第11話 森の中にいると情報なんて入ってこない



俺たちはブレードに連れられて、ハンブクにある食堂の個室の中にいた。

ブレードはこの辺境都市の英雄である。

数年前の魔物の群れがハンブクを襲った時に、その群れの主をブレードが倒したのだ。

それ以来、ブレードはハンブクでは英雄と呼ばれている。

ならず者である冒険者であっても、ブレードと共になら高級店に入ることができた。


「……そろそろ厳しいのではないのですか」


全員にとりあえずの飲み物を出されたところで、トモエが金髪の男を睨みながら声をかけた。


「どういうことだ?」


この場では俺だけが分かっていないようだ。ブレードはただ黙って腕を組んでいた。


「妖精、又は精霊に魔法を依頼するときの魔力は先払いです。

 例え使うのをやめて解除しても、魔力は戻りません」


つまり目の前の男は魔力の消費が限界にきているということか。

俺はこっそりとトモエの魔力を回復する。


「……お前は何者だ?町の噂では幼女趣味の変態と聞いていたが、ただの変態ではないな!」


変態は確定のようである。


「そういうあなたこそ何者ですか?

 精霊の力で姿を偽っているようですが?」


「この男の名前はハインツ。ハインツ・ハンブク。

 ハンブク辺境伯の息子だ」


先程まで黙っていたブレードが口を開いた。


「ハンブクですか?王国貴族は全員人間でしょう?

 どう考えてもこの男は、エルフの血が混じっているはずですが?」


「俺はエルフ奴隷との間にできた子供だよ。

 ハンブク家の継承権を持っているわけではない」


金髪の男が姿の偽装を解いたようだ。といっても、少し尖った耳が出てきただけだが。

それでも通常だと、彼は亜人扱いにされる。亜人の血が混じっている者は亜人なのだ。

そのため奴隷の首輪なしで王国内を歩くことは許されない立場だ。


「でもオヤジのおかげで、俺は外を歩くことができる」


ハインツが苦笑いする。


「だから俺は奴隷になっている亜人を助けるために、裏で活動をしている。

 酷い仕打ちをする奴隷の主人を殺して、代わりに俺たちが奴隷の主人になっている」


なるほど。そういうことか。

こいつらは俺を殺して、トモエを奪おうと考えていたわけだ。


「それはあなた方が、奴隷を集めているだけでしょう?」


トモエがハインツを睨みつけている。この場にブレードがいるため、トモエはハインツを殺さないだろう。もしブレードがいなければ、殺し合いは確定だ。


「確か……トモエだったか?少し落ち着け。

 そういう面が無いとは言わないが、ハインツが奴隷を大事にしているのは事実だ」


ブレードが再び間に入る。トモエとハインツは考え方に隔たりがあるな。


「ネトリ。ハインツはお前を殺そうとした。

 それは事実だ。しかしハインツは亜人だが、貴族の血を受け継いでいる。

 ……言っていることが分かるか?」


つまり殺そうとしたことは水に流せということか……。


「……はい。ハインツさんのしたことを水に流します」


「それでいい」


ブレードは再び両腕を組むと、目を閉じた。


「ネトリっ、じゃなくて変態っ!」


……いや、逆です。俺はネトリ。


「お前に聞きたいことがあるっ!!」


トモエはハインツを睨みつけるが、俺がそれを手で制する。


「……なんでしょうか?

 まだ何かあるのでしょうか?」


相手は一応貴族だ。言葉遣いには少し気を付ける。


「お前も知っての通り、今このハンブクは危機に瀕しているっ!!」


……いきなり何を言い出すのだろうか?

全然意味が分からない。

俺はトモエを見るが、トモエは首を傾げている。


「……どういうことですか?」


俺は素直にハインツに尋ねる。


「えっ!?知らないのか?

 冒険者ギルドで告知されているだろう!?」


冒険者ギルドで告知?

