第9話 サークル
浩太はあわてて、麻衣に言った。
「そ、そんなことではないよ。ただ、ちょっと、角野さんのことを聞いてみただけだよ」
麻衣がさらに浩太の顔をのぞき込んできた。怪訝そうな顔をしている。
「ふーん? 何だか怪しいわね。じゃあ、占部君が私に聞きたいことって、角野さんのことだったのね?」
浩太は顔の前で大きく手を振った。
「いや、違うんだ。角野さんのことは、何となく、気になっただけで・・・本当に、ちょっと聞いてみただけなんだよ。北倉さんに聞きたいことというのは・・・あ、あのね、実はさくら女子寮のサークル活動のことなんだ」
麻衣が驚いた顔を見せた。
「サークル活動? どうして?」
角野さんは命を狙われているのだ。だから、大麻のことを北倉さんに話すわけにはいかない。北倉さんが知ったとなったら、大麻の犯人は角野さんの他に、北倉さんの命も狙うはずだ。。。
浩太はとっさに嘘をついた。
「じ、じつは・・ぼ、僕も女子寮の何かの、サ、サークルに入ろうかとも思って・・・」
しかし、それで、麻衣は納得したようだった。麻衣の険しい顔が急に明るくなった。
「ああそう? あなたも女子寮のサークルに入りたいのね?」
浩太はしどろもどろになった。
「いや、はっきりとサークルに入ると決めたわけではないんだけど・・・もし、よさそうなサークルがあったら、入ってもいいかなって思って・・・そ、それで、ち、ちょっと、女子寮のサークル活動のことを教えてもらいたいんだよ・・・」
麻衣は笑いながら答える。
「そんなの、お安い御用よ。・・・さくら女子寮にはね、現在、お茶、お花、お料理、英会話、クラシックバレエ、読書会の6つのサークルがあるのよ。寮生が自主的に集まってお互いに教えあって活動しているのや、外部から週に1回プロの講師に来ていただいてやっているものや、いろいろね。でも、すべて寮生が自主的に運営しているの。それでね、そのサークル活動を行う場所として共有スペースの和室や洋室を使うので、一応、サークル活動はすべて寮長の私と管理人さんに届けてもらっているのよ」
浩太が整理するように復唱する。
「え~と、さくら女子寮に現在あるのは・・・お茶、お花、お料理、英会話、クラシックバレエ、読書会の6つのサークルなんだね?」
麻衣が立て板に水のごとく説明する。
「ええ、そうよ。私は、寮のサークルはお料理と読書会に参加してるわ。それで、占部君、あなたはどのサークルに入りたいの? お料理? 読書会? それともクラシックバレエ? クラシックバレエは、寮の洋室の一つに練習用のダンスミラーやレッスンバーがちゃんとついててね。プロの先生にきてもらってるから、本格的なレッスンができるわよ。参加者もちゃんとレオタードを着てレッスンを受けているわ。だけど、私のおすすめは断然お料理ね。占部君、あなた、お料理をやりなよ。これからは、お料理ができないと男性はもてないよ。読書会もいいわよ。読書会は、私がサークルの部長のようなことをやってるわ。読書会もお薦めよ。それとも、占部君。あなたはバレエを踊りたいの? 何なら、私がクラシックバレエのサークルに申し込んであげようか?」
麻衣がバレエを踊るように両手を広げながら、いたずらっぽく浩太の顔を見た。浩太は顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「い、いや。い、いいよ」
麻衣に赤くなった顔を見られないように、浩太はドギマギしながら、少し顔を伏せて、あわてて言った。
「そ、それでね、北倉さん。そういったサークルの中で最近休部したものはあるの?」
麻衣が首を傾げる。
「キュウブ?・・・ああ、部活動を休むことね。さくら女子寮のサークルは学校のクラブ活動じゃないから、休部というのはちょっとおかしいかも。それに、さくら女子寮のサークル活動は自主活動でしょ。だから、やめるときは特に届け出はいらないのよ。それで、最近、活動を止めたサークルというのは・・・ちょっと、思いつかないなあ。・・だけど、最近まで活動をやめていたサークルならあるわよ。私の入っている読書会は長らく開催されていなかったんだけど、半年前に私が中心になって活動を再開したのよ。だから、最近まで活動をやめていたサークルならば、読書会が当てはまるわねえ」
北倉さんが部長を務める読書会が、最近まで活動をやめていた・・・つまり、休部していた・・・
ということは、きっと、その読書会のメンバーが大麻を吸っているんだ!
