第4話 罰監
田代の「退寮に処すべき」という厳しい意見を受けて、麻衣が女子寮生たちに聞いた。
「田代さんは退寮というご意見ですが・・・田代さんの他の方は如何ですか? 他にご意見はありませんか?」
麻衣の声に、最前列に座っている、メガネをかけて、頭を後ろで無造作にひっつめ髪に束ねた寮生が手を上げた。
「はい」
「はい。南さん。どうぞ」
「私は、占部さんは最初の門限破りなので、退寮はやりすぎのように思います。いままでは、女子寮の方針で、寮生の門限破りには厳しく対処してこなかったんですよね。それで、そういう理由から、占部さんの門限破りが見逃されてきたわけですから・・・今になって、占部さん本人だけに責任を負わすのは酷だと思います」
何人かの寮生がパチパチと手をたたいた。浩太は、藁にも
「それでは、南さんは、占部さんには・・・一回目の門限破りとして、1階から3階までの共通スペースのトイレ掃除と罰巡回の軽罰を1週間ということでいいのでしょうか?」
南が浩太の方に顔を向けた。が、浩太が自分を見つめているのが分かると、ふっと視線を浩太から外した。そして、首を振りながら麻衣に答えた。
「いいえ、それでは、いくらなんでも軽すぎると思います。女子寮の方針で、今までは門限に厳しくしなかったと言っても・・・私も知っていますが、占部さんが何度も門限を破っているのは本当なんです。だから、占部さんには、この機会に十分に反省してもらう必要があります。それで、軽罰に三年正座を加えた重罰に処すべきだと思います」
三年正座・・・
浩太の脳裏に、麻衣から聞いた三年正座の話がよみがえってきた。
『石の上にも三年』をもじった三年正座・・・
食堂の隅の床に小石を敷いて、その小石の上で何時間も正座をさせられる・・・
罰監視当番というのがいて、その罰監視当番がOKと言ってくれるまで、正座をやめることは許されない・・・
それを、最低でも1週間の間、毎日繰り返す・・・
誰もが辛くて、「許してください。もう、二度と門限破りはしません」と泣き出すと言われる三年正座・・・
見せしめにされて、反省を強要される三年正座の罰・・・
食堂の床に、みんなが見ている前で三年正座をさせられている、自分の惨めな姿を想像すると、恥ずかしさで浩太の全身がカッと熱くなった。なんだか、足も痛くなってくるようだ・・・
すると、田代が再び立ち上がった。南を見ながら、きつい口調で言った。
「私は南さんの意見に反対です。そういう、あいまいな対応こそ、この機会に改めるべきだと思います。女子寮の規則に従って、今回の占部さんを退寮にしなかったら・・・何度も門限破りをやっても、重罰の三年正座で済むという悪い事例が出来てしまいます。そうなったら、さくら女子寮の規律は無茶苦茶になってしまいますよ」
田代の意見に、あちこちから「そうよ」、「そうよ」という声が上がった。その声を遮るように、今度は右端の方から声が上がった。
「やりすぎです!」
みんなが声の方を見た。小柄で、髪をショートボブにした女性が手を上げていた。
麻衣がその女性に発言を促した。
「はい、今西さん。ご意見をどうぞ」
今西が立ち上がる。
「私は、そもそも三年正座という罰に反対です。私の友人に、よその会社の女子寮に入っている子が何人かいますが・・・よその女子寮の規則破りの罰は、トイレ掃除と庭の草取りぐらいで・・・毎日、石の上で何時間も正座させる罰なんかがあるのは、さくら女子寮だけですよ。占部さんが過去に何度も門限破りをしているのなら・・・軽罰の1週間のトイレ掃除と罰巡回を、1週間ではなくて、例えば2週間とか3週間といった、もっと長い期間継続させるということでもいいように思います」
浩太は、今度は今西を
すると、南が今西に反論した。
「今西さんの言うのは、おかしいですよ。今になって、三年正座がよくないなんて!・・・それじゃあ、今までに三年正座の罰を受けた人たちの立場がないじゃないですか! それに、三年正座の罰を受けた人は、もう二度と門限破りをしなくなるんですよ。三年正座はさくら女子寮の昔からの、古き良き伝統で、この厳しい罰によって、寮生の生活が規則正しいものになっているんです。・・・ですから、私は三年正座だけは絶対に継続させるべきだと思います」
南の意見に、「そうよ」、「そうよ」という声と、「絶対に三年正座は残すべきよ」という声が入り混じって聞こえた。
今西が南に何か言い返そうとしたときだ。二人の議論に、さっきの田代が割って入った。
