第5話 トイレ掃除
翌日、浩太は仕事を定時で切り上げた。浩太が定時に会社を出るのは、総化に入社以来数回しかない。久々のことだった。
浩太は昼間に、上司の種井に門限破りや寮生大会のことを全部話して、今日からしばらくは定時に帰りますと申し出たのだ。だが、種井は「ああ、そう」と言っただけで、浩太が定時に帰ることには特に関心がなさそうだった。
てっきり種井から「定時に帰るだって! それは困るよ、君」という声が上がるものと思っていた浩太は、あっけなさに拍子抜けしてしまった。僕が定時に帰るといっても誰も困らないのだろうか・・・。浩太は意外に思った。
浩太の胸の中をちょっぴり寂しい風が通り過ぎていった・・・
そして、午後6時前にさくら女子寮に帰ると、麻衣から言われたように午後6時きっかりに共通スペースのトイレに向かった。さくら女子寮のトイレは言うまでもなく、すべて女子トイレだ。男子トイレはない。浩太は宮井や麻衣から、寮の女子トイレを使っていいと言われていたので、今まで自由に使わせてもらっていた。だから、女子トイレの中に入ることには抵抗はなかった。
トイレの中は高級感がある薄い茶色で統一されている。中に入ると、片側に個室が一列になって10個並んでいる。個室の中の便器も薄い茶色で統一してあって、全て最新の洋式だ。個室の一番奥には用具入れがある。個室の対面は大きなパウダースペースになっている。
昨日、寮生大会が終わった後で、麻衣が部屋にやってきて、トイレ掃除の仕方を書いた紙を浩太に渡してくれた。掃除用具は用具入れの中に一式が収納されていた。
浩太は麻衣からもらった紙に従って、トイレ掃除を開始した。初めてということもあって、共有スペース1階のトイレから順に上に上がって、3階のトイレまで掃除するのに3時間以上かかってしまった。掃除中、何人かの寮生が用を足しに来たが、浩太が掃除をしているのを見ると、みんな、別の階のトイレに行ってしまった。
掃除が終わると、浩太は急いで罰監の田代の部屋に向かった。田代の部屋は昨日、麻衣から聞かされていた。西棟の308号室だ。
田代の部屋のドアの前に立つ・・・
昨日、麻衣から聞いたところでは、田代のフルネームは田代みゆき。27歳で浩太や麻衣の1歳上だ。浩太と同じ営業部に所属しているが、浩太とは部署が違うため、いままで面識がなかった。仕事の成績は極めて優秀で、昨年、総化の本社営業部が行った「第7回新規ビジネス提案コンペ」では最優秀賞を受賞して、ご褒美にハワイに1週間の研修旅行にいったらしい。英語が大の得意で、学生時代は短期間だが米国に留学していたという話だ。几帳面な性格で、何ごとも決められたマニュアル通りにやらないと気がすまないらしい。173㎝の大柄な体躯で、浩太よりはるかに背が高い。いつもセミロングにして肩に流した髪形が清楚な雰囲気を醸し出していた。
田代さんは几帳面な性格で、何ごとも決められたマニュアル通りにやらないと気がすまない・・・北倉さんはそう言っていた。浩太の頭に、昨日の寮生大会が浮かんできた。浩太の足が震えた。
だが、田代の部屋の前で、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
トントンとドアを軽くノックして・・・思い切って、声を掛けた。
「こんばんは。田代さん。占部です。トイレの掃除が終わりましたので、チェックをお願いします」
ドアはなかなか開かなかった。が、浩太がもう一度ノックすると・・やっと田代がドアを開けてくれた。
今日の服装は部屋服だろうか。水色のトレーナーに青いジーンズを履いた、青で統一したラフないでたちだった。
田代は黙って、浩太を見ている。
そんな田代に気おされながら、浩太はもう一度同じことを言って頭を下げた。
「占部です。トイレの掃除が終わりましたので、チェックをお願いします」
浩太の語尾が少し震えた。
田代は何も答えず、黙って廊下に出た。そして、浩太には眼もくれず一人で共用スペースに向かってスタスタと歩きだした。あわてて、浩太がその後を追う。
田代は何も言わない。浩太は、そんな田代の後ろを歩いていく。田代の後ろを、まるで召使が主人に従うように・・・
田代の後ろをトボトボと歩く浩太を見て、すれ違った寮生が驚いて浩太と田代を振り返った。
共用スペースのトイレにやってくると、田代はゆっくりと浩太の掃除をチェックし始めた。田代のチェックは細かいところまで徹底していた。便器の影になっているところまで覗き込んだ。トイレの掃除用具入れや壁の窓枠の
そうして、田代はゆっくりと時間をかけて、浩太の掃除状況を確認していった。
それにしても、チェックをしながら田代は、ひと言も言ってくれなかった。田代の無言の圧力が浩太に重くのしかかってきた。
ただただ、田代が恐ろしかった。浩太は少し離れたところに立って、息をのみながら田代のチェックが終わるのを、かたずをのんで眺めていた。
田代は1階から3階のトイレをまわり、ひととおりチェックを完了すると、3階のトイレの前の廊下に出た。浩太も従う。
