第9話 定番のチンピラ登場即退場
翌日、俺の所持金は増えていた。具体的には金貨が100枚増えている。
《大邪神からの初回ボーナスだ。喜んで受け取るといい。
ついでにお金専用のアイテムボックスを与えてやる》
お金専用のアイテムボックス?
《そうだ。お金を奪われないように、お金専用のアイテムボックスだ。
お金しか入らないが、お前だけしか出し入れできない魔法空間だ。
今回の初回ボーナスにつけておいてやる》
……ちなみにどちらの初回ボーナスなのだろうか?
《もちろんお前だ。お前の女性相手の初回ボーナスだ。
男性相手の初回ボーナスは前に渡しただろう?》
なるほど。
《後はお前の処〇喪失のボーナスが残っているぞ》
それはいらない。貰う予定は全くない。
******
「ご主人様。まずは装備を整えるべきです。
申し訳ありませんが、武器が必要です」
俺はトモエと共に、王都の街並みを歩いていた。
王都は中心に王城があり、巨大な城壁で囲まれた都市だ。
城壁の外には、魔物が生息している。
俺たちが今いるのが、城壁の近くの外周部。一番治安が悪く、貧しい人間が住む地区である。
「ああ、悪いがトモエに任せる。
俺はその辺のことは詳しくない」
「……私もそこまで詳しいわけではありません。
この王都へは奴隷としてきただけですから」
つまり現状は若い少年が、幼い美女を連れて歩いている。
幼い美女は奴隷の首輪があり、どちらも武器を持っていない。
そしてここは治安が一番悪い外周部。
「よう坊ちゃん!
奴隷とお金を差し出せば、命だけは見逃してやるよ!」
俺の目の前には汚い身なりをしたおっさんが3人、俺たちを取り囲むようにいる。
奴らの目的は分かりやすい。
トモエとお金だ。
おっさんは3人とも武装している。全員が皮の鎧のようなものを着ており、ナイフや剣等を持っていた。
「『水』の妖精よ」
トモエの声と共に、3本の水柱が上がる。武装した3人が、水の中に閉じ込められていた。
これはトモエの力の一端である。
トモエは純粋な戦士というわけではなかった。
妖精の力を借りた魔法の行使。魔力の消耗は大きいが、そこは俺が回復している。
トモエは『水』と『風』の妖精の力を借りることができる、妖精戦士だ。
今回は『水』の『結界』の中に3人を閉じ込めた。
3人が死ぬのも時間の問題だろう。
「……ご主人様。この場から離れましょう」
トモエは俺の手を引いて、この場から離れようとする。
俺は理由がわからないが、トモエを信じてこの場から離れるために走り出した。
「どっ、どうして逃げる必要がある?」
回復魔法をかけながら走っているため、俺は話す余裕があった。
トモエの方は俺の走る速さに合わせているため、まだまだ余裕そうだ。
「……あのまま3人を殺すことは容易です。
事実3人は『水牢』の中で死ぬことになると思います。
しかしあのままあの場所に居続ければ、警備兵に捕まる恐れがありました」
警備兵?……警察みたいなものか。
「しかし俺たちが襲われていても、警備兵が来る気配はなかったぞ?
そこまで慌てる必要があったのか?」
「警備兵は私たちの様子を見ていました」
「?どっ、どういうことだ?
警備兵は見ていて、俺たちを見捨てたということか?
