第10話 三通目

 俺は急ぎ、階下を目指した。家族連れが奇異なものを見る目でいたが構わない。

『磯の小道』という小さな看板が掲げられていた。何一つも見逃すまい――と、注意深く歩を進めてみた。

「小さな池は腹びれと胸びれを表しているんだな。それで、この背びれのところが潮だまりか。子供が喜びそうだ」

 だが、磯の再現コーナーは、そこで終わっている。あと残っているのは、広さにして畳三枚あるか無しの展望スペースだ。そこが展望スペースだと分かるのは、たった一基だけ昔懐かしい双眼鏡が設置されているためだが、風雨にやられて傷んでいる。料金は五十円と書かれているが、料金を入れる箱は傾いてしまっていた。

「なんで五十円なんだ?安くしてありますってか?わからんが、財布の中にたまたま五十円が在るのと百円玉がある確率は、百円の方が高くないか?それに上でも日本海はよく見えるし、わざわざここで見る奴も――」

 双眼鏡に手を掛けてみた。施設の隅をどう利用するか迷った挙げ句、無理矢理に設けた感が半端ない。

「ここが遙香の言う長い魚なのは恐らく間違いない。だとすると、三通目は一体――」

 辺りを見回しても、特に変わった物は無い。施設の外壁が松林にせり出し、もう一方は背の高い松達で遮られている。あるのは双眼鏡と――。

「この料金箱だけ」

 手を掛けると箱はグラリと動いた。

「驚いたな。一体として固定されてないのか?双眼鏡本体の料金入れが壊れたか何かで、箱に硬貨を入れたら後付けのセンサーが感知して動くようにしたんだな」

 料金箱と双眼鏡を載せた台座の隙間に目が行った。何かが挟み込まれている。

「これは…」

 料金を回収するのは反対側なので、気付かれることは確かに無さそうにも思われたし、雨にも濡れないだろうが、下手をすれば誰かに見つかるかも知れない。

「危なっかしいことを…」

 差し込んである《それ》を傷めないように抜き取り、苦笑した。

「何日に一度回収するか分からないが、中の硬貨は二、三枚というところだな、この音では」

 この双眼鏡が殆ど使われない、ということを遙香も知っていたのだろう。それに、小銭の料金箱を念入りに見回して弄る者など、そうはいない。

 厳重に巻いてあるラップを取り除くと、封筒が出てきた。一通目、二通目と同じ、白い封だ。中には便せんが五枚入っていた。

「どうにか辿り着いたぞ、遙香」

 俺は手紙を持って傍のベンチに腰を下ろした。小道の磯遊びに興じる子供達の明るい声が弾けていた。

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