部長の北倉さんは、そのことに気付いていないんだ。しかし、ということは、大麻の犯人は北倉さんの身近にいるわけだ。これは、ますます北倉さんに大麻のことを話せなくなった。北倉さんが知ったとなったら、犯人は身近にいる北倉さんをすぐに狙うに違いない・・・
そうだ、角野さんは、結局、どのサークルに入ったんだろう?・・・
浩太は恐る恐る麻衣に聞いた。
「で、さっき話した角野さんなんだけど・・・角野さんは、何かさくら女子寮のサークルに入ってるの?」
麻衣がいとも簡単に答えた。
「入ってるわよ。私と同じ読書会よ」
浩太は飛び上がった。
角野さんも読書会だって! もう決まりだ!
読書会のメンバーの誰かが大麻を吸っているんだ! それを、読書会に入部した角野さんが知ってしまったのだ・・・
すると、麻衣が浩太の顔を再びのぞき込んだ。
「占部君。あなた、角野さんのことが、よっぽど気になるみたいね。・・・ふーん、そっかぁ・・・やっぱり、占部君。角野さんとお付き合いしたいのね?」
浩太が大慌てで手を振る。
「そ、そんな。ち、ち、違うよ。ぼ、ぼくは、ただ・・・」
そんな浩太を見て、麻衣が笑った。
「うふっ、あわててる。じゃあ、どうしてそんなことを聞くのよ。いい。角野さんとお話したいのなら、読書会のサークルに入るのが一番ね。彼女はかなりの文学少女よ。良かったら、私が読書会入会の手続をしてあげようか?」
「読書会って、どんなことをしてるの?」
「さくら女子寮の読書会は、本に関するコミュニケーションを楽しんで、みんなで交流をするイベントなのよ。いま、さくら女子寮では、私と角野さんを入れて全部で5人が会員なの。で、私が部長なのよ。毎回、『お仕事にとっても役に立つビジネス書』とか、『絶対に犯人が分からない推理小説』とか、『心躍る恋愛小説』といったジャンルやテーマを決めてね。各自がそのジャンルやテーマの好きな本を読んできて、その感想とか関連する本の書評とか何でもいいから、みんなで自由にお話をするのよ」
「ふーん。それで、読書会はいつ開催してるの?」
「毎週木曜日の午後9時から11時まで。共有スペースの和室を使って開催しているわ。お菓子やジュースは食べ放題で飲み放題よ。といっても、みんなからお金を集めて自分たちで買ってくるんだけれどね。お酒はなしなの。占部君、あなたも参加しなさいよ。みんなでおしゃべりできて楽しいよ。次の開催は今度の木曜日で、テーマは、『あっと驚く推理小説』なの。お試し参加も可能よ。占部君。あなたもどうかな?」
麻衣の勧誘に、浩太はちょっと浮かない顔を見せた。
「毎週木曜日ってことは・・・週に1回は新しい本を買って、それを読まないといけないんだね。本が好きな人には何でもないことだけど、それって、普通の人には結構大変だなあ」
麻衣がウフフと笑って見せた。
「読むのは、別に書店に並んでいる本でなくてもいいのよ。今はネットにいろんな小説なんかが投稿されてるでしょ。ああいう、ネットに出ているお話でもいいのよ。ネットの小説や評論なら、お金はかからないし、スマホで隙間時間にさっと読めるじゃない。みんな、8割ぐらいはネットに出ている作品の話をしているわ。もちろん、書店で本を買ってもいいんだけれど・・・その辺は全く自由なの。それに、全部読まなくても、途中まで読んだ感想でもいいのよ」
浩太は軽く頷いた。
「そうだなあ。それだったら、負担にはならないね。それじゃあ、お試しで一度参加してもいい?」
麻衣が明るく笑った。浩太が参加すると言ったので楽しそうだ。
「もちろん、大歓迎よ。私から読書会のみんなに知らせておくね。きっと、みんなも喜ぶわ。じゃあ、今度の木曜の午後9時に共通スペースの和室に来てね。何でもいいから、推理小説を読んでくるのよ。いいわね」
翌日の日曜日。
浩太はA市の警察署に出かけた。
結局、浩太は大麻の件を、麻衣にも、管理人の宮井にも話すことが出来なかった。大麻の犯人が麻衣や宮井を殺害することを恐れたのだ。
それに、角野からの暗号では、浩太に警察に知らせてくれと言っている。事態はよほど切羽詰まっていて、角野の身にも危険が迫っているに違いない。こういった背景から、浩太は躊躇なく警察に行ったのだった。
幸い、最寄りの警察署は、さくら女子寮から歩いて15分ほどのところにあった。
警察署の中に入って、受付の婦人警官に来意を告げると、婦人警官はちょっと驚いた顔をしたが・・・すぐに平静な顔になって、浩太を会議室のような部屋に案内してくれた。
しばらくすると、五十年配の小柄な男性と、若い三十代と思える男性が入って来た。五十年配の男性が浩太に名刺を出した。
名刺には、「A警察署 刑事課 警部 八十八騎 孝三郎」と書かれていた。
八十八騎・・・変わった名字だ。何て読むのだろう?
