第8話 浩太の推理
『おぶらい様』が『おふうらい様』ならば・・・
『ふうらい』とは、『風に吹き寄せられたように、どこからともなくやって来た人』のことだ。『おふうらい様』は、その『ふうらい』に『お』と『様』をつけた丁寧表現ということになる。つまり、『おぶらい様』というのは、『ふうらい』の『さくら女子寮にどこからともなくやって来た人』と同じ意味なのだ・・・
浩太はベッドから飛び起きた。
この『どこからともなくやって来た人』とは、『想定していないのに、やって来た人』とか『呼んでもいないのに、やって来た人』という意味にとれる。
浩太の頭が回転する・・・
想定していないのに、やって来た人・・・
呼んでもいないのに、やって来た人・・・
そうか!
浩太はポンと手を打った。
さくら女子寮は名前のとおり、女子寮だ。その女子寮に、呼ばれたわけでもないのに、どこからともなくやって来た人・・・
つまり、普通ならば寮にはいないが、特別な事情があって呼んでもいないのに女子寮にいる人、そして、どこからともなく女子寮にやってきた人というのは・・・とりもなおさず、さくら女子寮に一人だけいる男子の・・・僕のことじゃないか!
浩太の背筋に電流のような衝撃が走った。
そ、そうか! 『おぶらい様』とは、僕のことだったのか!
で、では、あの紙は僕に何か伝えたかったというわけか!
浩太は大きく息を吐いた。こんなに衝撃を受けたのは初めてだ。暗号の中に、浩太自身が含まれていたとは・・・
そうだったのか・・・
しかし、ついに分かったぞ・・・
さすがに暗号だけあって、解き方がひねってある。『おぶらい様』が浩太自身のことを指しているとは夢にも思わなかった。この暗号を解ける人間は、そうそういないだろう。浩太の胸に自信が湧いてきた。
では、残りの言葉は何を意味してるんだろう。『まおの糸は もで合わしやり 手縄せ』という1文だけははっきりしている。北倉さんは、「この歌の『まお』というのは草の名前で・・・この歌は、『まお』という草から採れた糸をよりあわして手縄にするという意味ね」と言っていた。
はて、この『まお』というのは、どんな草なんだろうか? 浩太はまたインターネットで調べてみた。
ネットにはこう書かれていた。
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マオというのは、カラムシというどこにでも生えている多年草の草のことで、伝統産業用途としての自然素材の繊維として利用されている麻の一種である。麻の仲間には、カラムシの他に大麻草がある。
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なんだ! 『まお』というのは、何か特別な草のことかと思ったら、『どこにでも生えている多年草の草』なのか!
いや、待てよ。『まお』が、その名前の通りの『どこにでも生えている多年草の草』を指しているとは限らないぞ・・・
推理小説では、ある言葉を別の言葉に置き換える暗号がよく出てくる・・・
例えば、秘密の場所で誰かと会うときに・・・『Aホテル』を『山』、『 Bホテル』を『川』、『Cホテル』を『海』というように、あらかじめ符号を決めておいて、『明日はBホテルで会おう』というのを『明日は川に行こう』というふうに相手に伝えるわけだ。単純な暗号だが、『山』とは『Aホテル』のこと・・・といった符号の意味を知っていないと絶対に解けないわけだ。
この『まお』というのは、そういった別の言葉の符号になっているのではないだろうか・・・
しかし、さっきの『Aホテル』を『山』といった符号の場合は、事前に暗号を送る側と送られる側で、その符号をあらかじめ決めておかなければならない。
今回の場合は、相手は浩太に何か伝えたいのだが、浩太との間には符号の取り決めはない。だから、『まお』は・・・『まお』という言葉から、浩太が容易に思いつくことが出来るものを指しているはずだ・・・
それは何だろうか?・・・
浩太は、もう一度、ネットの記事に眼を落とした。
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マオというのは、カラムシというどこにでも生えている多年草の草のことで、伝統産業用途としての自然素材の繊維として利用されている麻の一種である。麻の仲間には、カラムシの他に大麻草がある。
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ん? 『まお』の仲間には大麻草があるんだって・・・
大麻草って・・・あの麻薬の大麻のことだろう・・・
ひょっとすると、これの『まお』とは、大麻を示唆しているのか?