「南さんも今西さんも、三年正座をどうするかなんて・・・今、ここで討議することではないでしょ! 今日の臨時寮生大会は、さくら女子寮に今ある規則に従って、占部さんの門限破りの罰を決める集会なんです。三年正座がいいか悪いかなんて・・・そんなことは、また別の寮生大会で討議してください!」
田代の厳しい口調に、南も今西も黙ってしまった。なんとなく、田代の意見が総括のようになってしまって・・・食堂の中を一瞬の沈黙が支配した。
その沈黙を破るように麻衣が口を開いた。
「他にご意見は?・・・ありませんか? 田代さんが言われたように・・・三年正座をどうするか、三年正座をやめてトイレ掃除の期間を延ばすか・・・といったことは、必要があれば、今後、新たな寮生大会を開いて協議するということでは如何でしょうか?」
反対はなかった。みんな、黙って頷いている。
麻衣が続けた。
「それでは、現在の規則に則って、多数決に移りたいと思います。つまり、占部さんに・・・一回目の門限破りとしての軽罰、つまりトイレ掃除と罰巡回を1週間させるか・・・重罰であるトイレ掃除と罰巡回と三年正座を1週間させるか・・・あるいは最重罰を課して退寮させるか・・・の三つですね。この三つの選択肢について多数決をとりたいと思いますが、よろしいでしょうか?・・・みなさん、よろしいですか?・・・」
寮生たちから、「はい」、「はい」という声が上がった。
「はい、では多数決をとります。まず、占部さんに・・・軽罰の、一番軽いトイレ掃除と罰巡回だけを1週間させるという方、挙手をお願いします」
手を上げたのは、今西を入れた三人だけだった。浩太の身体を絶望が貫いた。
こ、これで、退寮か、三年正座が確定だ・・・
「では、次に一番きつい罰になりますが、最重罰の退寮に賛成の方、挙手をお願いします」
田代を含めた10人程度が手を上げた。浩太が思っていたよりも少なかった。
な、なんとか、退寮は免れた・・・
「では最後ですが、重罰の、トイレ掃除と罰巡回に合わせて三年正座を1週間させるという方は挙手をお願いします」
大多数の寮生が手を上げた。
浩太の脳裏に、三年正座という言葉が大きくのしかかって来た。
退寮にはならなかったけれど・・・し、しかし、三年正座かぁ・・・
寮生たちの挙手を見た麻衣が宣言するように言った。
「はい。決まりました。それでは、占部さんには明日から重罰として1週間、トイレ掃除、罰巡回、三年正座をさせることになりました。このうち罰巡回は深夜1時からですので、チェックは寮長の私が翌朝に行います。それで、トイレ掃除と三年正座のチェックは寮生の中から罰監視当番、つまり、
罰監!・・・浩太は寮生たちを見まわした。誰も手を上げないでほしい・・・罰監は、な、なんとか、麻衣にやってもらいたい・・・
そんな浩太の希望に反して、後ろの寮生がハイと手を上げた。また、あの田代だった。
「はい。私が罰監をやります」
寮生たちは誰も何も言わなかった。みんな、当然といった顔つきだ。
麻衣が田代を見ながら、最終結論を出すかのような口調で言った。
「はい。それでは、罰監は田代さんにお願いします」
浩太は絶望した。
あの厳しい田代さんが罰監・・・
前途を思うと・・・浩太の顔から血の気が引いていった。
麻衣がそんな浩太の顔を見た。
「では、占部さん。明日から毎日、トイレの掃除が終わったら、田代さんに掃除の状態をチェックしてもらってください。田代さんのOKをもらったら、その日の掃除を完了したことになりますが、田代さんがOKを出さなかったら、その日の掃除は不十分ということで、トイレの罰掃除期間が1日延長されることになります。
その後、田代さんの指示に従って、食堂で三年正座の罰を受けてください。そして、田代さんがOKを出すまで正座を続けてください。とちゅうで正座の姿勢が崩れたら不合格で、三年正座が1日延長されます」
浩太は呆然と麻衣の口を見つめている。
「それで、罰は明日から開始です。明日からは定時になったら会社からすぐにさくら女子寮に帰ってきてください。そして、毎日午後6時からトイレの掃除を開始するようにしてください。もし6時に遅刻したらその日は不合格です。土日も午後6時に開始です。いいですね。罰巡回は毎日深夜1時から開始して、チェックシートにマークをつけて、翌朝、私に提出してください。私がチェックシートを確認します。占部さん、分かりましたか?」
麻衣の説明というか、命令に、浩太は声もなく頷いた。
麻衣が寮生たちの方に顔を向けた。
「それでは、これで、本日の臨時寮生大会を終了します。みなさん、お疲れさまでした」
(つづく)
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