第4話 雨の日の侵入者
すると、今度は、宮井が麻衣の話を引き継いだ。二人の入れ替わりが目まぐるしい。
「そうなのじゃ。室内にある物の位置が変わるのは毎日ではないようなのじゃ。しかし、あんた、花井さんは気味悪がって、部屋を替えてくれって言いだしたんじゃ。まあ、気持ちは分かるでのう。さくら女子寮の部屋も8割がた埋まっているけども、まだ空き部屋はたくさんあるけえ、結局、花井さんは西棟の307号室から、そのとき空いていた東棟の211号室に替ったんだわ」
浩太が宮井に聞いた。
「それで、どうなったんですか?」
「それが、あんた、花井さんが替わった東棟の211号室では何にも起こらんかったんじゃ。それで、花井さんも安心してのう。私たちも花井さんの件は一応解決したように思えたんじゃ。あんた、それが今年の4月のことだったんじゃ。けれど、5月になると今度は別の寮生からが北倉さんに相談があったんじゃ。同じように会社から帰ると、部屋の中の小物の位置が少しずつ違っていると。あんた、今後は西棟の207号室の山崎咲良という子じゃった。山崎さんも花井さんと同じように、北倉さんに頼んで調べてもらったんじゃよ」
今度は麻衣が話を引き継いだ。
「そうなの。それで結果は花井さんと全く同じだったのよ。私は5日間、山崎さんと一緒にお部屋を調べたけれど、5日のうち3日は何も起こらず、後の2日は部屋の中の小物が少し動いていたのよ。実は調査した5日間、山崎さんと相談して、わざと1万円札を鏡台の前に置いといたんだけど、なぜか1万円札には全く触った様子はなかったの。お金や家電製品などは全く取られていないし、触られてもいないのよ」
浩太は腕組みをして、考え込んだ。
「ふーん。不思議な侵入者ですね。何が目的なのかなあ?」
すると、宮井が口をはさんだ。
「それが、あんた、さらにおかしなことが起こっていたんじゃ。気味悪がる山崎さんを説得して、もう少し、部屋を替えずに様子を見てもらうことにしたんじゃよ。そしたら、あんた、山崎さんの件と並行して、もう一つ事件が起こっていたことが分かったんじゃよ。その事件というのは、5月に入ったころに、笠井知可子という寮生が、庭を徘徊する怪しい人影を見たと私に言ってきたんじゃ。当初、私らは、笠井さんの話は山崎さんの件とは全く別だと考えとったんじゃけど、あんた、よく調べてみると、山崎さんの部屋で小物の位置が変わっていた日に限って、笠井さんが庭を歩く怪しい人影を見ているんじゃ。これは、あんた、小物が動いたことと不審者との間には、間違いなく何か関係があるという事になるわいな。それで、庭を徘徊する不審者が寮生の部屋に忍び込んで、中の物の位置を変えているということが分かったんじゃよ」
「その笠井さんが見たという怪しい人影は、どんなものだったんですか?」
「笠井さんの部屋は西棟の3階の15号室なんじゃよ。W315号室じゃな。そこからは、中庭の全体をちょうど横から見るようになって、庭が一番よく見渡せるんじゃ。占部さんもよく知っているように、中庭は雑木林になっているけぇ、 木が邪魔になって、寮の部屋からは林の中を動く人物がいてもよく見えんのじゃけど、唯一、W315号室からは庭の全体が見えるのじゃよ。
それでな、あんた、ある日に笠井さんがベランダから庭を見ていたら、黒いマントのようなものを着た人間がゆっくり歩きまわっていたそうな。だけどねえ、黒いマントを着て寮の中庭を歩く人は、あんた、ふつうおらんじゃろう。用事もないのに、誰もそんなことはせんわなあ。それで不審に思った笠井さんは、カレンダーに人影が見えた日をマークしとったんじゃよ。ところが、後になって調べてみたら、さっき言ったように、山崎さんの部屋で物が動いた日と、笠井さんのマークした日が一致することが分かったんじゃ。それで、あんた、これは外部の誰かがさくら女子寮に忍び込んで中庭を歩き回り、寮生の部屋にも侵入しとるのに違いないということになったんじゃ」