大麻ということならば、わざわざ暗号にしなければならない理由にもなる!
そうか、そうに違いない!
『まお』は大麻を指しているんだ。そうすると、あの紙は、僕が大麻を吸っているっていう告発文なのか? でも、僕は大麻なんか吸っていない。では、寮生の中で誰かが大麻を吸っているので、僕に何とかしてくれという告発なのか?
そうだ。きっと、そうだ! これは、大麻の告発なのだ!
と、いうことは・・・さくら女子寮の中で大麻が吸われているのだ!
た、大変なことになって来た。
昨日、管理人の宮井さんは、この暗号を前にして、「しかし、まあ、占部さん。あんた、ゆっくり考えたら、ええがな、これは、事件といえば事件じゃが・・・急いで解決する必要はなさそうじゃ」なんて、のんびりしたことを言っていたが、とんでもない大間違いだったのだ。さくら女子寮の中で大麻が吸われているなんて、大事件じゃないか!
浩太はここで大きく息を吐いた。気持ちを落ち着かせなければならない・・・
それにしても、『まおの糸は・・』の歌が、大麻使用の告発になっているとは予想もしなかった。
すると、『おぶらい様の御札』の『御札』の意味が明らかになってくる。『御札』は『おふだ』とも読むが、『おさつ』とも読める。
おさつ・・・サツ・・・警察・・・
だから、『御札』は『警察』の『サツ』のことだったのだ!
つまり、『おぶらい様の御札』の『おぶらい様』は『浩太』で、『御札』が『サツ』だから、これは、『浩太から警察に知らせてもらいたい』という意味だ!
それでは、『まちんちんかくのがんばれ おぶらい様の御札』と『くーぶ』は何だろう。『まお』とは『大麻』であるとして考えてみれば、絶対に解けるはずだ。
『まちんちん』は、『まちんち』で『街の家』という意味だろうか? 『街の家』というとさくら女子寮のことかな? すると、次の『かくのがんばれ』は『角野がんばれ』かもしれない。つまり、『さくら女子寮にいる角野さん、がんばれ』ということだ。これなら意味が通じるが、さくら女子寮に角野さんという寮生がいるのだろうか? 北倉さんに聞いてみないといけないな。
浩太は、さくら女子寮に入ったばかりで、寮にいる寮生のことは、ほとんど知らなかった。
浩太の考えは巡る。
では『くーぶ』とは何だろう?
『くーぶ』をインターネットで調べてみると、沖縄の方言で『こんぶ』のことだった。『こんぶ』? どうも脈絡がないなあ。まてよ。『まおの糸は・・』の歌は沖縄・奄美地方だったな。やはり、『こんぶ』が沖縄・奄美地方に関係しているのかな?
いや、違う。『こんぶ』は北海道の産物だ。暖かい沖縄や奄美の海で採れるはずがない。やはり、『こんぶ』では意味がつながらない。それに第一、暗号にしては簡単すぎる。暗号だから、もっと何かひねってあるはずだ。
では、『くーぶ』・・・『きゅうぶ』・・・『休部』?・・・
さくら女子寮では女子寮生がいくつかのサークルを作って部活動のようなことをやっている。では、『くーぶ』とは、休部したサークル活動に関係があるということか? これはありうる。これなら十分にひねった暗号になるし、さくら女子寮とも関係がでてくるじゃないか・・・
浩太はベッドから立って、机に向かった。椅子に座ると、引き出しからノートとボールペンを取り出した。
ボールペンでノートに考えを書いてみる・・・
整理してみよう。あの紙の表には『まちんちんかくのがんばれ おぶらい様の御札』と書かれ、裏には、右側に『まおの糸は もで合わしやり 手縄せ』、そして左側に『くーぶ』と書かれていた。
ここで、『まちんちんかくのがんばれ』は、『さくら女子寮で角野がんばれ』、『おぶらい様の御札』は『浩太から警察に知らせてもらいたい』ということ、『まおの糸は』の歌は『大麻』、そして『くーぶ』は『休部』。
浩太はノートのメモを続けて読んでみた。
さくら女子寮で角野がんばれ・・浩太から警察に知らせてもらいたい・・大麻使用の告発・・休部・・・
意味をつなげて読むと、『さくら女子寮で角野さんがんばれ。浩太から警察に知らせてもらいたい。大麻仕様の告発をする。休部したサークル活動に関係あり』
浩太は椅子から飛び上がった。
そうか! すべて分かったぞ! この暗号は、さくら女子寮にいる角野という寮生から浩太へ向けられた、寮の中で大麻が吸われているという告発文だったのだ!
