深更

Akira Clementi

第1話

 闇の中で、「ぽいん」という緊張感のないLINEの音が響く。音を消すのを忘れていた。慌ててスマホをマナーモードにして、光る画面を体で隠しながら耳を澄ませる。大丈夫、なんの音もしない。

 そっとスマホを見る。やたら明るく感じる画面に表示されているのは、友達の香澄からのメッセージだ。


『大丈夫? 今どこ?』


 そんなの聞かれたって、どこか分からない。


『わかんない。でも大丈夫』


 めちゃくちゃに走って逃げ回ったから、完全に迷子だ。たぶん朝になったら助かるんだと根拠のない確信を胸に、隠れ続けるしかない。


 都市伝説を研究しているうちのゼミは、毎年夏になると曰くつき廃村でのキャンプをする。狂った夏合宿だけど、そんなものをするゼミを選んだ私も多分狂ってる。

 でも今までの二年間はなにも起こらなかったし、そもそも過去になにか起こったのだとしたらこんな夏合宿続けているわけがない。そう考えたから、今年も特に危機感を持たずに参加した。


 それなのに、こんなことになるなんて。


 なにが悪かったのか分からない。フィールドワーク? キャンプ? バーベキュー? どれも去年と同じことなのに、なにがきっかけになってしまったんだろう。とっくに寝ているはずの時間に、私は合宿に参加したことを心の底から後悔していた。


 スマホの画面がまた明るくなる。たぶん香澄からのメッセージだと思って確認しようとしたとき、その音はした。


 じゃり。


 たしかに足音がした。スマホを体に押しつけて、光が漏れないようにする。廃屋の闇に紛れるように、息を潜めて体を小さくした。

 目だけを動かして、わずかに見える玄関から外をじっと見る。満月の今夜、外の景色はよく見える。


 じゃり、じゃり、じゃり。


 とてもゆっくりだけど、規則正しい足音。

 まばたきするのも忘れて外をじっと見ていたら、それは姿を現した。


 地面をゆっくり、でも力強く踏む軍靴。

 きっちり巻かれた脚絆。

 いつだったか博物館の資料で見た旧日本軍のような、カーキ色の軍服。

 銃のことは全然詳しくないけど、よく名前を聞く三八歩兵銃みたいなライフル。

 ぬらりと刀身が輝いている、抜き身の日本刀。

 こけた横顔、ぎらつく瞳。

 頭に巻かれた白い鉢巻き、角のような二本の蝋燭。

 異様としか言えない男のようなもの――怪異が、月明りの下を歩いていた。


 じゃり。


 怪異が立ち止まる。


 ついさっき追いかけられたばかりなので、まだ私を探しているのかもしれない。緊張で体が震えそうになる。ああ、なんで白いTシャツなんか着てきたんだろう。


 早く行って、いなくなって。


 どれほどそうしていただろう。異様に長く感じた時間の後、怪異はやっと歩き去ってくれた。足音が完全に聞こえなくなってから、そっと息を吐き出す。

 立ち去ってくれたとはいえ、ここに隠れ続けるのは危険な気がする。私は静かに廃屋を出た。

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