアの声は、怒りのためか声が震えていた。
「白い狼は見つけました。
『風』の妖精によると、その上にはクリムゾンらしきものが乗っていました……」
トモエの報告がマリアの答えの信憑性を高める。
つまりクリムゾンは任務のために、王国に向かうことにした。
そのための足として、白い狼を利用した。……そういことか。
「申し訳ありません。
所詮は熊だったようです」
マリアが俺たちに対して頭を下げる。マリアの様子から、内心煮えくり返っているのがよくわかる。
「大丈夫だ。帝都に向かおう」
「そうです。帝都に向かいましょう」
俺とトモエはマリアが内心怒り狂っていることを感じて、話を逸らすことにした。
下手にクリムゾンの責任を問い質したりしたら、逆に俺たちのほうが危ない。
今のマリアは爆発寸前の火山のようなものだ。落ち着くまで避難するに限る。
それが俺とトモエの共通認識である。
こうして俺たちはしばらくの間、徒歩で帝都へと向かうことになった。
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