「それで、先日、僕がみなさんに捕まった日はどういうことだったんですか? 以前に簡単には伺いましたが・・・」
「それなんじゃよ、あんた。さっき、山崎さんの部屋で物が動いた日と、笠井さんのマークした日が一致することがわかったと言ったじゃろ。先週のことじゃけど、北倉さんがその一致した日を調べて、それらは全部雨の降る日に起こっていることを見つけたんじゃ。これで、雨の日に中庭に侵入した人物が、寮生の部屋にも忍び込んでいるということが明らかになったんじゃ。それでな、占部さん、この前のあんたがさくら女子寮に来た日に、私、北倉さん、花井さん、山崎さん、笠井さんの五人がこの管理人室に集まって、これからどうしたらいいか、対策を相談しとったわけじゃ。すると、雨が降ってきたじゃろ。笠井さんが『私が中庭で人影を見たのもこんな雨の日だった』と言い出したんで、机の上のパソコンを応接机において、みんなで防犯カメラの映像を見ていたんじゃ。
そうしたら、あんた、怪しげな人物が門の前にやってきて、女子寮の周りをうろうろしだしたんじゃよ。『これが犯人だ。捕まえよう』ということになって、北倉さんがすぐに作戦をたてたんじゃ。みんなで大急ぎで備品倉庫から黒のジャージやロープを出してきて、準備をしたわけじゃよ。黒のジャージは犯人に見つからんようにするために着たんじゃ。その間、あやしげな人物は寮の周りをずっとうろうろしとった。
それからみんなで中庭に出たんじゃ。そして、花井さんたちが、中庭の中にある小径にロープを張り終わったのを見届けてから、私が遠隔操作で門の扉を開けたんじゃよ。すると、その人物が、何のためらいもなく門の中に入ってくるんじゃ。そこで、逃げられんように扉を閉めて、その人物がロープに足を取られてひっくり返るのを待っとったというわけじゃ。その人物が、あんた、占部さんじゃったということなんじゃよ。あのとき、あんたを捕まえた三人は、花井さん、山崎さん、笠井さんの三人だったんじゃ」
「そんな、僕があやしい人物だなんて。僕はちっともあやしくなんかないじゃないですか?」
浩太の抗議の声に麻衣が笑いながら言った。
「雨の夜に傘もささずにずぶぬれになって、女子寮の門の前を、中をうかがうようにして、うろうろ歩いているのよ。充分あやしいわよ。それに会社の人だったら、門を開けるカードキーを持ってるはずだし」
浩太があわてて、顔の前で手を振った。
「そんな。カードキーがあるなんて、あの時は全く知りませんでした。男子寮の衣田さんは僕に何にも言ってくれませんでしたよ。だけど、宮井さん。先日は、『内部の者がやったことかもしれん。したがって公にはできん』とも言っていませんでしたっけ?」
「そこなんじゃよ、あんた。寮に入る扉は、普段は閉まっているじゃろ。寮生はみんな、カードキーを持っていて、寮に入る扉を開けて中に入っとる。扉も含めて、寮の外壁は24時間、警備会社が防犯カメラで監視してくれてるんじゃ。外部のものが寮の周りをうろうろしたり、寮に侵入しようとしたなら、警備会社が一番先に発見するはずじゃ。それが、あんた、私は警備会社に確認してみたんじゃけれど、4月以降にさくら女子寮の周りでは怪しいものは全く記録されていないんじゃ。そうなると、あんた、私は、こんなことは、あんまり考えとうないんじゃけど・・寮生が、雨の日に中庭に出て、それから花井さんたちの部屋に侵入したのかもしれんという考えが出てくるんじゃ」
(つづく)
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