俺たちは最低限しか冒険者ギルドと関わらないから、そんなものを聞いた覚えはない。


「……そういえば、窓口で連絡事項があるとか言われてた気がします。

 恐らくそのことの連絡だったのでしょう。

 ……ご主人様が襲われて、それどころではありませんでしたが」


「……申し訳ありませんが、最初から教えていただけますか?」


俺はハインツの顔色を窺う。

ハインツは一度深呼吸をしてから話始める。


「……いいだろう。

 ここ最近、魔物が強くなっていることは気が付いているか?」


「いいえ。この辺りの魔物は強いと思っていましたが、地域差の範囲と理解してました」


トモエの回答を聞いて、ハインツは肩を落とす。


「……何故気が付かない?」


「最近ここに来ましたので、元々強いものと理解してました」


「そうか……。そこからか。

 最近魔物が強くなってきている。今までと比べて、明らかに強くなっている。

 以前もこういうことがあった。

 その時に起こったのはスタンピードだ」


スタンピード。それは魔物の暴走。普段から魔物は狂暴だが、ある時にまとまった数で町を襲うことがある。

それがスタンピード。前回のスタンピードでブレードが群れの主を倒して、スタンピードを鎮静化させた。

それ故に辺境都市の英雄である。


「それがまた起こるということですか?」


「俺たちはそう考えている」


ブレードが目を開いて、話に参加してくる。


「そのために俺たちは戦力を集めている。

 冒険者ギルドで告知して、協力を呼び掛けている。

 ほとんどの冒険者が地元の者のため、みんな協力的だ」


「まぁブレードのように功績をあげて、有名になろうと考えているやつも多い。

 一部は逃げているし、金儲けのチャンスと考える奴もいる。

 冒険者には色々な考えのやつがいる」


ハインツはため息をついた。


「……それであなたは戦力になる奴隷を、集めているということですね。

 私を戦力として利用するために、ご主人様を殺そうとしましたね?」


「……少し誤解だな。

 俺はお前が変態に虐待されていると思っていた。

 だからお前を助けるために、俺はネトリを襲った」


「誤解ですね。

 私たちは純粋に愛し合っています。

 虐待など受けていません」


ハインツの俺を見る目がさらに冷たくなる。


「最初は奴隷に頼るただの変態だと思ったが、どうやらただの変態ではないらしい。

 お前は何者だ?

 トモエの魔力はお前が回復させたのだろう?」


「はい、その通りです」


これは隠して意味がない。そのため素直に俺は答えた。


「……体力の回復は聞いたことがあるが、魔力の回復なんて普通は無理だ。

 それにお前は心臓を貫かれても、全くの無事だった……。

 本当に何者なんだ?」


「……ハインツ。こいつは恐らく『大邪神の加護』持ちだ。

 噂には聞いていたが、実際に同じ部屋にいて確信した。

 馬鹿げた回復魔法についても、それの影響だろう」


「……そうなのか?」


「そうか。お前にはエルフの血が流れているため、このどうしようもない嫌悪感を感じないのだな」


ハインツは『大邪神の加護』の影響がなくても、こんな対応か。

噂とかでだいぶ悪い印象を持たれているのだろうな……。


「……話を戻しましょう。

 確かに私は『大邪神の加護』を持っています。

 勇者ではありません。

 回復魔法についても大邪神より与えられたものです。

 それが分かってどうしたいのですか?」


根本となる要求は何なのか?

予想はつくが、それをまだ聞かされていない。


「そうだな。

 ハッキリと言おう。

 スタンピードの対応を手伝って欲しい」


ブレードは簡潔に答えた。ハインツを見ると、頷いている。


どうやら俺とトモエは面倒ごとに巻き込まれたようだ。

どうしたらいいのだろうか?


《簡単だ。スタンピードの核となる魔物を倒せばいい》


今まで静かだったコピーが俺の質問に答えてくれた。


《前回はそこにいるブレードがその魔物を倒して英雄になった。

 今回はお前が英雄になればいい》


しかしかなりの無茶ぶりが、俺のもとに届けられた。



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