罪を償うということ①
※この回は単独でもお楽しみいただける内容ですが、前作『バッドエンドに花束を』をご覧いただくと、より一層楽しんでいただけるかと思います!
♔♔♔
罪を犯せば、粛清される。至極真っ当な世の摂理だ。
ただし、この国でいう「罪」とは、国家に不利益をもたらす行為を指す。
先日、国営放送でこんなニュースが流れた。
国外での任務に失敗し、自害もできず命からがら国に帰ってきた男性工作員を、政府がその日のうちに処刑した、というもの。
テレビの中のアナウンサーは、工作員の彼を「裏切り者」「国の恥」「我が国の栄光を汚した悪魔」「死んでも償いきれない程の大罪」などと、これ以上ないくらいの気迫で罵倒していた。
僕は最近よく考える。
処刑された彼の罪は、一体何だったんだろう。
任務に失敗したこと?
自害に失敗したこと?
失敗したくせに帰国したこと?
国のために人生を捧げた、彼のたった一度の失敗は、本当に死んで償わなければならないほどの「罪」だったのだろうか。
死んだら、その罪を償ったことになるのだろうか?
♔♔♔
身体に染みついた消毒液の匂いが、鼻の奥を刺す。
今日は、政府に処刑された「裏切り者」の遺体を使った、解剖実習の日だった。
目の前に横たわる冷たい体からは、もう何も発せられることはない。それでも、解剖台に刻まれた名前の札を見るたび、モヤモヤとした感情が僕の集中力を削ぐ。
なんとか実習が終わる頃には、足が鉛のように重くなっていた。白衣の中に汗が滲み、背中には一日分の疲れが染み付いている。
そんなこんなで、廊下で友人に声をかけられたときも、上の空で耳に入らず、危うくスルーするところだった。
「おい、ギリ。今日お前のクラス、実習あっただろ?」
「うん、あったけど。なんで?」
「さっき実習室から出てきたのが見えたから。てかお前、顔色悪いけどちゃんと休めてる?」
「……僕に休む余裕なんてあるわけないだろ。君と違って忙しいんだよ」
「ふうん、よく分からないけど大変なんだな。たまには飯でも誘おうかと思ったのに」
「飯?」
「そうそう。『喫茶ノワルカン』って知ってる?」
喫茶ノワルカン。たしか何度か名前を聞いたことはある。でも、喫茶店なんて一部の上級国民が行く娯楽施設みたいなものだろう。自分には縁のない場所だ。
というかそもそも、この国で喫茶店なんて浮かれた店をやっていること自体が怪しすぎる。
「いやあ、知らないな。疲れてるしまた今度にするよ」
そう返したつもりだったけれど、友人は「いやいや、あそこは疲れてるときこそ行くべき場所だから」と僕の肩を組んで離さない。
そして学校から店までの行き方を僕に懇切丁寧に説明してから、「あ!そういえば今日、用事あったの思い出した!ごめんギリ、また今度!」と言って、慌ただしく去っていった。
喫茶店か。自分には縁がないとは分かっていつつも、正直興味がないわけじゃない。
少しばかり悩んだものの、結局、珍しいもの見たさは抑えられそうにない。
……というわけで、言われた通りに向かってみることにした。
10分ほど歩き、ビル街を抜けて細い路地に入る。するとその一角に、こじんまりとした店が目に入った。
「本当に、この国にカフェがあったのか……」
喫茶ノワルカンなんて、所詮は都市伝説くらいにしか思っていなかった。しかし今、間違いなく目の前に『喫茶ノワルカン』と書かれた看板がかかった店が実在している。
しかし、さすがに1人で店に入るのは少し躊躇する。
ここ、本当に違法店じゃないよな……?
でも、同級生はみんな来店しているらしいし……何よりどうしても、溢れる好奇心は抑えられそうにない。
僕は意を決して、恐る恐る扉を開けた。
店内は、思っていた以上に落ち着いていた。窓際には静かに本を読む客、カウンターでは店主らしき男性がカップを磨いている。まるで外の世界とは切り離されたかのような静けさ。
だけど、どこか自分には馴染めない空間のように感じた。
学校の図書室とは違う種類の静けさだし、ここにいる誰もが、周囲の目を気にせずゆったりとくつろいでいるようで、それが何だか僕には少し居心地が悪かった。
「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか?」
ふいに聞こえた声の方に顔を向けると、エプロンをかけた男性が柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ている。
彼がこの店の店主なのだろうか。
なんだか、僕の周りにいる大人とは違う、ゆったりとした穏やかなオーラがある。
なんというか、あんまりこの国の人間っぽくない感じだ。
「は、はい、ひとりでふっ」
最悪だ。急に話しかけられたものだから、びっくりして噛んでしまった。
ああ、やっぱりこんなところ来なければよかった。
よく考えてみれば、ただでさえ疲れてるのに、慣れない場所に来たところで余計に疲れるだけじゃないか……。
心の中で項垂れていると、店主がニコニコしながら僕の方に歩いてくる。
「おひとり様ですね。それでは、お席にご案内します」
カウンターの席に案内され、手渡されたメニューに目を通す。
しかし、カフェなんておろか飲食店にすらほぼ行ったことのない僕は、何をどのように選べばいいのかすら分からない。
悩んだ末、1番値段が安く、普段から飲み慣れている
このお茶の原料である
「……この、月影茶で」
「承知いたしました、少々お待ちください」
しばらくして運ばれてきた月影茶は、香り高く、苦味と爽やかさが程よく調和していて、今まで飲んだ中で一番美味しいものだった。
思わずじっくりと味わっていると、店主が再びこちらに目を向けてこう言った。
「申し遅れました。私はこの店の店主で、ニアといいます」
「え?は、はあ……」
唐突に自己紹介をされてうろたえる僕に、店主は普通に話しかけてくる。
「その制服、コウメイ医療学校のものですよね?あそこの学生さんは、うちの店によく来てくださる方が多いんですよ」
「へ、へえ…………」
屈託のない笑顔でそう言う彼に、僕は余計にソワソワして落ち着かなくなる。
会ったばかりの客のパーソナルスペースに踏みこんでくるのは若干気になるが、まあ悪い人ではなさそうな気がする。
しかし次の瞬間、彼が投げかけてきた質問に、僕は衝撃を受けた。
「……もしかして、今日は手術の実習か何かあったりしましたか?」
「…………え、な、なんでですか………………!?」
「お客さまから、消毒液と少量の血の匂いが混ざった匂いがしているので……ああでも、私の鼻が良すぎるだけで、普通の人には分からないレベルなので大丈夫ですよ」
凄腕の工作員もびっくりの嗅覚に、驚きを通り越して恐怖を覚える。目を合わせれば合わせるほど、まるで僕の中身すべてを見透かしているような気がしてならない。
……でも、もしかしたら、彼なら聞いてくれるかもしれない。ずっと胸の中につっかえている、僕の後悔。
「……あの、じつは今日、解剖実習があったんですけど、」
気づけば、口が勝手に喋り始めていた。
ニアさんはカップを磨きながら、うんうんと聞いてくれる。
「解剖で使うのは、国を裏切って粛清された人の遺体なんです。それで僕、実習前はいつも怖くて寝られなくて……」
どういうこと?と聞くように、ニアさんが首を傾げる。
「……昔の知り合いが、裏切り者の遺体としてここに運び込まれてきたらどうしよう、って…………」
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