それなら俺たちのことを捕まえないんじゃないのか?」
「いいえ。私たちは捕まえるでしょう。
警備兵は恐らくあの3人組から賄賂を貰っているはずです。
つまり警備兵は共犯者です」
……そういうことか。警備兵は共犯者か。
もしかしたら警備兵が襲うように指示をしている可能性すら、ありそうだな。
「……わかった。早くこの国から出よう。
俺は『大邪神の加護』を持っている。人間が多いところは俺にとって不利だ。
別の国を目指そう」
俺にとって人間が多いこの王国という国は、何時までも居るべきところではない。
最終的な目的地は魔大陸になるが、今まだその時ではない。
勇者はまだ生まれていない。
今の俺たちに必要なのは力をつけることだ。それと仲間を集めること。
この2つの目標に向けて動かなればならない。
「当初の予定通り、帝国に向かうということでいいか?」
「……そうですね。
先に装備を整える必要がありますが、目的地は帝国でいいと思います」
この後、俺たちは装備を整えて帝国に向かうことにした。
******
トモエはドワーフであり、見た目は小学生の低学年だが非常に力が強い。
そのため重量が重い武器を好んでいるのだが、それだと武器の重さに振り回されることになる。
運よく見つけた鍛冶屋の親父がそういっていた。
力が強くても、自分の体に見合った武器を使え。
そういう理由があり、使う武器はナイフになった。
俺の回復魔法は武器を再生することはできない。例外的に俺の木の杖は再生や複製ができるが、他の武器はそんなわけにはいかない。
武器を直すことが出来ないのなら、武器は頑丈なほうがいい。
トモエのナイフはかなり特殊な合金で作られており、重さもそれなりにある。
それを二刀流で使う。
「……でも見た目は包丁なんだよな」
トモエの二本のナイフは見た目が包丁だった。包丁にしか見えなかった。
鍛冶屋の親父が遊び心か何かで試しに作った2本の包丁を、俺は買うことになった。
刃こぼれしないように頑丈に作ったら、予想以上に重くて使い難い包丁になった。
売り物にならないから、俺たちに押し付けたように思える。
……あの親父少し胡散臭そうなところがあったからな。
「しかし頑丈さは本物です。
重さがありますが、私にとっては問題ありません」
皮の鎧に身を包んだトモエは、2本の包丁を鞘に入れて腰に吊るしていた。
何時でもすぐに抜ける準備はできている。
「……それにしてもご主人様は武器も防具も用意されなくても、大丈夫なのですか?」
俺の武器は木の杖で、装備は最初の長袖長ズボンである。
これには理由がある。
まず武器については、非力な俺が持っていても扱いきれない。
防具についてはむしろ重さで動けなくなり、マイナスにしかならない。
どちらも持てば重さから、動くのが遅くなる。
今はまだ持つべき時期ではないと思う。
俺の持ち味は回復魔法だ。それを活かすのに、武器も防具も必要が無い。
「……問題ないよ。
それより周囲の警戒をよろしく頼む」
俺たちは既に王都の外へと足を踏み出している。俺たちの目的は強くなること。そのために魔物を倒して、能力の底上げを図る。
それと魔石を手に入れて、お金を得ることだ。
トモエの包丁は予想以上の値段であった。
……コピーに確かめて、値段は適正であると確認していた。それでもかなり特殊な合金を使用した2本の包丁はかなりの金額がした。
これでもほぼ材料費の金額であるらしい。
「『風』の妖精に力を借りて警戒しています。
大丈夫です。安心してください」
辺りは少し薄暗くなってきていた。町の外には明かりなどない。
沈みゆく太陽と姿を現した月が照らすだけである。
「……反応がありました。敵です。
恐らくは……ゴブリンが3体です。
ご主人様はその場にいてください」
トモエがそれだけ言うと駆けだして、ゴブリンを殺しに行ったようだ。
俺の方はその場で動かずに待っている。
……いや、動けずにといったほうが正確だろうか。
辺りは暗くなってきているし、地面は舗装された地面ではない。
下手に動き回れば、すぐに転んでしまうだけだ。
その分、俺が荷物持ちをしていた。トモエは戦う必要があるため、あまり荷物を持たせるべきではない。
俺は動き回ることもないし、体力は回復魔法で回復できる。俺が荷物を持つのが一番効率が良かった。
「……それにトモエに荷物を持たせるのはちょっと絵面が悪い」
俺は年齢の割には体が、がっしりとしている。
それに比べると、トモエは体型は小学生低学年の女性である。
そんな女性にあまり荷物を持たせるのは、少し気が引けた。それに俺も男として見栄を張りたい気持ちもある。
そういう理由から俺が荷物持ちをしていた。
「……ただいま戻りました」
気が付けばトモエが俺の元へと戻ってくる。
トモエの手には3つの小さな魔石が握られている。
俺はそれを受け取ると、袋に入れて荷物の中へとしまう。
「……そっ、それでその」
トモエは少し言い難そうにしていた。薄暗くなければ上目づかいで、俺を見上げるトモエの顔を見ることができたのだろう。
「ああ、魔力だね。
すぐに回復する」
俺はトモエの魔力を回復させる。トモエは自分自身で魔法を使うことができない。
トモエはあくまでも戦士としての修業しかしていない。
しかしトモエには妖精の助けがある。
トモエは妖精に魔力を渡すことで、妖精を通じて魔法を使うことができる。
使える魔法は『水』と『風』の属性。
返り血を洗い流したり、洗って濡れた自分を乾かしたりするのにも魔法を使っている。
妖精を通じて行う魔法は、強力だが魔力の消費が多い。そのため何度も俺が魔力を回復しなければならない。
そうでなければ普通の人間よりもはるかに魔力の多いトモエでも、そこまで魔法の連続使用はできないだろう。
「あっ、ありがとうございます……」
……本当に暗くてトモエの顔が見えないことが残念で堪らない。
きっと俺にお礼を言うトモエの顔は、とても美しいものだと思えるから。
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