その日の夕方、浩太は隣の麻衣の部屋をノックした。
すぐに、「はーい」と明るい声がして、麻衣がドアの隙間から顔を出した。浩太が「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」と言うと、麻衣は「じゃあ、食堂へ行きましょう」と浩太を食堂へ誘った。夕食前のひとときということで、食堂には寮生は誰もいなかった。調理場で、まかないのおばさんが3人、忙しく夕食の準備をしているのが見えた。
「占部君。なあに?」
食堂のテーブルに座ると、麻衣の明るい笑顔が浩太を下から覗き込んだ。麻衣がときおり見せるポーズだ。このポーズに浩太は弱い。このポーズをされると、浩太はいつも全身がメロメロに溶けてしまいそうな衝撃を覚える。そんな衝撃を麻衣にさとられまいとして、浩太はあわてて言った。
「じ、実は、さくら女子寮に角野さんって寮生はいるかな?」
「角野さん?」
麻衣はすぐに答えた。
「いるわよ。占部君がさくら女子寮に入る少し前に、新しく女子寮に入った子が角野さんよ」
浩太は飛び上がらんばかりに喜んだ。
やった! 角野さんは本当に、さくら女子寮にいたんだ!
ということは、ボクの推理はやはり正しかったんだ。
そんな浩太を不思議そうに眺めながら、麻衣が続けた。
「角野さんのお名前は
麻衣が食堂の隅の掲示板を指差した。
浩太は掲示板をろくに見ていなかった。浩太は座ってる席から、麻衣の指の先の掲示板を眺めた。もちろん、ここからでは遠すぎて、掲示板に何が貼ってあるかは分からない。その掲示板には、門限破りで浩太が書いた反省文も貼ってあるはずだ。
そうか。角野さんというのは、僕の少し前に、新しくさくら女子寮に入った人だったのか。それで、すべてが繋がってくる。
新しく、さくら女子寮に入った角野
しかし、誰かに伝えたくても、さくら女子寮に来たばかりで、女子寮の中の誰が味方なのかも分からない。そこへ、僕が入寮してきたのだ。で、角野さんは唯一の男性であり、また、自分と同じように、さくら女子寮に入ったばかりの・・・僕に着目したのだ。僕は自分の味方だと判断した角野さんは、僕に大麻のことを伝えようとした。
しかし、角野さんは何故、僕に直接話さなかったんだろう?
ひょっとしたら、僕に直接、伝えることが出来ないほど、角野さんは身の危険を感じているのではないだろうか? つまり、大麻を吸っている人間が、角野さんに気付かれたことを知って、角野さんの口をふさごうとしているのかもしれない。
その人間の眼を恐れて、角野さんは、僕の罰巡回に合わせて、あの暗号の紙を置いたのだ。つまり、あの紙が、僕以外の誰にも見つからずに、その一方で、絶対に僕には見つかるように・・・僕の罰巡回のときに、階段に貼り付けたのだ。罰巡回は、そのための絶好の機会じゃないか!
そして、自分の身が危ないと感じた角野さんは、僕から警察に知らせてくれと言っているのだ。きっと、大麻の犯人が角野さんを監視していて、角野さん自身が警察に届けられないのだろう。
そうだ、こう考えると・・すべての辻褄がぴったりと合ってくる。
す、すると、角野さんの身に危険が迫っていることになる。角野さんの命が狙われているのだ。これはいけない。早く何とかしないと、角野さんが危ない・・・
浩太がそこまで考えたときだ。麻衣が浩太の顔をのぞき込んだ。ちょっと、厳しい顔になっている。
「占部君。角野さんがどうかしたの?・・・あっ、そうか! 占部君、もしかしたら、あなた、お付き合いをしようとして、角野さんを狙ってるのね?」
(つづく)
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