第19話 変異種との遭遇と撤退



帝都へと向かう街道から少し離れた森の中、その中で俺たちは魔物を探していた。

奴隷を買うには金策が必要だ。それを俺たちは魔物を倒し魔石を得ることで、なそうと考えていた。


「トモエ、魔物の反応はあるか?」


俺たちの隊列はトモエ俺マリアの順である。戦闘能力が無い俺が中心なのは、前と同じだ。流石に急いで辺境都市ロトフを出たので、旅の準備は全くできていない。

水と食料の準備はできなかった。そのため回復魔法によるごり押しで進んでいる。


「『風』の妖精に探らせていますが、今のところ反応はありません。

 浅いところに魔物はいないようです」


「魔力の濃度がそこまで高くありません。

 魔物がいるとしたら、森の奥になりますね」


トモエとマリアの話だと、森の奥にしか魔物がいないようだ。


「森の奥に向かってみるか?」


「賛成です。奥に向かい、獲物を探すべきと考えます」


「私も賛成します」


トモエとマリアが賛成し、俺たちは森の奥へと進んでいく。


「トモエ、警戒を強めてください。

 知って通り森の奥は魔力の濃度が高くなります。

 そうすると、強い魔物が生まれている可能性が高いです。

 特に今回の魔物は浅い魔物を食らっている可能性が高く、かなり強力であると推察されます」


マリアは前を歩くトモエに注意を行う。


《今回の魔物は変異種かもしれないな》


変異種?俺はコピーの言葉に反応する。


《通常の魔物は群れを成すことが多い。ゴブリンやオーク、オーガなどがその代表例だ。

 奴らは強い個体としてキング種を生み出す。

 しかしたまに群れを食いつくして強くなる個体が現れるときがある。

 それが変異種だ。変異種の特徴としては、仲間が少ないことがあげられる。

 それと異常なまでの強さだ。変異種はキング種よりも強い場合が多い》


コピーの考えが正しければ、この奥にいるのはかなり強力な魔物ということになる。


「……『風』の妖精が敵を発見し、撤退しました」


トモエが腕を上げて、止まるように合図した。


「この先にある開けた場所で、魔物を発見しました。

 魔物は10メートルの大きさのある、真っ赤なベアとのことです」


「……レッドベア?いえ、たぶん別物。

 クリムゾンベアとでも呼んでおきましょう」


マリアは真剣な顔つきで、目を細めていた。髪の毛を戦闘の邪魔にならないように、紐で一纏めにすると両手を強く握る。

トモエも両手に包丁を持ち、何時でも戦える準備をしている。


「どうする?」


俺は戦いの素人である。このパーティのリーダーだが、戦いのやり方はトモエとマリアが決めるべきだ。


「妖精は使えません。完全に委縮しています。

 私は前に出て斬り裂きます」


「魔物は素材が無くて土か木からしか作れないし、作ったとしても役に立つとは思わない。

 『威圧』も、たぶん無駄。

 私も前に出てぶん殴るしかできない。

 主様は下がって、回復をお願いします」


作戦としては脳筋二人が突撃して、俺が回復。死んでも黄泉返らせて、ゾンビ戦法か。

今のところはそれしかないな。

作戦と決めて、俺たちは突撃を行うことにした。



******



クリムゾンベアを視界に入れることができるところまで、俺たちは近付いた。クリムゾンベアは立ち上がり、俺たちの方向を向いて臨戦態勢を整えていた。どうやら俺たちのことを察知しているようだ。

