第10話:ライターポケット
Reader-主人公
体感温度が零度を下回ったこの空間、俺は生き残るために最善の行動を演算し続けていた。
「なぁ」
警戒のパラメータを最大まで引き上げる。彼女は……
「お前、名前なんて言うんだ?」
「……は?」
突拍子もない質問に、思わず地の声が出てしまう。
今更取り繕うこともできない、俺はひとまず名乗りを上げることにした。
「カズト……カズト・アマネだ」
「へぇ、よろしく和人」
差し出された左手を、一瞬躊躇ったがほぼ時差なく手に取り、友好の握手を結ぶ。
この行為がどれほどの効力を発揮するかは未知数だが、最低限の安全は保証されたと言っていいだろう。
「……幻想少女に名前を聞かれたのは初めてだな」
「あっそ、好感度が足りてないんじゃない?」
「そうかもな……」
会話に応じる気はあるようだ。
「それで、何をしに来たんだ? ただ挨拶をして終わりではないだろう? 友人に紹介された女性でも、世間話くらいはするはずだ」
「いい度胸だ、ヨシヨシしてやるよ。俺はね、君に質問されに来たんだ。なんでもいい、俺に答えられる範囲であれば一つだけ答えてあげよう、と思ってね」
「……っ」
だめだ、俺一人で解決できるような案件ではない。幻想少女の根本を、この世界の真理を左右するような権利を、この小さな背中に乗せられた。
彼女は笑っている。ほら、そのちっぽけな玉コロを壊さないように問えと。あくまで主導権は自分が握っていると。
「ずいぶん悠長なやつだな。ここまで侵入してくる技能は持ち合わせている。お前一人で総本部を制圧することも可能なはずだ」
「それが質問と捉えていいのかい? 君は人生で最も有意義な質問を、みすみす『
にはは、と笑うと、いつの間にかソファに腰掛け、懐から煙草を出していた。
「……この部屋は禁煙だ」
「なら、記念すべき第一号が俺になるんだ、光栄だろ?」
煙草を口に咥え、金属製のライターを俺に投げてよこす。
「火、付けて?」
挑発するように左手の人差し指で煙草を突つくクロノは、俺の行動を待つ。
「……」
長考したのち、素直にほのかな灯火を差し出し、この部屋を灰色に彩る。
「いいね、そう言うの嫌いじゃないよ」
「どうも」
「それで、質問は決まったかい?」
「あぁ……」
「お前は『リカ』なのか?」
ずっとありえると思っていたこと。それはクロノが、全てのLicaを生み出したオリジナルである可能性だ。そして、この質問にはもう一つの意図がある。
「それは……どっちだ?」
「両方だ」
俺は二つの質問を重ねた。お前は
裏技のような方法で、オリジナルのリカが量産型に紛れて秘匿されている可能性、それに答えないという選択肢を潰す。その上でLicaとしての型番も聞き出す。
「どうだ、一つだけ質問したぞ」
「へぇ?」
部屋内の気温がさらに下回る。
この質問にはいくつか弱点がある。まず、主導権は変わらずクロノ側が握っているということ。
俺を殺そうと思えばいつでも殺せる。この質問に答えないと言ったらその時点で何もなかったことになる。
彼女の答えは—————!
「にはっ……にははははは!!」
「!?」
「いやあ、いいよいいよ! 思った通りだ、それでこそ主人公だよ! ただ……」
ひとしきり笑った後、不適な笑みを浮かべるクロノ。
「まだまだ経験が足りんねぇ、
彼女の視線が、雛鳥を眺めるヒトのように温かくなったのを感じ取る。『親鳥』では無い。あくまで彼女は
「いいよ、二つとも答えてあげる。俺はLica-A37。そして俺はリカ【規制済み】よ」
「……後半の部分が聞こえなかった」
悪意ある編集を施されたかのように、頭に入れようとしても意味のないことだと認識されてこぼれ落ちていく。
「ありゃりゃ、どうやら言っちゃだめだったやつみたいだね、その分の情報は教えてやるよ。その前に……」
あざとく小首を傾げたA37から、スッと左手が差し出される。
「ポッケにないないしたもの、見せて?」
「……………ッ」
……………敵わないな。ボイスレコーダーを取り出し手渡す。
やはり破壊されるか……………
彼女はレコーダーを顔の前に持ってきて……
「『バーナテヴィル』を追え、ナギナミ商会が情報を持っている」
「!!?? 何をッ!?」
「さっき教えられなかったことの埋め合わせをしただけだよ。あと、そろそろ来るかな?」
不意に、ドアが力強く蹴破られ、武装した俺の部隊が突撃してきた。
「指揮官! ご無事ですか!?」
「あ、あぁ」
「あの子がクロノ・ホワイトですかぁ」
「ふん、どこかでみたような面してるわね」
一斉にA37に向けて銃口を向ける。
「あ、そうだったそうだった。ニュービー! 武器保管庫から中古でもいいからファントムソード持ってきてー」
「素直に渡すとでも?」
スカレットのトリガーに指をかける力が強くなる。
「俺に勝てると思ってんの? 浅いわぁ」
「渡そう」
「「指揮官!?」」
「指揮官、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと信じるしかない、というよりそれしかできない。スカレット、持ってきてくれ」
「……隣の備品室にあったものを持ってきます」
そのまま一本のリレーの筒のようなものを受け取るA37。
「いいね。んじゃ、そろそろお暇するね」
「おい! これどうすればいいんだ?」
先ほど投げ渡されたライターを差し出す。
「んー、持っといてよ! ニュービーは一生俺のライターポケットだ」
窓のかんぬきを上げ、サッシに靴裏を乗せる。
「今度は戦場で会おう。口先は向け合いたくないけどね」
後ろ側に倒れ込み、彼女の姿が一瞬で消えた途端、侵入者を告げる非常ベルが音割れを起こすほど鳴り響く。
「……指揮官」
「……行こう」
今起こったことを伝えるために、総指揮官室に向かう用意をする。
……………室内には、まだ紫煙の匂いが微かに漂っていた。
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