第11話 柴沢遙香

『読んでくれてるのがヒロ君でありますように…

 見つけてくれてありがとう、ヒロ君

 本当なら一通に纏めて、ちゃんと分かるように残せば良いんだろうけど、そうはしませんでした。理由は――この三通目で話すね。

 遙香の学校はどうでしたか?後輩達は――部活で必死になる夏なのに、この感染症騒ぎで思うに任せないのだとヒナや大橋先生が言っていました。きっと校内に後輩の姿は少なかったかも知れないね。でもね、昔の私はそこに居て、笑いながら廊下を走り回ってたんだよ。楽しかったなぁ。恋したりして色々あったけど。

二通目で書いたとおり、初めてのデートはその水族館でした。ヒロ君はイヤな気になったかな。私ね、恋って、その一回だけなの。ホワホワおかしな気分で、その人のことばかり考えて、知らない間に嫌われてないかなとか、そんな事ばかり考えるものだよね。それに懲りたのかな?それからは恋なんてしなかったよ。

 でも、そんな遙香の二つ目の、大切な恋の相手がヒロ君でした。嬉しかったなぁ。声を掛けて貰って。その瞬間思ったのは《この人はどんな子が好きなのかな?私じゃダメかな》っていうこと。だからと言って無理なんかしなかったよ。だから続いたんだと思うな。《遙香が本当に成りたかった女の子》に、ヒロ君の前では自然に成れてたからね。ああ、この人だ!って思ったんだ。この人と一緒に居なくちゃダメなんだ私は!って(笑)

 ヒロ君と、もっと沢山想い出を作りたかった――って、思ったんだ。病気が分かってから特にね。でもそのうち、『違う、そうじゃない!ヒロ君に想い出を残したかったんだ。私をもっと残したかったんだ』って、そう思ってる自分に気付いたの。ヒロ君には、少ししか上げてないね。ごめんね…。

 それでこの作戦を思いつきました。もしもね、もしも、あのまま遙香の傍にヒロ君がずっと付き添っていても、ヒロ君に残せたのは、だんだん弱って、痩せて、きっとそういう遙香だったでしょ?それはイヤだと思ったの。そう決めて実行したら、夜が寂しくて(笑)泣かずに眠った夜は一晩も無かったんだ。それでも、私を残す最後のチャンスだと思って、お医者様から『あと二月』と言われた事もあって、その時間をね、ヒロ君の知らない私を残すことに使いたかったの。口で言うのは、前も書いたけどダメ。それはただの情報でしょ?ヒロ君に、ヒロ君自身に、その場で、知らない遙香を探し出して貰いたかったんだ。隠している時の遙香の様子を想像したり、感じて欲しかったんだ。

 この水族館はパパと来た想い出の場所です。初デートに選んだのは、アイデアが無かったから(笑)子供だもんね。きっとその時もパパに会いたかったのかも知れないな。《この人どう思う?》みたいに、パパに会わせたかったのかもね。そこへはヒロ君と一緒に行けてないから、ヒロ君とパパを会わせたかったんだと思う。《良い奴じゃ無いか!》って誉めて欲しかったんだと思う。

 普通なら、隠すよね。初体験なんか。わざわざ言うのはどうかと思うでしょ?でもね、恋は楽しかったんだ。恋が楽しかった遙香がいたんだよ、あの頃、そこに。勿論ヒロ君との恋に比べたら問題外だけどさ(笑)でも、楽しかったんだ。そして、一個しか無いパパとの思い出もね、何度も目を閉じて味わうくらい素敵なの。

 そこには子供がいるかな?今居るかな?楽しそうでしょ?遙香もそんなだったんだと思う。遙香は、ヒロ君に子供を上げられない。パパが遙香にくれた笑顔を、ヒロ君にはさせて上げられない。遙香とヒロ君の子供と、そこへ行きたかったの。五十円入れたら壊れた双眼鏡で、何が見えたのかな。

 私の、青い青い、幼い恋の話しも、傷ついたことも、悲しかったことも幸せだった事も全部ヒロ君に置いて行くね?

 遙香が居ます。

 ヒロ君と永遠に一緒にいます」


 最後にポツリと「柴沢遙香」と記されていた。

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