第3話 母校

 シューズクロークのドアに掛けられたカギで玄関を閉め、傍にあった自転車に乗った。

 学校の場所は知っている。以前教えられていたからだ。徒歩なら十分。下り坂なので自転車なら三分だった。

 校舎は風格のある佇まいで、これもまた遙香の実家と同じように海の見える土地に建っていた。

 門は閉められていないが、若者達の活発な声は無い。

「夏休みとは言え…」

 遠くで微かに《それらしい》声がする程度だ。部外者が入っていいはずもないが、事は俺にとって緊急事態だ。教員がいたら事情を言い、身分を明かして許可を貰うつもりでいた。

 それでも、この広大な場所から一通の手紙を探すのは至難の業に思えた。だが救いもある。

「隠すとしたら誰にも見られない場所だ」

 そうは思うが見当は付かない。

 駐輪場に自転車を置く。誰かに咎められそうで、恐る恐る行くと、校舎の角を曲がって現れた女生徒二人連れに出会った。二人ともテニスウエアを着て、ラケットを抱えている。俺に気付くと微かに笑い、頭を下げた。躾の良さに思わず感心した。

「君たち、ごめんね、チョット訊きたいんだけど」

 近寄っては警戒される気がしたので、遠慮して遠間から声を掛けた。二人はシンクロした仕掛け人形のように同時に停止し、互いの顔を見合わせた。

「ここの卒業生の事で用があって来たんだけど、先生達は何処にいるのかな?」

 二人はまた顔を見合わせた。顔を赤らめている。そのうちの一人が答えてくれた。

「教員室ならその階段を上がった二階に――」

 そこまで言うと、もう一人が後を付け足した。

「受付があって、その先にあります」

 また顔を見合わせ、笑いながら頷きあった。俺は礼を言い、少女達が指し示した外階段を上がった。

 受付はすぐに分かった。事務仕事でもしているのか、小窓の向こう側に初老の男が俯いているのが見えた。軽くノックすると、男は顔を上げ、窓を開けた。

「はい?何かご用でしょうか?」

 俺は深々と頭を下げ、教員のどなたかお願いできませんか――と告げた。男は怪訝な表情を見せたが、すぐに振り返って誰かに声を掛けた。待っていると、受付のある事務室から女が出てきた。年齢的には、遙香と同世代に見えた。

「教員の曽山といいますが、どういった…」

 俺は名刺を取りだし、女に手渡した。

「こういう者です。実は、少し込み入った話でお願いがあり、お邪魔したようなわけでして」

 極力丁寧に伝わるよう、また頭を下げた。曽山と名乗った教師に、もう一度視線を戻した俺は、彼女の表情に気付いた。彼女は俺の名刺を食い入るように見ていた。

「あの――」

 声を掛けるとハッとした様子で、俺を見た。その目には涙が浮かんでいた。

「あ…す、すみません…私…」

「どうかされたんですか?私の名刺が何か…」

 そこで気付いた。もしやこの女性は――。

「柴沢――いや、旧姓・田島遙香を、もしやご存じですか?」

 女の頬を滴が伝った。

「遙香は――」

 そう言い、ハンカチを取りだして涙を吸わせた。

「私の親友です」

 それだけ言うと、ハンカチに顔を埋め、肩を震わせながら、その場にしゃがみ込んでしまった。

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