元々不意打ちで倒せるとは考えていない。

ただそれにしても10メートルの巨大な赤い熊は、威圧感がすごいな。

その見た目から、恐怖を感じる。


「……マリア。同時に仕掛けます。

 ご主人様は回復の準備をお願いします」


トモエはマリアを見ると、同時にクリムゾンベアに対して襲い掛かる。

クリムゾンベアは右手を振りかぶると、マリアを一撃で吹き飛ばした。

その隙にトモエが斬りかかるが、少しの切り傷が付いた程度だ。

俺はクリムゾンベアを見ながら、マリアへと意識を向けて回復を施す。

クリムゾンベアは左手でトモエに襲い掛かるが、トモエはそれを包丁で防御し後ろへと下がる。

そこへ回復したマリアが右ストレートをぶち込むが、クリムゾンベアには何の反応もない。

クリムゾンベアは首を動かしマリアを見ると、右手でマリアを殴りつけた。

マリアも一度後ろに下がり、それを躱した。


「……まずいですね」


トモエの目線は先程付けた切り傷に合わせられていた。しかし切り傷はすでに消えている。どうやらクリムゾンベアは自己再生能力があるようだ。

どの程度のレベルかは分からないが、今回のような軽い傷はすぐに回復するのは確かだろう。


「私の方も、全く手ごたえがなかった。

 恐らく私の攻撃が通用していない」


マリアはクリムゾンベアから目を離さずに、口を動かしている。


「私の方も同じです。

 全力の斬撃が軽い切り傷で、すぐに自己再生されました」


トモエもクリムゾンベアから、目を離すことができない。

クリムゾンベアはどちらから攻撃を仕掛けようか悩むように、トモエとマリアを見ている。


「ご主人様、撤退します!」


その言葉と同時にトモエは全力でクリムゾンベアから逃げ出した。それと同時にマリアも別の方向へと逃げだす。

それを聞いて俺も少し遅れたが、全力で走り出した。

幸いなことにクリムゾンベアは、俺たちを追いかけてくることは無かった。

恐らく追いかけられていたら、確実に誰かが捕まり殺されていただろう。

今の俺は何も考えることなく、ただ全力で走っていた。



******



「……危なかったですね」


トモエは地面に座り込んでいた。俺とマリアも同様である。


「地面に血がありました。

 推測ですが食後だったため、満腹で追ってこなかったのでしょう。

 空腹になれば、逆に食い殺しに来る可能性もあります。

 一度乗ってきた白い狼のところまで、戻りましょう」


トモエは回復を施したが、かなり汗だくである。これはクリムゾンベアに対する恐怖からくるものなのだろう。

俺も同じ気持ちだ。


「戻りながらで構いませんので、聞いてください。

 今回のクリムゾンベアについてはどうします」


歩き始めた俺たちに、マリアが確認してくる。


「……どうとは?」


俺はただ聞き返した。


「体勢を立て直して戦うのか、逃げるのかです」


「……逆に聞きたい。勝ち目はあるのか?」


戦闘について、俺自身が素人であることは知っている。

俺の戦力分析が当てにならないと分かっている。

だから知りたい。勝ち目があるかを。


「……申し訳ありません。

 私の力では、正直勝てません。

 妖精は力を貸してくれません。攻撃を避ける、防ぐは可能だと思います。

 それだけの実力は持っているつもりです。

 しかしあれを倒す力が私にはありません」


トモエは前を歩きながら、悔しそうに言った。


「現状だと打つ手はありません。

 しかしこの現状を打破するような手はあります」


トモエは足を止めて、振り返りマリアを見た。俺もマリアを見る。


「……歩き続けてください」


俺たちは再び歩き始める。


「……方法は魔物を生み出すことです」


マリアの方法はいつも使っている手であった。


「乗り物に使っていた、あの狼を戦わせるのか?」


「いいえ、違います。

 トモエに複数の魔石を取り込ませて、強力な魔物へと進化させます」


マリアの提案に少し疑問が出てくる。


「それってトモエに危険はないのか?」


「恐らくですが、クリムゾンベアを倒した後にトモエも死に絶えるでしょう」


「却下だな。

 今回の敵にトモエを犠牲にするつもりはない。

 もちろんマリア、お前もだ」


今回のクリムゾンベアは、絶対に倒さなければならない相手ではない。

逃げてもいい。勝てなくてもいい。

そんな相手のために犠牲を出すなんて、論外だろう。


「もちろん犠牲にするつもりはありません。

 主様の回復魔法なら、改造しても生きていられるのではないかと思ったのです」


《ハッキリ言っておくぞ。トモエにそれを行えば、トモエの魂が変質する。

 魂が変質すれば、お前に治すことはできない。肉体を治しても、廃人のままだ》


「流石に無理のようだ。

 廃人になる。

 悪いがこの案は却下だな」


「残念です。

 ならば木と土から魔物を作るくらいしかないですね。

 ゴーレムやトレントと呼ばれる魔物です」


ゴーレムとトレントか。それでクリムゾンベアに勝てるかな?


「……それで勝てるか?」


「普通のなら無理ですね。

 しかし魔石を複数使用して強力な魔物として仕上げれば、何とかなる可能性は残されています」


「……まずは狼のところまで戻る。

 他の案がないか、考えておいてくれ。

 トモエも頼む」


俺は二人にそう命じると、クリムゾンベアを倒す方法を考えるのであった。



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