田代が浩太の眼の前に立った。田代は浩太よりも背が高い。浩太を見下ろす格好だ。浩太は田代の威圧に息が詰まる思いがした。思わず、顔を田代からそむけてうつむいた。
田代が初めて浩太に言葉を放った。
「不合格です! トイレ掃除の罰は1日延長です!」
勝ち誇ったような田代の声が、浩太の脳裏に冷たく響いた。浩太の全身の力が一気に抜けていった。あまりのことに、浩太は言葉も出ない。
田代が続けて言った。
「次は三年正座です。あっ、ズボンをはいているのね。ちょっとここで待ってて」
浩太は田代に掃除のどこが悪かったのかを聞きたかったが、田代がそう言って、どこかに行ってしまったので、聞くタイミングを逸してしまった。
田代はすぐに戻ってきた。左手にカゴを持って、右手にも何か持っている。カゴを廊下の床に置くと、田代が右手の中の物を差し出した。
「備品倉庫にちょうど三年正座用の制服がおいてあったわ。ズボンをはいて三年正座をしたんじゃ、罰にならないでしょ。ズボンを履くのは許さないわよ。三年正座では、みんな、これを履かせられるのよ。さあ、ズボンを脱いでこれを履きなさい」
田代が差し出したのは、なんとミニのプリーツスカートだった。丈はひざ上20㎝といったところだろうか。超ミニだ。腰はゴムになっている。色は真っ白色だ。白色がLED灯にあやしく光って、浩太の眼にまぶしく映った。
浩太は田代の手の中のミニスカートを凝視した。
「こっ、これを履くんですか?」
震え声で浩太が聞いた。
田代が威圧するように言う。
「そうよ。当然でしょ。ロングスカートとかズボンといった足が隠れる服装をしたら、服が石に当たるから、クッションになってしまって、罰にならないじゃないの」
「・・・」
「だから、三年正座は・・・正座した足が直接、敷いた石に当たるように、足がむき出しになった格好でさせるのよ。それで、三年正座の罰を受けるときは、ミニスカートなの。足は素足が原則だから、タイツやストッキングを履くことは許されないの。当然、靴下やスリッパを履くことも許さないわよ」
浩太の口から、かろうじて声が出た。
「で、でも・・・いくら何でも・・・ミニスカートだなんて・・・」
田代がイライラした声を上げた。
「素足にミニスカートを履くことが、三年正座の決まりなの! 女子寮の規則に従えないの! ミニスカートがいやだと言うんだったら、みんなの前で下着のパンツだけで三年正座をさせるわよ。さあ、どうするの? 下着姿で正座するの? それともミニスカートを履きたいの?」
もじもじしている浩太に向かって、田代の怒声が降って来た。
「何をしてるの? 聞こえないの?・・・さっさとどっちか選びなさい!・・・選ばないんだったら、下着で決まりね!」
浩太は真っ赤になって答えた。
「はい。・・・あっ、あの・・・下着姿は止めてください。・・・だから・・・ミ、ミニ、ス、スカートを・・・は、履かせて・・・くっ、ください」
最後は消え入りそうな声だ。恥ずかしくて浩太はまたうつむいてしまった。涙が眼の端ににじんできた。
田代はそんな浩太の手にミニスカートを押し込んだ。
「じゃあ、さっさと着替えなさい。さっきも言ったように、靴下やスリッパも脱ぐのよ。脱いだら、全部、このカゴの中に入れなさい」
そう言って、田代は足元のカゴを、足で浩太の方に押しやると・・・クルリと背中を向けた。
「向こうを向いててあげるから・・・」
浩太は真っ赤になって、トイレの前の廊下でズボンと靴下を脱いでカゴに入れると、ミニスカートに履き替えた。履いていたスリッパもカゴの中に押し込んだ。幸い、浩太の着替えの間、寮生は誰も廊下を通らなかった。浩太の着替えが終わると、田代が冷たく命じた。
「私に付いてきて」
田代が共用スペースに向かって歩き出した。浩太のズボンと靴下が入ったカゴは、トイレの入り口に置いたままだ。
浩太は再び、田代の後に従った。どうしても、トボトボという歩みになった。裸足の足に、廊下の冷たい感触が伝わって来た。歩くたびに、ペタッ、ペタッと音がした。
食堂に入ると、田代は浩太を厨房の反対側の隅に連れて行った。食堂では、10人ほどの寮生が食事をとっていた。寮生たちの何人かが・・・白いミニスカートを履かせられて、裸足にさせられて・・・田代に従って歩く浩太を見て、クスクスと笑った。
浩太は真っ赤になってうつむいた。恥ずかしくて生きた心地がしなかった。田代に引き連れられて歩く自分の姿は、まるで処刑場に向かう罪人のようだと思った。涙が再びあふれてきて、床にシミを作った。
食堂の隅には、いつの間に準備したのか、一辺が1mぐらいの四角い木枠が置いてあった。木枠の中に小石が敷き詰められている。小石のトゲトゲした角が鈍く食堂の照明の光を反射して、浩太の眼に痛い。わざと鋭角的な角を持つ小石を選んだのだろうか?・・・
処刑場という言葉が浩太の脳裏を駆け巡った。頭から血が引いていくのが分かった。気が遠くなった。
田代の声が食堂の中に響き渡った。
「これから、本日の三年正座を開始します。さあ、ここに正座して」
(つづく)
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