第5話 密室

 宮井の話に浩太が質問した。


 「それで、寮生ならばいつでも、鍵の掛かった他人の部屋に入ることができるんですか?」


 宮井が浩太と麻衣の顔を見た。お手上げと言った様子だ。


 「いや、それがあんた、鍵は寮生の部屋ごとに違っているんじゃ。共通の合鍵は私だけが持っているんずら。だから、さくら女子寮の寮生だからと言って、他の寮生の部屋に入るなんてことは、絶対にできんはずなんじゃがのう。どうして、不審者が鍵の掛かっている寮生の部屋に侵入できたのか、さっぱり分からんのじゃ。これが不思議なんじゃ」


 麻衣は何か考え事をしながら、だまって浩太と宮井の会話を聞いている。


 浩太は宮井の話を聞きながら、「それにしても、宮井さんはどこの出身なんだろうか? 最初は岡山の人かと思ったが、いろいろな方言がでてくるので、どうもそうでもなさそうだ」とのんきなことを考えていた。


 ここで、宮井が新たまった顔をして、浩太に言った。


 「それで、あんた、占部さん。あんたにお願いがあるんじゃよ。あんたと北倉さんが協力して、二人で不審者をつかまえてもらいたいんじゃ。天気予報では、次に雨が降るのは明日なんじゃよ。だから、明日は不審者が現れる可能性が高いと思われるんじゃ。明日、もし不審者が現れたら、あんたと北倉さんでなんとか捕まえてくれんかのう。私もはやく事件を解決したいんじゃけぇ。占部さんには期待しとるけんのう。がんばって、つかあさい」


 宮井の言葉に、浩太は頭をかいた。


 「僕でお役に立つかなぁ。だけど、お話は分かりました。何とかやってみます。でも、僕と一緒ということで・・・北倉さんが嫌でなければだけど」


 浩太が麻衣を見ると・・・麻衣はウフフと笑って、浩太の顔を下からのぞき込んできた。麻衣のクリっとした眼に見つめられて、浩太は思わず真っ赤になった。


 麻衣は、そんな浩太の気持ちには気付かない様子だ。麻衣が言った。


 「占部君。私はもちろんOKよ。というか、今回のように捕り物もあるわけだし、やっぱり男の人に入ってもらった方がいいと思うの。それでね、宮井さんが言うように明日は午後から雨の予報なのよ。それで、占部君にはね、明日は・・私と二人で、W207号室の山崎さんのお部屋に入って、不審者がやってくるか調べてほしいのよ。山崎さんは用事で明日は郷里に帰っているわ。そこで、山崎さんにも事情を話して、明日、私と占部君がお部屋に入ることを了解してもらったのよ。山崎さんのお部屋の鍵は私が預かるようにしているわ」


 麻衣が、浩太と一緒でもOKと言ってくれたので、浩太は舞い上がってしまった。まさに天にも昇るような気分だ・・・


 ここで、浩太は肝心なことを思い出した。


 そうだ・・・あのことを宮井さんに確認しておかなくちゃ・・・


 浩太はあわてて話題を変えた。


 「分かりました。・・あの、それで、宮井さんに、お伺いしたいことがあるんですが?・・」


 浩太が改まって言うので、宮井がちょっぴり不思議そうな顔をした。


 「なんじゃいね?」


 「あの・・・いまさら聞くのも何なんですけど・・・さくら女子寮に、僕みたいな男子が入っても大丈夫なんですか? 寮生のみなさんが、僕の入寮をOKするとは、とても思えないんですけれども?」


 宮井は「なんだ、そんなことか」とでも言いたげに、笑いながら首を振った。


 「占部さん。大丈夫じゃ。なんも心配はいらんけん。男子寮の管理人の衣田きぬたさんから会社に『占部さんは、男子寮が定員いっぱいなので、女子寮に入ってもらう』と話してもらって、あんた、会社の了解をちゃんともらっとるがな」


 浩太は首を振った。問題は会社ではなく・・女子寮の寮生たちなのだ。


 「あっ、そいう意味ではなくて・・・さくら女子寮の寮生のみなさんはどう言ってるんですか? 寮生の女性のみなさんが、男子の僕の入寮を許可するとは、とても思えないんですが? 寮生のみなさんはOKなんですか?」