すると、警部が口を開いた。穏やかな声だ。
「警部の、とどろき、
浩太は角野からの暗号文を見せて、今までのことを
浩太の説明が終わると、
「しかし、その暗号だけでは・・・証拠はないんでしょう?」
浩太は警部に言った。
「しかし、角野さんという寮生が、こうして命を狙われているんです。角野さんが殺害されてからでは、もう遅いでしょう」
「でもねえ、こういう推測だけでは・・・警察は動けないんですよ」
「でも、証拠といっても・・・僕が女子寮生の部屋を勝手に調べるわけにもいかないし・・・では、どうなったら、警察は出動してくれるんですか?」
「そうですな・・・その角野さんという女性が、本当に危険な目にあったら知らせてもらえませんか?」
「危険な目って・・・そのときは、もう遅いでしょう」
「そういう兆候があったときで構いません。では、これをお渡ししておきましょう」
そう言うと、警部は小さい箱のような物を浩太に手渡した。
「これは何ですか?」
「これは、一種の通報機です。昔、流行ったポケベルのようなものですな。で、このスイッチをこう入れると・・・こちらの警察にも、スイッチが入ったことが分かるようになっています。その角野さんに危険が迫ったと思ったら、遠慮しないで、そのスイッチを入れてください。そうしたら、さくら女子寮なら、ここから近いですから、一分ぐらいでパトカーが駆けつけますよ。そのように手配をしておきます。スイッチが入ったときに、私やこちらの大賀刑事が警察署にいたら、私らもすぐにさくら女子寮に駆けつけるようにしますから」
警部が続けた。
「これは、私の推測に過ぎませんが、占部さんのお話を伺うと・・・その読書会というのが怪しいですな。いや、学生の寮なんかでね、何かのサークル活動と称して、実は毎回、大麻パーティーをやっていたってことが、よくあるんですよ」
浩太は首を振った。
「まさか・・・読書会は、僕の同期で、さくら女子寮の寮長でもある北倉さんが部長をしているんですよ。その読書会で、大麻パーティーだなんて、そんなことが・・・」
「その読書会は、今度の木曜日の午後9時から行われるんですな?」
「ええ、そうです。僕も次回、お試しで参加することになっています」
警部が大きく首を振った。
「占部さんの言うように、誰かが一人で大麻をやってるとも考えられますが・・・大麻って、集団でやっている場合も多いんですよ。もし、何かあるとすれば・・・その読書会でしょう。では、今度の木曜日の夜は、私も大賀君もこちらの警察署に詰めているようにします。占部さんは、読書会に参加していただいて・・・その角野さんに危機が及ぶとか、大麻パーティーが始まったりしたら、すぐにそのスイッチを入れてください。私と大賀君がパトカーで駆けつけますよ」
大賀刑事が再び大きく頷いた。
しかし、この大賀という刑事さんは一言もじゃべらないんだな・・・でも、本当に、読書会で大麻パーティーが開かれているんだろうか?・・・
浩太は手の中の黒い箱を見つめた。
(つづく)
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