第2話

 あの怪異が私たちの前に姿を現したのは、皆が寝静まった頃だった。若干不眠症の気がある私はなかなか寝つけずにいたのだが、突如男子テントの方から絶叫が響いた。後に続くようにして、いくつも悲鳴が上がる。

 なにが起きたのかとテントの入り口からそっと外を窺ったら、大きな男子テントがぺしゃんこに潰れていた。外にいるのは、腰が抜けた様子の翔太先輩と、彼の腕を引っ張って立たせようとしている花菱先生、それに他の男子……ではなく、抜き身の刀を振りかぶった怪異だった。


 誰かの悪ふざけにしては随分作り込んでいるなと思った直後。


 刀が振り下ろされ、血の華が咲き、翔太先輩が聞いたことのない悲鳴を上げた。ずるずると倒れる翔太先輩から手を離し、後ずさる花菱先生。先生ににじり寄る怪異。


 とにかく、逃げないと。外にいたのが翔太先輩と花菱先生ってことは、他の男子はきっと全員逃げ出したんだ。


「なあに、うるさい」


 背後からの香澄の声に、私ははっとした。振り返れば、香澄が起き上がっている。ボブカットの茶髪がぼさぼさだった。


「だめ、香澄。喋らないで」

「んー? んぐっ」


 まだ寝ぼけている様子の香澄に歩み寄り、その口を手でふさぐ。


「事件。まだ犯人がいる。だから喋らないで」


 香澄を黙らせ、亜矢先輩と一年の光ちゃんをそっと起こし、男子テントが何者かに襲われたことと、他のゼミ生は逃げたこと、逃げなければならないことを私なりに短く伝える。


「とにかく、犯人がまだいるから静かに逃げ……」


 私の言葉は続かなかった。


 テントの布地を、外から刀がずぶりと突きさしてくる。そのまま下へと布地を切り裂いていく白刃に、真っ先に悲鳴を上げたのは光ちゃんだった。その声に弾かれるように、次々にテントから転がり出る。


 どこに逃げていいか分からないけど、逃げないと。

 走り出そうとしたとき、


「あっ」


 香澄が転んだ。起きるのを優しく手伝う余裕はない。


「立って香澄! 走って!」


 腕を強く引っ張って立たせ、そのまま走り出す。香澄の方が私よりずっと足が速いから、走れば自然と私が最後尾になった。

 そんな私の後ろで、ひゅっと風が鳴った。遅れて背中に熱が生まれ、足がもつれる。それでも地面に倒れ込む直前で手をついて、なんとかもう一度走り出す。痛みのせいで妙に冴える頭が、背中を斬られたんだと理解すると同時に、翔太先輩のような致命傷ではなく多少切っ先が掠っただけなんだと自分を鼓舞していた。

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