 今度は麻衣が、「そんなことがどうして問題になるのか」というように、あっさりと答えた。


 「占部君。それも問題ないわ」


 「・・・」


 「さくら女子寮では定期的に寮生大会というのを開いていてね、重要事項をみんなで協議して決めているの。占部君のことはちゃんと寮生大会の討議に掛けて、寮生みんなの承認をもらっているのよ。あなたが、さくら女子寮に入ることは、寮生も承認しているというわけ」


 浩太は驚いた。


 「えっ、寮生大会で男子がさくら女子寮に入ることに反対はなかったんですか?」


 麻衣が説明する。


 「反対というのはなかったのよ。ただね、今度来る人はどんな人なんだろうと心配する声はあったけどね。・・・それで、私が、占部君は私の同期で、だと説明したのよ。そうしたら、みんな納得して・・・採決のときも一切反対もなく、あっさり占部君の入寮が決まったというわけなの」


 麻衣の言葉に浩太は飛び上がった。


 おっ、


 なんと、麻衣にと言われるとは! これは喜んでいいのだろうか? いや、いいわけはない!


 あまりの麻衣の言葉に、浩太は言葉を失ってしまって・・・浩太の質問はそれで終わりになった。


 浩太と麻衣は並んで管理人室を出た。


 3階の階段のところで、麻衣は浩太に「今日はこれから私、お出かけするの。じゃあ、明日は占部君、お願いね。それでね、占部君。この事件のことはまだ誰にも言わないでね。寮生のみんなを心配させたくないの」とだけ言って、一人でさっさと階段を下りていってしまった。


 浩太は2階の自分の部屋に戻った。


 ベッドに仰向けにひっくり返って、天井を見上げる。


 浩太の心に・・・という麻衣の言葉がよみがえってきた。

 

 かぁ・・・なんとしてでも、僕が事件の謎を解き明かしたいなぁ・・・


 もし僕がこの事件を自分の力だけで解決したら、北倉さんも寮生のみんなも僕のことを、もうだなんて思わなくなるだろう・・・


 浩太の頭の中に・・・浩太が一人でこの事件を解決して、麻衣や女子寮生たちから「占部君って、オトコらしい男の子だね」と言われている自分の姿が浮かんできた。


 すると、浩太の身体に力がみなぎってきた。よし、なんとしてでも、僕がこの事件を解決してやるぞ・・・


 浩太は、宮井と麻衣から聞いた話を振り返ってみた。なんとも奇妙な不審者だ・・・部屋に侵入し、部屋の中の物を動かすだけで、何も取らないなんて・・・動機が分からない・・・


 それにしても不審者はどうやって花井さんと山崎さんの部屋の中に入ることができたのだろう? これは、まず不審者が部屋に入った方法を見つけないと前に進めないなぁ・・・


 浩太は推理小説を読むのが好きだった。浩太は今までに読んだ推理小説の内容を思い起こした。


 そういえば、推理小説の中では、こういった話がよく出てくる・・・


 花井さんと山崎さんの部屋には鍵が掛かっていた。そう、まるでこれは推理小説に出てくる密室の謎と同じだ。推理小説の中の出来事が現実にも起こったのだ・・・


 密室の謎かぁ? トリックは部屋の配置に関係しているのだろうか?・・・


 浩太は紙とペンを取り出して、先ほどの話を整理してみた。


 最初に室内の物が動いていた花井さんの部屋は西棟の307号室・・・

 つぎに室内の物が動いていた山崎さんの部屋は西棟の207号室・・・

 怪しい人影を見た笠井さんの部屋は西棟の315号室・・・


 みんな西棟で起こっている。それに室内の物が動いた花井さんと山崎さんの部屋は2階と3階の7号室で上下になっている。部屋が上下というところに何かトリックがありそうな気がするなぁ・・・


 さくら女子寮の寮生の部屋の入り出口は2カ所だけだ。入口のドアとベランダにある大きな窓しかない・・・


 浩太は自分の部屋の入口のドアの周りを調べてみた。そして廊下に出て、実際に鍵を掛けてみた。それから、ドアを押したり引いたりしてみたが、廊下からはどうしてもドアを開けることができなかった。


 では、ベランダの窓か・・・


 浩太は自分の部屋の中に戻って、今度はベランダのところに行ってみた。


   (つづく)

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