罪を償うということ②

 僕は幼稚園生の頃、シオという同じクラスの少年をいじめていた。


 彼の大切にしていた押し花を盗んで捨てたり、帰りの会の監視発表かんしはっぴょうの時間に、先生やクラスメイトの前で虚偽の罪をなすり付けたりもした。

 

 シオが泣きながら帰る姿を見送りながら、僕はその後ろ姿に快感を抱いていた。自分より弱い彼を傷つけて優越感を感じるのは、当時の僕にとって唯一の娯楽だった。

 

 しかし、小学校に進学すると、少しずつ状況が変わり始めた。

 シオは周りが驚くほど成績優秀で、気づけば学校でも一目置かれる存在になっていたのだ。

 反して僕の成績は、どんなに努力しても決してシオのように優秀ではなかった。

 

 僕の中で、次第にシオへの劣等感が強くなっていった。彼は、僕が一度も手に入れられなかったすべてを持っているように見えてならなかった。


 気づけば、僕は無意識にシオの行動や言葉に影響を受けるようになり、だんだんと彼を模倣しようとするようになった。


 高校卒業後の進路すらも、シオが目指していると聞いた医療学校に進学するため猛勉強し、なんとか合格を掴みとったほどだ。


 

 そして医療学校への入学が決まった日、僕はふと考えた。


 

 まあ、僕だってそこまで鬼じゃない。

 同じ医者を目指す者として、そろそろシオに謝ってやるか。



 シオは優等生であり続ける一方、昔から学校ではいつも周りと距離を置いていた。


 だから僕さえその気になれば、いつでも話しかけられるし、仲直りもできるだろうし、シオが望めば一緒にいてやることもできるだろう。



 しかし結局、入学して半年が経っても、僕は何もできなかった。

 

 今日は誰かと話す気分じゃないや、明日話しかけよう。


 今日は勉強が忙しいから、また明日でいいよな。

 

 

 そうやって自分に言い訳をし続けながら、たったの一度も行動に移そうとしなかった。

 

 だから、バチが当たったのかもしれない。


 

 事件は突然やって来た。

 シオはある日を境に、学校に来なくなった。


 ほどなくして、彼は家族とともに、我が国の敵である隣国・日本に亡命したということが分かった。



 その日から、学校の空気は一変した。

 まるで最初からシオなんて学生は存在しなかったかのように、学生たちは一切シオのことを口にしなくなった。


 とくに怖かったのは、かつてあんなに成績優秀なシオを「我が国の誇り」などと褒めちぎっていた先生たちが、シオがいなくなった途端に「裏切り者」「ゴミ以下の存在」などと、僕たち学生の前で強く罵るようになったことだ。


 でも僕は、漠然とした恐怖と同時に、どこかで羨望も感じていた。


 シオがどんな思いでその決断を下したのか、僕には知る由もない。亡命の途中でもし見つかれば、「裏切り者」として即射殺されるというのに。

 だけど、それを分かっていながらも、彼は他の誰かに支配されることなく自分の意思を貫いたのだ。


 ただ、彼に一言謝れないまま別れてしまったことだけが、唯一の心残りだった。



♔♔♔



「……僕は、ある人への断罪で医者になろうとしているけど、ほんとうにそれが正しい償い方なのか分からないんです」

 

 言葉にしてみると、胸の中で渦巻いていたものが少し楽になった気がした。

 

 ニアさんが黙って僕を見つめる。

 無理に急かさず、ただ待ってくれている。



「……でもやっぱり、自分が傷つけた人と同じくらい痛い目に遭わないと、罪を償ったことにはならないのかな」



 思わず、ポツリとそう呟く。

 ニアさんはしばらく考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……君がどんな罪を犯したのかは分からないけど、罪の償い方にもいろんな形があると思う。1番大切なのは、罪を犯した過去と向き合いながら、それを丸ごと背負って生きていくことなんじゃないかな」

「過去を、背負う……」

「そう。傷つけた相手に許してもらおうとするんじゃなくて、今の自分にできることを目一杯やり抜くんだ」


 その言葉は、まるで僕の心の中を見透かされたようだった。



 シオに対する罪悪感は今も消えない。

 謝りたい気持ちが、胸の中でじわじわと湧き上がってくる。


 でもそれは、僕がただスッキリしたかっただけなのかもしれない。



 ダメだ。

 いつまでもそんなんじゃダメだ。


 

 僕が今できること。

 それは、過去と向き合いながら、未来を変えること。


 だからこそ今はたくさん勉強して、1人でも多くの患者を救える医者にならなければ。



 そんなことを考えながら、カップに残った月影茶を飲み干す。

 心なしかさっきより苦く感じるけれど、その味をしっかりと噛み締める。



「ニアさん、ご馳走様でした」



 飲み終わったカップをニアさんに手渡すと、「ありがとう。またいつでも来てね」と言って微笑んだ。

 やっぱり、最後までどこか掴みどころのない人だった。


 会計を済ませて店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。


 僕は思い切り深呼吸してから、もう二度と会えないであろう彼に思いを馳せる。

 


 願わくば、君が命をかけて渡った海の向こうの世界で、どうか幸せに暮らしていますように。

 

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